異界は、思っていたより平和だった
『記憶喪失少女は、それでも生きていく』番外編。
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そして、ある夜。
——ヴォン……ヴォン……ッ
門が、ゆっくりと開き始めた。
誰も動かなかった。
その場は一瞬で静まり返った。
「おまえら、準備しろ。門はそろそろ開く」
イリアス隊長は先に声を上げた。
「ジョエル、変身魔法をかけてくれ」
ジョエル隊長はすぐ魔法を強化する道具を握り締めた。
異界に向かう七名の騎士とファビアンに、一人ずつ変身魔法をかけていく。
イリアス隊長は一人ずつ護身魔法を施していく。
こうして、全員が鳥の姿へと変わった。
俺は黄色の羽を持つ鳥。
ジルは赤。
マーティスは黒。
ファビアンは白。
他の騎士も色がばらばらだった。
動物の姿になったのは初めてで、この鳥の姿はひどく違和感があった。
自分の体ではないような、不思議な感覚だった。
思い通りに歩けない。
前へ歩こうとしても、小さな一歩しか進まなかった。
試しに風魔法を放ってみても、地面にの石を転がした程度だった。
「……全然、だめじゃないか、このままじゃ……」
俺は呟いた。
「慣れだな。ほら見ろ」
ジルはそう言うと、翼を広げ、空を飛び始めた。
「俺、すげぇかっこよくない?」
ジルは自慢しているように言った。
……重大任務なんだから、遊んでいる場合じゃない。
門が完全に開くまで、俺たちはその場で待っていた。
その間に、鳥の体に馴染むようにひたすら飛び回り、魔法を放ってみた。
今は、風球を自由に放つことができ、翼も自分の手のように操れるようになっていた。
——バチッ……バチバチッ!
門が、完全に開いた。
「おまえたち、気を付けろ。行ってこい」
トーマス副隊長は言った。
俺たちは互いに合図を交わし、百年の門へ飛び込んだ。
門の中の空間は、現実とは思えなかった。
翼を羽ばたいていないのに、前へ進んでいるような感覚だった。
だが、両側の真っ黒な風景は、自分が同じ場所に留まっていると錯覚させていた。
風の音すら、何も聞こえなかった。
それなのに、体中の羽が風に吹かれているように動いていた。
門の中にいる時間は、長いのか、短いのか、わからなかった。
出口がなかなか見えず、俺は不安が募っていった。
……本当に、出られるのか?
マーティスやジル、ファビアンに目をやると、三人とも眉間に皺を寄せていた。
隊長と副隊長たちまで、眉をひそめていた。
……みんな、同じ気持ちなのかもしれない。
しばらく飛び続けると、闇の中に、かすかな光が滲んだ。
……出口だ。
——ヒュンッ!
門の向こう側は眩しく、しばらく目を開けられなかった。
太陽は頭の真上に昇っていた。
……俺の世界は夜だったのに、ここは昼なのか?
それとも——
それほどの時間が過ぎていたのか?
……答えの出ない疑問だった。
俺たちは地面へ舞い降りた。
門を振り返ると、俺たちの世界に現れたような重厚で巨大な門は——そこにはなかった。
……だが、何かがそこに“ある”気配だけは感じる。
空間が歪んでいるような、不気味な違和感だけが残っていた。
……これでは、誰も気づかないだろう。
門の近くには林があった。
遠くを見ると、田んぼが広がっていた。
その合間を縫うように、小さな川が流れていた。
さらにその先には、山が連なっていた。
建物のようなものが、遠くに見えた。
……人間の家、だろうか。
近くには人の姿は見えなかった。
「ここが……異界、なのか?」
イリアス隊長は周りを見回しながら、呟いた。
「意外と、きれいな場所ですね」
ジョエル隊長が言った。
「……そうですね。戦争のど真ん中に出てくるとも想像していたが」
レオンさんは呟いた。
俺は深呼吸をした。
……空気も、きれいだ。
こんなところに住んでいる人間が、残忍で残酷な者だと思えなかった。
遠くで何かが走っているのが見えた。
「……あっ、あれ」
ジルは小さな翼で前方を指さした。
「……もしかして、文献にあった“馬車より速い乗り物”じゃないか?……確かに速いな」
ジルは感動したように呟いた。
「すげぇ~。乗ってみてぇ~」
「ジル。任務中だ。気を抜くな」
ジョエル隊長に言われると、ジルは肩をすくめた。
「ここ、確かに魔力の流れが薄いですね」
俺は近くの木に風球を放ってみた。
枝が揺れる。
……よし。
魔力は薄いが、魔法は使えるみたいだ。
俺は安堵したように、息を吐いた。
……が。
「……おいっ!あれを見ろ。鳥がめっちゃいるぜ!」
「すげぇ~。色もばらばらだ!」
男の声が聞こえた。
俺たちは硬直した。
声のもとへ目を向けると、十歳ほどの男の子が三人、俺たちを見ていた。
そのうちの一人が、地面に転がった石を拾い、俺たちに投げてきた。
「散開!計画通り、持ち場につけ!」
イリアス隊長の声と同時に、俺たちは反射的に空へ跳び上がり、その場を離れた。
……やはり、文献の警告は間違っていないのかもしれない。
俺たち七名の騎士は、それぞれ持ち場を持っていた。
門を中心に、山までの一帯が俺たちの見張り圏内だった。
若手で経験が浅い俺とジルは、二人で門の北から、東にかけてを担当。
マーティスとレオンさんは、東から、南にかけて。
イリアス隊長は一人で、南から西にかけて。
エレクさんは一人で、西から、北にかけて。
ジョエル隊長は、全員の変身魔法を維持するため、一箇所に留まることができない。
常に全体の位置を把握しながら飛び続ける必要があった。
ファビアンは見張り任務には加わらず、門周辺を中心に移動しながら記録の務めを行う。
必要に応じて、最も近い持ち場の者がファビアンの補助に入る体制となっていた。
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