噂話其の一
まことしやかに囁かれるその噂ーーー。
エミリーが朝、王城から学園に登校したらしい。それに伴って王太子の婚約者が内定したというのだ。
「ああ、まいってしまうわねぇ」
「今まではただの噂話だったのがこの出来事で決定打ですよ、いいんですか?エミリー様」
「…良いも何も、どうしようもないわ」
「侯爵家御令嬢のエミリー様が王妃様、エノシガル国商家の御令嬢であるアストレイア様が愛妾。皆が確定事項と噂してますわよ」
学園のサロンでエミリーとハンナがお茶を飲む。遠くから眺めている分には、令嬢たちの優雅なティータイムだが。
あの日、エミリーは意識を失ったまま王城の客室に運ばれて寝かされ、結局そのまま朝まで過ごした。
そしてそこから学園に登校したのだ。
もちろん制服等は侯爵家から使いの者によって届けられた。王城からの指示だ。
「いったい気を失う前に何が起こったのですか?」
「…私もよくわからないのよね」
エミリーのその様子を訝しんでハンナは見やる。
「でもまぁ学園でもあんなに王太子殿下と仲がよろしいのですから、それも良いのかもしれませんわね」
「ハンナはそうやってまた気やすくそういうこと言うんだから」
「だってエミリー様が王太子妃、ゆくゆくは王妃様となられれば、この国の女性進出のスピードはかなり加速するでしょう?平民である商家の娘の私は、いくら一生懸命に活動したってたかがしれてますもの。エミリー様にぜひご活躍してほしいです!」
「それはハンナがやるから意味があるのよ。それに私だって夢があるわ。ずっと大好きな物語を書いて過ごしたい」
「それは大丈夫です。テイラー商会は王妃となったエミリー様に王家に内密にバックアップの体制を整えたいと今から考えております。不敬とおっしゃられようが秘密裏に小説執筆活動を推奨いたします!」
親指をぐっと立てて笑顔で真っ直ぐに見つめる。その先には呆れ返ったエミリーの表情があった。
「第一、学園の様子を見るからにエミリー様は王太子殿下と仲がいいじゃないですか。とても気が合ってるようにお見受けいたしますよ」
「そうね、気が合うか合わないかで言えば合うのよね。だから困るの」
そう言うとエミリーはふうっと大きく息を吐いた。
「考え方は年下と思えないほどにしっかりされていらっしゃるし、価値観や趣味は似ているし、好きなものだって結構被ってたりで。この間なんて最近流行っている……って私の話はどうだって良いのよ。流行っているといえばテイラー商会の新商品が、かなり売れているそうじゃないの?」
売れ行き好調の新商品、もちろんそれは男性用化粧品だ。
男性の肌にも合い匂いも少なく油しっとりテカテカな肌はさっぱりと、乾燥しやすい粉吹き芋肌にはしっとりと、薄い頭はふさふさふさふささらさらと、ギトギト頭はきゅるるんと、かゆいところに手が届く至れり尽くせりの男性用化粧品なのだ。
今までは売り上げの中心は女性客だったが、貴族の覚えめでたく男性たちもこぞってテイラー商会の商品を求めるようになった。
「新商品、ね」
ハンナは頭が痛い。いや痛くなってきた。ミゲルのことを考えるだけで割れるように痛い。重しが乗っかったように頭は重い。きりで穴を開けられたようにズキズキギリギリゴリゴリと痛みが走る。
ミゲルにマヤのレクチャーはまだしていない。いくらなんでもすぐに予約を入れることはできない。ただその間に商品のほうは店頭で売っても良いと約束は取り付けた。
ミゲルは現在新商品の男性用化粧品はハンナに教わったやり方で使用はしている。美しいお顔がさらに五割増しで輝いて見えるのは気のせいだろう。そして会うたびに講習会はいつかいつかと催促される。
テイラー商会の会長である父とも相談し、ようやくマヤの講習会の日取りを決めた。よってハンナは現在憂鬱である。
「それはそうとハンナ、その髪飾り、とても素敵ね。とても珍しいもののように見えるけど」
ハンナがつけている髪飾りはミゲルにもらったヤポネのお土産だった。この辺には売ってはいないだろう。さすがはエミリー。
「さるお方からいただきましたの。ヤポネの名産品だそうです」
「それはずいぶんと珍しいものを。わが国で、遠いヤポネ国のものが手に入るなんて」
「そんなに珍しいものなんですか?それだったらこうしてつけて歩かないほうがいいですね」
とても可愛らしい髪飾りだったのにとハンナは内心がっかりした。美しい細工に眺めているだけでも悪くはない。でもできれば髪の毛につけて出歩きたい。だってやっぱり女子はかわいいものが好きだよね。
「そうね、ヤポネのものというのが気にかかるわ。一体誰から頂いたのかしら」
「そっそれは内緒です」
「あらあら、ふふふ照れちゃって可愛いわね」
「てっ照れてませんけどっ」
「あらそうお?」
照れたりなんかするわけがないのだ。こちらはミゲルに会うのも嫌で嫌で仕方ないのだ、今だって考えるだけで胃がきりきりしてくる。
(はぁーどうしようかしら、って悩んでいたって仕方がないのよねぇ)
そんな胃の痛い日々も幾日か過ごし、ようやく来る休み、講習をする日がやってきた。




