第19話 蜘蛛の糸は金より高く
翌朝。
ジャムの街の冒険者ギルドは慌ただしかった。
銀狼の牙への事情聴取。
そのために職員たちが動き回っている。
しかし。
肝心の銀狼の牙が見つからない。
宿にもいない。
行きつけの酒場にもいない。
知人の家にもいない。
どこにもいなかった。
「おかしいな」
ギルドマスターが腕を組む。
「まだ帰っていないのか?」
職員たちも困惑している。
A級パーティが数日行方不明ならともかく、昨日の依頼で消息不明になるのは異常だった。
その時。
クレスタがぽつりと言った。
「まだダンジョンにいるんじゃないですか?」
全員がクレスタを見る。
「どういう意味だ?」
ギルドマスターが聞く。
クレスタは素直に答えた。
「実は俺を置いていった時も迷ってました」
部屋が静かになる。
「迷っていた?」
「はい」
「かなり」
「完全に?」
「完全にです」
ギルドマスターが頭を押さえた。
「なるほど……」
事情が見えてきた。
あのダンジョンは危険指定されている。
帰れなくなる冒険者が続出している迷宮だ。
そんな場所で迷ったのなら。
まだ中にいてもおかしくない。
ギルドマスターは決断した。
「救助隊を出す」
職員が驚く。
「A級パーティですよ?」
「だからだ」
もし本当に迷っているなら、一刻を争う。
そして。
選ばれたのはジャムの街最強。
S級パーティ悪楽の宴だった。
「夜明けと共に出発する」
ギルドマスターが宣言する。
こうして。
銀狼の牙捜索隊が編成された。
一方その頃。
当事者のクレスタ。
「じゃあ売ってきます」
普通だった。
驚くほど普通だった。
受付嬢が呆れる。
「大丈夫なんですか?」
「何がです?」
「いや、昨日殺されかけたばかりですよね?」
「そうですね」
「もっと落ち込むとか」
「腹は立ってますよ?」
確かに怒っていた。
だが。
悩んでも仕方ない。
まずは生活だ。
そして何より。
お金が欲しい。
マチョモ山からの一か月。
大量の素材がある。
収納バッグを取り戻した今。
それらを売らない理由がなかった。
クレスタは解体所へ向かった。
巨大な倉庫。
冒険者たちの素材買取所。
受付の職員が顔を上げる。
「何を売る?」
「えっと」
クレスタは収納バッグを開く。
そして。
ドサッ。
熊。
ドサドサ。
魔猿。
ドサッ。
角兎。
ドサドサドサ。
職員の顔が変わる。
「ちょっと待て」
さらに。
ケルネイヤの黄金角。
巨大熊の毛皮。
魔石。
魔物素材。
山のように積み上がる。
「お前どこ行ってたんだ?」
「山です」
「どんな山だよ」
周囲の職員も集まってくる。
そして。
最後に。
クレスタが取り出した。
巨大な糸の塊。
銀色に輝く。
異様な存在感。
「これは?」
職員が触ろうとして。
やめた。
硬い。
細い。
そして美しい。
まるで金属線。
「キングメタジョーゴ蜘蛛の糸です」
沈黙。
職員全員が固まった。
「……は?」
「キングメタジョーゴ蜘蛛です」
「いや」
「はい」
「いやいやいや」
ベテラン査定士が飛んできた。
糸を見る。
触る。
引っ張る。
ナイフで切ろうとする。
切れない。
顔色が変わる。
「本物だ」
周囲がざわつく。
キングメタジョーゴ蜘蛛。
伝説級の魔物。
A級冒険者ですら討伐を避ける。
その糸は最高級素材だった。
魔法耐性。
耐火性。
耐刃性。
魔力伝導率。
全てが高い。
王侯貴族の鎧。
国家級魔道具。
神器保管庫。
様々な用途がある。
査定士が震える。
「まだあるのか?」
「結構あります」
クレスタは収納バッグからさらに出す。
山になる。
職員が悲鳴を上げた。
「おい!!」
「これだけで街が買えるぞ!!」
クレスタが首を傾げる。
「そんなに?」
「そんなにだ!」
査定士は断言した。
そして数時間後。
最終査定が終わる。
クレスタは金額を見た。
固まった。
「え?」
桁を数える。
もう一回数える。
さらに数える。
間違いじゃない。
「え?」
職員が笑う。
「キングメタジョーゴ蜘蛛の糸が九割だな」
クレスタの全財産。
その何十倍。
いや。
百倍近い金額だった。
一気に大金持ち。
昨日まで荷物持ち。
今日から富豪。
そんなレベルだった。
クレスタは呆然とする。
そして。
ぽつりと呟いた。
「蜘蛛って凄かったんだな」
周囲の査定士たちは思った。
違う。
お前が凄いんだ。
誰も口には出さなかったが。




