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切れぬ縁、誘う匂い

社長室はたくさんのフィギュア達が並べられていた。日本のロボットアニメのものが多数を占めている。相変わらず、社長のロボット好きは健在のようだ。


「素晴らしいだろ。私が手塩をかけて、集めたフィギュアだ。特にその鉄人は、見てて惚れ惚れする。私がロボットを好きになったのは、そのアニメを見てからだったな。少年時代は夢中になって、テレビに噛り付いていたよ。日本には、こんなものがあるのかってね。」


葉巻を吸い終わり、鉄人のような体格をした社長がソファーの元へ歩いてきた。僕の目の前に座り、ソファーがギシリと音を立てる。

改めて、異国の漂う圧倒的な雰囲気に押されてしまいそうだ。彼の一言一句、低く重い声が僕の耳にのしかかる。


「そんなに気を使うことはない。前回、君が来た時と同じように、リラックスして良いのだよ。前回は英語で話したが、今回から日本語で話そう。私も来日してから長いんでね。祖国の言葉も忘れそうになる。私も年を取ったもんだな。」

「そんなことありません、社長。日本人の同世代と比べたら、まだまだ若々しいです。腹が立派な狸親父とは違う、まるで野性丸出しの大猿のようですよ。」


フン、と社長は鼻で笑った。

「猿か…私は猿が嫌いでな。どうも、奴等のあの馬鹿丸出しな姿は美しくない。それに君も、中々ジョークが上手く言えるようになったな。お父さんと比べてだいぶ成長したぞ。」

ハハハと、僕は笑った。

「僕は父と違いますから。あの人とは、別次元の生物だと思っていますので。」

社長は新しい葉巻に火を点け、煙を大量に吹かした。

「さすがだな。よく言い切った。確かに君のお父さんは、才能と技術はおろか、夢もなんも取り柄もないクズな男だった。久しぶりに、会話でも楽しみたいのだが、元気にしているのかね?」

「田舎の小さな町で教師をやっています。今頃、女子学生と化学実験でも行ってますよ。」

ハッハッハと豪快に笑い、大きな手をパチパチと叩く。シンバルを持たせてみようかなと、一瞬考えた。

「それは傑作だ。奴の変な遺伝子を受け継ぐことになったとしたら、その女子学生は哀れでならん。ならば、そっとした方がいいか。私にも変なものを移されては、困るからな。」

「まぁ、ジョークですけどね。」

「改めて言うな、わかっている。そうだ。どうかね?君も一本吸うか?」


引き出しの中から小箱を取り出し、パカッと開けると、そこには葉巻の束が綺麗に並べられていた。目の前の机の上に置いた社長は、どうぞ、と手を差し出す。

「これはね、キューバ産の葉巻なんだ。匂いもマイルドで味もそう悪くない。昔から吸っているが、全く飽きない逸品だ。君も吸ったことあるかね?」

「いいえ、ありません。僕は日本のタバコしか吸わないですから。」

ふぅんと、社長は溜め息をついた。

「そうか、勿体無い。そんな小さなもので満足してはいけないよ。」

「いえ、僕のような人間が吸っても似合わないですし。それに社長のような貫禄のある人物でないと、画になりませんから。」

「まぁ、そう言うな。」

社長は葉巻一本を手に取り、それを僕の手に力強く握らせた。

「そう遠慮することない。これは私の、ささやかな君へのお土産だ。井の中の蛙では、ただ視野を狭くさせるだけだ。物事を、寛容に受け止めなければならん。脳にいい刺激を与えるかもしれないぞ。」


まぁ、社長がそう言ってくれるのだからしょうがない。僕は渡された葉巻に火を点け、煙を吹かしてみた。社長の言う通り、いい匂いがする。

「これは中々、いいものですね。貴重なものをありがとうございます。」

いやいや、と社長は手を振った。

「日本人というのは、本当に変わった人種だ。他人を上げて、自分を下げる。そうやって上の連中は満足するのだろう。とにかく『空気』というものを重要視するな。目に見えない何かに縛られ、まるで猿回しの猿のようだ。君ももっと、紐をほどいた方がいい。せっかくの才能が無駄になる。」


僕は煙を吹き出す。思わず癖になりそうな味だ。

「そうやって日本人は生きてきましたから。もはや治らない癖なんですよ。」

「ハハハ、そうだな。そうに違いない。」

社長は煙を吐き出し、灰皿で火を消した。葉巻からは、煙がゆらゆらと漂っていた。


それにしても、ソファーから眺める夜景はとても綺麗だ。百万ドルの夜景とは、まさにこれか。消した葉巻の匂いと、煙の余韻が未だに残る。ゆったりとしながら、僕は話を続けた。

「以前、僕が来た時に社内にいた女の子が見当たらないんですが、家出でもしたのですか?」

冗談混じりに言うと、社長はあぁと、ツルツル頭をポリポリ掻いた。

「サナギのことか?彼女は良い実験材料だったのに、私の元からサヨナラしてしまったよ。まぁ、わざと見逃したんだがね。」

「話で聞くと、相当酷いことしたらしいですね。人間だと、虐待で社長が逮捕されますよ。」

ハハハ、と社長は静かに笑った。

「虐待ではない。身の回りの世話を施しただけだ。それに奴は人間ではない。亡骸ごときに人権などあるものか。」

「そんなこと言うと、バチが当たりますよ。」

下らない。社長はハッキリと否定した。

「私はロボットに敬意を示すが、人間や魂といったものにはほとんど興味がない。目に見えないものを敬えだと、科学的根拠もないのに、人間はよく言えたものだ。」

「でも、奥さんとお孫さんは大切になさるんですよね?」

「当たり前だ。妻と孫は私を心から、愛してくれてる。すなわち、私を愛するということは、ロボットも愛してくれてるということだ。」

「社長らしい考えですね。彼女の件に関しては、どのような処置を与えるのですか?」


そうだなぁ。社長はそう呟き、ニヤニヤと笑った。何か考えがあるのだろう。


「可愛い娘には旅をさせろと、諺でもあるように彼女には色々と経験させてあげたいしな。死体の彼女にも、名前と人間としての機能も授けてある。今頃私から離れ、のんびりと暮らしているであろう。探そうと思えば、いつでも探せるのだからな。それに私自身、彼女には立派に成長して欲しいと思っているのだよ。何故だかわかるかね?」


僕は首を傾げる。まぁ、たいてい予想はつくが。

(サナギ)から産まれた蝶をこの手で、羽根を1枚1枚、むしり取りたいのだ。それが楽しみで楽しみで、心が踊る。もう一つ、男が出来たと仮定しよう。死体の奴からガキがどう産まれるのか、非常に興味を持っている。研究材料として、科学者の血が騒ぐよ。」


夜景以外、光が灯らないこの社長室に彼の笑い声が響く。まるで悪魔のような微笑みだ。あの男の面影が社長と重なる。怪物と悪魔、最高の組み合わせだ。


「まぁ、話は長くなったね。君にも一つ聞きたいことがあるのだが、よろしいかな?」

「はい。大丈夫ですよ。」

「そうか、わかった。以前、話に出てきたあの怪物は元気にしているかね?旅に出たと言っていたが。」

イビルジョーのことか、僕はそう確信した。

「つい先日の爆発事件の時、奴は組織の集団を壊滅させましたからね。とてもいい笑顔でしたよ。奴は悪の魂を好みますから。」


ほうと、社長は相槌を打った。

「面白い奴だな。確か、君が奴にイビルジョーと名付けたんだろ?。名前のセンスが良い。邪悪な顎か。研究所で会った時は死体だった奴が、今は人間の生きた心臓を食い物にしてるとはな。20年前の実験を思い出すよ。あの時は、君のお父さん以外の研究員は全滅してしまったもんだ。まさか、君の家に居たとは。これも縁なんだろう。」

「そうだったのですか?」

初めて知る事実に、僕は驚きを隠せなかった。

「知らなかったのかね?まぁ、ここで話したいのだが、残念ながら、宴の時間もとうとう終わりだ。君とまた話せて、私は非常に満足だよ。全く、楽しい時間はすぐに過ぎ去ってしまう。続きは、君のお父さんから聞いてくれたまえ。私と君が、奴に喰われない理由がわかるかもしれないぞ。」

時計を見ると、いつの間にか1日が終わっていた。相当、長居したようだ。

「わかりました。ありがとうございます。僕も社長と話せて、とても満足です。色々と参考になることも聞けましたし。」

「こんな私でよければ、いつでも歓迎するよ。君とは縁が深いしな。また君の話を聞かせてくれたまえ。楽しみにしているよ。」


スッと社長は僕の前に、大きな手を差し出す。僕は力強くその手を握った。彼の力は、とても強かった。


にこやかな顔をしていたが、目は野望に溢れている。まだ仕事はあるのだろうか。

「社長、これからまた仕事ですか?」

「いや、この時間帯は私のリラックスタイムだ。仕事なんぞ、時間をかけてする物ではない。おかげで、明日もリラックスできる。せっかくの金曜の夜だ。私はライディーンの音楽を聴きながら、妻と楽しい夜を過ごすことにするよ。私の気が済むまでな。」






宴も終わり、僕はタクシーに乗っている。会社のシンボルの王冠が徐々に遠のいていく。最後に彼は、僕にあることを伝えた。


『いいかね?霧島君。あくまで私の考えだが、この世には3つの大事なものがある。それは、夢と、協調と、愛だ。大切なものだが、それを3つ足すことで、1つのとある力が生まれる。

それは何か?答えは、金だ。金こそ、絶対的な力を生み、それ以上の力は生まれない。金はまさに、権力と裏表になっているのだよ。今、私がこうして表舞台で権力を振る舞えるのも、莫大な財力のおかげだ。

私に逆らおうとする者は、権力に逆らうのと同じである。もはや私なきでは、この国の経済は成り立たないのだ。

私の元に様々な人間が集まる。金持ちは金をばら撒かし、貧乏人は実験材料として使い、そして私の技術を求め、あの組織は私の元へ来た。

君もあの組織に関与していたのだろう?正直、私はこの国がどうなろうと知ったことではない。しかしだね。戦争を70年以上行っていない、中折れした日本のファンタジー組織が、この国を転覆させることは出来ないと私は思っている。

だが万が一、組織は私を殺すかもしれない。その時は、目には目を、歯には歯を、悪党には徹底なる悪を、お見舞いしてやる。

長々と話して悪かったね。私は話すのが大好きなお喋りなんだ。君となら、24時間話していたいぐらいだよ。では、また会おう、親友よ。健闘を祈る。お父さんによろしくな、愛しのデュークからだと伝えておくれ。』


しっかりと伝えておくよ。僕はタクシーの中でそう思った。イビルジョーとデューク、奴等の考えることは、常識を脱している。しかし、何故だ。何故こうして、人を寄せ付けるものがあるのだろう。尊敬に値するものがある。


さて、デュークの話も気になるし、久しぶりに父と会うことにするか。どんな顔するのだろう。期待はしてないが、これも親子の縁という奴なのかもな。

夜景が綺麗な街を眺め、僕はゆったりとタクシーに乗る。黄猿達もさぞ、互いの穴を舐めるのに必死になってるな。夜はまだ終わらない気配だった。

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