第44話
一時間もすればちらほら生徒たちが現れ始め、ガラガラだった教室の誰もいなかった席も埋まってくる。
分厚いテキストを枕に机に突っ伏してそれを眺める俺に声をかける人間はほとんどおらず、みんな思い思いに自分のテキストを眺めながらノートに書き取りをしたり、何やらケータイをいじっているばかりだ。学校の時も……というか家に引きこもってた時も思ったけど、みんな案外そっけないもんだよな。一週間……二週間ぶりに顔を出したっていうのに。
まあそりゃ塾なんだし? 別に誰も彼もと仲良しこよしになるために来てるわけじゃあ無い。運動部があったから、比較的参加するのが遅かった覚えもあるといえばある。ぶっちゃけ同時期に塾に来た人間の中でも遅い部類で、しかも若干学区が外れてて同じ学校のやつもほとんどいなかったし。
「……」
少し顔を上げると、目の前の席では見た覚えがあるような無いようなわからない男二人が肩を並べてなんかカードらしきものを見せ合ってるし、左端の席の並びでは女子が固まってなんかキャーキャー話してる。女子ってどこいってもなんか同じだよな。なんか。きっと高校生になってもその先に行っても変わらないんだろう。母さんも時々家の前で近所の奥さん(?)とキャーキャーやってるし。
「……高校、と、母さん……か」
テキストの上で顎がフゴフゴと音を立てる。以外と声になるもんだ。
それで、なんだろうかな。
高校生。
高校。
大人にはまあ、なるんだろうけど。高校生になれるのか、俺。
さっきチラッと考えたけど、高校生になったら嫌でも友達はできる。と思う。だけどこの俺は、その友達に迷惑をかけるんじゃないだろうか。母さんが言う責任の取り方というのはさっぱりわからないけど、少なくともこの力を持ったまま当たり前に生きてるのは厳しい気がする。うかつに死ぬこともできないし、まあうかつに生きるのも厳しい。少なくとも向こうにいた頃みたいに無敵じゃ無いし、超がつく回復能力も無い。向こうと同じ感覚でいたら——そんなつもりは毛頭無いけれど——死ぬ。でもって俺の死体から溢れるだろうあれこれが周囲に迷惑をかけまくる。理科のテキスト読んでるとき真面目に思ったけど、いっそなんとかロケットを調達して宇宙にでも飛んでいくのが俺の正しい道、責任の取り方なんじゃないだろうか。
それができないまでもなんていうか、できるだけ人間と関わらない生き方というかな。例えばだけど、この身体能力の限りを尽くしてどこぞの無人島で一人暮らしとか、現実としてそういうことをするべきじゃ無いんだろうか。電車通学や自転車通学によって人に迷惑をかけないように志望校を変える……究極的には、高校への進学という進路そのものだって、変更しえる選択肢の一つなんじゃ無いか? テキストをパラパラめくると、なぜかそんな言葉が浮かび上がってくる気がしてきた。間違いなく錯覚だけど。あるいはテキストの厚さが俺の目を現実から背けさせているとか。本当に中学生を世捨人になるように促すテキストとか、実在したら悪質過ぎるし。
「うっす蘭堂」
「うっす」
珍しく声をかけてきたクラスメートに適当な挨拶をしつつ様子を伺うと、彼はすぐに別のやつの隣に座り楽しそうに話し始める。よく聞いてみるとどうやら期末試験の話のようだ。珍しく声がかかったから期待はしたんだけど、やっぱり彼は俺の友達じゃなかったわけだ。
「……あふぁ」
そういえばそこそこ人数増えてきたし、いつまでも寝てるわけにはいかないかな。身を起こして一つあくび。適当な扱いをしていたテキストを改めて正面に配置し、傍に放り出されたボールペンを手にページを開く。
……うん。こうなると俄然ダテラスの正体が気になってくるな。
彼の優先樹には高く無い。
一番は俺の今後の展開。どんな大人になるかとか、高校に進学するのかとか。
次点が死に方とか?
優先順位は高く無い。
……だけど、忘れられるわけでも無いな。




