14.神官ミゲル
「これはこれは、テイラー商会の御令嬢ハンナ様ではございませんか。いつも多額の献金と様々なご寄付をありがとうございます」
その涼やかな顔と透き通る声に、ハンナは内心舌打ちをした。
どういうわけか、目の前にいる黒髪ロン毛超絶イケメンが苦手だ。内心を見透かされているような眼差しと、わかってるぞと言わんばかりの圧のある声音にうんざりする。が、そう思っているのはハンナだけのようで、ミゲルの登場に周りからは黄色い声があがる。
「恐れ多くも大神官さまよりお声をかけていただけるなんて、日々精進してきたことの現れでしょうか。これからも真心を込めて祈りを捧げつづけてまいります。では」
頭を下げたまま後ろに下がりそのまま逃げようとしたハンナだったが、「それはそうと」と話を続けるミゲルにあっさりと遮られた。
「此度はさらに面白い絵本や玩具をお持ちになったとお聞きしました。本当に素晴らしい。テイラー商会にたくさんのご加護があらんことを、」
「ありがとうございます。では」
「それにしてもテイラー商会の新商品開発に向ける努力は、素晴らしいものがありますね」
「…ありがとうございます。では」
「最近では、人脈にもお力を入れておられるようで。人の結びつきも大切なものでありましょう」
「ありがとうございます……、では」
「恋愛の相談もまた然り」
「……、」
「縁結びを神に祈念するのもまたよいものでしょう」
「……そうですね、では」
「ハンナ様には縁を結んだ、婚姻の先に何が見えておられるのでしょうか?」
「……」
「ハンナ様のような、聡明な方はきっと、ご両親が決めた相手では、ご満足されないのでしょうね」
「いいえ、わたくしは家の決定に従うのみ、です。では、失礼いたします」
まだ何か言いかけたミゲルだったが、ハンナは頭を下げ目を伏せたままその場を去った、私はこの後、子ども達に絵本を読むのだから忙しいのよ!と心の中で言い訳をしながら。幸い、ミゲルは追ってはこなかったようで安心しほっと息が漏れたが、なんてことはない、子どもたちの読み聞かせの場に、壁に体を預け優雅に笑っているミゲルがいた。
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「ああぁぁぁ、今日は最悪だったわ」
「ローテーション的にミゲル様はいらっしゃらない筈なのですけどね、何か教会の体制に変化でもあったのでしょうか?」
「しかも、あれ、遠回しにハンナ様たちの恋愛相談室のこと言ってましたね」
「だよねー、相談室のことだよね。なんで学園の噂話がミゲル様までいってんのかなぁ」
商会に戻る馬車の中でリンクとスザンナとで声を潜め話をする。御者に聞かれている可能性も考えて、最低限の敬意をハンナに払って会話をする。
「やっぱりミゲル様は得体が知れないわ。接触は本当に控えなきゃ。スザンナ、悪いけれどしばらくは教会に通って、様子を見てくれる?ミゲル様の訪れるタイミングを考え直さなきゃ」
「はい」
「あと、何人か気になる子もいたし、孤児院もいい感じで進んでいるから、そっちも様子を見て欲しいの」
「はい」
記憶持ちの子に気が付けば、迷うことなく教会に進言はしている。それは国民の義務だ。王都一のテイラー商会が国の規律に反することをするわけがない。だが、記憶持ちの子が親元を離れてまで国に一生を尽くしたいかと言われれば、皆が皆頷くものではないだろう。それに記憶の量や質が良いものほど早期に王城に召し抱えられるのだから、前世を思い出し混乱する小さい子ならなおさらだ。沢山の報奨金や良待遇であっても迷う子どもは一定数いるのだ。
ただ、孤児院育ちの子は違う。
王城に召し抱えられることを誉とし、進んで王城仕えを希望する。それは間違ったことではない。だけど、とハンナは思う。前世の記憶を持っていようがいなかろうが、そんなことに関係なく自らが生きたいように生きていける生活が望ましいと。
自分の努力で糧を得られる、そんな国になってほしい。一市民がそんなことと笑われるだろうけれど、願うだけは自由だ。そして、国を変えることが出来なくてもせめて自分の周りぐらいはどうにかしたい。
そうして今までやってきたのが、孤児院への多大なる寄付と投資だ。店の一番近くにある孤児院はもはやテイラー商会が運営していると言ってもいいほどに、孤児院は商会に依存していた。おかげで孤児院の運営と方針は少しずつテイラー商会の要望を叶えるものとなっていき、今では実質商会のものであるといっても過言ではなかった。
ハンナはそこで、教育を試みた。職業訓練のようなものだ。親の無い子たちが自活できるよう、文字や計算、炊事洗濯、敬語にマナー、社会に出ても困らないほどの教育を受けさせた。中にはそういったことに向かない子もいたが、個人の適性を見極め、力仕事を任せたり、野山で活動できるための知識や行動を学ばせた。剣術はさすがに教えられないが、護身術程度のものを筋トレと共に行った。
気付けば、孤児院の収容人数は増えていき、だが引き取り手は後を絶たない。もちろん商売に向いているものには勧誘を試みる。当然だが、こぞってテイラー商会へと集まるのだ。
それは孤児院に限ったことではない。教会においても資質を見極めテイラー商会に適していると思うものにはそれなりに目を掛けた。テイラー商会は王都だけではなく地方の町にも支店を出すようになり、優秀な人材は喉から手が出るほど欲しい。表立って教会にわかるような行動はとっていないつもりだったが、ミゲルの相談室を匂わすような発言に内心穏やかではない。
「だから、ほんと、ミゲル様って苦手なのよね」
スザンナに今後もなるべくミゲルを回避できる様、教会の様子を探るよう指示し、それでも落ち着かない気持ちを今後の婚約破棄そのに、の計画にぶつけることにした。




