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鳥になった俺は、ある女の子に恋をした。  作者: あまね


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石と手のひら

『記憶喪失少女は、それでも生きていく』番外編。


★☆本編も読んでいただくと、より楽しめます☆★


● 本編はこちら●

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この辺りは、人通りが少なかった。

というより、この街自体が静かだった。


時折、乗り物が通ったり、人が歩いたりする程度で、

林のあたりまで散歩に来る者はいたが、門に近づく者はほとんどいなかった。


静かで拍子抜けするほど平和な場所だった。

想像していたよりも、任務は順調だった。

……不気味なほど、何事もなく時間が過ぎていった。


——ある日の夜。


俺たちは、定期報告するために、門の近くの林に集まった。

ファビアンは見張り役ではないが、夜は観察も記録もできないため、この時間帯だけは俺たちと合流していた。


この街は日が落ちると、人の気配はほとんど消える。

夜になると、まるで無人の街のようだった。


その時間帯なら、俺たちが集まっても異界の人間に見つかることもなく、怪しまれることもない。

みんなの担当区域も俺と同じく人通りが少なく、特に問題は起きていないらしい。


門は——相変わらず開いたままだ。

見えないが、そこに「ある」ことだけは分かった。


あの門は、いつ閉まるのか。


この世界は思ったより平和だが——

……もう、長くはいたくない。


俺はそっと息を吐いた。



そんな報告をしている最中、ジルがふらりと門の歪みへ近づいた。


「……うわっ!」

ジルは声を上げた。


みんなが一斉に視線を向けると、ジルの体は門へ吸い寄せられていた。


「……おい!」

「ジル!」


俺とマーティスは反射的に飛び出した。


「おまえら、近づくな!吸い込まれるぞ!」

イリアス隊長の鋭い声が飛んだ。


エレクさんはすぐに引き寄せの魔法を放ち、ジルの体をその場に縫い止めた。


俺、ファビアン、マーティス、レオンさんの四人で、体当たりするようにして、無理やりジルを門から引き剥がした。


「おまえ、いい加減にしろ!」

ジョエル隊長が怒鳴った。


「申し訳ありません……ほんの少し、近くで確かめたくなってしまって……」

ジルは小さな体を縮め、地面に伏せるようにしていた。


……鳥の姿でそれをやられると、緊張の反動で思わず笑いそうになった。


マーティスやエレクさん、レオンさんでさえ目を逸らし、羽をわずかに震わせていた。


「まったく……いくらここが平和でも、重大任務中だぞ。遊んでいい場所じゃない!」

「……はい。申し訳ありません……」

反省したようなジルの顔は一変した。

「でも、この門を通った人が記憶を失うという話……おそらく本当かもしれません」

ジルの言葉に、空気が変わった。

「……なに?」

「さっき、ほんの少ししか門に入っていなかったのに、一瞬だけ……皆さんが誰なのか分からなくなりました」

「……おまえ……二度と門に近づくな!」

イリアス隊長が鋭く言い放った。


このやり取りも、人間にはただの鳥の騒ぎにしか聞こえていないはずだった。



——七日が経った。


特に異変はなかった。

この任務は、何ごともなく終わるかもしれない。


……そんなことを考えた直後、問題が起きた。


俺は木の上に留まり、いつものように見張りをしていた。

ここは市場のような場所で、店がいくつも並んでいた。


人通りも、門の近くよりは多い。

しかし、王都と比べれば、賑わいなどないに等しい。

トレストの郊外くらいのにぎやかさだった。


……つまり、田舎だ。


「おい、あの鳥、きれいじゃないか?」

そんな声が耳に入った。

振り向くと、男が俺を指さして、隣の女に話しかけていた。

「本当だ〜。黄色の鳥って珍しいね。何の鳥なのかな?」


……やはり、この羽の色が目立ちすぎる。

こんなことを言われるのは、何度目かもうわからない。


だが、俺はその場に留まった。

こんなことを言われても、たいていはそのまま通り過ぎていく。


そんなはずだった。


俺は慢心した。


……しかし、今回は。


——ヒュンッ!


——ドスッ!


「あっ!」

男は石を俺に投げた。

その石は右の翼へ叩きつけられた。


——ゴトッ!

俺の体は、木から弾き落とされた。


……くそ。

この野郎。


「……えっ、何してるの、やめて!あの鳥が可哀想でしょう!?」

女が男を止めようとした。


「いいって、いいって」

男は俺のほうへゆっくり近づいてきた。

手の中の石を握り直し、もう一度投げようとした。


俺は反射的に飛び上がり、その場から逃げた。

右の翼に石が直撃したせいで、まともに動かない。

それでも、左の翼だけで必死に空を掴んだ。


翼から血が流れていた。

あんな小さな石なのに……こんな傷になるのか。


人間の体なら、こんなことにはならなかったはずだ。


……鳥の姿は、脆すぎる。


……一刻も早く、ジルのところへ行かなければ。



「……うぅ……」


……右の翼にひどい痛みが走った。

感覚が、もうない。


左の翼の力も、だんだん尽きていった。

体から血が抜けていく感覚とともに、意識が朦朧とし始めた。


……くそ、異界の人間。

許さねぇ。



——ドサッ!


左の翼の力が尽き、俺は地面に落ちた。

翼を動かそうとしても、思い通りに動かない。

風の魔法で……ジルを……


……うっ。

痛みで、うまく集中できない。


……まずい。

意識が……だんだん遠のいていく。


俺は……こんなところで、死ぬのか……?


これが……俺の……最後……?



「……あれ?鳥ちゃん?……死んでる……?」

遠くから、ぼんやりと声が聞こえた。


「あっ、翼が動いてる!

ちょ、ちょっと頑張って!

死なないで!

ちょっと我慢してね!」


俺は小さく目を開け、その声の主を見た。

まだ幼さの残る女の子だった。


その子はそっと俺を持ち上げ、小さな手のひらで俺を優しく包んだ。

そのまま、俺を落とさないよう抱えながら走り出した。


……どこへ、行く?

……助けて、くれるのか?

……異界の人間、なのに?


「お母さん!助けて!」

その子は建物へ飛び込んだ。


……どこ?


……この子の、家か?


「お母さん!さっきね、この鳥を見つけたの!

すごく怪我をしてるの!治るかな?すごく痛そうなの!」

その子は、そっと俺を机の上に寝かせた。

俺は朦朧としながら、この二人の人間を眺めた。


「どれ?どれ?……血がすごく……動物病院に……

あっ、今日は土曜日だわ。動物病院、やっていないわね」

「ど、どうすればいいの?すごく痛そうだよ。死んじゃうよ!?お母さん!」

「……あずか、水とタオルを持ってきて」


お母さんと呼ばれた女性はそう言って、すぐに奥へ消えた。

あずかと呼ばれた子も、慌てて後を追っていった。


……助けて。

激痛で、もう耐えられる気がしない。


しばらくすると、母親とあずかが戻ってきた。

両手には桶や箱を持っていた。

あずかは布を濡らし、そっと俺の右の翼を拭った。

母親は箱から瓶を取り出し、木綿を瓶の中の液体で濡らすと、俺の翼に丁寧に塗り広げた。


……薬か?

鼻に突き刺さるような、つんとした匂い。

だが、その液体の冷たさで、痛みが少し和らいだ。


……俺はぼんやりと、あずかの顔を見つめた。

この子は、見覚えがある。

ときどき門の近くまで散歩していた子だ。


あずかと母親は、何度も薬を塗っては拭き、また塗っていく。


……あぁ。

痛みが、ゆっくりと引いていった。

そして、手当てが終わった。


「もう大丈夫?まだ痛い?」

あずかは優しい声で俺に話しかけた。


俺はなんとか首を横に振った。


「今日は私の部屋で休んでね。もう大丈夫だからね。心配しないでね」

あずかは俺の頭を撫でながら言った。


俺は小さく頷いた。

……あずか。

……優しい子だ。

……こんなにも、優しい。


「あずか。どうしてもよくならなかったら、月曜日病院に連れていくよ」

母親は静かに言った。


「うん!お母さん、ありがとう!」

あずかは嬉しそうに何度も頷いた。



そのまま、俺の意識はゆっくり遠のいていった。


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