土産品
「…あいにく、マヤは多忙を極めておりまして、貴族様向けの講習はすでに予約でいっぱいです。今から申し込まれても一年ほど先になるかと」
平民向け講習会はセリーナが定期的に教室という形でまとめて行っていたし、貴族向けも結局は侍女への講習になるためセリーナが屋敷を訪れて指導していた。
マヤの講習はプレミア感を演出するために上のつくお得意様に限り、月に一度ほど行なうようにしている。
回数が少ないのは商品の監修で多忙であるというのが表向きの理由だが、希少価値がある方が貴族の虚栄心をくすぐる。
テイラー商会の上顧客とは事実、富の証なのだから。
マヤのレクチャーは侍女に指導しながら令嬢に施術するのが通常となっている。そしてその後令嬢は語るのだ、マヤは噂通り見目麗しい貴婦人の鏡のような人物であったと。
「私の希望で作られた男性用の化粧品だが、店で他の者に売るなとは言わない。されど発案者の私が使用前にマヤ嬢のレクチャーを受けたいと望んでも、バチは当たらないだろう?」
ミゲルの穏やかな微笑みはハンナにとって恐怖でしかない。脅しとも取れる台詞にも冷や汗が滝のように流れ出そうだ。
「…持ち帰って検討させて下さい」
「ああ、良い返事を期待している」
「では、本日は私から簡単に商品の説明をさせていただきます」
この流れだとマヤのレクチャーは避けられそうにもない。ならば自分とマヤの言い回しがかぶらないようにしなければならない。
いつもよりことさらそっけない言葉選びで、商品の説明をハンナは簡単に済ませた。
「ふむ。さすがはテイラー商会の商品だ。ヤポネの物に劣らない素晴らしい物ばかりだ」
ミゲルは化粧液を手の甲に伸ばすと感嘆の言葉を漏らした。
「お褒めに預かり光栄ですわ。それにしてもそんなに素晴らしい国なのですか、ヤポネという国は」
「ああハンナ嬢にも是非見せたかったよ。だがその代わりにと君にはたくさんの土産を持ち帰ったから。私は誰かさんとは違って、親切丁寧詳細に説明させてもらおうかな」
(だ〜か〜ら〜微笑むのはやめてほしいわ)
ミゲルの美しい顔でにやりと笑うのは勘弁してくれと心底願う。そして本当にこいつ性格悪いなと内心毒づく。でも、ミゲルのお土産も説明も、ハンナの心をときめかせる。
土産の選び方もポイントを押さえた説明も心踊らせるものだった。
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「これ、エミリー嬢にあげるよ」
王城の客間でいつものように優雅にティーカップを持ち、艶やかな唇をしっとりとした陶器にエミリーが寄せた時、王太子は懐から小箱を取り出しエミリーの前に差し出した。
「これは?」
「先日珍しいものが手に入ってね、君にぜひあげたいと思ったんだ。受け取ってくれると嬉しいな」
「それは断っても良いと言う意味でしょうか」
「受け取って喜ぶ君の姿を見たら僕は嬉しい、って言う気持ちを伝えたまでだよ」
「……それでこれは何なのですか?」
「ヤポネの土産だそうだ」
「…ヤポネ?そのような遠い国の土産ですか?我が国はそんな国と外交しておりましたかしら」
「交易を始めたばかりさ。つながりはこれからだ」
「そうなのですか。それにしても…変わったお品ばかりのようですね」
「そうか?なかなか興味を引くものばかりだよ」
「初めて見るものばかりで、私には何がなんだか」
「そうか?エミリー嬢なら興味を示してくれるかと思ったのだが。ヤポネのような遠い国とわが国の交易があるかないかまで把握している御令嬢なのだからな」
「買いかぶりすぎですわ」
「そう?だがこれらの品は素晴らしいものばかりだろう。君に見せたかったから、ミカエルに無理を言って譲って貰ったのだ」
「ミカエル様?この任についておられたのですか?あの方が」
「君はこれらの品よりミカエルの方を気にするんだね。なんだか妬けちゃうな」
「表舞台で活躍される事を避けていらっしゃるのでは?」
「ああ、確かにそうだけれどこれはミカエル以外には任せられないしできない仕事でもあったからね。適任者は彼をおいて他にはいない」
そう言って顔を緩ませる王太子の表情はいつも浮かべる笑みとは違っていて、柔らかく温かなものだった。彼がミカエルに寄せる信頼はよほど厚いものなのだろうとエミリーは推測した。
「この国のリンネ教というものは、一体何なんだろうね」
王太子の突然の発言にエミリーは理解ができず、真顔でじっと見返した。
「私が留学していた時に面白い話を聞いたんだ。その話をしてくれたのはミミルファ国の魔導師様だった。彼女は確証は無いけれどと前置いてたのだが、それは私の考えを裏付けるものであった」
王太子の話の先が見えない。
なんと返事をしていいかもわからないまま、相槌すら打てずにただひたすら王太子の顔を見つめる。
王太子はエミリーのその戸惑いの様子を理解しているのかどうか。
ただ口角を上げると瞳の奥を光らせた。
「なあ、エミリー。
前世の記憶とは、何だろう?どこの国の知識なのかな?」
王太子殿下のいつもよりさらに気安く砕けた物言いと突然の呼び捨てに、エミリーの思考は絶たれ、くらりと目眩がしたかと思うとそのまま意識を失った。




