最終話 かわいい女の子
その日、父は朝からなんだかそわそわと落ち着きのない様子だった。よくよく振り返ってみるとここ二週間ほどは、ずっとそんな感じだったかもしれない。
ハンナは父からその日は絶対に在宅する様にと命じられていた。
エミリーの執筆がスザンナとの見事なコンビネーションではかどり、今はその編集作業に追われていることを父は十分に理解しているはずなのに、何故に休みの日に家になんていなければいけないのか。商会に行き仕事を片付けてしまいたい。だが、父が有無を言わせずハンナに命令することは珍しい。
大人しく家で過ごそうと決めたが、じっとしていてもしょうがない。それでもやれる作業をしようと持ち込めるもののありったけを家に持ちこんで編集作業を進めた。挿絵のラフもだいぶいい感じで出来上がっているし、この分なら順調に新刊を発売することができるだろう。
小説に目を通しているうちについがっつりと集中して読んでいたハンナだったが、屋敷中のただならぬ雰囲気に気づき顔を上げた。いつもは足音ひとつ立てない家の者達のはずなのだが、バタバタとかなりの足音がする。一人の足音がハンナの部屋へと近づいているかと思って瞬間ノックの音がした。
「ハンナお嬢様、旦那様がお呼びです。至急玄関まで来るようにと」
いつもならリンクがハンナを呼びに来るはずだが、今日はなぜだか父の右腕である家令がやってきた。不思議に思いながらも玄関に向かったがそこで驚くべき光景を目にする。家中のメイドと言うメイドがずらりと並んでいるのだ。
「これは一体何事?」
「は、旦那様のお話ではこれから大層高貴な方がお客様としていらっしゃるそうです。お嬢様がお出迎えするよう仰せつかっております」
「私が出迎える?どうして?」
「さぁ、理由は伺っておりません」
話しているうちに外の者達がさらに慌ただしい動きを始めた。ハンナの見覚えのある馬車が家の前に止まったのが見えた。その刹那、今度は皆の動きがピタリと止まった。
(あれは確か、城の馬車よね。今日は王太子殿下はエミリー様とお出かけすると伺っているし、となると馬車の中に乗ってるのは、もしかして!まさか!陛下?それとも皇后様?それなら、なぜ私が出迎えなきゃいけないの?)
ハンナも突然の出来事に思考回路がパンクしそうだったがすぐに気を取り直し居住まいをただし、出迎える準備をした。
だが馬車から降りてきたのは、誰であろう、ミゲルだった。
「出迎えありがとう」
「……ミゲル様?どうして城の馬車に?」
「今日は正式に参ったのでね」
「正式?」
「詳しい話は中でしたいが、招き入れてくれるだろうか」
「え、ええ。どうぞお入り下さいませ」
ミゲルを応接室に案内すると、そこには既にもてなしの準備がなされていた。家にあるものの中で最高級のティーセットとそれに見合ったお茶菓子の数々。取り寄せに時間がかかるものもあることから、どうやら父はこの来客をあらかじめ知っていたようだ。
椅子に腰掛けるとミゲルは「貴族の長い口上はいらないだろう」単刀直入に申したいと言ってハンナの前に跪いた。
「今日はハンナ嬢に婚姻の申し込みに参った。すでに君の父上からの承諾は得ている。式の予定は王太子殿下の結婚式の半年後を予定している。式で着用するドレスだが、テイラー商会に一任する、君の納得のいくドレスを作ってもらって構わない。もちろん装飾品もだ。かかった費用の全ては私が負担する。ああ、結婚後の住居はこの間見てもらった邸だ。内装は君に新に任せたいと考えているし、庭は好きなようにしてもらって構わない。何だったら畑にしてもらってもいい。メイドもテイラー商会から連れてきてくれても構わないし、新たに雇い入れても良い。すべて君の好きなようにすると良い。仕事だが、それらももちろん君のやりたいようにやってくれて構わない。それから」
「あ、あのっ」
「ん?なんだ?」
「まずは一旦、席についてもらってもよろしいでしょうか。急なことでよくわからないことばかりですので」
「そうか?一体何がわからないのだ」
「全てです。父は本当に私たちの結婚を了承したのですか?」
「ああ、もちろんだ。こんなに良い縁談は無いと喜んでくれた」
本当に?貴族になるのを嫌がっている父が娘を高位貴族に嫁がせることをよしとするとは思えない。それにこれが一番の疑問だが
「そもそも、ミゲル様はどうして城の馬車に?」
「王族だからな」
「王族?」
国王陛下でもなければもちろん皇后陛下でもないし、ましてや王太子殿下であるわけもない。ならば
「私は国王陛下の歳の離れた弟だからな」
(あー、そういえば教会のトップは王弟だと聞いたことがある)
ハンナはようやく思考が追いついたが、だからといって納得をしたわけでも了承したわけでもない。それに
「では、この間見てもらった屋敷、とは?」
「この間邸に来ただろう、レクチャーしに」
ミゲルの発言にハンナは驚きを隠せなかった。その表情を見てミゲルはニヤリと笑った。
「君がマヤだとすぐに分かったよ。何せ私も記憶持ちだからね。メイク、と言うものを知らない者からしたら魔法のようなものだろうけれども、化粧と言うものを知っている者からしたらある程度予想がつく。バッチリメイクで訪れたマヤと商会の一人娘のハンナをその後しばらくの間監視し続けたら、結果はおのずとわかるだろう」
「……私が記憶持ちだとわかっていたのに、なぜそのまま見逃したのですか?」
「はっきりとは公表はしていないが、王太子もかなりの記憶持ちなんだ。過去に、王族にここまでの記憶持ちが生まれる事はなかった。ゆえに記憶を利用して、この国の在り方を変えていきたいと王子は考えたのだ」
「この国の在り方?」
「それはハンナ、君の望むものにも重なるものもあるだろう。取り締まったほうが早いのならば君を記憶持ちだと糾弾する事は容易い。だが有力商会の娘である君はその記憶と地位をうまく利用し、この国へ新しい商品や考えを生み出したのだ。ならば我々もそれに乗っかったほうがいいだろうと判断した」
「……」
「君の生み出すものも面白かったしね。記憶の中にあるものと、この国のものとが相まって新たなものを生み出し続けるその様子に私たちはとても興味を持ったのだ。結果、王子はエミリー嬢を妃にと望んだ」
「エミリー様になんの関係が?」
「知らないのかい。エミリー嬢が記憶持ちだってことを」
「えっまさか」
「その様子だとジュリアもそうだと気づいてないのかな」
「……」
「ははは、これは参ったな。真の意味での確信犯か」
「ええ、知りませんでした」
「君たちの様子は逐一報告させていたし、それはもちろん王子の留学中や同行した私にも届いていた。だから王子はエミリー嬢との婚約を円滑に運ぶ為にアストレイア嬢を連れて帰って来たのだ」
「エミリー様はそのことをご存知で?」
「途中で気がついたようだがその頃にはすでに周りから固められていて婚約を受けざるを得ない状況になっていたようだな」
「それは今の私と同じ、と言うことでよろしいでしょうか」
「ああ、そうだな。申し訳ないが君の父上には、君が記憶持ちであることに気づいていると仄めかしてある。おかげで今日のように歓待されたわけだが」
「それって脅しっていうんじゃありませんか?」
「まさか、私と結婚したら今の状況と何ら変わらない生活を保障しているのだ。これ以上幸せな結婚生活を送れまい」
「結婚はそもそも好きな人と送れなければ幸せとは言えませんよ」
「ならば、少なくとも私は幸せな結婚はできる」
「…いつから?」
「何がだ?」
「いつから私のことが好きだったんですか」
「わからない。だけど君を初めて見たときに、とても表情がくるくる変わる面白い子だなぁって興味を持った。その後教会に来るたびに君のことを上で追いかけていたのは事実だ。だから君が記憶を持っていることもすぐにわかった」
「それって、私がまだいたいけな少女であった頃の事ですよね」
「…まあ、そうだな」
「そんなに小さい頃からミゲル様にお会いしてたなんてちっとも知りませんでした」
「隠れて見ていたからね」
「それってストーカーでは?」
「違う!立場上、表に出ることが許されていなかっただけだ」
「ふーん、まあそういうことにしておきましょう」
「本当に事実だからな」
「…で、ミゲル様の記憶はどういったものでどれくらいあるんですか?」
「かなりある、と言う事だけは言える。そして自分が王族だったからこそ転生と言うものがどこにつながっているのかがわかった」
「どこ?」
「ああ、われわれはヤポネと言う国の記憶持ちなんだ」
「それって遠い、裏側の国ですよね」
「ああ、遠すぎて今までわが国は何の情報も伝わってこなかった。だけど自分が王族であったがゆえにヤポネの情報を入手し、またリンネの仕組みについてもミミルファの魔導師様の見解を聞くことが出来た」
ヤポネは最近国土の開発が進み、それに伴って国力いわゆる神の力が落ちているそうだ。
ヤポネの中で循環できていた力が溢れ出し、星の裏側にあるわが国にその力が浸透溢れ出したのではないかと言うのが魔導師様の見解だった。近年濃い記憶持ちがたくさん生まれているのも納得できる。
「まあ、それでヤポネに留学されていたんですか?」
「自分の記憶のルーツも知りたかったしね」
「何か見つかったのですか、そこで」
「あったのはたくさんのデジャヴ感。
それから、国に持って帰って商品化しようと思い、たくさんのものを買って持って帰ってきた。が、すでにわが国ではさらに改良加えたものが発売されていたというね」
「す、すみません」
「謝ることでは無いさ。今のまま、バンバン新しい物をこれからも開発していってほしいと思っている」
「はあ、期待に添えるようがんばります」
「と言う事は、だ、私との婚姻を受け入れたと言うことで良いかな。早速戻って城に報告しなければ」
「…っ!」
「とても大事にするよ。幸せになろうね」
そう言うとミゲルは、今まで見たこともないようなとびっきりの笑顔でハンナに微笑みかけたのだった。




