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30

 【 左下の引き出し 】




 マブチがどの引き出しを開けるか迷っている中、後ろで見守っていたアサヒが口を開いた。


 「左下にしねぇか。別に何か確証があるわけじゃねぇんだけどよ」


 「良いんじゃないかな。特に今の段階で、どの引き出しを開けるのかを決められる要素があるわけでも無いし」


 マブチはアサヒの助言に従って、左下の引き出しに付いている引き出しに、ボイラー室で入手した鍵を差し込んだ。鍵は何にも遮られることなく、スッと奥まで入る。マブチはそれを左にゆっくりと回すと、カチャリという音がして、引き出しの鍵が開いた。


 マブチが左下の引き出しを手前に引くと、そこには1枚の紙が置いてあった。マブチはそれを取り出すと、内容に目を通す。他の面々も覗き込むようにしてそれを見る。



 ◇


 田沢(57)……会社員、未納、6/25


 岸見(38)……ОL、未納、済


 立川(23)……大学院生、納付済、7/8


 ・

 ・

 ・

 ・


 ◇



 引き出しに置かれていたのは、誰かの苗字と年齢、そして職業と思われる内容が書かれた何かのリストのようなものだった。人によって未納と納付済という意味の不明な言葉と、日付も記されている。


 「なんだこれは……」


 「何かの取引を管理しているようなリストに見えるけど、私には心当たりがないわね」


 マブチとユリカはその内容に対して考察を巡らせる。しかしその答えのヒントは、アサヒの反応によって一部解明されることになる。




 「それは……。ああああああっ! 俺は、俺はもう足を洗ったはずだろうが! 」




 アサヒのその叫び声は、狭い室内に断末魔のように響いた。頭を押さえ、その場にうずくまるアサヒに対して、キョーコは昨日と同じように寄り添う姿勢を見せる。


 「アサヒ君、大丈夫!? しっかりして! 」


 しかし今の状態のアサヒにその声は届いていないのか、叫び続けるだけでアサヒは返事をしようとしない。彼の状態は、完全に平静とはかけ離れてしまっていた。




 ゴトンッ!




その時だった。部屋の外から強い衝撃が加わったかのような音が聞こえたかと思うと、4人の居る部屋の扉がひとりでに閉まる。部屋の中は闇に包まれ、他の3人も平静を保つことが出来なくなる。




 「な、なんだ!? 」




 「ひいっ! 」




「部屋自体が、移動してる? 」




 暗闇のまま、部屋には振動が起こり、マブチ達もそのままその場に倒れこんでしまう。機械の駆動音のような音が鳴り響き、部屋全体の振動はさらに強くなった。最早誰が何をしているのかも分からない状況に、3人は混乱することしかできなかった。












 ◇












 謎の揺れは、途端に収まった。すると勝手にしまったはずの部屋の扉が、今度は反対にひとりでに開く。光の導きがあるのはそこだけで、4人は何とか辛うじて部屋の外へと出ることが出来た。




 「なんだ、ここは……」




 マブチがそんな言葉を漏らす。引き出しのあった部屋から出た先には、この世のものとは思えないおぞましい光景が広がっていた。








 そこは、拷問部屋とも形象すべき場所。血で赤く染まった診療台、何に使われたか不明な金属器具、そして、床にいくつも伸びている、何者かが這いずったかのような血の痕跡。照明は小さな裸電球がいくつも無造作に吊り下げられているのみで、それもいくつか電気が切れかかっている。チカチカと光っては消えてを繰り返す電球が、不気味さを増幅させている。








 「おめでとうございます、アサヒ様」








 どこからともなく、声が聞こえた。機械が話しているかのような、そんな違和感を感じる無機質な声だった。その声の主は、正体を探るまでも無く、向こうからやってきた。








 「どうやら、『秘密』を思い出されたようですね」




 影。影が、動いている。




 そう思えるほどに、黒く、ゆらゆらとした、形の無い物体。それでいて、そこが目だと嫌にでも分かる白い光が、その漆黒の中に浮かんでいた。その物体はアサヒの方にゆっくりと近づくと、アサヒを介抱するようにして立たせた。それを見て、マブチは居ても立ってもいられなくなった。




 「ちょっと待て、今のアサヒ君の状態は『秘密』によるものってことなのか? 」


 「ええ、そうですとも。人には掘り起こされたくないトラウマというものがありますからねぇ。まあ、彼の場合はそれが特に顕著なようですが」


 そう言って黒い物体はニッコリと笑ったように見えた。


 「申し遅れました。私は当館の使用人をしております、そうですね……カゲ、とでもお呼びください」


 黒い物体はまるでお辞儀でもするように、黒いもやを動かして見せた。しかしその様子にマブチは不快感を覚える。


 「あんたのことは分かった。『秘密』を思い出したらここから出れるっていうのも最初の話通りだ。でも、アサヒ君をあのまま外に出すっていうのか? 」


 「……何か、御不満でも? 」


 「不満とかじゃないさ。ただ、彼と話をする時間が欲しいだけだ」


 「それならばお時間を取りましょう。どうぞ、ご自由に」


 カゲはそう言うと、アサヒから距離を取って静かになった。マブチはそれを確認したうえで、呆然としているアサヒの方に向かって話しかける。




 「アサヒ君、君は本当に全部を思い出したんだね」


 「……」


 「昨日聞けなかった君のこと、良ければ聞かせてくれないか」


 「……」


 「君がここを出て行くこと自体は咎めない。僕たちはあくまでも協力関係だ。誰かがここを出て行くことは喜ばしいことだ。でも、君のことを何も知らないままは、僕たちも心残りになってしまうから」


 そこまで言ってマブチは溜めを作った。アサヒは依然として何もない部分を見つめているように見えたが、マブチの中での一番言いたいことは何も解決していない。




 「君はそれでいいのか」


 「……っ!」


 「抱えさせてくれよ、僕たちにも。僕たちは皆、『秘密』を背負って生きていくんだからさ」


 「……そう、だな」


 マブチの最後の思いはアサヒに届いた。そしてゆっくりと、アサヒは重い口を開き始めたのだった。





 ◇ ◇ ◇




 【 アイテム⑮ 顧客リスト 】 を入手しました。





 目次から「31」へお進みください。






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