その5 燃ゆる光が向く先は、
★四季色喝采サニービーツ!
第一話『正義の味方サニービーツ!』
その5 燃ゆる光が向く先は、
teller:――
「……ユキさんってさあ。昔、彼女さん亡くしてるって知ってる?」
――ユキさん。天守 幸雄の話題。
世間話と言うには少し恐る恐るといった調子で、青年は呟いた。
声の主は、栂咲 ひつぎ。19歳。
正義の組織・四季色喝采サニービーツのサイン:イエローを担う、普段は女装ネットアイドルとして活動している細身の青年だ。
ひつぎの言葉を受けて、その場に居たもう一人の青年は緩慢な動作で目線をひつぎへと一瞬よこしてから、欠伸混じりに冷たくまた目を逸らす。
青年の名は、岩苔 ラブカ。22歳。
正義の組織・四季色喝采サニービーツのサイン:ブルーを担う、目つきが悪く無気力怠惰な振る舞いが目立つ、四六時中ジャージ姿の青年である。
ラブカは既にひつぎの話には興味が無いらしく、サニービーツの本拠地である純日本風の屋敷の一室で漫画雑誌を手に寝転んでいる。それはもう気怠そうに。
だがひつぎはそんなラブカの態度にも慣れているのか、特別気分を害した素振りもなく、ひつぎお気に入りの棒付き飴を取り出しながら話を続ける。
あまり噂話に頓着せず、話題が不謹慎か否かにも興味が無いラブカ相手だからこそ、ひつぎはこの話ができていた。
だから、ひつぎの方にはラブカに不満は無い。
ただただ彼の中で常日頃募る考えを、吐き出すだけ。
「ウワサじゃさ……ユキさんの彼女さんって、桜子さん……あー、ほら、ユキさんの奥さんに似てるらしいんだよね。……ユキさん、桜子さんのことやったらめったら溺愛してるけど……ユキさんって、桜子さんを……亡くなった彼女さんと重ねてるんじゃないかなーって……」
ひつぎの表情は暗い。
ラブカは沈んだひつぎを気にも留めず、かったるそうに雑誌を放る。
ラブカが昼寝の体勢を整え始めた頃、ひつぎは手にしていた棒付き飴を一舐めしてからまた呟く。
「……ユキさんっていっつもどーっか抜けてるし暑苦しくてやかましいけどさあ……」
そうして、ガリッと。
やりきれない思いをぶつけるかのように、ひつぎは飴玉を一気に噛み砕いた。
「……もしユキさんのあの熱さや明るさがさ、おもーい過去を紛らわすためのモンかもって考えたら……オレ、ちょっと悲しいな」
寂しそうに呟くひつぎを後目に、ラブカはいよいよ本格的に眠ろうと目を閉じる――直前に。
一言だけ、ようやく声を発した。
「…………いや、アイツ馬鹿だからそこまでややこしいこと考えてねーだろ。知らんけど」
◆
teller:天守 幸雄
『赤章』。
俺がサニービーツの一員として活動する上で与えられた専用の武器の名だ。
見てくれは厳ついナックルグローブ。
鮮やかな赤い塗装が目印の、戦闘用に徹底的な硬化処置が施された特別製のナックル。
戦闘時に俺の呼びかけに応じて『赤章』は顕現し、伸ばし掲げた俺の右の拳を覆い尽くす仕組みになっている。
俺がサニービーツとしての名乗りを上げること、俺のヒーローとしての意欲が極限まで高まること、主にその二つが顕現のトリガーになっている……って確かうちの大和 ひとみが言っていた。
専用武器や各種サポートアイテムは、使用者の感情と密接に作用し合っているのだと。
大和は大体の裏方仕事に関わっているから、こういう専用武器にも詳しい。俺よりも。
……いやまあ、俺は俺自身の武器くらいには詳しくないといけないんだろうけど、まあ今は。とりあえず。
俺なりのファイティングポーズを取って、悪の組織『セピア・フェルマータ』の幹部、絶佳=コッペリアと、その横に控える『鬼』と対峙する。
「うっぜ……今更テメェに何ができるってんだか。しぶとい害虫だなぁオイ。は~~~~……うっざ……叩き潰してえ……」
俺の姿を見た『鬼』は俺のことを主人に仇なす敵だと認識したのか、俺を威嚇するかのように、地を震わす程の咆哮を上げた。
絶佳の『鬼』。
角を持ちながらも、鬼火のようにゆらゆらとその身を纏う炎めいたオーラが目立つ怪物。
子どもたちから集めた負の感情が実体化し、不穏な感情が増幅し、より多くの絶望を街に振りまこうと暴れようとしている怪物。
今から俺が立ち向かう相手。
今から俺が、勝つ相手。
『鬼』の全身を纏う不安定な靄は、『鬼』が吼える度にじわじわと奔流と化して、この場を完全に飲み込もうとする。
『鬼』がその叫び声で奏でる至って感情的な独唱は、いざ世界を支配しようと轟き響く。
だけど、俺には。
子どもたちの絶望を元に創られたその旋律には、悲哀しか感じられなかった。
俺は再び、拳を握る。
『赤章』に覆われている方の拳だ。
『鬼』の身体から鬼火のようにゆらゆら揺れた炎の靄が視えるように、俺の『赤章』からも、炎のようなオーラが漏れ出て揺らめいている。
さて、改めて。今一度。
大和 ひとみの受け売りだが……専用武器や各種サポートアイテムは、使用者の感情と密接に作用し合っている。
だから『赤章』から視える炎の揺れは、俺の――天守幸雄自身の心の揺れを表しているということになる。
自分自身の心の弱さをこれみよがしに晒す。
正直に言ってしまえば恥だし、ヒーローの癖に情けねえなとも思う。
だけど『赤章』の、俺の心の揺れを晒す動きは、『赤章』の攻撃対象までも巻き込んでいく。
絶佳の『鬼』が絶望をあちこちに広げ伝播させようとしたように、『赤章』もまた、他者に影響を与える。
『赤章』の固有能力。
それは、『赤章』使用者の感情を炎という形で表し晒す代わりに、"心がある”攻撃対象の感情の可視化を推進させる能力だ。
だから『鬼』を纏う炎の靄――『鬼』の感情の揺らぎは、通常よりも簡単に、色濃く視認できるようになっている。
よしよし、あちらさんも順調に『赤章』の影響を受けているな。
そんな能力で、『鬼』の心の揺らめきがわかりやすく視認できるようになったとして、その時、俺はどうすれば良いか。
――そんなの、とっくに決まっている。
この拳を強く握った、その時から。
『赤章』が攻撃対象と定めたものから漏れ出る心の靄の揺らめきには、隙間がある。
隙間とは、弱点。
靄に侵食されていない、まっさらな場所。
俺の目の前の、『鬼』にも見える。
まだ何物にも穢されていない、薄く白い、純粋さが残った箇所。
『鬼』を構成する子どもたちの心の、柔らかい部分。
あの綺麗な弱点を突いてやれば反動で、『鬼』の心は子どもたちに還るはず。
……確か、精神攻撃に近しい手を使ってくる相手と、『赤章』を用いて戦う時は、そういうやり方をしろと大和に言い聞かされていた。
それなら――試さない理由が俺にはない、
動かない理由が、俺にはない。
例え負の感情だとしても、子どもたちの心が奪われたのなら、俺は絶対に奪い返す。
未来を創る子どもたちの豊かな心、決して悪用させはしない。
俺が未だ構えを取っていると、絶佳は痺れを切らしたように地団駄を踏み――かと思えば、にたりと嗜虐的な笑みを浮かべ、彼女にとっては従順な『鬼』に命じた。
「やっちまいなァ!! あたしはアイツのおキレイさが……吐き気がするほど受け付けねえ!! 全部、全部だ! アイツを喰らい尽くせよ、あたしの悪鬼!!」
絶佳の命令を受けて、『鬼』が吼えながら猛り狂う。
『鬼』の全身を纏う炎が揺らぎに揺らぎ、『鬼』の昂りを表していた。
鬼が、動く。
俺を目掛けて。
俺は構えの姿勢から、すぐに拳を出せるよう全神経を研ぎ澄ませる。
しかし、鬼のほうが速かった。
でかい図体の割に一気に軽々とこちらに距離を詰め、俺の腕を捻り上げると地面に叩きつけてくる。
腹部が路面に激突し、突き抜けるような痛みが走る。
心の弱に伴った身体の脆いところが、俺の方も『赤章』が纏う炎のせいで、相手に常に丸見えだ。
こっちが先に弱点を突かれて……ってのは一応想定内のダメージの喰らい方ではある。
……だからと言って、さくっと切り替えられるほど俺はタフじゃねえけど。
くそ、悔しいな。普段から身体は鍛えてんのに。
内臓に響く攻撃はやっぱどうも苦手だ。
野郎、やけに生々しい動きしやがって。
まともにダメージを受けたせいで俺は、げほごほと情けなくその場で咳き込む。
だけど。
俺の勝機は、まだ消えちゃいない。
俺の戦いは、これからだ。
耳を、澄ます。
――ああ、聴こえる。よおく聴こえる。
「大丈夫、にーちゃん!? あ、諦めないで!!」
「にーちゃん!! 立って!! 勝ってよ!!」
「怖い鬼なんてやっつけちゃえ!! にーちゃんの方がかっこいいんだから!!」
――聴こえるよ。
子どもたちの声援が、喝采が。
俺の正義の源が、今日も世界に響き渡り、俺の心の臓にも響く。もちろん良い意味で。
よろよろと、立ち上がる。
あちこちボロボロだが、上等だ。
この傷も煤埃も、全部がヒーローの勲章だと思えば――俺にとっては最上級の誇りになる。
「にーちゃん、がんばれ……っ! え、と……ゆきお、にーちゃん!!」
――聴こえる。
優しく勇気ある子どもたちの、声援が、応援が。
彼らの喝采さえ浴びれば、俺は何度でも立ち上がれる。
みんなの声が、力になる。
なんでかって、そいつは野暮だ。
ヒントだけでも言うなら――それは俺が、ヒーローだから。
完全に立ち上がった俺は、もう一度『鬼』と正面から対峙する。
絶佳がなにやらぶつくさ言っていたが、そんな刺々しい言葉なんかでは、俺は絶対に折れない。
罵声には、勝利の手を掲げるガッツポーズを。
折れない根性を、知らしめるために。
温かい声援には、感謝を伝えるガッツポーズを。
ガッツポーズなんていくらでもあったっていいだろ。
勝利や成功の喜びを全身で伝えるための、大事なもんだ。
駆けつけたヒーローとしてのこの背中を、俺に助けを求めてくれた誰かの、綺麗な思い出の中に焼き付けて――『ヒーロー』という存在を、象徴を、彼らが生きていく為のお守り代わりにしてもらう為に。
俺は、喝采に応え続ける。
……そろそろ頃合いか、と『赤章』に目を落とす。
『赤章』には、実はまだ別の機能が隠されている。
『赤章』は確かに、使用者の感情を炎のようなオーラで表現し、周りにその感情の揺れを、心の弱さを晒す。
だけど、それだけで終わらない。
恥のかきっぱなしじゃ、やられっぱなしじゃ終わらないんだ。俺も、『赤章』も。
『赤章』の真髄。
それは、他者からの声援を受ける度に、赤章が放つ炎の揺れがおさまり、使用者の心の弱さや迷いを表現していたはずの炎のオーラが、『赤章』自身を硬化させる為の勇猛な炎に変質すること。
硬化ってのが、どんな感じかと言うと――。
「クソが……っ、しぶといヒーロー様だな!! そんなゴミ、さっさと片付けちまえ! 悪鬼!!」
中々倒れない俺に焦れたらしく、絶佳が『鬼』を急かし、俺にとどめを刺そうとする。
曇天が空を覆うように、ぬうっと『鬼』は俺に上から覆い被さるような動作を取って、俺を推し潰そうとした。
――だけど、普通ならペチャンコになっていてもおかしくない状況で、俺は。
「…………はぁ!? テッメェ……なんで……」
絶佳の驚愕と怒りが綯い交ぜになった声が、どこか遠くに感じた。
『鬼』の方に一点集中していたから、正直なところ今の俺には絶佳に気を配る余裕がない。
視野の広さもヒーローの武器としてお約束だってのに、こりゃもっと精進が必要だな。
さて、俺が何をしたかと言うと。
子どもたちの声援の恩恵によって無事硬化した『赤章』で、俺を推し潰そうとした『鬼』の身体をじわじわ押し返したわけだ。
常識外れの硬化で強度が増した『赤章』、そして長年鍛えてきた俺の腕力。
合わさっちまえば、全身の輪郭があやふやなやわこい鬼なんかに負けねえ。
攻撃を防いだついでに、さあ、そろそろ反撃タイムと行かせてもらう。
『赤章』に覆われた右腕に力を込めると、『赤章』に内蔵されていた隠し刃がぶわっと咲くように広がり、『鬼』の胸部を引き裂いた。
『鬼』は野太い悲鳴を上げてよろめきながらも、怒りに火が点いたのか、両腕がちぎれそうなほど大仰に振り回し、獣よろしく吼えて暴れて、俺を排除しようとする。
あんなに暴れられちゃ、確かになんの策もナシに近付くのは危険だ。
だけど、まあ……わかりやすい。
『赤章』に誘発されて、『鬼』からは靄が煙のように吹き出し――台風の目のように、弱点を、わかりやすくきれいに晒している。
それなら後は、俺のお得意の方法だ。
真っ直ぐな拳をぶつける。それだけ。
俺は一直線に、駆け出した。
迷いはない。
前へ前へと突っ切って、『鬼』の懐に悠然と踏み込む。
ナックルグローブ・『赤章』に覆われた右の拳を、少しだけ後方に引く。
さあ、とどめだ。しまいだ。ハッピーエンドは、目前だ。
――感謝を。
今、俺がヒーローでいられる原動力に。
子どもたちの懸命な声援に、喝采に――感謝を。
だから最後の最後まで、俺は彼らの声に応える。
最高の大見得切って、それで平和をもたらして。
皆々様に、感謝を示せ!
どん、と真っ直ぐな拳を『鬼』の腹部に叩きつける。
だがこれで終わりじゃねえ。
まだ声援は響いている。
俺の優勢に応じて、声援は力を増す。心強さが増していく。
――さあ、今だ。大見得切るぜ!
「……燃ゆる季節は愛の季節!
愛の桜よ、咲き誇れ!!
目指す未来は、晴れやか華やか春うらら!!
――赤章、明転!!
『ハルコイフォーム』!!」
赤章が、かあっと赤白い光に包まれ、輝きを増していく。
一瞬の光がおさまると、先程は一振りだけだった隠し刃が赤章のあちこちから生え、それぞれの刃は『鬼』の全身に深く突き刺さっていた。
「この世に喝采ある限り!
この身は幾度も返り咲く!!
咲いて裂いて、今切り開け! 我らが未来!!
サニービーツ、虹祭 序奏 !! これにて終演!!
晴らして鳴らして、サニービーツ!!
皆々様よ! 観劇、感謝!!」
――そして。
そして俺は、刃が咲いた赤章で、派手に咲くような爆裂パンチを『鬼』にお見舞いし。
声にならない悲鳴を上げて鬼の身が崩れ薄い靄となり――それらは静かに透明な色を帯びて、子どもたちの胸へと還っていった。
勝利の余韻に浸りたいところだが、まだ能力の詳細が不明な絶佳=コッペリアが残っている。
絶佳に視線をやると、彼女は――憎々しげに俺を選んでいた。
「なんっっだテメェ……調子こいてんじゃねえぞ……? うっぜえ……」
敵意に染まった瞳で俺を睨み、怨嗟のように低い声色で俺を呪い、絶佳は舌打ちをした。
「……認めねぇ……テメェがけろっと今日を忘れて平和ボケした頃、テメェはあたしがぐっちゃぐちゃにしてやっからな……」
「……忘れやしないさ」
俺の返しが相当気に食わなかったのか、絶佳は俺に行儀悪く中指を立てると、スッと一瞬で姿を消した。
今のワープも、悪の組織セピア・フェルマータに浸透している魔術の一種だろうか。
俺が絶佳の居なくなった空間を険しい目で凝視していると、どん、と身体に衝撃が走った。
子どもたちだ。
鬼を倒したことですっかり元気になったんだろう。
俺をもみくちゃにするように飛びついて、あれはどうやったあれはどうしたなど、俺の戦い方……というか赤章のギミックについて質問攻めにしてくる。
ちょっと賑やかすぎるが、この子たちの笑顔を守れて良かった。本当に。
「……桜子……」
俺に群がる子どもたちをあやすように抱き寄せながら、俺は空を見上げ、愛する妻の名前を呟き。
……少しだけ、昔話を思い出していた。
◆




