第7話
いつも読んでくださってありがとうございます。
「あー……い、ただ……かないよなぁ」
向こうで使わなかったからなー、挨拶全般。仲間とはぐれて一年近く無言で過ごすこともあったし、ニュアンスは覚えてるけど言葉は完全に向こうのに順応しちゃって……『いただきます』の記憶だけは死守したんだけど、いやだって向こうの食前の祈りむやみやたらに長いんだもん。
とりあえずこの格好でいつまでも玄関の前に居るってわけにもいかないし、少し後ろめたいけど黙ったまま玄関の戸をくぐり抜ける。
ようやく帰ってきたのに、いきなりもとの世界のルールに馴染めてないと言うか。うーん、しまらない。
「だ、だれかいるー?」
多分いないはず。だけど。後ろで玄関の扉が閉まる音を聞き流しながら、じっと耳を澄ましてみる。
「……」
やはり誰もいないみたいだ。これで少し余裕ができる。とりあえず部屋に戻って服を着替えよう。一応後ろ手で玄関の鍵をかけ、室内に踏み出す。
ゴリッ。なんか変な感触が足の裏に……なにか踏んだか? 一歩目から縁起が悪……違う、靴脱ぐの忘れてたんだ。うちの両親は常に玄関綺麗にしておきたい人だからな。脱がれた靴は全部靴箱にしまわれている(ゴミ出しとか一寸した用事で外出するためのサンダルさえも!)から最初気付かなかった。どうしよう、生木のフローリングに思いっきり靴の後がついてる。単に土の跡っぽいけど、若干凹んでる? 雑巾掛けだけでごまかせるかな……
「じゃ無くて、とっとと着替えよう」
あ、靴どうしようかな。もとから履いてたスニーカーは制服と一緒に……無くしたわけじゃないんだけど取り返し用が無いと言うか、なんだ? あえて言うならこの旅の中で置き去りにしてしまったと言うか。実際もって帰って来れたのかどうかもよくわからないしなぁ。とりあえず今履いてる……脱いだのは向こうで作ってもらった要所に鉄板をあしらった具足紛いの革ブーツだ。これどこにあっても目立つよな? とりあえず部屋に持ってくか。留め金をはずして……うお!? くさっ! 足が臭い!! あばばばば、どうしようこれ? 厳密に言うと足じゃないけど、足が……靴擦れとか汗疹とかを防止するためのフットパウダーをまぶして靴下代わりに包帯みたいなの巻いてたわけだけど、これはそのフットパウダーの匂いだ。いや、骨折した足からギブス外した後のみたいな極端に嫌な匂いとかじゃないんだけどめっちゃ薬臭い!
っていうか最後魔王城にいく時、一週間ろくに水場が無い地域でキャンプした上に三徹したからな……顔洗いたい。いや、シャワー……いや! 風呂! 風呂はいりたい! そうだよ。こっちはあっちと色々違うんだよ。風呂! 薪が無くても、一々火を起こさなくても、井戸を何往復もして水を組んでこなくてもお風呂に入れる! 風呂魔法……何度作ろうと思ったことか。いろんな要領とかが足りなくて諦めたんだよなぁ。まぁ作れると気付いた時はもう向こうの生活にだいぶ慣れてて、それほど重要に思わなかったのもあるけど。
ええと、それでどうする? とりあえずここで服を全部脱いで、風呂を沸かしながら自室に運ぶ……で良いかな。
「最優先で隠すのは……鉢金、テェストプレート、ガントレットとブーツかな。後はギリギリロックな感じのあれに目覚めたって言ってごまかしがきくかもしれないし。ギターでもあればなお良し?」
脱ぎ捨てたあれこれを改めて見ると、やっぱり現実味が無いなー。って思ってしまう。この現実味のかけらも無い物だけが、いまやあの出来事が現実である証明と言うことか。うーん。今度気が向いたときにでも、覚えてる限りの全部を日記みたいに記録してみようかな。世界のことも、出来事も、みんなのことも。
いや、気が早いな。とりあえず風呂だ風呂。
「風呂場は……ここだー!」
よっしゃ。あったりー! 流石に家の中のことは忘れてないな。ええと確か、さっきのとはちがうけど、このグリグリしたのが蛇口? いや違うよな。さっき駐車場ではこうやって握る部分を蛇口と呼んじゃったれけど、蛇口はこっちの水が出る部分のことを言うんだよな。つまりこうやって握るのはまた別の物のことな訳でぇ……えー……なんて呼ぶんだ? ハンドルで良いのか? この蛇口を呼ぶ時、シャワーとくっついてる奴のことは『カラン』て呼ぶのは何となく思い出せるんだけど……
まぁ名前わからなくても使えるから問題ないか。えーと、どっちにひねるんだっけか……さっき閉めたときは無意識だったから良かったけど、なんか今変に意識しちゃってるからな……
ゴキュ
「ゴキュ? へぶっ!?」
あぶぶぶぶ、水が! 水が顔に! っていうか今、気のせいじゃなきゃ蛇口もげたぞ!




