1 嫌われピンクブロンドの秘書官
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王宮の廊下にて。
鬼の形相というのはまさしくこの顔ではないかと、相手の顔をじっと見ていたら金切り声でなじられた。
「身の程を知りなさいっ!ピンクブロンドなんて忌々しい色。笑わせるわ、さっさとその髪を切ることねっ!」
王弟殿下の婚約者シャロン様は、持っていた水差しごと私に投げつけた。
ガッシャン!
「避けたわね、許さないわっ。この身の程知らずが、伯爵家風情で、その髪色っ」
普通は避けます、水に濡れたくもないです。が実際はしっかり濡れました。
「シャロン様、お怒りのお気持ちもわからないではありませんが、髪色は生まれつきです。こればかりは自ら選ぶことはできません」
一応、説明し宥めてみる。
「お黙りなさい!」
とうとう掴みかかられ、私は少し風魔法を使ってシャロン様から離れた。
結果、シャロン様が転びそうになり、その拍子に私のドレスの裾を掴みドレスが裂け、結局シャロン様は転んだ。
「っ!」
我慢も限界。その時だった。
「そこまでだ、シャロン・イーダー侯爵令嬢。それと、ウィンディ・ウィング秘書官。ここは王宮内、秘書官にもかかわらず、騒ぎを起こすとは」
周りの空気が凍るような低い冷静な声。
ルシエル王太子殿下のお声だ。
私は咄嗟にカーテシーをするが、髪から水が滴り、足首が見えている。
殿下がさっと視線を逸らされた。
急いでドレスの裾を手で押さえる。
シャロン様は床に突っ伏し、手には私のドレスの端きれ。
「ウィング秘書官、それでは執務にならぬ、私と来なさい。フリオ、シャロン・イーダー侯爵令嬢を叔父上の執務室へお連れして、叔父上に説明を。落ち着いたら屋敷まで送ってくれ」
「はっ」
護衛騎士のフリオ様がシャロン様に手を貸す。
「殿下っ、わたくしは」
シャロン様が食い下がる。
「イーダー侯爵令嬢、婚約者である叔父上のところへ行かれると良い」
殿下はフロックコートを翻し先に歩き出した。
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王太子殿下の執務室。
王宮の侍女のお仕着せを借り、髪は風魔法で乾かした。
「申し訳ございません」
「イーダー嬢は叔父上のことになると激しい。今日は柱の陰で一部始終を見ていたのでな、もう少し早く止めに入れば良かったのだが…ぷっ」
殿下がクラバットを少し緩めながら笑い出す。
「わかっていて止めずに見物しておられたのでしょう?」
「まあ、そういうことだ、許せ、ウィンディ……」
殿下は口元を手で隠し肩を震わせてらっしゃる。
もう!
私は王太子殿下付きの秘書官。
殿下が執務を迅速かつ的確にこなされるよう、予定、体調、守秘義務の高い書類なども扱う文官である。緊急時には何でも引き受けることになってしまうので、殿下は『なんでもウィンディ』とおっしゃるけれど。
しかしシャロン様には困ったものだわ。
でも仕方ない、これには王国の歴史が大きく影響しているから。
——(今から三百年前)
ピンクブロンドの男爵令嬢が、時の王太子を誑かし、国に大混乱をもたらした。王太子は廃嫡され、王家の存続が危機に瀕した。今も王国は続いているが、それ故にピンク系の髪を持つ女は凶とされる。——
王国の歴史書に、そう記されている。
もう覚えてしまったわ。
こればかりは変えられない、私はいつものため息をつく。
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王弟殿下執務室
「聞いてくださいませ、ルイ様」
「シャロン嬢、秘書官にまた喧嘩を売ったのか」
「人聞きの悪い、向こうが悪いのです、王宮内をピンク髪で歩くなんて許せない」
「まあ、ウィング嬢の髪は美しいからな、触れたくなるのは仕方あるまい」
「ルイさまあ、ひどいですわ、婚約者のわたくしの前で、あの女を褒めないでくださいませ」
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王太子執務室。
「でウィンディ、最近の叔父上はどうなのだ」
「避けておりますし、接点もございませんので」
「そうか、ならいいが。叔父上は執着がお強い方なので、くれぐれも気をつけるように」
私は返事をしながら、一年前の事を思い出していた。
事の発端は、ルイ王弟殿下の髪フェチ。
この国ではブロンドが一般的だが、持って生まれた魔法属性で髪色が珍しい色になることがあった。
王弟殿下は王族には珍しく普通のブロンド。
目の前にいるルシエル様は、煌めく銀髪。
そして私はピンクブロンド。
一年ほど前にたまたま王弟殿下がルシエル様の執務室にいらした。その時、そこに私もいたのだけど、突然、私の髪に触れ口付けを落とし、求婚されるという前代未聞の事故?いや事件があった。
王弟殿下とルシエル様が一触即発に。護衛騎士同士は睨み合い、そこにいた女官が王宮内を走りに走って王妃様に報告。
もちろん、ルイ王弟殿下には、シャロン・イーダー侯爵令嬢という王命で決まった婚約者がいた。
にもかかわらず、私のピンクブロンドの髪を愛でたいということで側妃になれと不埒な話を王太子殿下の執務室でなさったものだから、ルシエル様以上に王妃様が大激怒されて、最後は陛下のお耳にまで入って騒動になった。
一歩間違えば王位継承権の問題にまで発展する恐れがあり、陛下から王弟殿下に『王太子の秘書官への接近禁止及び求婚禁止』と厳命が出ていた。
それ以来、ルイ王弟殿下の婚約者であるシャロン様から、私は事あるごとに突っかかられていた。
「ルシエル様、あれから髪色を変える魔法を探し続けているのですが、なかなか見つからなくて。ご存じないでしょうか。認識阻害では見え方が変わるだけですし、根本的に変えるのは無理なのでしょうか」
「ウィンディはその髪色が嫌なのか」
「はい、幼い頃から、凶の髪と言われて仲間はずれにされたり、それと……」
「なんだ、隠さずに話せ」
「……この国の歴史を知っている方々は、王太子殿下の側近には相応しくない。そうおっしゃる方も多いです」
「髪色の差別など本人の能力とは関係ない」
「……でも、その髪色の女性は、聖属性魔法を保持し、殿方との浮き名も……」
「ウィンディ、あなたの聖属性魔法についてはごく限られた者しか知らぬ、それに叔父上の件はあなたのせいではない……もちろん私も髪色を変える魔法は探しているが、どんな髪色でもウィンディはウィンディだ」
殿下は庇ってくださるけれど、事のほか私は思い悩んでいた。
王宮で王太子殿下の秘書官に嫌がらせをする者はいない。
でも、その後もシャロン様の嫌がらせは止まらなかった。
王弟殿下派閥というものも実際に存在する。
ルイ王弟殿下は王位継承権をお持ちだけれど、王太子殿下が第一位の継承権。
そしてこの方は執着がお強かった。
王位はおそらく継げず、王弟派閥の力を弱めるために王命による婚約がなされた。シャロン様の家門イーダー侯爵家は、中央の要職には就いていない。
私のお母様は王妃様の側近だし、お父様は魔法省の副大臣。
伯爵家とはいえ、ルシエル様の後ろ盾に近かった。
そして事件が起きた。
王太子殿下主催の晩餐会の準備に日々追われていた時だった。
「では殿下、公爵様へのご説明に行って参ります」
「公爵の機嫌を取れるのはウィンディしかいない、頼むぞ」
「はい、では行って参ります」
「フリオ、ここは衛兵がいるから、彼女の護衛についてくれ」
護衛騎士のフリオ様が返事をされている。
「そんな殿下、わたくし大丈夫です」
「ダメだ、フリオの護衛なら私も安心だ」
王宮の廊下を歩きながらフリオ様がおっしゃる。
「今、馬車を回させています。王族エントランスの方でお待ちください。騎士団に報告し、私もすぐに参ります」
「ありがとう、では先に馬車に乗っていますね」
今向かっている馬車留めは、王族関係専用の馬車しか止まれない。王太子殿下の名代で公爵家を訪問するので、殿下の馬車で移動する。
エントランスを出ると御者が深く礼をし、馬車の扉を開けてくれる。
いつものグレイルとは違うのね。
「あら、グレイルは、お休みなの?」
「はっ、腹を下したようで急遽交代いたしました。バライと申します」
「まあ、グレイルは大丈夫なのかしら。ではバライ、お願いします」
馬車に乗ると、すぐに動き出した。
バライ、バライ、そんな人いたっけ?
仕事柄、殿下に関わる人間は全て頭に顔、名前、所属、叩き込んである。
更に王妃様に言われ、殿下に纏わりつく令嬢や若い未亡人の名前と顔も叩き込まれている。
バライ?バラスじゃなかったかしら?
バラスは、もう少し太ってなかった?
それに、フリオの馬の音が聞こえない。
いつも馬車に並走してくれている。
まさか、ねえ。白昼堂々と。
私は御者席への小窓を開けて、尋ねようとしたけれど、小窓が開かない。
ねえ、バライ!バライ!フリオはいるの?
馬車の窓ガラスのカーテンを開けたら窓の内側には、結界が張られ、外が見えないようになっていた。
何これ?
しまった。
誘拐された?




