3 この髪、切りますよ!
※髪に異様に執着する、ちょっと気持ち悪い王弟殿下が登場します。
「ウィンディ、あなたとの蜜月の為に、この屋敷を準備したのだよ」
「ルイ王弟殿下、ここは使途不明金で買われたお屋敷。いくら王族でも不要な屋敷を黙って購入されるのは、民への裏切りです」
「何を言っている。あなたの髪を愛でる為だよ」
そう、この部屋は異常だった。
全てがセージグリーン。
床も天井も、調度品も、全てが同じ色。
出された茶器もセージグリーン。
「なぜ、この色なのか、わかるかい」
「……」
「あなたのピンクブロンドが、一番映える色、補色さ」
げっ!
この人、おかしい。
「僕はね、幼い頃に、迷い込んだ王宮の絵画庫で見たんだよ。三百年前のピンクブロンドの令嬢の肖像画を。美しいと思った。傾国のピンクブロンドと言われているけれど、愛した気持ちがわかった。時の王太子が廃嫡されて、その男爵令嬢は修道院に入れられた。そこの墓も探しに行ったんだ。そう、聖地巡礼だよ」
うっとりと喋り続けるルイ王弟殿下の遠くを見る目が怖い。
ありがたい事に私は、縛られても、押さえつけられてもいない。
ただ、ドレスの上から、セージグリーンのローブを着せられていた。
ルイ王弟殿下はもちろんセージグリーンのシャツにクラバットも、フロックコートもトラウザーズも、全てがセージグリーン。
目がモヤモヤして吐き気がしそう。
で、なんだっけ?
聖地巡礼?
私は出来るだけ微笑んで話を聞くふりをしている。
そう、上級文官研修にあった。
危険人物、特に精神干渉してくる輩との対峙方法。
王族を守る方法。
おかしい王族から身を守る方法は教えてもらわなかったけれど。
次の会議で上奏するわよ。
王弟殿下は私の横を通りぬけ、壁に近寄ると、紐を引いた。
はらり、と、セージグリーンのかけ布が外れて床に落ちる。
壁には、圧倒的な肖像画があった。
純白の衣装に身を包んだ、ピンクブロンドの令嬢。
肌は陶磁器のように白く、瞳もピンク色だった。
この人が。
とても儚い印象だった。
一瞬ほっとする、私の瞳は濃い緑。ああ、良かった。
この人と私は似てない。
「ねえ、ウィンディ。聖地巡礼で、教会は廃墟になっていた。墓も全て崩れていて、何一つ見つけられなかった」
王弟殿下は、肖像画に頬を擦り寄せる。
ああ、もう見てられない。
顔を背けて見て見ぬ振りをしていたら、急に髪に触れられた。
「ああ、僕の女神」
ちょっと待って、ゾクリとする、気持ち悪い。
「僕のお嫁さんになって。幸い、君は誰とも婚約してない。ルシエルのものでもないだろう?シャロンは婚約破棄すればいい、ね」
結局、そうくるのね。
王弟殿下が、肖像画の額縁を押すと、扉が開いて奥の部屋が見えた。寝台がある、もちろんリネンも全てセージグリーン。
さすがに雲行きが怪しくなってきた。ここから先は安全ではない。
王弟殿下にいざなわれる。
互いに距離が一瞬開いた。私は座らされていた椅子を蹴飛ばし、彼の反対側に移動する。
私はポケットから、護身用の短剣を出した。
こんな気持ち悪い男に触れられるくらいなら死んだ方がマシ。
「ねえ、ウィンディ。逃げられないよ。ここは誰も知らない」
そうじゃないわ。
きっと、ルシエル様や側近仲間が気がついて下さるわ。
ここの調査が必要だと、書類を作ってある。
ジリジリと距離を詰められる。その度に、右へ左へと、はぐらかして距離を取る。
もしかしたら。
仕事用に纏めていたリボンを外し、髪を下ろした。
「ああ、美しい、ピンクブロンド」
私は髪を首の辺りで束にして掴んだ。
「ルイ王弟殿下。それ以上、近づいたら、この髪、切りますよ」
「え!」
反応したわ。
こんな忌々しい髪なんてなくなったっていいのよ。
私は少しずつ、入って来た時の扉側に動いて行く。
「ダメだ。ウィンディ、それは、僕のものだ」
「この髪は私のものです」
「違う!!!僕のものだ!!!僕の宝物にさわるな!」
入って来た入り口は、鍵がかかってなかったはず。
ドレスで隠れて、お尻で扉を押してみると、少し外に動いた。
そう、内側からは押し扉。外側からは引き扉。
「僕の髪を返せ!」
王弟殿下が向かってくる。
私は思い切って髪に短剣を当て、首元から外側に向かって、力いっぱい引いた。
ギジギジギジ。
頭が急に軽くなった。
「あ゛!」
思いっきり、宙に向かって切れた髪を投げたら、あちこちにフワフワと散らばって落ちて行く。
王弟殿下はそれを必死でかき集めようと、床に這いつくばっている。
私はそおっと後ろ手に扉を押し開けて、廊下に出て、そおっと扉を閉める。外側の鍵穴に鍵がついたままだった。
鍵を閉めて、鍵を抜き、連れて来られた廊下を走り出した。
⌘
フリオの手に鳩が四羽も止まっている。
「殿下、他の屋敷には王弟殿下もウィング嬢もいませんでした」
騎士団の連絡鳩が次々と連絡を持ってくる。
そして私達が包囲している屋敷。
ウィンディの報告書にあった、王宮から一番遠い屋敷には、私の馬車とそっくりな馬車と叔父上の馬車が停まっていた。
王族同士の微妙に異なる紋章、絵を描く叔父上なら写し取ることなど簡単だったはず。
間違いない。ここにいる。騎士団がそれぞれの位置に待機する。
踏み込む指示を出す。エントランスのドアを蹴破る。
そして突入した。
廊下の奥から、ウィンディが走ってくる。
「ウィンディっ!」
「……殿下」
ウィンディが私に縋り付く。私はそのまま抱きとめた。
「大丈夫か、怪我はないか。何もされてないか。顔を見せてくれ、ウィンディ」
「……奥の部屋に、います」
ウィンディの声も体も震えている。
「大丈夫だ。もう大丈夫だから。遅くなってすまない」
「……殿下、苦しいです。少し力をゆるめて」
言われて気がついた。力いっぱい抱きしめていた。
フリオの咳払いが聞こえる。
「ああ、すまない」
ウィンディから手を離して、今、気がついた。
何故、こんな!
「髪……」
「あ、逃げるのに切っちゃいました。王弟殿下は、今、私の髪を拾い集めてると思います。気持ち悪い」
⌘
私はその場で、王妃様が遣わされた王家の影の方に、何もされていないと証明していただき、無事に王宮へ戻った。
王弟殿下は騎士団に拘束されて、国王陛下の命により、現在は白い塔に入っている。
私の髪を持ったまま。
絶対に離さなかったそう。
それで事件は終わったかのように見えた。
けれど、あちこちで囁かれ始めた。
「やはり、ピンク髪は凶髪、王族を狂わせる」と。




