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15.婚約破棄そのにー傍若無人な伯爵子息ー




「ここに呼び出したのは他でもない。お前に大事な話があるからだ」


「そう。丁度良かったわ。私の方からも大事な話があったから」



 学園の誰も通らない裏庭の隅ーーー。

婚約破棄そのいち、でも使用した学園婚約破棄の舞台だ。



「そ、そうか。なら、お前の話から聞こう」


「その言い方、相変わらずね。もう少しどうにかならないのかしら。でも、今日はそれが有難いわ。……私との婚約を破棄してください」


「な、何?どういうことだ、まさか、」


「どういうことも何も、そのままよ。私との婚約をなかったことにしてほしいの」


「……そんなことをしたら、お前は困るのではないか」


「ハヌート様がいなくても、全然困らないわ。それに私、運命の出会いをしたの」


「そ、そうか、本当なのか……、わかった。お前の望む通り、婚約破棄に応じよう。だが、お前からの一方的な破棄だとまずいな。互いに納得しての解消であるということで、いいな?」


「相変わらず、自分の対面ばかり気にするのね。まあ、私は構わないわ。婚約が無効になるならそれでいいから」


「ああ、円満に収まるように努力しよう。すぐにでも手配させる」


「そう。なら良かった。で、ハヌート様のお話とは?」


「……いや、私の話はもう必要ない。では場を整えたら連絡しよう。……今までありがとう、カナリー嬢」


「こちらこそ、いままでお付き合いくださって、ありがとうございました。エミリー様、立会人になってくださいましてありがとうございました。ジュリア様も相談に乗ってくださいまして、感謝しております」



 凛と響く美しい声で話し頭を下げるカナリーにエミリーは優しく微笑む。後ろに控えるジュリアも温かな眼差しでカナリーを迎えるように笑った。ハヌートが裏庭を後にすると三人は寄り添って歩いた。



「それにしても、お二人のおっしゃったようにハヌート様は、あっさりと受け入れてくださいましたね、私が望んだこととはいえ、少し拍子抜けしてしまうほどです」


「そうね。私たちは貴族ですもの。互いに家の事情というものがございますからね。いろいろございましょう」


 にこりと笑うエミリーは美しいが、その微笑みの奥には深い思慮が感じられてカナリーはうっとりとみつめてしまう。



「流石、エミリー様ですわ。私たちでは得られない情報をきっとご存じなのですね。立会人にもなってくださったお蔭でハヌート様もすんなりと婚約の解消を認めてくださいましたし、ジュリア様は幾度もお話を聞いてくださって。お二方には本当に感謝しかございません。しかもあのような素晴らしい方に引き合せくださって」


「いいえ、出会いはきっと運命でしたのでしょう。私はなにもしておりませんわ」



 ある音楽会にエミリーは、カナリーとジュリアを伴って聴きに行った。そこでアンティポーノ伯爵家の三男であるジェイムズをさりげなく引き合わせた。彼は音楽に非常に造詣が深かったので、美声で有名なカナリーとすぐに意気投合し、みんなで幾度か会ううちに互いに惹かれあうようになった。だがジェイムズは嫡男でもないし体を動かすことも苦手だったため騎士や軍隊に所属する道も開けず、そんな自分に引け目を感じていた。だが、穏やかで優しく思いやりに溢れるジェイムズにカナリーは心惹かれた。


 音楽さえあれば伯爵家の領地のはずれの小さな家で慎ましく暮らすのも楽しいはずと夢を描くカナリーに学園を卒業した後、仕事を斡旋できるとエミリーは言った。

テイラー商会が音楽を庶民にもっと浸透させるべく行動を始めたからだ。王侯貴族の嗜みや娯楽だけではなく、庶民も気軽に楽しめる音楽会を開きたいと活動を開始したのだ。

ジェイムズとカナリーは、教師としても音楽家としても優れていた。それを見逃すテイラー商会ではない。

 それにしても、とエミリーは思う。人間先入観や思い込みが及ぼす影響は大きいようだ。ハヌートの口調は傍若無人であったかどうか……。





*****





 ハヌートが裏庭を後にし向かった先には、ハンナと、デイジー子爵令嬢のマーガレットがいた。




「ありがとう。ハンナ嬢の言うとおり、本当にカナリー嬢から無事に婚約解消の申し出があった」


「それはよかったですね」


「ああ、これで私とマーガレットの婚約を結ぶことが出来るだろう。……マーガレット、今まで待たせてしまった、申し訳ない」


「謝らないで、ハヌート。私、幸せよ」


「あとは父上の説得だ。これもマーガレットの力を借りなければならず……、君には本当に苦労を掛けてばかりで申し訳ない」


「いいえ、私、ハヌートの為なら頑張れるわ。それに今まで何もできなくて申し訳ない気持ちでいっぱいだったもの、貴方の為に何か出来る事が嬉しいの」



 「マーガレット、ありがとう」と話すハヌートからは学園生活で見る傲慢な様子は全く感じられない。愛おしそうに見つめる眼差しもマーガレットの手を優しく包む手も人柄が偲ばれるような温かさを醸し出している。この二人は王都のタウンハウスが隣同士の幼馴染だった。穏やかな性格で花を愛でるのが好きな二人は気も合い、互いに好ましく思っていたのだ。だが、貴族は好ましいということだけでは婚姻を結べない。



「では、最後の仕上げに参りましょう」



 ハンナはニッコリと微笑み、最終打ち合わせを行った。





******




 学園が休みの日の午後、ピグス伯爵邸の客室で婚約無効の話し合いが行われた。そこに現れたカナリーの様子にハヌートの父、ピグス伯爵は目を見開いて驚いた。


「……カナリー嬢、しばらく見ないうちに大分印象が変わったように思われるが、その、柔らかくなったと言うか」


「はははっ、我が娘は最近表情が優しく女性らしくなったと周りからお褒めの言葉をいただくようになりましてな。この頃ではディーバなどとも呼ばれているらしく、女は変わるものですな」


「そうですか……。私としては、強気な、あ、いえ、しっかりとされた佇まいのカナリー嬢がうちの息子に好ましいと思っていたのだったが、なるほど、この様子なら確かにこの婚約は白紙に戻した方がいいのかもしれない……」



 そう、カナリーの気の強そうなつり目はアイメイクによって最近はタレ目仕様だ。化粧で「魅惑のタレ目で庇護欲醸すぞ」作戦決行中なのである。目尻にアイラインを下げて引く。マスカラだって目尻にボリュームアップ、下まつげも忘れずに塗り上げる。



「…………」



 そして、発言を控える。これで完璧だ。恥じらい目を伏せるカナリーは淑女の鏡のようだったが、それはピグス伯爵の望むところではなかった。ピグス伯爵は気弱な息子を良しとせず、気の強いカナリーと結ぶことで精神を鍛えようとしたのだ。

幼馴染の大人しいマーガレットと一緒ではいつまでたっても強くなれないと考えていた。だが、先日、庭でハヌートと話すマーガレットを見て驚いた。優しそうな印象だった少女の面影は微塵もなく、意思の強そうな凛々しい女性の姿があった。挨拶も以前とは違い物怖じせず、会話もはっきりと話すマーガレットに伯爵は驚いたのだ。そしてそのマーガッレトに堂々と話す我が息子にも。


 マーガレットのメイクは「意思のある大人女性」だ。眉毛に角度を持たせ力強い印象を持たせる。眉頭にも角度をつけるのがポイントだ。鼻筋にシャドウも少し入れてメリハリのある顔立ちに、アイライナーもマスカラもしっかりさせてはっきりと凛々しく仕上げる。

そしてここからが大事なのだが、鏡の前で力強い自分の顔を脳に定着させ、自信を持ちはっきり話すように何度も練習させた。その状態で話すことに慣らす為、テイラー商会でウィンドウショッピングさせたり、孤児院に連れて行ったりと経験を重ねた。いまではメイクを施すと何かが憑依したかのように凛とした大人の女になれるそうだ、女優の素質があるのかもしれない。




 こうして婚約は無事に白紙に戻り、そして、それぞれが新しい婚約を結んだ。

カナリーの父が「魅惑のタレ目で庇護欲醸すぞ」作戦によって、淑女となりモテ始めた娘にジェイムズよりも好条件の相手を見つけられるのではと婚約者探しを始めようとしたので、慌ててカナリーは本来の勝気な性格とつり目をアピールすることでようやくジェイムズと婚約できたのではあったが。












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