ジュリアのテクニック
鏡の前で微笑んでみる。
にーっこり、にんまり、むふふふふ。
うむ、我ながらよく出来ているわ。笑顔の使い分けも完璧よ。
エミリー様は酷いって仰っていたけれど、鏡の前の小悪魔な私はだいぶ板についてきたと思う。
エミリー様が誰でもいいから試してごらんなさいとおっしゃっていたしと、馬鹿正直にハンナは試してみることにした。だがハンナの周りの親しい男性と言えばリンク位だ。一応リンクに向かって、ふふふと微笑んでみたが、はぁー?とげんなり魂の抜けたような表情しか得られなかった。
小さな頃から互いに見知ったものでは、ジュリアの技も違和感でしかないだろう。そもそも、鏡の前でイメトレしているところも度々見られているのだから、効果があるとは思えない。
かといって学園では親しい男性がいるわけでもなく、その機会は得られそうにない。となると
「ごきげんよう、ミゲル様」
ハンナは自分の持つすべてのテクニックを駆使し、ミゲルに近寄った。
上目遣いでにっこりと微笑むハンナの様子にミゲルはと言えば
「今日の貴女はいつにも増してお美しいのですね。どんなあなたでも素敵で」
ミゲルが気持ち心なしか顔が赤くなったように見えた気もしたが、ハンナは気に止める様子もなくそのままミゲルの言葉を塞ぐようにジュリアの技を行使しようと行動に移した。
「そんな恐れ多いですわ」
なんて事は無い、普通の、通常通りの挨拶だ。だけど違うのは下からそっと見つめる上目遣いの瞳、さりげなく胸を両腕で挟むようにきゅっと腕を抱くような可愛らしいポーズ。
そしていつもよりも少しを柔らかく高く、可愛らしく発生する声。
ジュリアのレクチャー通りなら、これは完璧な演出だ。
「いいえ。今日のあなたはさらに可愛いらしい」
ハンナは自分の技がミゲルに効いたと思って、心の中でむふふとほくそ笑んだ。
「先日のあなたも大変魅力的ではあったが、今日のあなたもまたとても惹かれるものがある。私をこんなに翻弄させて、あなたは本当に困ったお人だ」
先日のあなたと言われてもハンナはいつも通りのメイクを施し、いつも通りの華美ではない服装をして教会を訪れていた。だけど今日のハンナを違うと認識するミゲルのようなものがいるのだ、ハンナの演じるジュリアの小悪魔テクニックは口を奏したといえよう。
ミゲルはそのままハンナをエスコートして応接間に導こうとするが、ハンナは笑みを絶やさずいつもの口調で言った。
「ミゲル様。私礼拝がまだ済んでません。教会は祈りを捧げる場所ではなかったかしら」
「ああ、これはこれは私としたことが。貴女の魅力にやられてしまって気が急いでしまったようだ。それでは礼拝堂まで案内させてくれ」
「案内していただかなくても目の前にございますし、敬虔な信徒の私がどれだけ教会に通ったとお思いで?」
「ああ、そうだったな。だから、ここでこうして出会えたのだった。リンネの導きに感謝する」
「もう、話しているうちに着いてしまいました」
「そうか、ならここで待っていよう。この後、ハンナ嬢の為に取り寄せた美味しい菓子を用意してあるから」
あれ?おかしいわね。ジュリアのテクニックはさっき披露してばかりなのに。この頃、珍しいお菓子を見つけたと言っては用意してくださっている。もしかして、私ってばジュリアの本の編集に携わっているうちに知らず知らずのうちにモテテクが身についていたのかしら。
ミゲルの方に向き直り笑顔を向けると、蕩けるような表情で「ではここで待っている」とミゲルは再び言った。
礼拝堂に入りハンナは無心に祈る、と言いたいところだが、雑念の嵐渦巻く脳内だった。
なんでなんでなんで?あの破壊力いっぱいの笑顔はどうして?
確かにミゲルはハンナが教会に訪れるとおいしいお茶菓子やらお茶やら用意してくれていた。でもそれは今に始まったことでは無い。じゃあいつから?
出会った頃はミゲルは今のように甘くはなかった、はずだ、多分。
甘い?甘いって何?
ミゲルの行動は常に同じだ。何も変わってはいない。始めの頃こそ立ち話で、必死に会話をぶった斬って切り抜けようと頑張ったハンナだったが、美味しいもの、珍しいもの、ハンナの心を蕩かすお茶菓子を餌についつい誘われるままにもてなされていた。
前世の記憶持ちの疑いがある平民の娘を揶揄いやがってと初めの頃こそ内心息巻いていたが、ミゲルとの会話は単純に楽しかった。テイラー商会の新商品の情報にも目敏く、また他国の知識、とりわけハンナの興味を惹くような生活に必要な便利アイテムの情報を面白おかしく話してくれた。ハンナの気安い態度にも嫌な顔をせず、むしろフランクであることの方が喜ばれている様子すらあった。
多額の寄付を施すテイラー商会の一人娘だから、そんなものかと考えていたが、もしかしたら違うのかもしれない。
祈り終えたハンナを出迎えるミゲルの様子を見て、ようやく気づいたのだ、認識せざるを得ない程にミゲルの表情は甘かった。
そうして、ジュリアの小悪魔テクニックって、凄いのねとミゲルのエスコートを受けながら深く納得したのだった。




