ギャルのアドバイザー
俺が須藤凜の恋愛アドバイザーとなって早半年。
彼女の露骨なまでのキャラ作りを改善させ、研究結果は現実ではあまり役に立たないことを納得させ、ケースバイケースで相談になるも、連戦連敗中。
「須藤さん、そんなに大荷物持って何をしているの?」
須藤凜の研究室に向かう途中で、段ボールに詰めた荷物を持って、よろよろと歩いている彼女を発見した。
声をかけると、ふうっと額の汗を拭って足を止めた。
「彼が家に来たいって言うから、荷物を研究室の方に一時的に避難させる。しかし水上にここで会えて良かった。丁度いい機会だから、紹介しようと思っていたんだ。これ、一緒に住んでる微生物の田中正嗣に、クリスティーヌ2世。べん毛運動が活発な方が、田中さんだ」
「ご丁寧にどうも。でも今は顕微鏡がないから、正式な挨拶は後にするよ。それより彼が何だって?」
シャーレを取り出し見せようとする須藤凜を制し、話の続きを促す。
「あぁ、家に来たいって言うんだ。荷物を一時的に避難させたあとは、ぬいぐるみやティーンズ雑誌の手配に着手する」
もしもし?何だって?
「ちょっと待ちなよ、須藤さん。1人暮らしの家に付き合ってる男を呼んで、何事もなく済むと思ってるの?俺、付き合って間もない男に、一人暮らししてるって言ってはダメだって教えたよね」
危機感の薄い須藤さんには、基本的な注意から必要だ。
「うん。でも今の彼は、友だちの紹介だから既に知ってたんだ。それに、大丈夫。事前に水上が教えてくれたから、ちゃんと確認できた。手料理食べる以外は、何もしないって」
ぐっと親指を立て、きらーんと言わんばかりにジャスチャーを送ってくる。
「………………」
それ信じてしまいましたか。
隙あればやりたいと思うのが、男と言うもの。まして家に招き入れるなどしたら同意したも同然だ。
たとえ、須藤凜がその自覚がなくとも、男が何もしないと言って、何もしないわけがない。
「ねぇ、須藤さん。今から彼に連絡して。それで今から俺がいうセリフを、そのまま彼に告げてね。あ、スピーカー設定にしてね」
「うん…?」
アドバイザーとして信頼を得ている俺の指示に、須藤凜はよく分かっていないまま従う。
俺が言うがまま行動した須藤凜と彼の関係は、無事にその日終了した。
「何故…」
田中さんたちが喜びそうな、凹み具合で須藤凜が落ち込んでいる。汚れた段ボールの演出効果もあって、何だか捨てられた犬みたいである。
どんより淀む空気を背負って項垂れている須藤凜の隣に座る。
そんな俺たちの向かって、宮園エレナが歩いてきた。
立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花。
そんな生粋のお嬢様である宮園エレナと、天才サラブレッドの須藤凜は、公私ともに仲が良い親友であった。
「御機嫌よう」
「ご機嫌よくない!」
がうっと噛みついた須藤凜に、あらあらと宮園エレナは穏やかな笑みを浮かべた。
常に宮園エレナの後ろに従い、気配を消して守っている執事(と言うのか?)がさっとレースのハンカチを芝生の上に広げると、ありがとうと言いながら優雅な仕草で腰を掛けた。
全く、全てが絵になるお嬢様である。
「また振られたんですの?」
「そう…またっ!振られたのっ!しかも、水上のせいだと思うんだ。だって昨日までは上手く行ってたのに、水上が言うとおりに家に来る日を1週間延ばすように彼に頼んだら、あっさり振られたんだよ。なーぜー」
「その程度の関係だったって事だね」
馬鹿野郎!と言いながらポカポカと立てた俺の片膝を殴ってくる。
それを好きにさせながら、俺はちらりと宮園エレナに視線を向けた。さらりと靡く髪も、それをかき上げる仕草も全て美しいなと見ていると、鋭い視線を感じた。
言わずと知れた執事である。存在は薄い執事の、その忠義心はかなり強い。少なくとも俺は、執事が傍にいない宮園エレナを見たことがない。
「あらまぁ、水上さんが邪魔したんですの?」
「邪魔しようと思ったわけじゃないけどね。そこまでの男だって、分からせようとしただけ」
大体、家に来る日をちょっと伸ばしたくらいで、振るような奴は碌な男じゃない。
最初からそんな男に引っかかるなと言いたい。
出会った当初、須藤凜はバカっぽいギャルの格好をしていた。そんな軽い見た目じゃ良い男は寄ってこないなと判断した俺は、その改善から手を付けた。
無駄だった。
須藤凜は、素でギャルのような容姿だった。
何というのか、テレビ活躍してそうなおバカアイドルと似たような特徴を持っているのである。
その軽そうな、バカそうな(失礼か)見た目で判断して寄ってくるやつに碌な男はいなかった。
「須藤さん。手が早い男はダメだよ。自分本位の男もダメ。いかにも体目当ての男なんて論外だね」
俺の言葉に、あらあらと宮園エレナが驚いた表情をした。
「まぁ。それはいけないわね。凜さんが、変な男の人に騙されなければ良いのだけど」
「心配ない。俺がちゃんと見てる」
ちゃんと見てる。
と言うか、びっくりするようなことばかりするので、目が離せないというのが本当のところ。
その類稀な頭脳がどう回転して、どうしてそういう結論を出したのかいつも不明だが、俺のアドバイスはいつも斜め左方向に転がってしまう。
でも大丈夫。ちゃんと見ている。
流石に半年間、毎日のように相談に乗り、上手く行ってる時は一緒に喜んでやり、振られたら慰めてやりを繰り返せば、友情も芽生える。
悪い男に捕まって泣かされるのを、見過ごせるわけがない。
そんな訳で、俺は須藤凜の傍で男をジャッチしながら日々を過ごしている。