第8話 川下りはおすすめしない
「うわあああああああ!!」
クレスタは夜空を飛んでいた。
正確には吹き飛ばされていた。
はるか下には大河。
猛烈な勢いで近づいてくる。
「死ぬ!」
そして最後の瞬間。
クレスタは肺いっぱいに空気を吸い込んだ。
思い切り。
本当に思い切り。
「すぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!」
直後。
ドッボォォォォォン!!
大河に落下した。
凄まじい衝撃。
身体中が痛い。
水中で何回転もする。
上下がわからない。
右も左もわからない。
とにかく流れが速い。
「ぶくぶくぶくぶく!」
当然ながら叫べない。
叫んでも泡になるだけだ。
しかも。
まだ糸まみれだった。
腕も自由にならない。
足も自由にならない。
このままでは。
普通に溺死する。
「ぶくぶく……」
肺の空気が減る。
まずい。
非常にまずい。
その時。
クレスタは閃いた。
神器。
収納バッグ。
「鳥!」
右手だけは少し動く。
必死にバッグを開く。
そして念じた。
「取り出し!」
ポンッ!
次の瞬間。
雛鳥が出現した。
当然。
水中で。
「ピィィィィィィィィ!?」
大混乱だった。
突然の川。
突然の激流。
突然の水没。
雛は全力で暴れた。
そして。
ボウッ!!
黄金の炎が噴き出した。
ジュワァァァァ!!
周囲の水が一気に蒸発する。
水中なのに湯気が発生した。
魚たちが逃げる。
川がボコボコ沸騰する。
「ぶくっ!?」
クレスタも驚いた。
すると雛が状況を理解したらしい。
クレスタを見る。
糸を見る。
川を見る。
そして。
「ピィ!」
使命感に燃えた。
今度こそ助ける。
絶対助ける。
雛はクレスタの背中から飛び出している糸を咥えた。
ぐいっ。
引っ張る。
飛ぶ。
飛ぼうとする。
だが。
飛べない。
「ピィ?」
もう一度。
ぐいっ。
飛ぶ。
飛ぼうとする。
無理だった。
重い。
重すぎる。
クレスタは大人の男である。
さらに熊毛皮。
さらに蜘蛛の糸。
さらに激流。
どう考えても雛に持ち上げられる重量ではなかった。
「ピィィ……」
雛が落ち込む。
だが諦めない。
必死に羽ばたく。
結果。
少しだけ持ち上がった。
ほんの少し。
顔だけ。
クレスタの顔だけが水面から出た。
「ぶはぁっ!!」
息が吸えた。
生き返った気分だった。
だが次の瞬間。
沈む。
「ぶくぶく!」
また顔が出る。
「ぶはっ!」
沈む。
「ぶくぶく!」
出る。
「ぶはっ!」
沈む。
「ぶくぶく!」
傍から見たら意味不明だった。
糸まみれの熊みたいな人間が。
川を流れている。
その上を。
小さな火の鳥が必死に引っ張っている。
出たり入ったり。
出たり入ったり。
異様な光景だった。
そして。
それを見ている者たちがいた。
木の上。
サルの群れである。
「キー?」
「キキ?」
「キィィ?」
理解できなかった。
糸に絡まった熊。
火の鳥。
激流。
何が起きているのか全くわからない。
だが。
とりあえず面白そうだった。
サルたちは木から木へ飛び移りながら追いかける。
完全に見世物だった。
一方。
クレスタは余裕がない。
「助かった……」
息を吸う。
「ぶくぶく!」
沈む。
「助かった……」
吸う。
「ぶくぶく!」
沈む。
忙しい。
非常に忙しい。
その時だった。
前方。
巨大な岩が見えた。
「ん?」
近づく。
どんどん近づく。
そして。
「まずい」
気づいた時には遅かった。
ドゴォォォォォン!!
頭から激突した。
岩が揺れる。
鳥が飛び立つ。
サルたちが悲鳴を上げる。
クレスタは星を見た。
昼の星が見えた。
「いったぁぁぁぁぁぁい!!」
しかし。
幸運だった。
激突した反動で。
岩の上に乗り上げたのである。
川岸近くの大岩だった。
水流が弱い。
流されない。
「はぁ……」
クレスタは横になった。
全身びしょ濡れ。
頭が痛い。
非常に痛い。
たんこぶができている気がする。
だが。
生きている。
それだけで十分だった。
雛が降りてくる。
「ピィ!」
「助かったよ」
クレスタが言う。
雛は胸を張った。
かなり誇らしげだ。
実際。
かなり頑張った。
途中からほとんど溺れていたが。
「しかし」
クレスタは空を見る。
青空も見える。
そして。
相変わらず。
蜘蛛の糸は全身に絡まっていた。
「結局まだ動けないんだよな」
「ピィ……」
雛も黙った。
そこが最大の問題だった。




