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第6話

ブックマーク登録ありがとうございます。

今後ともがんばります。

 正直、どこをどう走ったのかはよくわからない。ただ望外にほっとしたのは、それでも今俺がいるのが我が家の前だと言うことだ。

 クリーム色の塀に、黒い石の表札。刻まれた白い『蘭堂』の文字。

 何のゆかりも無いはずなのに塀の両端でにらみを利かせるシーサーは、何でも両親が新婚旅行のときにお土産で買ったらしい。

 壁は茶色と黄色の中間くらいと言うか、多分触ったらザラザラするプラスチックっぽい何かで、屋根は黒い砂利を表面に張ったなんかあれな瓦っぽいもの。今更だけど壁も瓦も何で出来てるんだろう?

 駐車場に止まっているのは紺のオペル。キングコングのカーシェードで見えないけど、多分ハンドルには俺の歯形がついてる……うわめっちゃ恥ずかしい。隣に並んでる自転車は……大きい緑色のも小さい黄色いのも俺のだ。小さいのは従兄弟にお下がりとして譲るはずだった。

 それから……それから……えっと……えっと……

 なんだろう、なんか変だ。なんか、


「なんか、頭痛い」


 ずっと忘れてたことを今思い出そうとしてるからだろうか。いや、思い出そうとしてるっていうか、すごい勢いで思い出してるっていうか……なんだ。もう何がなんだかわからない。そういうのは別に、今に始まったことじゃないけど。なんか調子悪い。

 いや、でも調子が悪いのも頭が痛いのもそんなたいした理由じゃなくて、当たり前のことなのかも。ここまで多分一キロちょっとはある距離を全力疾走してるんだし、異世界から還ってきて俺の身体はただの人間に戻ったんだ。運動部ではあっても陸上部で、好きなのは幅跳びとか高飛びとかハードル走とかそんなんで、スタミナとかとは、無縁と言わないまでもどっちかって言うと無い方な訳で。いや、ある方の中では無い方だったのかな。もうかもともとかはわからないけど、息は切れてない。胸も苦しくない。ただ若干、ブーツとか胸当てとかが干渉してあっちこっちゴリゴリしたり挟まったりして痛いけど、そうゆうのじゃなくて。じゃぁ何がどうなって、どう調子が悪いのかさっぱりわからないけど、やっぱり何となく調子悪い。いや、なにがそう言うのじゃないのかと。えーい、調子が悪い。

 だめだ、もっと大事なことだけ切り抜いて考えよう。そう、大事なこと。大事なことは?


(家に、帰れたこと)


 そっとドアノブに手を伸ばすと、がちゃりと音がして鍵が開く。ノブを回せば何の抵抗も無く手前に引いて扉を開けることが出来る。

 どうやら俺は、ちゃんと俺の家のある場所を覚えていたらしい。

 匂い。

 家の匂い。

 俺の家の匂い。

 そんなの10年前は、異世界に召還される前は全然わからなかったはずなのに、なんか、わかる。これが俺の家だ。これが俺の家の匂いだ。これが俺の帰ってきた場所の、空気だ。

 帰ってきたんだ。今更だけど。

 俺は俺の生まれた世界に帰ってきた。いや、もしかしたら異世界に居た……っていうか、異世界から帰ってきたって言うのは今まさに夢を見てるのかもしれない。一炊だか邯鄲だか胡蝶だか知らないけど、全部全部夢で、目が覚めたらこの家の二階の角部屋にあるベッドの中に居るのかもしれない。なんか、それが遥な昔にもした妄想なのは言うまでもなく思い出せてるけど、意味も無く気分が昂揚しだした。ついさっきまで痛かった頭が今度はなんだかふわふわしてる。

 帰ってきた。これでようやく、全部終わる。


『家に帰るまでが遠足です。』


 小学生の時、あるいは中学生になっても。遠足、林間学校、移動教室、修学旅行。いろんな場面で言われた言葉をふと思いだす。結構耳に馴染んでたと言うか、向こうで旅をしてる最中も何度か口にした覚えがあるからそんなに懐かしいと言う訳じゃないけど、何となく今の状況にはぴったりの言葉だと思う。


「かえってきた」


 自然と口から言葉がこぼれる。目の前の戸口をくぐれば、そこはもう俺の家だ。


「かえってきた」


 なのに。


「帰ってきた!」


 なのに足が動かない。

 長かった旅の終わりか、短い旅の繰り返しの終わりか。今更もう、向こうの世界のことを思い出してもしょうがないんだけど……この形で旅の終わりを迎えられるのは俺だけなんだと思うと、後一歩がどうしても踏み出せない。

 この一歩を踏み出せば、終わってしまう。

 クロークシュ、ザンクトワーレン、ベリス。オルゴン、イネス、スエンドラッグ。魔剣サーシス・シリカストゥラム。ヘイゼル亡国姫、侍女のナナリス。長い旅も短い旅も、いつだって誰かが居た。必ず誰かが隣に居てくれた。こっちに帰ってきた時点で、もう彼らには会えない。だから今更、旅が終わったからってどうこう言うことも無いだろう。それにずっと帰りたかったのも間違いない。

 でも今更。惜しい。

 きっとこうやって帰る家にたどり着いて、帰れるんだとわかって。惜しい。終わるのが惜しい。

 でも。


『家に帰るまでが旅、なんですよね』


 帰らなきゃいけない。これから先、一生旅をする彼らにかわって、それが出来る俺だけはちゃんとこの旅を終わらせないと。

 深呼吸。

 そして最後の一歩を踏み出す。


「……あれ?」


 家に帰るときの挨拶って……なんだったっけ。

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