噂話其のニ
ミゲルの屋敷は中央教会のすぐそばといってもいいような場所にあった。
さほど大きくはない家で、テイラー商会のハンナの建物の方が大きさだけで言えば勝っている。ただ外観も内装も上品で、成金趣味と言う事は全くなく無駄に光輝く派手さも絢爛さもない。だが置かれているものや使われている素材等がすべて良質なものであることが一流商家の娘であるハンナには一見してわかり、ミゲルの品性を感じてしまう。一言で言ってしまえばそう、歴史のある金持ち、の家だ。
そしてそこにハンナを出迎えようと美しくたたずむミゲルの姿があった。
(に、似合いすぎる)
良質なものに囲まれたミゲルもまた上流階級の人間であろう品の良さを漂わせ、歓迎する言葉も所作も研ぎ澄まされていた。
だというのに、ミゲルはマヤを前にするとこれでもかというほどに褒めちぎった。
「いやーこれはこれは!本当に噂通り美しい。地上に舞い降りた天使のようだ」
「テイラー商会から参りました、私」
「そんな堅苦しい挨拶は抜きにして。今日はたっぷりとその美しさについて聞かせて欲しい」
「…畏れ多いことでございます」
ハンナの普段の話し方とは違い、ゆっくり緩やかに柔らかく暖かくのんびり〜と話すように心がける。
とにかくハンナと同一人物であると思われてはまずいのだ、声のトーンも若干高めにだけどおっとりと発声する。
ミゲルはハンナをさりげなくエスコートし、これまた品の良いこじんまりとした客間に案内した。相変わらず無駄のない美しい動きだ。
「今日を本当に楽しみにしていたのだ。化粧というものは、どういった変化をもたらすのか、非常に興味深いな」
「お見受けしたところミゲル様は上手に化粧品をお使いになっているように思われます。肌のキメがとても細かいですし、しっとりとされておりますわ」
「あぁ、ハンナ嬢に教えてもらった通り、手入れをしているからな。ツヤツヤだろう?」
「でしたら、もう私の指導などいらないでしょう?」
「いやいやいや、その麗しい姿をぜひ拝見したかったのだ。確かに噂通り華やかな顔立ちだ。噂などあてにならないものだと今まで思っていたが、そうでもないようだ」
「まあ、ミゲル様のお耳に届くまでの噂とは一体どのようなものか恐ろしくて知りたくもございませんわ」
「俗世を離れた身とは言え、みんなと同じように世間の様子も耳に入ってくる。それにハンナ嬢と教会で話をさせていただいている通り、普通の生活を私もしている。しかし……本当にこの世のものとは思えないほどに美しい。化粧と言うのはとても華やかに見せるものなのだろうな」
ふむ、と顎に手を当てて感心するミゲルはマヤの顔をまじまじと興味深く見つめた。
マヤ(ハンナ)は内心ドキドキしたが、今日はいつもよりさらに念入りにメイクを施してある。
それに学園に通い貴族と接するハンナは、普段から気さくで元気の良い素の自分をさらに盛って過ごしていた。お淑やか且つ凛としたマヤと対比するように。
少し見つめられたからといってバレるようなことはあるはずがないのだ。
「そうですね、このメイクは華やかに見せるメイクですが、逆に落ち着いて見せたり地味に見せたりといったこともできますのよ。それから艶やかに色っぽく、とかもね」
そう言って少し妖艶に微笑んでみせた。もちろんジュリアの指導の賜物だ。そこまですればまさかハンナと同一人物だなんて思われないだろう。
「うーむ、そのままの化粧でも色気があるのにそんなふうに微笑まれたら心臓を鷲掴みにされたようだ。その上艶かしい化粧を施されたら、ひとたまりも無いな。そうやって私だけでなく、他のものも虜にしているのだろうか?」
ミゲルの瞳の奥に光る何かが見えた気がしたが、素知らぬふりでマヤ(ハンナ)は営業用の取り繕った笑顔で躱す。
「ふふ、揶揄わないでくださいませ。それでは講習に移りましょうか」
「まだもう少しゆっくりお話をしていたい。うちに来ていただけることが決まって、珍しい菓子も取り寄せてあるし、うちの料理人に美味しいデザートも作らせたのだ」
「申し訳ございません。せっかくのお言葉ですが、そういったおもてなしは一切誰からもお受け致しませんの。申し訳ありませんが」
「そうか。でもこうして我が家で話せる機会はそうない。もう少し評判のその美しい姿をゆっくりと眺めていたいし、君をゆるりともてなしたい」
ミゲルはマヤ(ハンナ)の手を取って、柔らかく囁いた。
(てっ手っ、手をーーーーっっっ!)
「と、とんでもございません。ミゲル様のような方と私ごとき平民がお話しするなんて恐れ多いことでございます」
「身分などそんな事は無い。それに、私とあなたの仲ではないですか」
(私とあなたの仲ってなんだよーっ)
ミゲルもテイラー商会の財産に目が眩むただの男だったかと甘々なミゲルの態度にげんなりしたが、キラキラミゲルに気圧されまいとぐっと堪えて毅然とした態度で接する。勿論、物腰は柔らかく穏やかに、だ。
「そんな、ご冗談を。それに今日はテイラー商会から美の伝道師として参っていますので、お仕事させてくださいませ」
「それもそうか。ゆっくりティータイムが出来ないのは残念だが、それはまたの機会にしよう」
(??またの機会ってなに??次があるとでも??)
「君のその技も早く見たいしな。では、ご教授願おうか」
すでにぐったりとしたハンナだったが、これからが本来の仕事と言い聞かせ、ふらつきそうになる足を踏ん張り施術を行うのでした。




