8 最終話 婚約式に魔女がやってきました
最終話です。
婚約式の日になった。
「なんて、お美しいのでしょう」
顔見知りの王妃様の侍女たちが口々に褒めてくれるので、恥ずかしい。
殿下の努力の成果で、私の髪は腰まで伸びた。
ルイ王弟殿下の前で切り捨てた時の長さ。
長さより色が、恥ずかしい。
煌めく銀髪。
殿下と全く同じ色の髪色。
あの毒を飲んで全てが抜けたあと、殿下の口付けをきっかけに、銀髪が生え始め、口付けの度に伸びていく。
信じられないけれど、私が飲んだ毒は魔女が作ったものらしい。
そして最も疑われたシャロン様は、今はまだ何もお咎めがない。
もちろんあの休息室のメイドにも罪はない。
王妃様が、王太子の吉事がある時期に断罪はしたくないと仰って、今はそのままになっているの。
殿下の煌めく銀髪は、この国で殿下だけだった。
そして今日の婚約式では、殿下の瞳のお色アイスブルーに合わせて、ドレスも薄いブルーで銀糸で刺繍や縁取りが施されている。
そして髪留めは、隣国で産出される貴重な淡い青のサファイアが散りばめられている。
首飾り、耳飾り、腕輪、全てがそのアイスブルーのサファイアが使われている。
最終確認で王妃様と側近であるお母様が控え室にいらして、満足そうに仰った。
「ふふ、息子も意外とやるわね。私に口出しするなと言うから、どんなデザインにしたのかと思ったら、独占欲、丸出しだわ」
お母様も扇の向こうで笑いをこらえているのがわかる。
「そうですわね。ウィンディ、これだけ愛されているのですから、あなたも全身全霊でルシエル殿下にお仕えするのですよ」
「はい」
自分でもそう思うわ。
ずっと前から、大切にしてくださっていた、と今ならわかる。
どんな時も、どんなに大変で苦しい時も、共に執務に向かって来たのだもの。
気がついたらお慕いしていた。
それさえ気がつかないほど、いつも一緒だったんだわ。
婚約式に向かうためにエスコートしにいらした殿下を見て、倒れそうになった。
そこまでしなくても。
殿下の正装は見慣れてきた王族の正装だけど、差し色が今まではアイスブルーだった。
その部分が全て濃い緑色に変わっている。
私の瞳の色。
「ウィンディ、美しい。私の生涯の伴侶」
手を取られて控え室を出る。
廊下をエスコートされて歩く。
「殿下、お衣装が」
「うん、これが私の覚悟だ。だからウィンディも覚悟して」
「はい!」
私はつい秘書官の癖で、元気よくお返事をしてしまった。
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婚約式は王城内の神殿で行われた。
来賓席には高位貴族がずらりと並んでいる。
この国では、婚約式後、ほぼ王太子妃として政務にも参加していく。
王妃様について、お妃教育も最終仕上げになる。
私は気がつかなかったけれど、秘書官になった時から、王妃様の執務のお手伝いが多かったのも、どうも色々と含まれていたらしい。
王妃様が「実践で身についているから、これからも実践でいいわよ」といとも簡単に仰ったけれど、本腰を入れてさらに学ぶ覚悟をした。
婚約式で誓いの言葉を交わし、殿下から婚約者の証である指輪を嵌めていただく。
今日半日ですでに慣れてしまったアイスブルーの大きな石がついた指輪。
殿下が頬に口付けながら囁く。
「ウィンディ、私から離れないで。離しはしないけれど」
殿下ってこんな殺し文句をおっしゃる方だったかしら。
今までとは違う殿下がどんどん出てくる。
私的な時間も一緒にいたはずだし、冷静沈着な方だったのに、髪が無くなってから愛の囁きが際限なく出てくる。
でも、お慕いする気持ちは変わらない。
「……ディ、ウィンディ」
殿下に小さな声で呼ばれて我にかえる。
来賓のご挨拶を受けている最中だったわ。
最後の挨拶は、緑のローブを纏った魔女様?
「この度はおめでとうございます。代替の魔女でございます。お初にお目にかかりますわ」
だいがえの魔女?初めて聞く魔女様ね。
「まあ、あなただったの?」
側にいらした王妃様が立ち上がって、魔女様にお声をかけられた。
「息子の大切な女性に何をしてくれたの?全く、あなたは」
「これも愛の試練、と言うことですわ。お髪を見る限り相思相愛でございますね」
「まあそうなんだけど。ホッとしたわ」
魔女様と王妃様が顔を見合わせて笑っておられるけれど。
「息子たちには、ちゃんと説明してくださるわね」
そう言って王妃様は国王陛下と退席された。
だいがえの魔女様は、これまでにあったことを教えてくれた。
「では、ウィンディの髪色は生涯このままなんだな」
「ルシエル殿下とウィンディ様の愛が永遠ならば」
「永遠に決まっているだろう、ウィンディはどうなんだ」
ちょっと殿下、恥ずかしい。そんな聞き方。
「……ずっと、ずっとです」
「なら問題ないな。で代替の魔女と言うくらいだ。代替はどう起こるのだ」
だいがえ、というのは「代替」の意味だそうで、魔法を使う時、必ずそれには代わりの犠牲が必要になる、そういう事らしい。
誰かに魔法の薬を使うなら、依頼者も何かを差し出さなくてはならない。
「では、ウィンディに魔女殿の薬を飲ませた者も、何かを犠牲にしている、はずなのだな」
「そうでございます。その者の髪を一本もらいましたので、呪い返しがそろそろ起きているかと」
「なぜ、わかるのだ」
「殿下とウィンディ様は永遠の愛を誓われ、ウィンディ様の髪にかかった呪いを愛の力で跳ね返し、殿下の最上の愛で、殿下の髪色になったのです。呪い返しは必ず起きます」
「そういう事か」
「それに、首謀者は別におります」
「えっ、一人ではなかったのか」
「はい、シャロン嬢はまだ可愛いもの。ピンク髪が許せなかったと。しかし首謀者はウィンディ様のお命を狙っておりました」
「なんだと!まだウィンディに何か起きるのかっ」
殿下のお顔色が変わる。
「いいえ、その者は、私のところにも来ず、金だけをシャロンに渡して事を起こそうとした。あまりにも卑劣なやり口。魔女の力は人の命を奪うためにあるのではありませんよ」
「では」
「その者は、自らの呪いが自ら戻るだけ。呪い返しはすんでおります」
「ではウィンディは大丈夫なのだな」
「はい、お二人の愛で、この王国が栄えますように祈っております」
「あの、代替の魔女様。シャロン様は」
「生きてますよ。罪は償ってもらいましょう」
そうして代替の魔女様は神殿から姿を消した。
⌘
数日後、殿下が執務の終わりにおっしゃった。
「ウィンディ、聞きたくないだろうが」
ああ、あのお話かしら。
王太子妃になる。良い話もよくない話も逃げるわけにはいかない。
「お伺いします、あのお話ですね」
「うむ、シャロン・イーダー侯爵令嬢が、透明の髪になったと報告があった」
「透明?ですか?」
「透明だそうだ、色はない。つまり誰からも愛されていない、のだろう」
「なんてお気の毒な。せめて家族から愛されていたら。透明なんて」
「相変わらず、あなたは優しいな。しかし罪は罪だ。透明の髪は気味が悪いと、隣国と縁談解消になったらしい」
「そうですか」
それ以上の言葉が見つからない。
「そうだ、もう一つ報告が上がっていた。叔父上が持っていた、前のウィンディのピンク髪だが、あれは叔父上の金髪と同じになったそうだ」
「えっ?もう私の髪ではないのですね、安堵しました」
もう私の色でもなんでもない。切って捨てた髪だもの。
「それから、王太子妃候補だったイザベラ・バルトレル侯爵令嬢を覚えているか」
「ええ、筆頭候補の方ですよね」
殿下の婚約者候補筆頭だった方。
金髪で紅色の瞳の非常にお美しい方で、少しご性格がキツい方だったけれど、私はこの方が王太子妃になられるかと思っていた。
「侯爵家から、除籍したと届け出があった」
「なぜ、そんな!婚約者候補から外れたからですか?」
「いや、配下の報告によると、私たちの婚約式の翌朝、ピンクブロンドにピンクの瞳になっていたそうだ」
ああ、三百年前の男爵令嬢の肖像画を思い出した。
王太子が廃嫡になった、件の令嬢と同じ外見。
「バルトレル侯爵家の恥だと侯爵の逆鱗に触れたそうだ。代替の呪い返しだったと言いふらしているようなものだからな。どこの修道院にも断られたそうだ。理由はわからないが、叔父上がかなり以前に国境付近の修道院を復興していたのだが、そこへ送られている。ウィンディを呪った首謀者は、イザベラで間違いないだろう」
その修道院、王弟殿下が聖地巡礼って言ってた場所の。
お墓も朽ちていたと聞いたけど。
どこまでも皮肉だわ。
「イザベラ様は、王太子妃になりたがっておられましたから」
「王太子妃はなりたくてなれるものではない。それにウィンディを苦しめたことに変わりはない。ウィンディ、王族になれば、理不尽なことや、正義のために、決断することも増える。大丈夫か」
「はい。心して肝に銘じます。ルシエル様と一緒なら乗り越えられます」
「そうか、では呪いを解く時間だな。こっちにおいで」
そんな甘い声で呼ばないで。
「殿下、毎日毎日、口付けなくても、もう呪いは解けてるって、代替の魔女様が」
おもむろに引き寄せられて口付けられた。
「殿下呼びは禁止したはずだ。代替の罰として口付け一回だ。それに呪いは永遠に愛が必要だと聞いたはず」
「そんな、ルシエ……」
また口付けられた。
この髪色に恥じないよう、ルシエル様を愛し続けるわ。
〜Fin〜
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殿下視点の番外編を追加しました。
忌み嫌われたピンクブロンドの髪が、最後には愛する人の色に変わる。そんな小さな童話のようなお話になりました。
聞き間違いの「だいがの魔女」は、実は「代替の魔女」。気づいていただけたでしょうか。




