第8話:ダンジョン都市ウェンス
<ダンジョン都市ウェンス>
神都サロマの西に位置する交易都市。名物は都市の地下に広がる大迷宮と、それに群がる冒険者たち。
城壁の下半分には神代の遺構がそのまま利用されている。
「見えましたぞ、あれがウェンスです」
ランスロットの指す先、街道の向こうに大きな街が見えた。
「おぉ…でかいな」
ニードハット卿の襲撃から半月。ようやく辿り着いた目的地を前に、思わず声が漏れる。
だが、近づくにつれて陣の目は別のものに吸い寄せられていった。
街を囲む城壁は、下半分と上半分で色が違っていた。
上半分は見慣れた石積み。だが下半分は——継ぎ目のない、のっぺりとした灰色の一枚岩だった。
「(あの壁…下だけ材質が違うな。岩の削り出し?いや、あんな均質な岩があってたまるか)」
「ジン様、あちらが有名な神代の壁ですわ。神様の御業で作られた壊れない壁ですの」
「壊れない、ねぇ…」
「大昔から攻城兵器でもモンスターでも傷一つつかないと言われている。だからウェンスは交易都市として栄えたのだ」
「(傷一つつかない灰色の壁…ますます岩じゃないだろ、あれ)」
考察タイムに入りかけた陣の視界に、今度は別のものが飛び込んでくる。
街道の脇に、等間隔で並ぶ巨大な柱の残骸だった。上のほうは折れて失われ、蔦に覆われている。
「なぁ、あの柱はなんだ?」
「あれも神代の遺跡ですわ。ホーカイ大陸のあちこちにありますの。御柱と呼ばれています」
「昔の人々はあれで空を支えていたと言われているな」
「(空を支える、ね…)」
等間隔。一直線。街に向かって延びる柱の列。
初めて見るはずなのに、なぜか初めて見る気がしない。喉の奥に小骨が刺さったような感覚だけが残ったが、その正体は掴めなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ウェンスの門は商人の列で賑わっていた。
「よし、打ち合わせ通りに頼むぞ。俺たちは田舎から出てきた兄妹とその用心棒だ」
「妹…わたくしが、妹…ふふ」
「姫、楽しんでいる場合ではありません」
フードを目深に被ったマリアはなぜか嬉しそうだ。箱入り娘には変装ごっこすら新鮮らしい。
「次!……なんだお前ら。ん?なんだその履物は」
門番の視線が陣の足元に突き刺さる。自作の草履はさすがに目立ったらしい。
「田舎の伝統工芸だ」
「へぇ…変わった田舎もあったもんだな。よし、通れ」
あっさりと通された。堂々としていれば案外なんとかなるものである。
「(ふぅ…まぁ俺の顔なんて誰も知らないしな)」
門をくぐった瞬間、喧騒が押し寄せてきた。
石畳の大通りに立ち並ぶ露店。武器を担いだ冒険者。呼び込みの声、香辛料の匂い、焼けた肉の煙。
「わぁ……!」
フードの下でマリアの目が輝いた。
「ジン様!あれは何かしら!お肉が串に!」
「落ち着け落ち着け」
「本で読んだことがありますわ!ああいうのを買い食いと言うのでしょう?わたくし、一度やってみたくて…!」
「姫、はしたのうございます」
そう言いつつランスロットの視線も串焼きに吸い寄せられているのを陣は見逃さなかった。
渋い顔をしていても16歳、育ち盛りである。
「わかったわかった、揃って買い食いだ。ほら」
皮袋から取り出した硬貨を屋台のおやじに渡すと、おやじの目が零れ落ちそうなほど見開かれた。
「に、兄さんあんた…こりゃ大金貨だよ!?串焼きが樽で買えちまう!」
「…は?」
慌てて皮袋の中を検めると、同じ硬貨がぎっしり詰まっていた。
「おいランスロット、お前が前金でくれたこの袋…いくら入ってるんだ」
「はて。屋敷から持ち出した袋をそのまま渡したので、数えてはおらぬが」
「(貴族の金銭感覚こわい)」
結局、両替商で袋の中身を崩すところから始める羽目になった。
ちなみに串焼きは三本で銅貨三枚だった。マリアは頬張りながら世界一の御馳走のような顔をしていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
宿を取り、夕食を済ませ、部屋に戻る。
マリアが隣室に下がったのを確認して、陣はランスロットに改めて聞いてみた。
「なぁ、明日からの予定だが…ダンジョンには」
「潜りません」
食い気味だった。
「で、ですよねー」
「準備が整い次第、南に向かいます。ジン殿にはその間の護衛もお願いしたい」
「あぁ、わかってるよ」
ランスロットが自室に戻ったのを確認して、ベッドに倒れ込む。
「(おいウィキ、聞こえるか)」
『はーい!』
呼んだ途端に元気な返事があった。本当に犬か猫のようである。
「(聞いての通りだ。ランスロットは絶対に潜らないってさ。お前の言ってた「3人でダンジョン」はどうなるんだ?)」
『いくことになるよ。3人で』
「(だから、どうやってだよ)」
『……ひみつ!』
「(おい)」
『だいじょうぶ。わたし、まちがえません!』
「(はいはい…)」
自信満々の即答に、これ以上聞いても無駄だと悟る。
どうせ明日になればわかることだ、と陣は目を閉じた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌朝。宿の窓の外が妙に騒がしかった。
「なんだ?」
大通りの広場に人だかりができている。中心では、白い法衣の男が高札を掲げていた。
「——尊き御方が神隠しに遭われた!教会は御方の保護のため、広く情報を求めるものである!」
高札には少女の似顔絵が描かれていた。金髪の、どこかで見たような…いや。
「(マリアだ。まずいぞこれは)」
「手掛かりを寄せた者には金貨十枚!匿う者は神敵と見做す!」
群衆がざわめく。
「神隠しって、ありゃどこの姫さんだい」
「知らないのか、なんでも神様に見捨てられたお方だとか」
「おお怖い。神様に見捨てられるなんて、何をやらかしたんだか」
好き勝手な噂話に、陣は静かに拳を握った。
「(保護、ねぇ…ずいぶん親切な捜索じゃないか。賞金と脅し付きでな)」
そして白い法衣の男は、最後にこう告げた。
「なお本日より、街の出入りには教会の改めが入る!尊き御方の御身が確認されるまでだ!諸君の協力に感謝する!」
「(……出られなく、なった?)」
『ね?』
「(『ね?』じゃないんだよ)」
頭の中で、球体がどこか得意げに光った気がした。




