表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
遼遠のノクス・リーガル  作者: 夏木裕佑
Act.2 航路の先に
PR
11/23

Eps.11

 アキのサポートを受けながらリガルが作成した詳細な計画は、三十分ほどで仕上げたにしてはなかなかの出来栄えだった。

 敵が予想通りに動けば、だが。

 軍事には不確定要素がつきものである。何しろ敵味方が戦術、ないしは戦略目標達成のためにあらゆる手段を取り、彼我の指揮官が意図する通りに指揮下の将兵が実力を発揮することは稀なのだ。

 もしかしたら砲手が風邪をひいて新兵が交代しているかもしれない。作戦の開始前に指揮官が事故に遭うかもしれない。輸送船一隻での物資運搬についても、途中で物資が損壊するかもしれないし、輸送船が故障するかもしれない。今回のように航路上に海賊が出現することもあれば、寝る間も惜しんで準備をしてもすべてが無為に帰すほど拍子抜けな航海で終わることもある。

 計画に従うのではなく、計画を使いこなせ、と国防士官学校では叩き込まれた。計画は必ず破綻するが、計画がなくては行動できない。重要なのは完璧な計画を練り上げることではなく、不測の事態に合わせ柔軟に計画を修正し、目的を達成することだ。目的地は変わらないが、道筋はいくらも変えようがあるものだ。

 リズ・ブレストンをはじめとする連合警備隊は、整備された法令を遵守しその執行するに際した状況判断には才能を発揮するが、軍事にありがちな規範を逸脱しても規範を重視すると呼ぶべき、臨機応変かつ素早い対応には慣れていない。もちろん、連合警備隊が国防宇宙軍の真似事をすることは、国防宇宙軍が連合警備隊の肩代わりをすることと同じくらい困難だが、今は戦時下である。適応できない者は死ぬしかない。たとえ貧弱でみすぼらしい海賊船であっても、油断すれば呆気なく宇宙の藻屑となるのが戦場であり、一二隻のフリゲート艦の乗組員たちが立ち向かわなければならない現実だった。

「大型海賊船が動き出しました」

 即座にリガルは星系図を呼び出し、ラズセ・セカンドを巡る衛星軌道に散在した軌道施設群の近くで点滅するアイコンを拡大しようとした。しかしコンソールを打鍵するのが億劫で、試しに指を伸ばして引き延ばす仕草をすると、センサーが反応し恒星ラズセを中心とした星系図からラズセ・セカンド周辺が視界を満たす惑星周辺図へとシームレスに切り替わる。思いがけない機能に思わず口笛を吹いた。アキが嬉しそうに微笑む。

 どうやら大型海賊船はリガルが期待した通りの行動に出たようだ。いま目にしている映像は三七分前のものだ。ラズセ・セカンドが未だ三七光分の彼方にあるためだ。<アクトウェイ>の船首センサーが感知したのは主機の起動で、大型海賊船はゆっくりとマルメディス星系方面の跳躍点へ向けた軌道に遷移していく。その熱量と噴射される推進剤の量を計測すれば、恐らく敵船はその機動力の半分も発揮していないのではないかと推測された。

 ひとまず第一段階はクリアできたわけだが、その後に複数のアイコンが表示され、リガルは息を飲んだ。

「海賊船が多数出現。軌道施設の中に隠匿されていたと思われます。総数三二隻、規模は様々です」

 様々という言葉通り、大きさや形状にばらつきのある船団が表示される。海賊船集団はありとあらゆる商船を廃船置き場から持ってきて、ただレーザー砲を載せたようなものばかりなため、あらゆる種類の船が身を寄せ合っている。レイズ星間連合以外の他国で建造されたものや、古くは徴用船として酷使された船首も見える。あの船たちがどんな航海を経てきたのかは知らないが、最後に犯罪者たちの手で海賊船とされ悪行に使われるのはさぞ悔しかろう。

 通信が来たことを告げる電子音が鳴る。座席の前に展開されたコンソールを打鍵して画面を開くと、現れたのはブレストン艦長だった。

「リガル船長、彼らが動き出しました。予定通り計画実行ですね?」

「うん。思ったより数が多かったが、少なくともおれたちの予想の範疇に収まった行動をしている。だが油断は禁物だぞ」

 なぜですか、と問いたげなブレストンの顔を見やり、リガルは国防宇宙軍時代の堅物だが熱心な部下の存在を思い出したが、新たにホログラフを表示して説明する。

「敵の目的はマルメディス星系へ向かう——と見せかけている——我々をインターセプトし、攻撃することだ。となれば敵には敵の作戦がある。敵が思惑通りに動いているからといって、それが無計画なものとは限らない」リガルはアキに指示して一連の計算を行わせ、その結果を示す。「今のままなら、おおよそだが一時間と一二分後に接敵する。敵を前にして時間がある時、君ならばどうする?」

「いかに効率的に最大の損害を敵に与えられるかを思案します。当然のことですが、我々が敵を出し抜こうとしているように、敵も同じ考えのもとで行動を決定する猶予がある。油断するな、とはそういうことですね」

「カルーザの言う通り、君は優秀だな。だから今後は敵の行動を予測することが我々の仕事になる」

「どのような……状況になるとお考えですか。現時点でのあなたの考えを聞かせてください」

 リガルは足を組み、顎を指で撫でた。

「さてな。こちらは大型巡洋船一隻、フリゲート艦一二隻だ。翻って敵方は駆逐艦が一隻、おんぼろ武装商船が三二隻。<アクトウェイ>だけでもじゅうぶん葬れる規模だから、敵は腰を落ち着けた正きっての砲戦を避けて相対速度差を生かした一撃離脱先方を取るんじゃないかな」

「なるほど。とにかく、第八特設巡視隊としてはこのまま航行を続けます。接敵の三〇分前にはいちど会議を招集いたしますので、よろしくお願いします」

 通信が切られた。几帳面なことだな、と呟きながら船長席のリクライニングを倒し天井を覆う星々の光に視線を投げる。



「具体的な行動としてはどうしますか」

 ケルー一等宙尉がホログラフの中から問いかけると、ハクダト一等宙尉も同意の印に頷いた。ブレストンは沈黙を守っている。彼女も同じことを問いたいらしいが、口には出さない。

「今回もおれの提案を聞いてもらえるということでいいのかな?」

 単なる確認のつもりで口にした言葉はどうしようもなく皮肉な響きを帯びてしまう。

 ぴくりと口元を動かしたハクダトが喋る前に、ブレストンが割って入った。

「内容によりますが、最大限に尊重いたします」

「いや、すまない。久々の戦闘で気が立ってるみたいだ」

「お気になさらず。それで、ご提案はありますか?」

「もちろんだ」

 一通りのシミュレーションを経て決定した行動計画を再生して見せると、三人の艦長はしばしそれを見つめ、何かを考えていた。

「敵がこのように行動すると予測した根拠を聞いてもよろしいか?」

 ハクダトが耐えかねてそう言うと、リガルは肩を竦める。

「敵にとっては、他に手がないからだ。おれが奴らでも同じことをすると思う」

「しかし、この推測が外れていたらどうするのか。フリゲート艦のAPS装甲は<アクトウェイ>ほど強固ではない。集中砲火を受けて瞬く間に轟沈することもありえる」

「我々は腹を括るべきなのでしょう」ケルー一尉が言い、何かを懇願する顔でリガルを見た。「リガル船長、わたしはメンフィス副本部長を信頼しています。その彼をして全幅の信頼を置くあなたの言葉を、我々も信じるべきだ。そして何より、これは警備任務ではなく、戦闘行為なのですから」

「カルーザ・メンフィスが何を考えているかは関係ない。おれは今、あの海賊船団を相手取りどうやって勝つかを考え、そのための作戦計画を提示しただけだ」

「だが、これはあまりにも無謀に思える!」遂にハクダトが悲鳴をあげた。

「出発前に」ブレストンが口を開いた。三人が注目するのを待ってから、彼女は言葉を継ぐ。「メンフィス副本部長から直々に言い渡されました。『あの男の一挙手一投足に目を光らせろ』と。わたしはリガル船長が馬鹿な真似をしでかさないよう監視しろという意味だと解釈しましたが、そんな考えを見透かしたのでしょう。敬礼して退出しようとした時、こう仰いました。『世間が大馬鹿野郎としか形容のできなかった男のなんたるかを見逃すな』」

 沈黙が下りる。リガルはカルーザ・メンフィスという、親友であり侮りがたい男の言葉を女の口から聞き、その先にある彼の意図を手繰り寄せようとしたが、無駄に終わった。

 カルーザは、おれを英雄に仕立て上げようとしているのか。二年前のカール・メンゾン船団襲撃事件で多くの人命を救ったにもかかわらず、嘲笑と侮蔑の的となり、自分の夢を諦めなければならなかった男の汚名を返上させようとしているのだろうか。それは今、おれがもっとも近寄りたくないものなのに。

 あいつに聞けばいい、とリガルは迷路の中に入り込んでいく思考の手綱を握り現実へと意識を戻す。過去と未来の間に立っていられるのは生きている間だけだ。命を落とせば、おれは過去にしか存在できなくなる。

 ふと、何かに促されたようにアキを見た。黄色がかったブラウンの瞳が真っすぐに見つめ返す。

 おれが何をしようとも彼女は事象の地平線まで従ってくれるだろう。不思議な確信が胸の内に広がり、温めた。

「いまさら大馬鹿野郎と誹られても構わん。あんたたちの名誉や義務感を疑うつもりもない。おれは、おれを失望させたくない。これはいま考えられる最善の計画であることは保証する。後は、実行あるのみだ」

 再び沈黙が下りる。だが今度は混乱や不信ではなく、静かな熱を帯びたものだった。

 やがてケルー、ハクダト、ブレストンの順に各人が挙手敬礼。人生で初めての大規模な艦隊戦を前に青白い顔をしていた艦長たちは何かを決意した目で通信を切った。

 肩の力を抜いて、自分の言葉を信じきれないかのように掌を見つめているリガルの傍らに身を寄せたアキが囁く。

「やはり、船長が事実上、指揮権を掌握している状況を認めたがらないようです」

「とはいえ彼らにすれば他に選択肢はない。何も言わないってことは、そういうことだろう」

「艦長たちを説得できたのでしょうか?」

「成否がどうであれ、そんな必要はないよ」

「どういうことです?」

「カルーザの言葉通りだよ。星を見るのはいつだって自分の眼ってことだ」





「アキ、砲門開け。すべての武装を使用準備。APS装甲も出力を最大にせよ」

「了解しました、船長」

 接敵一五分前。<アクトウェイ>の船橋でようやく尻に馴染み始めた船長席のクッションの硬さを確かめながら、縮まりゆく戦術図が示す状況を一秒たりとも見逃すまいとリガルは目を凝らす。

 艦長たちには偉そうなことを言ったものの、リガルとて二年以上のブランクがある。既に送信したデータパッケージに記した作戦計画が今の状況に適合したものであるかは確信がない。

 何か起きれば対処するまでだ、と自分に言い聞かせる。同時に理解してもいた。第八特設巡視隊の指揮官はリズ・ブレストンであり自分ではない。最悪の場合、正面戦闘になれば指揮権は彼女にある。適切な行動を彼女が各艦に命じるのは無理だろう。要するに、何か起こった場合、それは第八特設巡視隊にとって敗北を意味するのだ。

 <アクトウェイ>と一二隻のフリゲート艦は相変わらずマルメディス星系方面の跳躍点へ向けて宇宙空間を驀進している。速度は〇・一五光速を維持しており、今は全艦が主機を停止して慣性航行状態だ。対して海賊船団は大型海賊船を中心に、不格好な長方形隊形で〇・二一光速を維持し、公転軌道に合わせてやや婉曲した軌道を取る第八特設巡視隊の八時方向から迫りつつある。

 敵の目には、連合警備隊が慣れない艦隊戦で反応を硬直させているように映るだろう。それでも対応された場合に備えて、リガルが予測した通りの反応を敵指揮官は見せる、はずだ。

 そして接敵七分前になった瞬間、リガルは<アスベル>へ通信を送った。

「ブレストン艦長、作戦開始だ」

「了解。全艦へ告ぐ、各隊形はシグマ114を実行せよ」

 命令一過、第八特設巡視隊の隊形が大きく崩れた。

 隊形を構成する三つの小隊形、アルファ1、2、3の構成は変わらないが、それぞれが一枚の四角い板の隊形を維持し、各々の軸に従い大きく旋回し始めた。隊形の右翼に位置していた<アクトウェイ>は船首を左へ向け、海賊船団が迫る方向へ加速する。こうした艦隊運動を考慮していないフリゲート艦は、やはり軍用艦に比べて動きが鈍い。それでも、各艦長は正確に命令を実行していた。初めての戦闘にしては満点だ。

 対して、海賊船団はほんの数秒遅れて行動を起こした。大型海賊船を中心に展開していた海賊船がそれぞれ加速を開始。アポジモーターを噴射しながらレーザー砲を乱射し、突っ込んでくる。

 リガルが予測したのは、敵海賊船は無人化されていてフリゲート艦、および<アクトウェイ>への体当たり戦術を取るだろうということだ。各艦の迎撃システムが過負荷状態となっている間に、大型海賊船は腰を据えて照準を行う算段である。大型海賊船が姿を現してから他の船を捕捉するまでにタイムラグがあったのは、船を無人化し制御を大型海賊船へ集約していたためだろう。そして海賊船は戦闘では低出力のレーザー砲しか運用できない。敵方としては、海賊船を犠牲に大型海賊船の戦力を最大化させる策を練ったというわけだ。

 しかし第八特設巡視隊は先手を打っていた。隊形を大きく移動させ続け体当たりしてくる海賊船を回避する機動を継続し、ただでさえ経済効率を優先し出力の低い主機をだましだまし使い続けていた海賊船はフリゲート艦の小回りの良さに追随することはかなわなかった。アキは流動的な各船の軌道と現在位置を緻密に計算し、ホログラフを見る限り、海賊船集団がフリゲート艦と衝突する可能性はほとんどなくなった。

 そして隊形が乱れた敵船団は格好の標的だ。

 無慈悲に、リガルは命令を下す。

「撃ち方はじめ」

 アルファ1から3の隊形は分散し難を逃れたが、中心に残った<アクトウェイ>が進み出て砲撃を開始。船首から船腹にかけて配置された八門の中性粒子砲が順に青白い砲火を放つ。事前の指示通り、フリゲート艦へ衝突しそうなコースを取っていた海賊船を優先して狙い撃ち、瞬く間に一五隻に命中。小型かつデブリダンパー程度の意味合いしかないAPS装甲を装備した武装商船は一撃で大破。中にはパワーコアを貫かれ爆発した船や、あまりの威力に竜骨を叩き折られ分解した船もあった。さらにフリゲート艦を含め複数のレーザー砲が通り過ぎようとする残りの海賊船へ向け発砲。相対速度差のため命中率は芳しくないが、雨あられと降り注ぐ砲火により残っていた一七隻の内、無傷で通過した海賊船は存在せず、いずれもかろうじて航行はできるといった状態で一瞬の間に遥か後ろへ通り過ぎていった。

 アキは第一斉射の全てを海賊船へ注いだわけではなく、中性粒子砲の第三射からは大型海賊船へ狙いを定めていた。だがこの時、爆散した海賊船の破片が<アクトウェイ>へ降り注いだ。ひとつひとつの破片は大したことは無いが、膨大な運動エネルギーを相殺しきれずに船体が震える。

「APS装甲の貫徹なし、損害なし」

「了解」

 言いつつ、目はホログラフに示される戦術を凝視している。敵の大型海賊船は<アクトウェイ>の砲撃を受けていたが、あちらも同様で被害は無いようだ。短い交戦時間で複数の標的を攻撃したため、火力の投射が間に合わなかったのだ。

 一分に満たない通過攻撃で敵は首級を上げる腹積もりだったろうが、今や形勢は完全に第八特設巡視隊へ傾いていた。無人操艦された海賊船団は跡形もなく消し飛び、無傷のフリゲート艦一二隻と大型巡洋船を一隻で相手取らなければならない。となれば敵船は加速して離脱するだろうとリガルは予測した。

 しかし大型海賊船は少しの間、慣性に従い惰性で進み続けていたものの、すぐに主機へ点火し旋回を開始。隊形こそ乱れたものの未だマルメディス星系方面の跳躍点へ向かっている第八特設巡視隊を捉えようと軌道を変更し始めた。

「<アスベル>から通信です」

 応答するとすぐにリズ・ブレストンの緊張した顔がホログラフで現れた。賞賛すべき自制心で興奮を押さえつけているらしく、頬が紅潮しているが物言いは普段と変わらない。

「リガル船長、ひとまず当面の脅威は去りました。残敵を包囲し、攻撃しましょう」

「いいや、アルファ1から3は合流してラズセ・セカンドへ向かってくれ。大型海賊船は<アクトウェイ>単独で仕留める」

 敵はもはや窮鼠と化している。フリゲート艦への損害は抑えなければならない。それに、一騎討ちならばこちらに分がある。

 何かを言いかけたが、ブレストンは唇を真一文字に引き結んで頷いた。フリゲート艦では、この後の戦闘では足手まといにしかならないと悟ったのだろう。

「わかりました。アルファ・ステーションに戻ったら、一杯奢らせてください」

「あんたみたいな美人に? せいぜい楽しみにしとくよ」

 敬礼と共にブレストンの姿が消えると、すぐにアルファ1、2、3の各隊形が動き出す。回避機動を停止して右舷側へ転舵しながら大きな弧を描き、緩やかに合流していくベクトルを辿っているようだ。

 敵海賊船も第八特設巡視隊の動きに合わせて強引に右舷側へ回頭しようとしている。リガルは敵船が第八特設巡視隊に追いつく十分前にインターセプトする軌道を計算した。

 <アクトウェイ>が左舷側へ向きを変え、加速する。メキシコ・サードから離脱した時ほどではないが、慣性補正装置が殺しきれない加速度が体にかかった。

「射程に入り次第、主砲による攻撃を実施する。反撃に怯むな、命中精度を優先するんだ」

「お任せください」

 加速が終わり、船首を回転させて大型海賊船を射界におさめる。やはり敵船は機動力の限界値を隠していたようで、観測していた予測値を大幅に上回る強引な機動を見せた。

(やはりフリゲート艦ではあの船を相手取るのは無理だ。他の宙域にも似たようなものが無けりゃいいんだが)

 カルーザにも報告すべきだろうと考えている間に、みるみるうちに敵船が近付いてくる。

 交戦はすべてアキ任せだ。船長として椅子に座り意思決定を下すことがリガルの仕事であるし、何より亜光速ですれ違いながら行う砲撃に人間の感覚器官は対応できない。

 だがアキは良い仕事をした。

 攻撃可能時間は僅か五秒にも満たないほどだったが、アキは主砲を二群に分け、二度の斉射を行っていた。同時に船首を僅かに傾けて主機を噴射し、直前でベクトルを変更することで巧みに敵の攻撃を回避する。

 大型海賊船はといえば、攻撃に集中しすぎたのか軌道を変えずに船体の向きだけを変えて横滑りする格好のまま攻撃してきた。もちろん、回避しないのであれば<アクトウェイ>の放つ砲撃が外れる道理はない。

 すれ違った後、大型海賊船は船体中心部に受けた直撃弾により前後部に割れていた。二つの大きな残骸が回転しながら虚空を進み続け、武装やパワーコアのものと思しき爆発光がきらきらと輝き、やがて巨大な光球となって、後には靄のような残骸だけが残った。

 大きく息を吐き、リガルは通信ボタンを叩く。

「<アクトウェイ>より<アスベル>へ。なんとか敵は片づけた。あんたたちの悪運に感謝する」





 一連の事後処理が終わり再びアルファ・ステーションの桟橋に<アクトウェイ>が接舷したのは戦闘から一六日後のことである。APS装甲とパワーコアの動力伝達系に小規模な異常が出た他には目立った損傷もなく、第八特設巡視隊に配属されたフリゲート艦もほぼ全てが無傷で帰還した。

 戦闘の規模としては決して大きいものではなかったが、二年ぶりの実戦とフリゲート艦に被害を出してはならないというプレッシャーを無意識に感じていたようで、押し寄せる疲労の波にリガルは何度も欠伸をしながら必要物資の搬入リストを確認していた。男一人分の物資であるから確認はすぐに終わったが、そのまま寝かせてくれるほど現実は甘くない。

 折から通信が入る。リズ・ブレストンから一件、カルーザ・メンフィスから一件。

 しばし迷った末、リガルはブレストンのメッセージから開く。

 それは動画メッセージだった。今では見慣れた<アスベル>の艦橋を背景に金髪の女性艦長が現れ、淡々と話し始める。

「リガル船長、ご苦労様でした。今後のことについてはメンフィス副本部長より連絡があるでしょうが、わたしからひとつ。アルファ・ステーションのA47区画にセルゲンという酒場があります。第二保安本部御用達の店ですが、わたしの名前を出せば好きなだけお金を気にせず飲めるよう店主に連絡しておきました。いまは忙しく時間が取れませんが、機会があればぜひご一緒させてください。ブレストンより、以上」

 どうやら彼女の信頼は勝ち得たらしい。そのために命を懸けたわけではないが、誰かから信用されることの充実感はこの二年間の生活に存在しなかった彩だ。

 このまま余韻に浸っていたいところだが、カルーザのメッセージはブレストンの——犯罪者に向けたメッセージという意味で——真心の込められたメッセージとは対照的に無機質なテキストデータだった。

「メンフィス副本部長はなんと?」

「今すぐに顔を出せ、とさ」

 携帯端末(モブ)に登録したアルファ・ステーションの地図を開いてにらめっこをしながら、リニア・モーターカーに乗ってバイタル区画の第二管区保安本部前に向かった。立ち番の守衛が立っているゲートの前にはリズ・ブレストン一等宙尉が二人の宙兵隊員と共に立っていたが、先ほどのメッセージで見せた親切な態度は鳴りを潜め、静かな敬意だけを示そうと律儀な敬礼をした。

 軽く会釈をして、ブレストンは先に立って歩きだす。守衛の誰何とボディチェックを受けてゲートを潜り、前回と同じような慌ただしさの保安本部を突っ切って歩いた。

 思えば、身柄を拘束されることなくここまでやってきたというだけでも破格の待遇なのだとリガルは気付いた。第二保安本部の誰も、もう彼を犯罪者ととして眺めまわしたりすることはない。あまつさえ道を譲り、敬礼する者もいるほどだ。リガルはむず痒い思いで会釈を返しながらブレストンの後をついていく。

「ケルー一尉とハクダト一尉が、あなたに謝意を伝えてほしいと言っていました」出し抜けにブレストンが言う。

「あんたたちと同じく仕事をしただけだ。そしておれがいなくても、あんたたちは全力を尽くしただろう」

「確かにそうですが、我々はあなたに恩義を感じています。どうかそれをお忘れなきよう」

 それきり何も話さず、一行は副本部長執務室前に辿り着いた。ブレストンがパネルに触れ、ロックが解除されてから中へ入る。

 カルーザ・メンフィスはソファの前に立って待っていた。無言のまま手を振って座るように促す。

「ブラックでいいよな」目を瞬いているリガルの眠気を察してカルーザが聞く。

「頼む」リガルも短く答えた。

 しばらく、副本部長が手ずから人数分のコーヒーを淹れるという異常事態が続いた。彼はブレストンにも手渡し、彼女は恐縮しきりだったが、少し微笑んでマグカップを両手で包んだ。笑うとかわいいんだな、とリガルはカップの縁から横目で見る。

 やがてソファに腰を下ろすと、ずるずると黒い液体を啜っているリガルへ向けて姿勢を正したカルーザが咳払いした。

「何はともあれご苦労だった、リガル。だいぶ堪えたようだが、任務の結果は文句の付けようもない。これで犯罪歴抹消にはうるさい裁判所の連中も口を噤むだろう」

 カルーザの誉め言葉に、報告書に記した顛末を思い起こす。

 ラズセ星系で大型海賊船とそれに随伴していた海賊船団を殲滅した後、第八特設巡視隊は隊を二つに分けた。アルファ1隊形はそのままマルメディス星系へと、アルファ2と3、そして<アクトウェイ>はラズセ・セカンドへ当初の目的を果たしに向かった。だが軌道を変更した光がラズセ・セカンドへ届くと、すぐに軌道上施設群は自爆。多くの証拠品も消し炭になった。

 今、ラズセ星系にはマルメディス星系方面に二隻、セイル星系方面に二隻、そしてラズセ・セカンドに二隻の計六隻のフリゲート艦が残留している。ラズセ・セカンドに展開しているフリゲート艦はありもしない証拠品捜索のため、各跳躍点のフリゲート艦は伝令のために残された。残りの二隻はマルメディス星系へジャンプした。そのため<アクトウェイ>と共にアルファ・ステーションへ帰港したのは<アスベル>を含むアルファ2隊形の四隻のみである。間もなく、交代の船が出されるだろう。

 マグカップを傾ける手を止め、顎をしゃくってブレストンを示す。

「お前の部下が優秀だっただけだ。<アクトウェイ>一隻では厳しい戦いになったに違いない」

「謙遜するな。<アクトウェイ>がいなければラズセ星系は兵站上、極めて重大な問題を抱えたままになっていた。戦略上の意義は大きいぞ」

「それじゃあ、司法取引として提示された仕事を立派にこなしたってことでいいのかな。できれば取引履行だけでなく、色を付けてくれたってかまわないんだぜ?」

 カルーザは微笑んだ。そう来ると思ったよ、と心の中で呟いているのは嫌でもわかったが、その目尻にはリガルの知らない皺が刻まれていた。身を削る思いであるのはどこの誰でも同じことか、とやや自己嫌悪が鎌首をもたげる。

「お前が出発前に渡した乗組員候補のリストがあったろう。あれを連合警備隊のデータベースと比較して犯罪歴を洗い出すついでに、各人の現在地を調べておいた。もう連絡はしてあるから、もう数日したら全員アルファ・ステーションに集まるはずだ。特例としてセイル星系への渡航費は警備隊が持っておく」

「そいつはなんともありがたい話だが、任務の成功を前提として経費を使ったのか?」

「元々は請求する予定だった。第八特設巡視隊の任務が失敗したらお前は自腹で払う羽目になっていただろうが、成功して帰ってきたからそれを報酬とするわけだ。請求と支払いのタイミングがずれたから利用しただけのことだよ」

 なるほど、と頷くリガル。アキは黙りこくっているが、カルーザの今の言葉を受けて乗組員候補の所在を確かめようとしているに違いなかった。彼女の脳味噌は今も頻繁に<アクトウェイ>本船と通信を行っている。

「司法取引がうまくいったのはいいが、おれの犯罪歴は情報軍により捏造されたものだ。<アクトウェイ>の所有権も認めてもらわなくちゃ困るぜ」

「その点は伝令艦に色々と持たせて送り出した。<アクトウェイ>がアルファ・ステーションから出港することは許可しないが、ここにいる限りは行動の自由は保証する。ま、何か連絡が来るまでくつろいでいてくれ。久々の実戦だ、思っているより心身に負荷(ストレス)がかかっているに違いない。このステーションは居心地がいいからな、楽しめよ」

「そうする。で、話は終わりか?」

「ああ」カルーザは片眉を上げ、「何か聞きたいことでも?」

「あるとも。お前、本当におれが任務を成功させると信じていたのか?」

 空気が張り詰める。ブレストンは怪訝な顔でリガルを見つめるが、カルーザは彫像のような無表情で黙ったままだ。アキだけが、人間同士のやり取りを興味深そうに観察している。

「何が言いたい?」

 がちゃりと音を立てて、リガルはマグカップを両者の間に横たわるローテーブルの上に置いた。

「戦時下となったレイズで、お前は誰よりも早くラズセ星系の航路確保を優先しなければならないと気付いたはずだよな。ブレストンは律儀に連合警備隊の人間らしく、法令順守と人命優先の判断から裁判所の執行命令に従っただけだろう。だが、お前は違う。バルハザールが攻めてきたと聞いた時、真っ先に思い浮かんだのは前線との距離だ。そしてマルメディス星系とメキシコ星系との距離、航路。国防宇宙軍の軍事行動にとって何がアキレス腱となるかは手に取るようにわかった」

「それで?」

「お前、おれを信用していないのか?」

「なぜ」

「おれはお前の友人ではなく、ただのノーマッドなんじゃないのかって話だ」

「仮にそうだとしても、おれがお前を信用しているかいないかという話にどう関係してくるんだ」

「図星を差されたら質問で返すのは変わらないんだな。お前はおれを友人として扱ってくれる。だが実際は、国防宇宙軍艦隊が対応に動くまでの露払いをおれにさせたかった()()だ」

「おいおい、本気で言ってるのか。おれがお前を気にかけていないとでも? カール・メンゾンの一件からどれほど心配していたと——」

「その名を口にするな」リガルはぴしゃりと言った。「国防士官学校の宿舎で、消灯した後でもおれと一緒に模擬戦記録の反省点を話し合っていた時のお前だったら、信義に立って手を差し伸べてくれたろうよ。今回の司法取引も苦肉の策として提示してくれたかもしれない。だがお前はすべてを押し殺して義務と忠誠を選んだ。おれが何も気付かずにお前に平身低頭して姿を消すと思ったか? だとしたらお門違いだ」

「……話は終わりか」

 いつの間にか浮かせていた腰をソファに沈み込ませて、リガルは心底疲れ切ったように天井を見上げ、両目を手で覆った。

「ああ。終わりだ」

「わかった。退出していいぞ、リガル船長。さっき話した内容は、そのまま履行される」

 頷いて、リガルは立ち上がり部屋を出ようとした。ブレストンが困惑しながら先に立ち、ハッチを開く。

 去ろうとしたリガルの背中に、カルーザは言った。

「お前は、おれが変わったと言いたいんだろう。じゃあお前はどうなんだ、リガル。変わらないものがこの宇宙にあるとでも? 一度巡った星が元の場所に戻ることはありえない」

「言いたいことはわかってるよ、カルーザ。だが空を見上げれば、いつでも同じ星が輝いているものなのさ。おれは二年間、地に足を着けてそれを学んだよ。どんな困難を前にしても、船乗りは星を信じるものだ」

 リガルは友に背を向け、歩み去った。ぱたぱたと慌てた様子でアキがその背中についていく。カルーザは何も言わずに盟友の背中を見送った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ