Eps.9
首都マルメディス星系は惑星ゼシアに、レイズ星間連合国防宇宙軍士官学校は啓かれた。
住み心地のいい地球型惑星であるこの星はレイズ星間連合の中で最も古くに入植が行われた惑星だ。それ故に古き慣習に従いプライムという規則的な名ではなく、より古い時代に勇気を示した女英雄の名が付けられて今日に至る。
多くの人々が想像するよりも、レイズ星間連合は連綿と続く由緒正しい歴史を持つ国家だ。その首都星で、国家の守護を司る兵士の養成学校として存在している国防宇宙軍士官学校は、バレンティア連邦のように装備の質と艦隊の規模で遥かな優越を持つ超大国を除けば随一と言っていい水準の人材を輩出する教育機関として名高い。
現在は国防宇宙軍艦隊司令長官の要職に就いているカール・ランセン大将が学校長を務めていた時代、彼の記憶には金髪の首席と黒髪の次席が特に印象強く残っていた。なぜなら、彼が目にした若い軍人——あるいはその候補生——の中で優秀という二文字を与えるに相応しい人物は大勢いたものの、彼らが「凡庸」に見えてしまうほどの才覚を備えた若者だった。
第二五四期生として入学したリガルはその才能を如何なく発揮し次席の地位を手に入れ、もう一人の金髪の青年は一年をかけて自身の能力を高め、リガルを追い越し主席となった。抜きつ抜かれつの関係はその後も続き、主席と次席の下との差は開くばかり。あまりにも特殊な関係性と能力から、その二人組はあらゆる方面からの注目を浴びることとなる。
あらゆる演習や座学で好敵手と目されていた二人はしかし、その性格の違いにも関わらず入学当初より親交を深めて明友となった。友情が深まるにつれ、二人の成績も青天井となった。国防宇宙軍期待の新星としてその出世街道を邁進するのだと誰もが疑いもしない。
そして任官する際、軍縮と連合警備隊の人材不足から国防士官学校から連合警備学校の幹部養成課程へ進むことを可能とする法制度の変更が行われたのだった。いかに軍縮の時代といえどノーマッドのような雇われに経済の根幹を為す物流の生命線を握らせるわけにはいかない、そう国防委員会は声高に叫び連合法の修正に踏み切ったのである。
問題は国防士官学校の進路を定める適性検査と意識調査が行われる時期に、この法改正が発布されたことであった。
そうしてリガルは国防宇宙軍へ、主席たる金髪の彼は連合警備隊へと任官した。各々の職責を果たす忙しい日々の中でも折を見ては私信を飛ばしたりなどして親交を繋いではいたが、リガルの退役を皮切りにその関係も途切れてしまった。
「とんと連絡をしてこなくなったから、心配していたんだ。想像していたよりもはるかに元気そうで安心した。もっとも、お前がこのまま大人しく世間から引っ込んだままだとは、考えていなかったがな」
レイズ星間連合警備隊、第二保安本部副本部長カルーザ・メンフィス一等宙佐は、手ずから淹れた安コーヒーのマグカップをリガルへ手渡した。ぞんざいに受け取りながら、リガルも感慨深げに彼の顔をまじまじと見つめ返し、コーヒーの液面と交互に見比べる。
執務室にはリズ・ブレストンとアキの姿があるが、二人とも隅に追いやられていて伝説の二五四期生次席と主席の再会に水を差す者はいない。応接用のソファにアキと並んで腰を落ち着けているリガルは<ファーベンス>で口にしたものと同じ味のするそれを啜って苦笑した。
何もかもが昔のままというわけだ。
「愛想を尽かしたわけじゃないんだ。『銀河一の大馬鹿野郎』が連合警備隊期待の星に連絡を取ると、いろいろ弊害があると思って。実際、退役した頃は電子新聞があることないこと書き並べていたし、ほとんど身動きも取れなかった。要するに、ひどい有様だったってことさ。悪気はなかったよ」
「公私混同を前提とした批判など馬耳東風だ、気にすることは無い。とはいってもお前の判断は間違っていなかっただろう。実際、わたしのほうにも身辺調査と言いつつ痛くもない腹を探られた。艦隊司令部もしばらくは世論への対処で、国防委員会もてんやわんやだったと聞く」
「そいつは——」
手を振って。カルーザはリガルの謝罪を封じた。
「いや、気にするな。おれは正直に答えただけで、その内容が奴らの期待した通りのお前の悪評じゃなかったもんだから、取材記録は虚空の彼方へ消えていった。おかげでこうして一等宙佐の階級章の重みで肩が凝ってる。大変だったのは確かだが、禍根を残したわけじゃないのさ」
旧友の気遣いに思わず自嘲的な笑みが漏れる。カルーザの言葉に嘘はないのだろうが、それでも慢性的な人手不足の警備隊で業務をこなす彼に、悠長に電子新聞の取材を受けている時間などあるはずもないのだ。リガルの悪名を少しでも雪ごうとした努力であったことは疑いようもない。そしてその努力が無為に帰したことも。
話題を変えようと、カルーザは真っ黒な航宙服に身を包んでいるリガルを、頭からつま先まで眺めまわした。
「それにしても、いつの間にかノーマッドになっているとはなぁ。けっこう様になってるじゃないか。世の中、わからんものだ」
テーブルの上にカップを置いたリガルを見るカルーザの視線は感情が読み取れない。同じ学び舎、同じ釜の飯を食った間柄であれば、出世頭として期待された当時とノーマッドになった今とでは感じ入るものがあって当然か。
大仰に肩を竦めながら、ようやく体に馴染み始めた航宙服の裾を引っ張ってみせる。
「おれだって意外だ。本当に、一カ月前まではこんなこと予想だにしてなかった」
「お前ほどの男が、新入りってわけだな?」
「まあな。幻滅したか?」
「いや、軍人よりもよほどお前らしいと思うよ。お偉方と何度もやりあってただろ、肩身の狭い思いをしてたじゃないか。こうして自由気ままに宇宙を往く身となったんだ、友人として嬉しい限りだ。せいぜい上手くやれよな」
確かに、カルツィオとの契約を抜きにすれば身一つで宇宙を住処とする生活に高揚感を覚えずにはいられない。船乗りならば長期間の航海を恐れることはないが、自ら望んで危険な宇宙に留まろうとする人間は、現代においてもそう多くはないのだ。
対面のソファに腰を下ろしたカルーザの後ろには、いつの間にかリズ・ブレストン一等宙尉が休めの姿勢で立っている。彼女は無表情のままリガルとアキを交互に見やっているが、実際にはカルーザが普段の勤務態度とはかけ離れた口調で話していることに戸惑っているのにリガルは気付いていた。カルーザの職務に対する毅然とした態度はアウトローを気取っていたリガルからすればほとんど自虐に近しいほどだった。その彼が自分からコーヒーを淹れて談笑する犯罪者の男など、彼女にとっては青天の霹靂に違いない。
ブレストンといえば、とリガルは懐かしさを振り払い現実について問いただす。
「わざわざ<アクトウェイ>をアルファ・ステーションまで引っ張ってきたのは、おれの名前を聞いたからなんだよな?」
「いや、わたしの指示ではなく彼女……ブレストン一等宙尉の判断だ。お前も知っての通り、この星系には連合警備隊のフリゲート艦が溢れかえっているが、その気になった<アクトウェイ>を止める戦力はない。それは火を見るより明らかだ。後々その危険を冒すのならば、あの場ですぐに臨検を行い船長であるお前の身柄を拘束すべきだと彼女が判断した。事後になるが、わたしも彼女の判断を支持する」
ブレストンが明らかに緊張を解いた。カルーザは彼女から見えない角度で、おかしくてたまらないといった風に満面の笑みを浮かべた。
「もっとも、お前が乗ってると報告を受けた途端に笑い転げそうになったのは確かだがな」
「部下の教育もつつがないというわけか。ブレストン艦長の度胸も見上げたものだ。あの場で<アクトウェイ>に近接して臨検する決断を下すのは一筋縄じゃいかない。小魚が鮫に挑むようなものだ」
「ところが、おれはあんまり彼女とは関係が深いわけじゃない。ブレストンは任官から一年間、第二管区で面倒を見ていたんだ。人員不足で第五管区に転属になってからも研鑽を怠らなかった。正真正銘、本人の実力だ」
誇らしげに顎を上げたブレストンは嬉しそうだ。カルーザは手にしているマグカップを間に置かれているセラミック製のローテーブルの上に置く。その面差しが親しみに満ちた笑顔から深刻なプロフェッショナルの表情へ変貌した。昔馴染みのリガルには、歓談はここまでだとカルーザが言外に伝えてきたのをはっきりと理解できた。
「それで、リガル。お前を相手に手練手管は通用せんだろうし、その必要もないだろうからはっきり言おう。第二管区保安本部としては、<アクトウェイ>をこのままマルメディスへやるわけにはいかない」
半ば想定していた言葉に、リガルはとにかく頷いて相槌を打った。そういうわけにはいかない、こちらにも依頼があると押し問答をしても仕方がないだろう。リガルとアキが無理にでも動こうとすればこうして会話をする機会すら失われてしまうし、カルーザとしても今回の事態への対処で考える節があるはずだ。この男はただ状況を伝えるためだけに誰かと膝を交えたりはしないものだ。必ず言葉を尽くす必要がある、そういう時にこそ顔を合わせるのがカルーザの流儀であり、友人でありながら尊敬する点のひとつだ。
言葉を待つリガルに対して、カルーザはモブを操作し執務室の三次元ディスプレイを起動した。古いためかやや耳障りな駆動音が天井でした後、リガルらの目前にレイズ星間連合の領宙を簡易的に表した宙域図が投影される。
「アルファ・ステーションの国防宇宙軍駐在所に確認し、サレイド・カルツィオ中佐の電子署名や契約内容が正規のものである確認が取れたため、お前が受けた依頼の信憑性は担保された。しかし法的には、お前はほとんど不名誉除隊に近い退役をした不良で年金泥棒という、お世辞にも清廉潔白とは言い難い身分が先に立ってしまう。犯罪歴は何事にも優先して効力を発揮するんだ」
「契約内容が正しいものであったとしても、法的には犯罪者と交わしたものだから連合警備隊としては素通りさせるわけにはいかないということか。犯罪者であることを知った上で見逃したとなれば問題が残る。それに国防宇宙軍から明確な協力要請が連合警備隊へ行われたわけでもないんだろ?」
カルーザは腕を組んでうなった。彼としても難しい局面なのだろう、ただでさえ多忙な時間を割いてこうして話すのはよほどの事態になっているとみるべきか。
「個人的には、お前を今すぐ<アクトウェイ>に戻してマルメディス星系へ送り出したい。国防の観点から見て足止めをするなどカルツィオ中佐の依頼内容を考慮すれば言語道断だ。知っての通り、既に我が国は戦時下で艦隊司令部はメキシコ星系に関するあらゆる情報を必要としている」
「その件なんだが、政府はどうやって開戦の事実を知ったんだ?」
「マルメディス星系へ来訪した商船がバルハザール大使館に通信を行い、直後に大使館経由で星間連合議会へ宣戦布告が行われた」
「いつだ」
「カルツィオ中佐の読み通り、バルハザール宇宙軍がメキシコ星系に現れたのとほぼ同時刻、およそ三週間前だ。まったく侮り難い男だよ。謀略の才能だけは、おれとお前にはなかったのだと痛感させられた」
それから掻い摘んで国内情勢に関する説明をされ、リガルは表情を崩さずにカルーザの話を聞いていた。宣戦布告と同時に、連合議会は即座に自衛権を行使し国防宇宙軍第一艦隊の動員と戦時体制への移行が宣言された。その一環として各星系の航宙は政府の管理下に置かれることとなり、レイズ全体でも大混乱が起きているのだという。
一般の商船でさえ制限されているレイズ領宙での航行を、犯罪者であるリガルが大手を振って行き来できるわけがない。そのためには相応の理由がいる、というのがカルーザの説明だった。もちろん、カルーザのみならずセイル星系の国防宇宙軍駐在所も同じ認識ではあるのだが、いかんせん法律という公務に携わるものにとっての聖典が発揮する効力は見境がない。超法規的な措置を取る権限もそれを許す法整備も何も為されていないし、両者の間を取り持つ軍高官がセイル星系には不在であることが問題をいっそう複雑にしていた。
「それで、メンフィス一等宙佐殿にはどんな腹案がおありで?」
「茶化すのはよせ。他でもない、お前の問題なんだぞ」
気色ばんだカルーザを、リガルは両手をあげてなだめた。
「オーケイ、悪かったよ。それでどうなんだ。お前のことだからひとつやふたつは腹案があるはずだ。さっさと聞かせてくれ」
「まあ、ある。司法取引だ」
リガルは大きなため息をついて椅子の背に持たれ、天井を見上げた。
「あくまでおれは犯罪者か……」
「思うに、カルツィオ中佐の落ち度は、いかに急を要したとはいえお前を犯罪者に仕立て上げたことだ。依頼の経緯から考えてもこの前提は動かせない。司法取引して減刑を条件に連合警備隊からの仕事を受けてもらう。その間にアタッシュケースはマルメディス星系へ連合警備隊が責任を持って輸送する。政府が太鼓判を押せばお前は晴れて自由の身、<アクトウェイ>も手に入れることができるというわけだ」
「ちなみにその仕事とやらを、マルメディスへの機密情報移送という形にはできないのか。それなら一石二鳥だろ?」
ほんの少し、アキとブレストンが気付かないほどの短い時間、カルーザが逡巡するのがリガルにはわかった。彼はそれまでと変わらない態度を装い、首を横に振った。
「そのアタッシュケースの所管は情報軍だ、連合警備隊が手を出せば指揮命令系統を乱すことになる。リガル、我々は合法的に国民を守らねばならない。有事の際、連合警備隊は国防宇宙軍の指揮下で行動する規定がある。現状、おれがお前をそんな風に送り出しては、後になって面倒なことになりかねん」
「そりゃそうだ」立ち上がり、リガルは右手を差し出した。「何はともあれ感謝するよ、カルーザ。もし他の堅物野郎が相手だったら、おれの人生もここで終わっていた。持つべきものは良き友だな」
カルーザも立ち上がり、リガルの手をしっかりと握り返した。そこに込められた親愛の情は疑いようもなく、きざな様子で片目を閉じてみせる。
「たとえそうだったとしても、隣の星系からでも横槍を入れてやるさ」
司法取引の内容については後ほど連絡する、とだけ通達し、リガルとアキは<アクトウェイ>へ帰された。
先ほどとは逆方向に移動するリニア・モーターカーの車内で憮然としているリガルの顔を覗き込み、アキが小首を傾げる。
「状況はさほど悪くは思えません。何がお気に召さないのですか?」
「アキ、人間が嘘をつく理由がわかるか?」
質問に質問で返された格好だが、アキは素直に答えた。
「その必要があるから、でしょうか」
「生体端末のお前にしては人を食ったような回答だな。そして忌々しいことに、正解だ」
「お話の流れから察するに、メンフィス一等宙佐が船長に嘘をついていると?」
「確証はないが、そうに決まってる。語弊があるだろうが、おれに嘘をつくのはいいんだ。あいつにも命を預かる部下や任務への責任、背負った立場があるからな。いかに友情を盾にしたところで譲れない一線はあるものだし、そうであるべきだとも思う。だが問題は、なぜあんな嘘をついたのかってことだ」
それきり黙り込んだリガルを見つめ、その理由に心当たりがあるからこそこれほど怒っているのではないかとアキは考えたが、今までにない静かな怒りを抱えている様子の彼にこれ以上の質問を投げるのは得策ではないと判断した。
何も言わずに体にかかるリニア・モーターカーの加速度に揺られている。眠くなることはないが、手持無沙汰ですることもない。
「船長、そういえばこのステーションでは肉饅が名物だそうです。養殖のエビがたっぷり入った一品だとか。どこかで買い付けて——」
呼びかけて横を見れば、リガルは襟の中に首を鎮めるようにして居眠りしていた。
*
バルハザール宇宙軍によるレイズ星間連合はメキシコ星系への宣戦同時攻撃は非常な衝撃を国内外に与えたが、攻撃側であるバルハザール宇宙軍にとっては事前の計画に沿ったものであるのは明白であり、これはそのままレイズの不利となった。そのため、レイズ星間連合国防宇宙軍艦隊司令部は数的に劣勢であったはずのバルハザール宇宙軍が何かしらの対抗策を取り既に計画、実行へ移しているはずだと予測したうえで行動を計画しなければならず、そのための時間的猶予もなきに等しい事態となっていた。
しかし勃発した戦争についてあらゆる情報を収集している艦隊司令部であっても、その矢面に立たされているのが連合警備隊であることまでは彼らも把握しきれていないようだった。
軍縮により昇進ポストですら不足しがちな国防宇宙軍では、栄達するために政治的手腕を必要とする風潮が強い。年々増加する海賊被害への対処が急務とされていた連合警備隊では未だ実力主義的が根強く沁みついている。必要とされる場所で必要な仕事を、と望んだカルーザ・メンフィスの入隊は連合警備隊にとってまさに棚から牡丹餅で、努力と才能に裏打ちされた実力を如何なく発揮した彼はあっという間に第二管区警備本部副本部長という要職まで駆け上がった。
仕事ができるやつを仕事の山に放り込んだらどうなるか、という問いかけに対する回答をカルーザは示したのだ。
コロニカル・メビウスの只中にあるセイル星系を中心とした第二管区は、正に最前線と呼べる地勢にあり、優秀な人材が集中している。副本部長という役職は実務面での最高責任者に近く、カルーザは四二隻のフリゲート艦を指揮下におさめ海賊を相手取り日夜奮闘していた。彼が指揮するのは現場レベル、要するに巡視、臨検活動ではないが、海賊被害の多い星系の警備を強化し、密輸組織や軽犯罪者への取り調べから海賊の活動に関する情報を吸い上げ、より効率的に警備隊の持つ治安維持能力を分配するという一貫した海賊対策を取り仕切ることだ。困難な任務を限られた予算とリソースを用いて達成する、それはカルーザの得意とするところでもあり、国防宇宙軍士官学校で徹底的に叩き込まれた技能だ。
その甲斐あって、第二管区保安本部はバルハザールによる宣戦布告から時を先んじて不穏な気配を察知していた。明確な物証を得たわけではないが、マルメディス星系で星間連合議会が開戦の事実を認識するよりも早く、第二管区内における海賊活動がいっそう盛んになっていたのだ。過去一カ月における海賊船による商船襲撃の報告は六二件を数え、連合警備隊による海賊船の拿捕および破壊した数も同数に及び、独自に対策の強化に乗り出している。
これまでのところ、バルハザールによる奇襲攻撃と海賊の行動活発化にどれほど因果関係があるのか不明ではあるが、彼らの試みは失敗し続けているように見える。司法取引の結果としてリガルが得た情報では、カルーザ・メンフィスによる粉骨砕身の働きによって海賊による襲撃被害はかなり抑えられていた。海賊船団の規模は週を追うごとに増加を続けており、過激な活動を繰り返しては検挙の網にかかる。カルーザは人的被害が犯罪者にのみ限定されるケースに限っては発砲を許可する事前対応を行い事務的手続きを最小限に海賊の総数を減らす方針を取った。逮捕ではなく排除を至上方針としたのである。情け容赦のない施策は海賊を震え上がらせたようだが、それにも構わず被害は徐々に増加しつつあり、海賊組織の隆盛の裏には第三者による支援があるのではないかと疑い始めていたのがつい先ごろまでの情勢だ。
第五管区に異動となったリズ・ブレストンが第二管区へ派遣されていたことからも、これでセイル星系に多数のフリゲート艦が集結していることに説明がつく。連合警備隊は国防宇宙軍による戦時動員の際には艦隊司令部と協力し兵站線の維持任務を請け負う法制度が整備されていたが、そもそもの海賊活動を鎮静化させることが優先され、思うように戦時体制への移行が進んでいないのが現実なのだった。
カルーザは司法取引として、並行してノーマッドへ依頼を出しているのと同じようにリガルに対し海賊討伐の話を持ち掛け、これを果たす間にマルメディス星系へアタッシュケースを送ることにしたのである。司法取引による活動で逮捕まで時間稼ぎとしその間にリガルの犯罪記録を抹消させる。いかに海賊船が相手とはいえフリゲート艦では手に余る場面も多く、軽巡洋艦に匹敵する<アクトウェイ>の存在はまさに渡りに船というわけだった。
「カルツィオ中佐は連合警備隊がアタッシュケースを運ぶことを看過するでしょうか」
「問題ないだろう、奴の目的は情報を届けることだ。伝令船として考えれば、<アクトウェイ>でなくフリゲート艦が届けるほうが信憑性が増す。第一艦隊が動員準備をしているマルメディス星系にこんな怪しい船が怪しいものを運んだらどうなることやら」
宣戦布告を受けて腹を空かせた熊のように神経を苛立たせている首都星系に「銀河一の大馬鹿野郎」とまで揶揄された国防宇宙軍の面汚しが、不審かつ強力な船で現れたとあっては、どんな対応をされたものやらわかったものではない。カルツィオはそこまで考慮しておれを抜擢したのだろうか、という疑念とそうする意味がどこにあるのかという否定する感情が渦を巻く。いずれにしてもサレイド・カルツィオの思惑に振り回され続けるのは面白くない、とリガルは鼻梁をこすりながら微かに顔を顰めた。
いまそんなことを気にしていても仕方がない。気持ちを切り替えるために、船長席に座りながらセイル星系を中心に近傍宙域を表示する。
カルーザ、ひいては第二管区連合警備隊副本部長から提示された司法取引の内容は簡潔だ。セイル星系とマルメディス星系の間にあるラズセ星系にて所定の位置にある海賊船団の根拠地と思われる小惑星を破壊する。具体的には、敵拠点を強襲する連合警備隊に随伴しこれを支援することだ。
単純だが意外に困難だ、というのがリガルの所感である。随伴するフリゲート艦は先の臨検で世話になった<アスベル>と<クラフト>を含む一二隻の巡視隊で、旗艦は<アスベル>、指揮官はリズ・ブレストン一等宙尉がお目付け役として抜擢されている。
「随分と彼女を買ってるんだな、それとも他に信用できる人間がいないのか?」
他に手段がないとはいえやはり腹立たしいものを感じ、やや皮肉を込めて言うとホログラフの中のカルーザは苦笑した。
「連合警備隊は国防宇宙軍と違って実力主義志向だ、優秀な人間は多い。だが海賊船団との正面切っての戦闘ともなれば別の才能を持った人材が必要になる」
「おれのような?」
「ブレストンはお前の半分のさらに半分ほど優秀だ、リガル。だがそれは警備隊員としてであり、実戦状況になれば国防宇宙軍の艦長たちでさえ、お前の足元にも及ばない。餅は餅屋ってこと」
「自分で言っておいてなんだが、少しむず痒いものがあるな」
「なあ、おれたち二五四期生から連合警備隊に配属されるようになった理由を知ってるか? おれとお前が優秀すぎて、連合議会のお偉方を説得するのに一役買ったかららしい。『国防宇宙軍からも極めて優秀な人材が輩出されるから、これを利用しない手はない』と言って、財務委員会が首を縦に振ったんだと」
初耳だが、そんな期待を背負わされていた二人の若者の片方であるリガルは自身の落ちぶれっぷりに苦笑した。
「おれの汚名をお前の栄達が埋め合わせてくれることを祈るよ」
ちらりと、カルーザは気づかわしげに微笑んだ。
「そう思うなら、まあ、今回は頑張ってくれ。名誉挽回の好機だ。基本的にはブレストンの指示に従ってもらうが、人命が害される可能性が大きい場合はある程度の裁量も与えてある」
「了解。ああ、そうだ。ついでと言っちゃあれだが、ひとつ頼まれてくれるか?」
「年金泥棒が副本部長にお願いだって?」カルーザはわざとらしく目を丸くした。「もちろん、できる範囲で応えよう」
「<アクトウェイ>で乗組員を採用したい。人選は済んでいるから、おれが戻るまでの間に彼らに連絡を取っておいてほしいんだ」
「ふむ、時間を無駄にする理由もない、か。わかった、セイル星系は封鎖中だが何とかしよう。そもそも<アクトウェイ>をここから動かす方針で考えているんだ、その乗組員確保とあればいくらでも弁が立つ」
「それでいい。じゃあ、あとはよろしく」
「ああ。頼んだぞ、リガル」
ホログラフが消える。リガルはひじ掛けを指でこつこつと叩きながら、この任務の持つ戦争と個人の両方の意味について考え続けた。




