笏鳴婆の住処
森は繁っており、どんどんとミコは進む。
既に日は落ちて暗闇の中進んでいた。
不思議と恐怖感はなく、ただ道なき茂みを手でかき分ける様にミコに着いていった。
少し開けた所でミコは止まる。
「よし。ついたよ〜疲れた〜」
「ハァハァ‥やっと着いた。。ってここは?祠?は?」
僕は多分間違えていない。そこは凄く簡易的な、小さな「独立棟持柱屋置」というのだろうか。遠目に見たら鶏小屋に柱が着いただけのツリーハウスの様だった。
「笏鳴婆〜起きてる?くたばった?」
暗闇の茂みからその声で鳥がバタバタと飛びさる。僕もビビッた。こんな大きな声が出るなんて。
「五月蝿いのぅ!‥なんじゃみぃか。。来ちゃいかんと言ったじゃろうが!」
「おー♪生きてた。婆、泊めてよ。お腹空いた〜」
「‥また喧嘩して来たんか。ほれ勝手に上がれ。水瓶に注いで水もって上がれ!」
器用に水瓶から少し大きめの木器で軽く洗い水を注ぎ、グビグビ飲む。また注ぎ頭に乗せてトン、トンと飛び上がる。うーん猿っぽい。
「ほら!スイも上がりんさい!」
ともかく僕も二本の柱に空いた足掛けを蹴って上がる。階段などないし、高さ1mくらいなので普通に上がれた。
祠の奥には少し明かるくなっていたが、それは僅かな火がジリジリと小さな皿受けで揺れていた。そこにミコと同じ位の大きさの老婆が丸まっている。
「なんだい、童も連れて来て。みぃ。。ここは知らすなと「婆、ムラ無くなった」‥何だって!?」
「弧萼が攻めて来て。殺られた。父も村長もスイの父大慈おじさんも。皆死んだ」
少し口に詰まったが、婆さんは木器から大きめの葉で水を掬い喉に流し込む。
「‥ほうか。何人逃げれた?」
「小戸の一家は直ぐ北に。後は皆海岸で死んだ。あ。奴さんは逃げたかな?見なかったよ」
「みぃは良く生きてたのぅ」
「ん?切られて死にかけたん。だけどスイが来てくれて。虚が増えて治せたよ!」
「‥ほうか。スイと言ったのぅ。有り難うの。みぃを救って」
「え。。いや僕は何も‥」
「‥妙な言霊を使いよるわの。。ほうか。みぃ相性はいいのかの?」
「うん!うちはスイの氣好きじゃわ♪」
「??あの‥意味がわからない」
「まあゆっくりしてけ。坊主。なんも無いがのぅ。ほれみぃ火種じゃ。裏下に米はまだ有ろうて」
「おう♪握り飯作って来るわ〜」
「あ、僕も手伝い‥」
「ええけえおりんさい。飯は女子の仕事じゃけぇ。いろいろ聞かしんさいよ?冥土の土産になりそうじゃわ。イヒヒ♪」
火種をワラに移し、そっと消えない様にミコは降りて言った。確かに。。空腹感は半端ない。水を一口もらい喉を潤す。
ああ。。こんなに水が旨いなんて!
「しかしムラに居ったのかの?これだけ強い氣はあまり見んし覚えがないはずが。。ほぅ?こっち見てみい?」
婆さんはジリジリと寄ってきて僕の目をジッと見る。
火の明かりが近づきその明暗にさらけ出す皺に驚そうになった。
そのボサボサ白髪姿はまるで。。魔女か。浮浪者か。
「ほうか!双臂か珍しいのぅ。。ふむ、”痛み”は分かった。坊主、何が足り無いんじゃ?」
「”匂い”です。何もかも”匂い”が消えて。。」
「なんと!神五柱の一つか。。これは」
ゆっくりと身体を触られ。。ううっ気持ち悪いんですけど!しかし婆さんは腕触りつつ声をかける。
「感じはあるのか?」
「触られているのは分かりますが、なんか人の腕みたいです」
「‥全部は失ってない、か。それもまた人生じゃ」
「えっと‥ありがとうございます?」
それを最後に婆さんはまた水を口に含み息をつく。
僕はぼくで他の事を聞こうかと思うが、どうも疲れている様だ。歩き疲れたのと起きてからいろいろ合ったせいか。森に入り今ここにいる事が不思議と落ち着いた。
外では蟲の鳴き声が聞こえた。
しばらく聞くことがなく酷く懐かしい。初夏を知らせるギーギーと鳴く音が懐かしかった。これはコオロギだろうか。
―――その時気がついていなかった。
あれだけ繁みの中を裸足で歩き回ったのに傷ひとつ無かった事を。
いや、それだけでない。痛みのひとつすら感じない事が当たり前になっていた。




