7 愛の力の噂が恥ずかしい
「どうした?ウィンディ?」
こんな時に。殿下に抱きしめられているのに、頭が痒い。
「殿下、頭が変なのです。むずむずして」
「ん?あっ」
殿下が大きな声をあげられた。
えっ?何、どうしたの?
「バスゴーレ!来てくれ!」
バスゴーレ先生がいらっしゃる。
「ほう、これは」
「今、急に」
「殿下、今、ウィング嬢に何かされましたかな?」
「い、いや、少し抱きしめて」
「ふむ、それだけですかな」
「く、くちづけを」
「ほう。それですな」
ねえ、お二人で何の話をしているの?
「それって、それか?」
「おそらく。侍医としては、薬が効いたと言いたいところですが、毒に魔力が入っていたので、もし魔女が作った毒ならば、解呪の方法がある場合もございます。しかし、解呪は難しいので。もう一度試してみてくだされ」
「もう一度か?」
「はい。私はあちらへ行っておりますゆえ、ご存分に」
バスゴーレ先生が笑って、奥へ行ってしまわれた。
「ウィンディ。もう一度、く、口付けていいか」
「えっ?また、ですか」
今、初めての口付けをしたところなのに、また?嫌でないけれど。
「ウィンディ。確かめたい事がある、何度もすまない」
口付けって、謝ってされるものでもないわよね。
「で、殿下、私も、殿下を、お、お慕いしていたと、気がつきました」
殿下が破顔される。
そして私は、何度も殿下に口付けられ、恥ずかしいのを通り越して、もう頭がぼうっとしている。
それにずっと頭が痒くてたまらない。
「バスゴーレ!来てくれ!」
「ほう!これは、愛の奇跡と言うものですな」
「ウィンディ、鏡を見て」
殿下が、この上ない笑顔で私を見つめる。
そんな蕩けたお顔、見た事ないけど。
私に残っている毒が殿下に移ったのではないかと不安になる。
殿下が、手鏡を渡してくださる。
え?何これ!
えーーっ、ありえない!
髪が!髪が!生えてる!
今、耳の下まで伸びてきている。
そして色がおかしい!
もちろん、ピンクブロンドじゃない。
「ウィンディ、もうあなたは私のものだ。誰にも渡さない」
チュッと髪に口付けられる。
いやいや、殿下、そんなに嬉しそうな顔をしないで!
⌘
そして一か月後。
髪は少しずつ伸びて、背中の真ん中くらいまでになっている。
そして今は、秘書官の仕事に戻っているけれど、もう王宮内を歩くのが恥ずかしい。
衆人環視、と言うのはこういうことなのね。
殿下は、王族に連なると当たり前だから慣れろと仰るけれど。
みんなが囁く。
「王太子殿下の愛の力ですって」
「ウィンディ様も秘書官の仕事、頑張っておられたものね」
「身を粉にして、って言うくらい殿下の陰で支えてらしたわ」
「来週の婚約式までに、もっと伸びるといいわね、きっと素敵よ」
「殿下がご注文された髪留めがすごいらしいわよ」
「是非、拝見したいわ」
あちこちでヒソヒソ声が、聞こえてくるのよ。
急ぎ足で宰相室に駆け込む。
「また伸びましたね」
ああ、ここでも見られて皆から言われてしまう。
宰相閣下の咳払いが聞こえる。
「皆、未来の王太子妃殿下に失礼のないよう、口を慎みなさい」
さすが宰相閣下、ありがとうございます。
「ウィング秘書官、またお髪がかなり伸びて、婚約式には間に合いますな。殿下が励んでおられるご様子。結構なことです。これでこの国の未来は安泰と言うもの」
「……」
宰相閣下、あなたが一番、言い過ぎです。
「こ、婚約式の後の晩餐会の席次表と、舞踏会の招待者の最終名簿です」
「ご苦労でした。あとは私共に任せて、ウィング嬢は婚約式に臨まれよ。次にお会いする時は、王太子殿下の婚約者、年が明けたら王太子妃。ご多幸を祈るばかりです」
「ありがとうございました」
私は宰相閣下に深々とカーテシーをする。
少しほろっと来てしまって、涙ぐみながら殿下の執務室へ戻る。
「ウィンディ、無事だったか」
王宮内です、無事で当たり前でしょ。私に二人も護衛騎士がついているのですから。
「どうした、泣いているのか」
「いえ、目に埃が入っただけです」
護衛騎士の一人が殿下に耳打ちしている。
「そうか」
殿下が人払いをされる。
「宰相の許可も出ているようだ。励むとするか」
ちょっと待って。
また口付け?
殿下は勤勉実直な方。
私の髪が、婚約式までに、貴族令嬢の長さになるまで、口付け続けて伸ばすのだ、と張り切っておられて容赦がない。
今の長さでも、十分結い上げられるのに。
王妃様が、王太子妃らしい長さが必要、と殿下に追い討ちを。
愛されすぎです。
⌘
バルトレル侯爵家のサロン。
「あなた、どんな毒を作ってもらったのよ」
「どんなって、色々と聞かれて、私は、か、髪色が許せないと思っていたので」
「殺せる毒と言ったでしょ」
「でもイザベラ様。殺さなくても」
「この大馬鹿っ!生かしておくから、王太子妃になってしまうのよ!絶対に許せないわ」
「でも、お金はほとんど返してくださいましたの、お返しします」
「お金を取らなかった?」
イザベラが怪訝な顔をする。
「ええ、金貨一枚と、金貨が入っていた巾着だけ欲しいと言われて」
「で、シャロンは何を渡したの?」
「私は髪を一本だけ」
「まさか」
「でもだいがの魔女様はお優しい方でした」
「何言ってるの?だいがじゃないわ。だいがえの魔女よ。ほんとにシャロンは馬鹿ね。まあいいわ。もう帰って!あとは私が何とかする」
⌘
そして、あっという間に婚約式の日がやってきた。




