第10話 人の声
山頂から下山を始めて一か月。
ようやく。
本当にようやく。
クレスタは人の痕跡らしきものを発見した。
「道だ!」
思わず叫んでいた。
目の前には細い踏み跡。
獣道よりは広い。
だが街道というほどではない。
人が歩いてできた道。
そんな感じだった。
クレスタは感動した。
一か月である。
一か月も森や山を歩き続けていたのだ。
途中の出来事を思い出す。
魔猿の群れ。
あれは大変だった。
木の上から石を投げてくる。
枝を投げてくる。
果ては糞まで投げてきた。
最後はクレスタが木を揺らして全員落とした。
逃げていった。
角が黄金色に輝く鹿。
ケルネイヤとも戦った。
角が伸びたり曲がったりする意味不明な魔物だった。
最後は角を掴んで引き倒した。
角だけ収納してある。
高く売れそうだからだ。
寝ている時には巨大なミスローチにも襲われた。
体長一メートル半。
黒光りする悪夢だった。
しかもミスリルを食べる。
意味がわからない。
収納バッグから取り出した鉄鍋をかじられた時は本気で焦った。
最終的に石で叩き潰した。
あまり思い出したくない。
「うん」
思い返しても酷かった。
よく生きていたものだ。
そんな旅の間。
ニックはずっと一緒だった。
今も肩に乗っている。
「ピー」
「お前も大きくなったな」
クレスタは笑った。
最初は鶏ほどだった。
今は中型犬くらいある。
羽も立派になった。
尾羽も長い。
時々、勝手に狩りへ行く。
そして。
角兎。
森鳥。
蛇。
たまに変な魔物。
色々咥えて帰ってくる。
優秀だった。
そして何より火が凄い。
本当に凄い。
ある日。
巨大な魔狼に囲まれたことがある。
十匹以上いた。
クレスタも危険を感じた。
すると。
ニックが怒った。
次の瞬間。
森の一部が消えた。
炎で。
木々が蒸発した。
地面が溶けた。
魔狼たちも消えた。
跡形もなく。
「あれはやりすぎだろ」
今思い出してもそう思う。
もし熊毛皮を着ていなかったら。
自分まで焼かれていた気がする。
それくらい熱かった。
本人。
いや本鳥は反省していない。
「ピー!」
得意げだった。
そんな旅を続け。
ようやく道を見つけた。
クレスタは上機嫌だった。
道がある。
人がいる。
街があるかもしれない。
温かい飯があるかもしれない。
風呂もあるかもしれない。
最高だった。
「人間っていいよな」
「ピー?」
「いや、お前は人じゃないけど」
ニックが首を傾げる。
クレスタは笑った。
そして道を歩く。
ひたすら歩く。
歩く。
歩く。
すると。
遠くから声が聞こえた。
「おらぁっ!」
怒鳴り声。
人間だ。
間違いない。
クレスタは立ち止まる。
一か月ぶり。
正確には転送されて以来初めて聞く人の声だった。
「人だ!」
嬉しくなった。
だが。
様子がおかしい。
「逃げろ!」
「囲まれたぞ!」
「くそっ!」
悲鳴も混じっている。
戦闘だ。
クレスタは表情を引き締めた。
道の先へ急ぐ。
木々をかき分ける。
ニックも飛び上がる。
そして。
開けた場所へ出た。
そこには荷馬車が二台。
その周囲で武装した男たちが戦っていた。
商隊らしい。
しかし押されている。
敵は十数匹。
巨大な狼。
いや。
狼ではない。
肩までの高さが二メートル近い。
牙が剣のように長い。
黒い毛皮。
赤い目。
完全に魔物だった。
「まずい!」
護衛の一人が吹き飛ばされる。
別の狼が荷馬車へ飛びかかる。
商人らしい男が悲鳴を上げた。
完全に危機だった。
クレスタは少し考える。
三秒ほど。
「ニック」
「ピー」
「助けるぞ」
ニックの目が輝いた。
そして。
護衛たちの誰も知らなかった。
今。
森の奥から現れた熊毛皮のおっさんが。
巨大熊。
巨大蜘蛛。
ベヒモス。
魔猿の群れ。
黄金角の魔鹿。
ミスローチ。
それらを突破してきた化け物であることを。
そして。
肩に乗っている鳥が。
未来の災厄級神獣であることを。
まだ誰も知らなかった。




