第9話:三人で潜ることになります
「南門も、西門もダメでした。全部の門に白い法衣が立っていますわ」
翌朝。市場を見てくると言って出かけたマリアが、フードの下から悔しそうに報告した。
「河港も同じだ。船荷まで検めている。あの人数、教会は本気だな」
ランスロットの表情も渋い。
「宿にも改めが入るって噂だぜ。時間の問題だな」
三人はテーブルを囲んで黙り込んだ。
綺麗に包囲されている。網が閉じ切る前に、どこかから抜けるしかない。
「(なぁウィキ、抜け道の情報とか持ってないのか)」
『あるよ』
「(あるのかよ。早く言え)」
『ダンジョンのいちばん下、ふるーい坑道が山のむこうまでつづいてるの』
「(………それ、お前が言ってた「3人でダンジョン」ってやつに綺麗に繋がるんだが)」
『ね?』
「(『ね?』を覚えるな)」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
とはいえ、球体の情報を「夢のお告げで」と説明する訳にもいかない。
陣は裏を取るために酒場へ向かった。
「——旧坑道?あぁ、あの与太話か」
昼間から杯を傾けていた古株らしい冒険者は、酒を一杯おごっただけで気持ちよく喋ってくれた。
学会の懇親会で偉い先生がたから情報を引き出してきた、聞き上手スキルの賜物である。
「最深層の先に古い坑道があってな、山の向こうまで抜けてるって話だ。俺の爺さんの若い頃、実際に抜けた命知らずがいたらしい」
「へぇ。じゃあ今でも通れるのか?」
「さぁな。なにせ最深層だぜ?並の隊商が行ける場所じゃねぇ。それによ…最近のダンジョンはおかしい」
「おかしい?」
「モンスターが増えてる。それも、なんつーか…見たことねぇのがな。ま、素人にはおすすめしねぇよ」
「(モンスターの異常増殖…ウィキの言ってた話とも繋がるな)」
礼を言って酒場を出る。収穫はもう一つあった。
——ダンジョンの中までは、教会の改めも入らない。
聖職者サマは地下がお嫌いらしい、と冒険者は笑っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「反対です」
宿に戻って旧坑道の話をすると、ランスロットは間髪入れずに言い切った。
「最深層など冒険者でも命を落とす場所。姫をお連れする訳には参りません」
「だが他の道は全部塞がれてる。時間が経つほど網は狭まるぞ」
「ならば私が単身で囮となり、その隙に姫を…」
「それこそダメだろ。お前がいなくなったら誰が姫さんを守るんだ」
「ぐ…」
正論に詰まるランスロット。と、その時。
「——わたくしが、決めます」
静かな、けれどよく通る声だった。
マリアはまっすぐにランスロットを見ていた。
「姫…しかし」
「ランスロット。わたくしはね、生まれてから昨日まで、自分で決めたことがひとつもありませんでしたの」
「巫女の務めも、お祈りの時間も、着るものも、食べるものも、ぜーんぶ。全部決められていましたわ。それが当たり前だと思っていました」
「でも今のわたくしは適合者ではありません。ただのマリアです。ただのマリアの行き先は、ただのマリアが決めていいはずですわ」
「……」
「行きましょう、ダンジョン。三人で」
沈黙が落ちた。
ランスロットは眉間に皺を寄せ、拳を握り、たっぷり十秒唸ってから——深々と頭を下げた。
「…御意。この命に代えてもお守りします」
「ふふ、頼りにしていますわ」
「(あー…これは惚れ直したな、あの顔は)」
保護者としては生温かく見守るばかりである。
『3人でいくことになったね!』
「(……なぁウィキ、正直に言えよ。お前、この状況を仕込んだんじゃないだろうな?検問とか)」
『ちがうもん!わたしはなにもしてないもん!』
「(本当か?)」
『ほんとだもん!わたしはただ、こうなるってわかってただけだもん!』
「(それはそれで怖いんだよなぁ…)」
必死に明滅する球体はどうやら本当に潔白らしい。
未来がわかることの方がよっぽど不思議なのだが、それを聞いてもきっと「ひみつ!」なのだろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
方針が決まれば、あとは準備だ。三人は武具屋へ向かった。
「ほう、ダンジョンに潜るのかい。で、あんたの得物は?」
「え、俺?」
武具屋の親父に促されるまま試しに剣を握ってみたが、重い、ぶれる、へっぴり腰。
「…兄さん、悪いことは言わねぇ。剣はやめときな」
「ですよねー」
「ジン殿は魔法に専念を。前衛は私が務めます」
「なんだ、魔法使いかい。そりゃ失礼した。で、杖はどんなのを?」
「杖?いらないけど」
「「「は?」」」
親父と、ついでに店の客まで振り返った。
「い、いらないって兄さん…杖なしで魔法が撃てるってのか!?」
「え?あぁ、うん」
「(詠唱だけで出るしな…ってあれ、この世界では杖がいるのが普通なのか?)」
「あんた…いったいどこの名家のお方だい?」
「は?いや、ただのしがない旅の者だが」
「またまたぁ…」
親父の態度が露骨に丁寧になった。店の客までざわついている。
後でマリアに聞いたところによると、杖とは「ミラ様の御力の取次」であり、並の人間は杖なしではろくに魔法を扱えないのだという。
素手で安定して魔法を使えるのは、神に近しい高位の血筋の証——つまり。
「(そういえばマリアも素手だったな…王家だからか。で、平民丸出しのオッサンが素手で撃つと、こうなる訳だ)」
どうやら知らないうちに「わけあり」扱いされたらしい。訂正の仕方がわからないのでそのままにしておく。
結局、陣は動きやすい服と革の胸当てと背負い袋。マリアも旅装に着替え(それでも伝説のドレスは「軽くて丈夫ですから」と下に着込むらしい)、ランスロットは砥石と保存食だけを買った。
「明日の朝一番、ダンジョンに入る。いいな?」
「「はい(ですわ)!」」
『がんばろうね、ジンさま!』
こうして——球体の予言通り、三人はダンジョンへ潜ることになった。
「(ま、これも…)」
窓の外、夜空には二つの月が並んで浮かんでいる。
「ロマンだな」




