表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
遼遠のノクス・リーガル  作者: 夏木裕佑
Act.2 航路の先に
PR
10/23

Eps.10

 アキの言う通り、宇宙空間は人類が生まれ育った地球といういち惑星地表と比べて広すぎる。隣の衛星、惑星、星系へ移動するための時間感覚で議論することはできない。そのため航宙船に乗り組む人々は、単調で長期におよぶ独特な生活リズムを身に着ける必要があった。

 この宇宙での暮らしというものは、閉鎖空間で限られた人々と共同生活を行うことは同じだが、惑星上で運行される水上船と似ても似つかぬものである。何しろ甲板に出て青空を見上げ潮のかおりを胸いっぱいに吸い込むことはできず、外板を一枚へだてた先にある絶対零度にほぼ近しい真空と致命的な宇宙放射線を常に意識せざるを得ない。伝染病が蔓延すれば逃げ場はなく、食料が尽きれば死を待つのみだ。

 船長席の肘掛けには保温ポットのホルダーや簡素なテーブルまで用意されていて、船橋で長時間に渡り生活することを考慮し様々な工夫が凝らされている。省人化を徹底した設計である<アクトウェイ>においてもここは変わらない。また、船橋には冷蔵庫や簡単な調理器具を取りそろえた給湯室から洗面所までも併設されている。シャワーを浴びることと柔らかな寝台に体を横たえることを我慢すれば、船橋だけで生活することもできた。もちろん、船橋を離れる時間が惜しいほど逼迫した状況に陥ることが無ければ無用の長物でもある。もっと大勢の乗組員がいて艦長として指揮統率する必要がある軍人ならここまで余裕を持った生活を送ることはできなかったろう。

 リガルは、今のところ<アクトウェイ>に乗っている唯一人の人間としてまず、座席にこだわりを見せた。船長席をカスタマイズするのは、その船を操る者にとって一種のフェティシズムだ。ホログラフとはいえ、この船橋は船と一体に成りながら星々と間近にまで迫れる、唯一の場所なのだから。

 すべてに勝る憧憬と揺りかごのような居心地の良さは何物にも代えがたく、アキに命じてリクライニング機能の強化とクッションの形を整えさせ、いつ何時でもドーム状の星空を視界いっぱいにおさめることができるようにした。一度試してみて、すぐにやめた。あまりにも居心地がよく、このままでは船長席に根が生えてしまうと思ってのことだった。

 差し当たって、その機能を使い切るような場面はなさそうである。遅い昼食としてアキに持ってこさせた冷めたブリトーを頬張りながら、リガルはワープアウトの瞬間を待っていた。船橋を覆う星空は超空間の灰色一色で塗り固められている。現実空間へ出る時にはさすがに咥えていたそれをサイドテーブルに置いた皿の上に戻した。

 何か起きるかと身構えはしたが、<アクトウェイ>は何の問題もなく灰色の世界から抜け出し、別の星海に浮かんでいた。

 <アクトウェイ>の船首に艤装された各種センサーが星系内を走査し、得られた情報をまとめて次々にホログラフを更新していく。ものの数分で近辺に脅威がないとわかるや、リガルは一度は置いた食べかけのブリトーに手を伸ばして食事を再開した。片手間に、三次元で表示された星系図の各所に注釈付きで追加されていく情報の数々に素早く目を通す。

 セイル星系とマルメディス星系の中間に位置するラズセ星系は、クイナレ星系のように寂れていはしたもののまだ恵まれた環境を有している。赤色巨星である恒星ラズセが仄暗く照らし出すのは、濃密な二酸化炭素の大気を有するラズセ・ファーストと、厚い氷に覆われたラズセ・セカンド、そしてメタンの海を持つラズセ・サードだ。レイズ星間連合の開拓初期には首都星系マルメディスに隣接する位置に多量の水を有するラズセ・セカンドと多くの用途があるメタンが採掘できるラズセ・サードに小規模なコロニーが作られ、採掘活動とその輸出が盛んにおこなわれていた。特にメタンは温室効果を持つため、燃料としての利用を行いつつテラフォーミングにも最適な原料として重宝された。現在では国家規模の拡張と経済の発展による物資供給の安定化により需要がなくなって久しい。当時、利用されていた軌道上施設の多くは費用対効果が減じたとされ、軒並み閉鎖された。

 とはいえ堅牢な密閉構造は未だ利用価値があり、一部を改修しながら連合警備隊の巡視ステーションや事故が起きた際に利用できる非常用ステーションが整備されている。宇宙空間では、たとえ古ぼけて錆びだらけになったステーションであっても、こうした人間が活動できる場所が貴重だった。とはいえほとんど無人に近い状態で放置されていることには変わりない。

 経済活動など皆無の多くの船にとっては通り過ぎるだけの交通星系なのだが、先に述べたように廃棄された施設が多数存在していること、ラズセ・ファーストとラズセ・セカンドの間に横たわる小惑星帯が海賊船にとって絶好の狩場となってしまい、連合警備隊が手を焼いている星系のひとつとなってしまった。どれほどセンサー技術が進歩しても、星系は広大な体積を有するため全てに目を行き届かせることはできない。連合議会も軍縮で浮いた予算の中から対策用にかなりの割合で連合警備隊の増強に費やし、ここ二年で優秀な人材や新しいフリゲート艦の増産計画も承認こそされはしたものの即効性は期待できず、地道な対応に終始していた。

 海賊被害の増加傾向は警備隊の増強を上回るペースを保っている。何しろ海賊に身を窶して何でもない船にレーザー砲を載せるほうが安上がりだし、簡単なのだ。翻ってフリゲート艦は建造するにも多くの基準をクリアし、海賊船に対する優位性を保持しなければならないばかりか、整備のための人員も必要になる。民間からの雇い入れも試みられていたが、応募者が犯罪組織と関係があるか調査する人件費も馬鹿にならず、そのための人手もない。

 劣勢とはいえなんとか拮抗状態を保てている内に断固たる行動を取るべきだ。そう決断したカルーザ・メンフィス第二管区副本部長の作戦は単純明快で、既知の海賊船団とその活動拠点を破壊して回るというものだ。

 この計画は言うまでもなく治安維持を主たる任務とする連合警備隊が得意とするものではない。どちらかといえば国防宇宙軍のような重武装の軍部隊が担当する乱暴で大雑把なオペレーションだ。連合議会は現在の法制に対するカルーザの提出した計画を合法がどうか長く吟味し、その間にカルーザは一隻でも多く使えるフリゲート艦を掻き集め、計画を練り続けてきた。

 そして時は来たれり、というわけである。機運を運んだのは正しく<アクトウェイ>だった。

 バルハザール民主共和国はレイズ星間連合への奇襲に際し、国防宇宙軍艦隊の兵站線を阻害するために海賊へと資金や武装その他を提供していた可能性が大きい。物証は未だないが、いくつかの状況証拠からカルーザはそう睨んでいた。記録を調べれば、バルハザール民主共和国と遠からず関係のある輸送船が精密機器など輸送船を武装化するのに用いられる可能性のある物品を紛失したり、あるいは海賊被害に遭ったというのに無傷のまま解放されたりしている事例を繋ぎ合わせ、仮説を事実へ結実させるに必要十分な情報を得ることができるだろうが、捜査には時間がかかる。

 レイズ=バルハザール戦争において艦隊司令部は連合警備隊へ支援を要請するだろうが、連合警備隊は連合警備隊で厄介な敵を相手取っている。そこに来て「銀河一の大馬鹿野郎」が軽巡洋艦級の船と共にノーマッドとして現れたともなれば、カルーザとしては利用しない手はなかったのではないか。眼前に見えている敵を殲滅するための、喉から手が出るほど欲しかった戦力がようやく手に入った。そしてその船を操っているのは、彼にとって最も信用のおける人物なのだ。

 友情を度外視して打算を打つ親友の姿など想像したくもなかったが、辻褄の合う想像であるのは確かだったし、何よりリガル自身の直感がそう告げている。数年間、寝食を共にしたカルーザのことは誰よりも理解している自負があった。そしてその自負はそのまま苛立ちに変わりつつある。おれと同じで、あいつも変わったのではないか、と。

「お食事中ですか、リガル船長?」

 フリゲート艦<アスベル>艦長、リズ・ブレストン一等宙尉が三次元ディスプレイにより中空に投影されたホログラフの中から声をかけてきた。無意識の内に彼女から送られてきた通信に応答していたらしい。リガルははっとして、また口に咥えていた食べかけのブリトーを皿へ戻してから手の甲で口元を拭った。

「失礼、考え事をしていると周りが見えなくなることが多くてね。何か用か?」

 数秒の間、ブレストンは抜け目のない目でリガルの顔を凝視していたが、やがて呆れたといわんばかりに頭を振った。

「認めたくはありませんでしたが、メンフィス副本部長と旧知の仲というのは本当のようですね。あなたたちはとてもよく似ています」

「おれとあいつが?」素っ頓狂な声をあげるリガルを、アキが横から面白そうに見ている。

「まるで兄弟です」ブレストン一尉は自分の言葉を噛みしめるように、「才能に溢れ、実力がある。信じると決めた道をひたすらに突き進み、困難には臨機応変に対応する。もしあなたが国防宇宙軍ではなく連合警備隊にいらしていたのなら、もっと違う形で友情を深めていたことでしょうし、海賊被害も今ごろは根絶でき、もしかしたらこの国から海賊に襲われ涙を流す人はいなくなっていたかもしれません」

 思わず吹き出しそうになったものの、咳払いで誤魔化して頭を振った。

「そいつは二度目のビックバンが起きてもあり得ないな。第一、規則や忠義だと肩肘張ってるあいつとおれじゃ雲泥の差だろう。今のおれを見れば一目瞭然だと思うが。それに、君はおれとカルーザを論評できるほどあいつと長いのか?」

「執務室でご本人が仰っていたように、連合警備学校を卒業し第二管区に配属されました。二年にも満たない期間でしたが、連合警備隊員として必要な技能のほとんどを授けてくださった方です。任官してもう五年になりますが、一等宙尉の階級を得られたのも副本部長の教えの賜物です」

「そりゃ、さぞ鼻が高いだろうな。それでブレストン艦長、今後の予定は。雑談するのが目的じゃないだろ」

 ブレストンが何かを操作すると、今後の作戦計画を記したデータパッケージが送信されてきた。すぐにアキがホログラフに反映し、<アクトウェイ>らの隊形が表示される。さほど距離も離れていないため、明確なタイムラグもなく会話も情報の送受信も行えた。

 一二隻のフリゲート艦が一定の間隔を置いて正方形が立ち上がった板型隊形を取っている。四つの頂点に一隻ずつを配し、三つの隊形が一枚目、二枚目、三枚目と進行方向に向け並んでいる。<アスベル>は真ん中の隊形の右上に位置しており、縦列隊形のすぐ右側に軌道を同調させた<アクトウェイ>が並行している格好だ。どう考えても、<アクトウェイ>がフリゲート艦たちを護衛しているのである。各艦長からすれば面白くないに違いないが、この一二隻よりも<アクトウェイ>のほうが戦闘力で勝っているのは厳然たる事実だ。

「現在、我々はアルファ1から3までの三つの隊形で構成されています。アルファ1は<バーケン>が先導し、マルメディス星系へ向かいます」いうまでもなく、<バーケン>はアタッシュケースを運ぶためにマルメディス星系へ赴く。「アルファ2と3、そして<アクトウェイ>でラズセ星系内の海賊が不法占拠している軌道上施設を攻撃し、海賊にとって拠点機能を発揮しなくなるよう措置を講じます」

 三次元ディスプレイにより空中投影されるホログラフの中で隊形がどんどん縮小されていき、セイル星系方面の跳躍点が見えてくる。さらに縮小は続き、やがてラズセ・セカンド、恒星ラズセ、そしてラズセ・ファーストの順に表示が追加され、最後にマルメディス星系方面の跳躍点が視界に入ったところでホログラフの表示が固定された。さらに隊形を示すアイコンから予測軌道が伸び、反時計回りに恒星ラズセを回り込む。ある一点で軌道はラズセ・セカンドとマルメディス星系方面の跳躍点へ向かうもので別れた。

 海賊が不法占拠しているのは、ラズセ・セカンドの廃棄されたメタン採掘基地のひとつだ。規模としては中程度のもので、コンソールを操作しリガルがさらなる情報を表示させると、百年以上も昔に乾ドックとして使用されていたものであるらしい。メキシコ星系で現在も運行されている採掘船からタンカーへメタンを移送する(はしけ)や中型の輸送船を整備していたようだ。リガルの知る限り、このような施設は取り壊すにも費用がかかるため、空気を抜き真空と絶対零度で満たしモスボールするのが通例だ。とはいえ電気配線や金属、樹脂類は劣化していくのですぐに使用できる状態での保存とはならないが、少し手を加えれば当時のように操業させるのはさほど難しい事業ではない。そして実際にそのようにして、無人の巡視ステーションや非常用ステーションも置かれているのである。

()はここで廃船を改造し、海賊船を建造しているのか」

()()()の拠点は星系内に点在しています」ブレストンは微かに眉をひそめた。「彼らの活動は所詮、海賊船による奇襲と略奪です。船は小型で小惑星帯に紛れれば探知されにくく、動きの鈍い商船であれば逃げ切れない速度差で追跡することができるでしょう」

「あえて乱雑な物言いをするがね。ここを破壊する、と。いきなりぶっぱなしていいのか?」

「通常、相手が何か行動を起こす前に発砲することは認められていませんが、今回は裁判所の法執行でもありますので先制攻撃が可能です。とはいえ、投降するよう呼びかけは必要になります。応じなかった場合は、あなたの期待通りになるでしょう」

「別段、破壊の限りを尽くすことを望んでいるわけじゃないが」

 単純な計画に見えて気に掛けることは多そうだ。リガルはブレストンと話をしながら何をしてよく、何をしてはいけないのかを細かく確認した。国防宇宙軍の士官時代ってあっても、戦闘規則は厳密に順守しなければならなかった。連合警備隊の規則はそれに輪をかけて細かいものだったが、これ以上前科を重ねる気も毛頭ないのでアキに会話を記録させ、必要に応じて注意を挟むよう言いつけた。

「あなたの仕事は、所定の場所まで行き、適切なタイミングで砲撃を行い、退避するだけです」

 ブレストンはそう言い残し、通信を切った。

「中性粒子砲をぶっ放すだけで済まないのに、簡単な仕事であるはずが無かろうが」

 呟いた皮肉が現実のものとなるのに、さほど時間はかからなかった。



 このような複数の管区から抽出された艦艇で構成される部隊をなんと呼ぶのかとリガルが暇つぶしに問いかけると、ブレストンは少し考えた。

「ノーマッドのあなたに聞くのもおかしなことですが、国防宇宙軍ではこのような臨時編成を任務部隊と呼称するのですよね?」

「臨時というか、任務内容に合わせて編成を変えるためにそうしてるだけだ。呼び方としては万国共通で、そうだ」

「連合警備隊としては、特設巡視隊と呼ぶ場合があります。意味は任務部隊と似たようなものです。他はまちまちですがこれが最適でしょう。副本部長からは、第二管区第八特設巡視隊と銘打たれておりますし」

「最適というと、規則では決まっていない?」

「連合警備隊は少数での巡視を行う二隻編成を基本編成単位としています。国防宇宙軍のように集団で何かに取り組むことはほとんどないものですから」

 忙しいので、と通信を切られてしまうリガルはどうやって時間を潰そうかと考え、とにかくラズセ・セカンドの衛星軌道に散らばる軌道施設群の情報を確認することにしたが、それも小一時間で終わってしまった。連合議会の経済商工委員会がまとめ上げた施設の情報と<アクトウェイ>の高精度のセンサーが収集した情報の誤差はほとんどない。そしてブレストンが攻撃目標に指定した乾ドックからは微弱だが熱と気体が漏れ出ているのが確認された。ラズセ・セカンドとの距離は四光時もあるがこれほど明瞭に見分けられるとは驚きだ。宇宙に溶け込むような漆黒の塗装に身軽な機動性も鑑みれば、<アクトウェイ>は偵察艦として設計された船なのかもしれないという思いがいっそう強くなる。

 海賊が不法占拠しているステーションは、ちょうど巡視ステーションからガス惑星を回り込んで正反対の位置を定期周回している。なるほど、灯台下暗しというわけだとリガルは感心してしまった。犯罪者の身分ではあるが、こういうことを考えつく思考回路には馴染みがない。

 欠伸を噛み殺して星系図を表示したホログラフを閉じる。ただ席に座っていても体力を消耗するだけだ。船の状態を確認して異常がないことをたしかめると、リガルはアキに何かあったら連絡するように言いつけて自室へ引き取った。途中、思いついて着替えを手に取ってトレーニングルームへ向かい一時間ほど汗を流し、人気のない食堂でディスペンサーから携帯食料をひとつ手に取り、頬張りながら自室へ戻ってシャワーを浴びる。体を動かして熱い湯を頭から浴びるとさっぱりした。

 アルファ1隊形が第八特設巡視隊から離脱しマルメディス星系へ向かう軌道変更点まであと十時間。今のうちに寝ておこうと寝台に潜り込んだが、久々の戦闘を予感して神経が昂っているのか二時間で目が覚めてしまった。どうしたものかと考えつつ、アキと共に船内を見て回ることにする。異常があっても即座に船が攻撃される事態は考えられないから、たっぷり時間をかけて<アクトウェイ>を歩き回った。

「この船はあなたのものです」

 アキはそう言うが、歩けば歩くほどに不信感は募るばかりだ。これほど素晴らしく完成度の高い船舶を建造するには、ラズセ・セカンドに浮かんでいるような粗末な乾ドックではなく、バレンティア連邦の目を見張るほど巨大な造船市場が生み出した怪物的な設備を総動員しなければならない。いや、それでも足りないかもしれない。<アクトウェイ>はあらゆる箇所の工作精度、効率化、省人化が徹底されており、その中にはアキという生体端末の存在すら組み込まれている。少なくとも彼女は、この船にとって後付けの存在ではない。通路だけでなく各部屋のクローゼットの中にまで張り巡らされたケーブルと無線ネットワークを見れば一目瞭然だ。

 この船の出自について聞いてはみるものの、アキは、<アクトウェイ>のデータベースにはこの船にまつわる情報はないと答えるだけで、事実そのようだった。明らかに、この船を造った人物は意図的に真相を闇の中へ放り込み、鍵をかけた。手近なコンソールパネルにアクセスしてみても、航海日誌はメキシコ・サード近傍を慣性航行していた時点からしか記録が存在せず、カルツィオにより知らされた以上の情報は存在しなかった。

 今後、この船についてもよく理解していく必要がある。そう心に決めて展望デッキから星の海を眺めていると、一緒に呆けていたアキが突然姿勢を正した。

「船長、新たな敵が出現しました」

「なんだと? ちょっと待て、嫌な予感がする」

「……ブレストン一尉から通信です」

「ここで応答できるか?」

携帯端末(モブ)を使えば、いつでもどこでも」

 年々、新モデルを発売し続けている意欲的な通信機器業者の売り文句に似たことをアキが言う。

 とにかくリガルはモブを航宙服のポケットから引きずりだして画面ロックを解除した。アキが端末へ通信を転送し、応答ボタンをタップすると掌の中にブレストンの険しい顔が表示される。

「リガル船長、異常発生です。おや、いまどちらに?」

「船内を探検してたんだ。妙に聞こえるかもしれないが、この船はおれも乗り込んだばかりで知らないことのほうが多いものでね」

「なるほど、そうでしたね」ブレストンは律儀に頷き、「失礼。詳細は貴船のセンサーも捉えているでしょうから詳細は省きますが、海賊船が出現しました」

 ラズセ・セカンドの海賊拠点——他にも同じものはいくつもあるだろうが、リガルらが攻撃しようとしている拠点——からもワープアウトしてきた第八特設巡視隊の姿は観測できたはずだ。こちらが到着する前に海賊が何らかのアクションを起こすこともじゅうぶん考えられる。それに、海賊と言えど統率の取れた集団ではないから、はみ出し者が偶然この星系にやってくることも大いにありえた。

「我々は海賊討伐のためここに来た。だから海賊船が現れるのは規定事項のはずだ」

「わたしがいま海賊船と呼んだのは、それ以外に呼びようがないからですが、あなたの想像しているものとは異なります。見るからに巨大で、強力な船です」

「全長が四〇〇メートルを超えています」横からアキが口を挟む。「かなり洗練された外観をしており、有り体に言えば軍用の航宙艦です。少なくともフリゲート艦より重武装であると思われます」

 率直な驚きを示し、ブレストンの両眉が吊り上がった。

「驚きました、<アクトウェイ>のセンサーは非常に優秀なのですね。アキさんの言う通り、海賊船はアゼッタ級軽駆逐艦に匹敵する規模です。つまり——」

「つまり真正面から交戦すれば、連合警備隊のフリゲート艦は全滅する恐れがある。武装商船とは比べ物にならないほど強力な敵があらわれたから、ただ接近していくわけにはいかなくなった、ということだな」

 いらただしげに息を吐き出したブレストンは、右手で暗い金髪が流れるこめかみを撫でた。何かストレスを感じている時の彼女の癖のようだ。そしてその原因はリガルではない。小麦色の艶のある頬に指を走らせる。

「完全に出し抜かれました。警備部が把握していない流通経路があり、あんな巨大なものを隠匿していたのでしょう。形勢逆転です、我々は不利な状況に置かれました」

「駆逐艦一隻程度ならどうにかなるさ」

「<アクトウェイ>一隻で相手取るつもりですか? 敵は件の大型海賊船だけではありません。今は身を隠していますが、あの周辺には大小さまざまな海賊船が潜んで我々が近付くのを今か今かと待っているはずです」

「そうでもない。<アクトウェイ>が先行して中性粒子砲を撃てばいいだけだ。近付くことなく無力化できる」

「それは国防宇宙軍の論理です」ブレストンは粘り強くリガルの言葉に異を唱えた。「いいですか、リガル船長。あれほど巨大な戦闘用艦艇をレイズ星間連合の当局が把握することなく、首都星系のすぐ隣まで持ってきたのです。施設を調査し、証拠品を押収する必要があります。そうしなければまたどこかの経路から、駆逐艦級の海賊船が周辺宙域の航路を脅かすことになるのです」

 こいつは面倒なことになってきた、とリガルは悪態をつきそうになるのをどうにか堪えた。面倒なことがさらに面倒になっていくが、ブレストンの言っていることは正しい。あの戦闘用艦艇を運搬してきた海賊の手練手管を解明しない限り、また同じことが起こる。次も軽巡洋艦クラスの<アクトウェイ>のような船が連合警備隊に()()使()()()()()()とは限らない。敵があの船でゲリラ戦術を取れば、第二管区のフリゲート艦が文字通り全滅する可能性すらある。そして今は戦時下であるから、国防宇宙軍は兵力の抽出を渋るだろう。

 国防宇宙軍の論理とブレストンは言ったが、これが戦闘状況である以上はおれの領分だ、とリガルは考える。いずれにしろ敵船を放置する選択肢はあり得ない。まずは無力化し、その後に調査するよう段取りを組んでも問題ない。

 リガルは考えをまとめながらブレストンに言い返す。

「状況は了解したが、まだ悲観する状況ではない。敵は既に失敗を犯した。それを最大限利用しよう。とにかくすぐに船橋に移動するから待っていてくれ。話の続きはその後だ」

「了解しました」

 不安を隠しきれないでいるブレストンとの通信を切り、まだ見慣れぬ無人の通路をアキに道案内させて船橋へ戻る。いま焦っても仕方がない。それに、解決できない問題ではなさそうだ。

「アキ、本艦……じゃなかった、本船は戦闘が可能か?」

「はい、船長。先ほど仰ったように、中性粒子砲とレーザー砲はいつでも使用できます。ミサイルはありませんが最悪の場合、シャトルを無人で特攻させることも可能です。他、APS装甲も完璧に機能していますし、ドローンの数もじゅうぶんなためダメージコントロールもつつがないでしょう」

「そこまでしなくてよさそうだが、ともかく了解した」

 船橋に戻り船長席に腰を落ち着けて<アスベル>に通信を送ると、すぐに三つのホログラフがリガルの前に投影された。驚いているとその中のひとつ、ブレストンが小さく咳ばらいをして耳目を集める。

「<バーケン>艦長のハクダト一等宙尉と、<ベスタ>艦長のケルー一等宙尉です。それぞれアルファ1、アルファ3の指揮を執っております」

「よろしく」と、浅黒い肌にスキンヘッドの男性、ハクダト一等宙尉。

「よろしくお願いします」と、アジア系で髪の短い女性、ケルー一等宙尉。

「二人を呼んだのは共通認識を取るためですのであしからず。それでリガル船長、先ほど敵は失敗をしたと言っていましたが、説明をしていただけますか?」

「その前に、犯罪者で司法取引をした身分のおれが君たちに説教を垂れていいのか?」

 警備隊の精鋭たちは三者三様に表情を変えたが、誰もが今の指摘についてばつの悪い思いをしているのは確かなようだった。連合警備隊は国防宇宙軍ほど規律を重視していないから、艦長たちと話をしていても感情の機微がわかりやすく、見ているだけで愉快だ。

「我々は連合警備隊……つまりは警察組織なのです、リガル船長」まだ若そうなケルー一尉が言った。「我々は犯罪者を追い、捕縛し、必要に応じて無力化することが任務です。限定的ながら宇宙空間における機動戦も遂行します。ですが今回のケースは明らかに、犯罪者の取り締まりではなく軍事的な戦闘行為そのものです」

 後の言葉を引き取って、ハクダト一等宙尉が大仰なため息をついた。

「我々は犯罪の取り締まりのプロであって、戦闘のプロではない。もちろん、状況に応じて最善の判断は下す。しかし高度な軍事教育を受けた者とそうでない者では、()()という言葉の重みが異なってくるだろう」

「言わんとしていることは理解できたが、現実問題としておれにこの部隊の指揮権はない。だからブレストン一尉、あなたが第八特設巡視隊の指揮官ならば、あなたに提案するという形でいこうと思うが、どうだ? もちろん形だけでなく、決定権はそちらに預ける」

「その形式でお願いいたします」不承不承であるはずだが、彼女はそれをおくびにも出さなかった。

 こんなところで責任を果たしたくはないが、敵の大型海賊船は明らかに軍用艦艇で、フリゲート艦だけではどうしようもない。それは厳然たる事実だ。

 奇妙なことに、三人の艦長はそれぞれが不満に思っているにせよ、リガルの助けを求めるにやぶさかではないようだ。もしかしたらカルーザの奴が余計なことを吹き込んだのかもしれないな、と思いつつもリガルは自分の見解を話し始める。

「ではまず、彼我の戦力を整理しよう。こちらはフリゲート艦一二隻、大型巡洋船(アクトウェイ)が一隻。対して敵方は駆逐艦相当の大型海賊船を一隻、そして数は不明だがおそらく多数の武装商船。大型海賊船は脅威ではあるが、武装商船に関してはフリゲート艦以下の戦力だろうから、正面戦闘では少し有利というところだ。だがこちらもアルファ1をマルメディス星系へ向かわせなければならないから、必然的に兵力を分散することになる。ぱっと見、互角だな」

「アルファ1から、数隻を他隊形へ振り分けるのはどうか。伝令であれば、最低一隻があれば果たせる任務だ」

 ハクダト艦長の提案に対し、リガルは首を横に振って否定した。

「それではアルファ1が脆弱になり、大型海賊船に攻撃されたらひとたまりもない。それに武装商船の集団に対しても無防備になりすぎる。奴が最大加速すれば、おれたちは一度の交戦機会も与えられずにアルファ1が全滅するのを見ることしかできない状況に追い込まれるかもしれない。言っておくが、アタッシュケースの運搬は司法取引の条件として盛り込まれたものだ。必ず届けてもらわなければ困る」

「ではどうしろと?」

「基本方針は変わらない。だが隊形を分割するポイントを変更する」

 コンソールを打鍵すると、いきなりホログラフの星系図が<アクトウェイ>の物資目録に切り替わった。驚きに目を丸くする一同の前で、リガルは申し訳なさそうに肩をすくめてアキを振り返る。

「アキ、すまん。元に戻すにはどうしたらいい?」

「少々お待ちください」

 待つほどもなく表示が元に戻り、リガルは咳払いと共にあらためてコンソールを操作した。

「失礼、まだ使い慣れていないものでね……話を戻すと、元々予定していたポイントからマルメディス星系方面の跳躍点に一光時ほど近づいた位置まで、今の隊形と軌道を維持して進む」

「そうすると、アルファ2とアルファ3はかなり跳躍点に近い場所まで行って、そこからラズセ・セカンドへ引き返すことになります」と、ブレストン。「急いだとしてもそれなりの時間を費やすことになるでしょう」

「時間が惜しいのはおれも同じだが、任務が失敗すれば元も子もない。それにこの行動で敵の動きをかなり牽制できる。まず、航路の妨害が目的であるなら、敵はこちらが元の軌道を進み続けるのを黙って見過ごせないことに気付くはずだ。乾ドックの周辺に陣取り海賊船集団の支援を受けて待ち伏せを行うのが最上の策だが、おれたちをマルメディス星系に逃がせば、次に来るのは重武装の国防宇宙軍艦隊であるのは明白だ。兵站専門の第三艦隊は旧式艦艇ばかりとはいえ、この星系を安定化させるのにはじゅうぶんすぎる戦力だしな」

「敵が自身の存在を秘匿するためには我々を攻撃しなければならず、そのためには地の利という有利を捨てることになる。二律背反ですね」

「ついでに言えば、海賊船団も引き連れてきてくれればこちらとしてはかなり楽になる。敵方の戦力を丸裸にして不確定要素を排除できるし、軌道上施設や小衛星の影に隠れたゲリラ戦に対処する必要もなくなるからな。フリゲート艦は正面戦闘が不利だとさっき言ってたが、それは海賊船にとっても同様だ。軌道上施設から引きずり出して正面戦闘を挑めるのならこちらに分がある」

 三人の艦長はリガルの提案を吟味していたが、やがてブレストン一尉が得心したように頷く。

「リガル船長の戦術は理にかなっています。そのまま採用でもいいのではないでしょうか」

「同意します」と、ケルー一等宙尉。「我々には他に手はないでしょう。ハクダト艦長はいかがですか?」

「小職も異論はない」

「ありがとう。ではブレストン艦長、この作戦計画をデータパッケージ化して<アスベル>へ送信する。特設巡視隊の各艦へは君が転送し、説明してくれ。ケルー艦長とハクダト艦長はそれぞれの隊形の動きを掌握するんだ。作戦の実行にあたり、あらゆる準備をしておいてくれ。以上だ」

 如何なる場合でも犯罪者に指揮権を委ねる訳にはいかない。ブレストンは固く引き結んだ唇を強張らせて頷いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ