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遼遠のノクス・リーガル  作者: 夏木裕佑
Act.2 航路の先に
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8/23

Eps.8

 かなりの時間と集中力を割いて、ようやく膨大なデータベースから乗組員候補を選び出したところで、アクトウェイはのっぺりとした灰色の超空間からセイル星系へとワープアウトした。

 途端に船橋の三次元ディスプレイが明るい恒星と複数の人工物の存在を検知して強調表示し、リガルは見慣れた光景を前に思わず感慨に耽る。

 居住惑星はないがクイナレ星系と比べれば活気のあるこの星系は、環状航路(コロニカル・メビウス)の只中に位置している交通の要衝であり、カーレ星系方面からアエルモ星系方面へ通ずる中間地点でもある。要するに、メキシコ星系とは二つの航路で接続されており、他にアルトロレス自治領、カールスラント公国方面へと分岐し、首都星系マルメディスへ向かい突き抜ければシヴァ共和国へと通ずる。どこへいくにも、必ずといっていいほど通る場所なのだ。

 コロニカル・メビウスはその名の通り環状であると思われがちだが、実際にはオリオン腕の内部をあちらこちらへ曲がりくねり巡っている複雑な形状をしている。環状というのは、進んでいけば必ず出発点に戻る循環の意味を持っているに過ぎない。天の川銀河を天頂方向から俯瞰すると、くたびれた紐で編まれた輪が床に落ちているように見えるだろう。そのため、最短距離でいえばバルハザール民主共和国領宙を経由するほうが早いのだが、同国は二年前まで内戦状態にあったため、本来であれば人類生存圏の中央に位置しているレイズ星間連合領宙が環状航路に組み込まれることになった。それにバルハザール領宙にはメキシコ・サードのように燃料補給に適した星系が存在せず、人口や資源、そして産業に恵まれない貧しい同国にはわざわざ立ち寄るほどの魅力が市場に不足していた背景もある。要するに、立ち寄るほどの魅力が無いのだ。

 セイル星系単体でみれば、同じように富んだ星系とは言い難い。惑星はひとつだけで、恒星セイルに近く窒素と二酸化炭素が半々の大気組成を持つ高温高圧環境であるため、入植は行われておらず、大気組成から資源惑星としての価値にも乏しい。他には大規模な惑星衝突により生じたと思われる小惑星帯が恒星セイルから一億キロメートルの位置に広がっており、小惑星からの資源採掘など小規模な産業が成長していることもあって、第一番惑星(セイル・ファースト)より遥かに大きい人口を抱えていた。

 小惑星帯の一角は金属資源が豊富なことで知られ、今は大規模な採掘事業こそ鳴りを潜めているものの、時の政府によりそれらを利用したステーション建設が行われた。セイル星系がクイナレ星系と異なり交通の要衝で、かつマルメディス星系にも通ずる航路の玄関口であるため、その戸となるべくある程度の自給自足を可能にしたプラットフォームが必要とされたためでもある。

 そうして建設されたアルファ・ステーションは小惑星の中身をくりぬいたものではなく、人類が外装構造物から鉱物資源を精錬し構築した商業ステーションであり、複数の機能を併せ持つ一大構造物だったその成立した年代も古いため、かなり野心的なプロジェクトであったといえる。このステーションは恒星セイルから一億二千万キロの平均公転軌道半径を持ち、およそ一年半の周期で公転する。小惑星帯の外に建造されたが故に星系内を航行する航宙船にとって非常に都合がいい位置を巡っているわけだ。跳躍点から遠くもなければ近くもないし、時折、思い出したように飛来する小惑星に気を使う必要もない。これは鈍重で小回りの利かない商船には特に歓迎される要素のひとつだ。

 ひとまずここまでくれば、あとはラズセ星系を挟み首都マルメディス星系へ向かうのみだが、系内の慌ただしい様子にリガルは眉を顰める。怪訝な顔で、宙域図のあちこちに散らばるアイコンの群れを凝視した。

「フリゲート艦が何隻も巡回しています。アルファ・ステーションの警備体制は平時でもここまで厳重なものなのでしょうか?」

 アキの言う通り、セイル星系全域をカバーするように四〇隻ものフリゲート艦が巡回していた。メキシコ星系に配備されていたフリゲート艦が(くだん)の<エイプリル>を含めれば八隻であったのを考慮すれば、セイル星系は厳戒態勢にあるといえる。四〇隻という数は他星系の警備隊も糾合して掻き集めたとしか思えないし、事実、その通りなのだろう。

「どう考えても異常事態だが、特にこいつらが気になるな」

 ホログラフで浮かび上がった星系図を拡大し、アルファ・ステーションからビスラ星系方面の跳躍点との間を航行している八隻のフリゲート艦の集団をハイライト表示した。集団は正六面体の頂点をそれぞれ形成する箱型の隊形でアルファ・ステーションを目指しており、位置と速度を計算すると最近この星系へワープしてきたものとみられた。かなりの距離があるため、まだこちらには気付いていない。

「マルメディス星系の艦隊司令部にバルハザールからの宣戦布告が届いていて、セイル星系に戦力を集結させているのではないでしょうか。戦時下ともなればこれだけの戦力を集めることにも意味があるでしょう」

「だとしたら、なんでフリゲート艦なんだろう?」

「レイズ星間連合は軍縮中です。少しでも戦力を動員しようという意図では?」

 リガルは鼻で笑い、顔の前で手を振った。

「馬鹿を言え、フリゲート艦が何隻集まったって重装備の軍用艦艇に敵うものか。せいぜい後方の兵站線を警備するくらいが関の山。それに輸送艦も見えないし、国防宇宙軍が動員しているのなら、下手に巡回などさせずにアルファ・ステーションに兵力を集中させておくはずだ。その方が指揮を執りやすいし、どんな敵が現れても対処できる」

 となれば連合警備隊は、連合警備隊の都合で戦力を結集し行動を起こそうとしているわけだが、さて。

 あれこれと考えを巡らせている間に付近を遊弋していたフリゲート艦二隻のペアがこちらへ軌道を変えた。同時に通信が入る。

「こちらレイズ星間連合警備隊、第五管区所属、フリゲート艦<アスベル>。クイナレ星系よりワープアウトした船、船籍情報を送信せよ」

 跳躍点から二隻のフリゲート艦が巡航していたポイントまでおよそ五光分。セイル星系へ現れた<アクトウェイ>の姿を知らせる光が届いてすぐに行動を起こしたのだろう。既に公宙管理局の設置したブイに誰何されているため、先方が求めている船籍情報は送信されているはずだが、見慣れぬ黒い船がメキシコ星系方面から来たとなれば警戒するのは当然か。

 下手に刺激することもあるまい。リガルはアキを振り返る。

「アキ、カルツィオが用意したデータパッケージをおれの返答と一緒に送信できるか。ついでに<アクトウェイ>の船籍情報もだ。公宙ブイからの情報と比較確認できるようにしてやろう」

「了解いたしました。準備が整いましたので、あとは船長からお言葉をいただければ大丈夫です」

「オーケイ」

 リガルは頭の中で文言を組み立てると、ひじ掛けの通信ボタンを叩いた。

「フリゲート艦<アスベル>、こちらは大型巡洋船<アクトウェイ>の船長、リガルだ。現在、本船は情報軍に所属するサレイド・カルツィオ中佐との契約に従い、連絡船としての任務に従事している。詳細についてはデータパッケージをこの通信に同封するので、ご確認いただきたい。何か確認事項などあれば、いつでも連絡を。リガルより、以上」

 メッセージを録音し終わると同時に送信ボタンを叩く。これで返答が来るのは十分後のことだ。

 それから軌道を変えずに二隻のフリゲート艦を見守っていると、きっかり十分後に反応があった。それはあまり好意的とはいえないものであり、リガルは不快感というよりは驚きが勝る表情でアキが送ってくる映像を覗き込む。

「加速してこっちに向かってくるぞ」

「攻撃しますか?」

「おいおい、そんなことをしたらおれは一生お尋ね者だ。連合警備隊と事を構えて何の得がある? ともかく、相手の出方をもう少し見よう。少なくともいきなり発砲してくることはないさ」

 やや倫理観のはずれた回答をしながら、リガルは自分の頭の中で黄色い警告信号が点滅するのを自覚していた。先ほど誰何された際に送信した情報でじゅうぶんなら、あの二隻は元の軌道に戻り巡視を続けるはず。こちらへ向かってくるということは送信した内容に納得がいっていない証拠だ。あまり良い兆候とは言えない。

 折から、<アスベル>より通信が返ってきた。今度は映像付きで、艦長であるらしい女性がホログラフに表示された。

 濃紺の制服に身を包み、くすんだ金髪を後頭部でまとめて帽子を目深にかぶった女性は凛々しい。少し日に焼けているように見える小麦色の肌は艶がある。きっちりとしているが隠しきれない美貌にリガルが口笛を吹くと、アキは奇妙な動物を見るような目で彼を振り返った。

「<アクトウェイ>へ告げる。こちらは<アスベル>艦長のリズ・ブレストン一等宙尉です。貴船の任務については承知しました。ですがいま現在、レイズ星間連合は戦時下にあります。ここセイル星系を含む第二管区では、メキシコ星系方面からワープアウトする全船を臨検するよう命令を受けています。<アスベル>、および<クラフト>が接舷するまで主機を停止し、現在の速度と軌道を維持してください。ご協力に感謝いたします。ブレストンより、以上」

「仕事のできる奴だ」

「優秀ということですか?」

「お前みたいに融通が利かないってことだよ」

 いま臨検を受けて不都合があるだろうか、とリガルは顎をおさえて考える。いま彼の思考は法令に遵守するかどうかという基準ではなく、マルメディス星系へ情報を届けるというカルツィオとの契約をいち早く完遂するために何をするべきかを思考していた。

 結論から言えば、今すぐ加速して最短距離でこの星系を離脱するべきだった。偽の罪状に上書きされるものはあるだろうが、伝令としての役を果たすのであれば後で何とでも言い逃れできる。だが連合警備隊の追跡を振り切り、あまつさえ戦闘行為に及ぶほどのリスクを負えるかというと、そうともいかない。言うまでもなく犯罪行為であり、もし相手に死傷者を出してしまえば後戻りできなくなるだろう。いま現在リガルは犯罪者の身分であり、それを連合警備隊に納得させなければ()()()前科がつく。カルツィオ本人なら——業腹ではあるが——信用できるが、彼の言伝を受けた第三者があらゆる犯罪を罷免するほどリガルに便宜を図る保証はどこにもない。<アクトウェイ>を手に入れたはいいもののそのまま刑務所行きという事態も考えられる。もしかすれば、この船も没収されるかもしれない。

 そう、契約主は情報軍であり、国防宇宙軍でも連合警備隊でもない。何がリガルの身分を保証するにせよ、ここで無用な問題を抱え込むよりは多少の時間的損失を許容するべきだ。

 意を決して、リガルは映像付きでメッセージを送信することにした。まだ使い慣れないコンソールを打鍵する。

「ブレストン艦長、こちらは<アクトウェイ>船長のリガルだ。状況については了解した。臨検に協力させていただく。しかし、本船の任務はその性質上、急を要するものだ。国益のため可能な限り迅速な対応をお願いしたい」

 <アスベル>、<クラフト>と<アクトウェイ>の距離はすでに三光分を切っている。待つほどもなく返信が来たが、ブレストン一等宙尉は短く了解を伝えただけだ。

 三十六分後、<アクトウェイ>の左に並行するように<アスベル>が軌道を同調させ、<クラフト>が右後方やや離れた位置に占位した。何かあれば後方から砲撃を行える位置で<アスベル>を援護しているが、フリゲート艦と<アクトウェイ>では大きさが違いすぎる。<クラフト>は鮫の餌を横取りしようとする魚のようだ。その気になれば自分たちでは太刀打ちできないことを相手は知っているはずだが、取り乱す様子もなく堅実な動きを見せている。見上げた職業根性というべきだろう。

 アキを伴って、リガルは船橋を離れてシャトルベイへ向かった。隔壁は開いており、宙兵隊員を乗せたシャトルも既に発進しているため後は到着を待つのみだ。

 近頃のランニングの成果もあり迷うことなくシャトルベイへ辿り着けるかと思いきや、より短いルートがあると言ってアキが道を案内したので、予定より少し早く左舷格納庫に入る。

 こうしている間も、彼女は<アクトウェイ>とその周辺の状況を監視し続けているので、何かが起きても対応はできるはずだ。とはいえ、船長として自分が責任を持つ船の船橋で情報を得られないのはかなり不安だった。これは正式な艦長としての教練を受けていないからだろう、とリガルは自分のキャリアの先に得られたであろうスキルを初めて惜しく感じた。

 <アクトウェイ>には備え付けのシャトルが二機搭載されている。左舷と右舷の格納庫に一隻ずつなので、格納庫は殺風景だ。高い天井と冷たい空気の中で暖かな航宙服を着ていられるのはありがたい。

「シャトルが到着しました。隔壁を開きます」

 アキが言うや否や、格納庫の内壁が開き連合警備隊のシャトルがアームに吊るされて入ってきた。前後に長い長方形で使い込まれているようだが、よく整備されているのがわかる。

 シャトルが床面に接地しハッチが開く。

 最初に姿を現したのは完全武装の宙兵隊員だ。真空中でも活動できる装甲服を身に纏っており、手には対人用の、ヘルメットを着けたままでも頬付けできるよう屈曲した銃床を持つ特徴的な形状のアサルトライフルを構えている。その様子が平和的な臨検ではなく、海賊船その他に対しておこなうような緊張感を伴っていることをリガルは感じ取った。

 四人の宙兵隊員が降りた後、二人を取り囲む。銃口を向けられた途端、アキがすぐに行動を起こそうとしたがリガルは身振りで彼女を制した。

 後から現れたのは、航宙服姿のリズ・ブレストン一等宙尉その人だった。驚きのあまり目を丸くしているリガルの前まできびきびと歩いてくると、彼女はプロらしい無表情のまま挙手敬礼。そして告げる。

「リガル船長、あらためましてブレストンです。乗船させていただきありがとうございます。同時にご無礼をお許しください」

 矢継ぎ早の挨拶に目を白黒させていると、彼女はプロらしい無表情を崩すことなく告げた。

「自己紹介も早々に恐縮ですが、あなたの身柄を拘束させていただきます」

 最近は美人との出会いにトラブルがつきものだ。リガルは口元を歪めながら頷いた。





 アルファ・ステーションはレイズ星間連合の領宙で最も巨大な人工構造物であり、総人口三十万人を抱える巨大な通商ステーションだ。環状経済航路(コロニカル・メビウス)の一翼を担うため、円筒形の軸となるバイタル区画を取り巻くように左右対称の加圧区画がいくつも設置され、内部は人工重力により快適な環境が用意されている。

 バイタル区画の上下には航宙船を係留するための桟橋があり、誘導灯が四方八方へ伸びて商船の入出港をてきぱきとさばいていた。商船は衝突回避のために赤い警告灯を灯し、桟橋の各所とバイタル区画を貫く電磁軌道車(リニアモーターカー)がデブリダンパーを張り付けただけの軌道を行き来する。幾何学的に張り巡らされた巣を走り回る蟻のようで、時折、輸送を搬入出するために小型のタグボートが腹と背にコンテナを抱えて桟橋の間を縫うように漂い、細かい姿勢変更と加減速を繰り返しながら目指す区画の中へと消えていき、そして別の場所から姿を現す。

 連合警備隊第五管区に所属するフリゲート艦<アスベル>と<クラフト>に挟まれた<アクトウェイ>は上端、アルファ・ステーションでは北桟橋と呼ばれる位置へ誘導された。連行された形だが、<アクトウェイ>の威容から二隻の方が護衛されているようにも見える。

「決して変な気は起こさないように」

 リズ・ブレストン一等宙尉がホログラフのワイプ表示の中でそうリガルへ告げた。リガルは口をへの字に曲げたい衝動を堪えて素直に頷く。

「入港手続きは我々のほうで引き受けますので、誘導に従い桟橋への接舷をお願いします」

「了解」

 ちらりと横に並ぶ宙兵隊員を見やる。完全武装の装甲服姿はいかめしく、アサルトライフルは銃口こそ下ろしているが何かあれば即座に発砲できる態勢を崩さない。

「大した度胸だよな、あんたたち」

 <アクトウェイ>のような中型船に対して臨検を行う決断をするのは容易ではなかったろう。何しろ戦闘ともなれば、二隻のフリゲート艦など瞬時に撃沈されてしまう。多用途艦艇のため戦闘の実施は可能だが、レーザー砲と薄いAPS装甲しか装備せず、機動力にも限界があるフリゲート艦は基本的に正面戦闘を想定した構造になっていない。いま現在進行しているバルハザール宇宙軍の侵攻のように、大規模かつ重装備の敵を相手取る場合は、機雷の敷設や惑星軌道周辺でのゲリラ戦が精々で、それでもよほどの幸運に恵まれなければ五分の勝負に持ち込むこともできないのだ。

 さらには対人戦力の問題もある。完全武装の宙兵隊員十二名ではとてもではないが軽巡洋艦クラスの航宙船を制圧するには足りない。海賊船ならともかく一定以上の規模を有する船となると、自衛用に設置式の火器類を装備する場合もあるし、百名の乗員が拳銃を携行しているだけでもかなりの戦闘力だ。そのため<アスベル>が臨検する際には<クラフト>はいつでも離脱か援護のできる位置に占位し万全の準備を整えていたものの、リガルとアキが()()()を起こせば手の施しようもなかったであろうことは間違いない。実際、アキは格納庫で船内各所の保安設備を起動させかけたものの、リガルが制したのだ。そうでなければ、ブレストンを含む連合警備隊の一行は文字通り瞬時に消し炭になっていただろう。

 そうした意味で、リズ・ブレストン一等宙尉が<アクトウェイ>にまで乗り込んできたのはリスク管理の面で言語道断なのだった。見たところ彼女は<クラフト>との臨時編成を率いる長であるのだから、臨検に同行してはいけない立場なのであるが、度胸があるだけでなく理知的な為人をしているような彼女だから、<アクトウェイ>に来る正当な理由があったのだろうか。そう考え、今はもう<アスベル>に戻った彼女の意図を勘繰った。

「操船に集中したまえ、リガル船長」

「はいはい」

 操船といっても、ほとんどは桟橋の管制を司る疑似人格が送ってくる指示通りに船を寄せるだけだ。大まかな進入軌道さえ気を付ければあとは成り行きなのである。しかも<アクトウェイ>は現状、アキによる操船で動いている。文字通りリガルは高いびきで任せることができるのだが、接舷時に何かあれば責任は船長である自分に帰することになるので、事故が起きないように周辺環境の確認だけは怠らなかった。飄々とした様子でホログラフを座席の上で見つめるリガルの背後で、宙兵隊員らは圧倒された様子で船橋を見渡していた。

 アキの操船は精確無比で、文句の付けようもない動きで桟橋へ船体を滑り込ませた。アポジモーターによる減速もつつがなく、鉄のフレームで象られた立方体の中心に<アクトウェイ>の黒い船体が固定される。さらに左舷側のフレームを伝って人員昇降用のタラップが接続され、事務的な手続きを別とすれば入港のためにすることは全て終わった。

「アキ、機関停止。ついでだ、食糧品以外の物資の調達をしたいところだが……先立つものがなかったな」

「さらに言えば、犯罪者である場合はいかなるサービスも受けることは不可能です。公宙法によって定められています」

「海賊が海賊たる所以か。燃料と食料は足りていても補充できればうれしいんだが。ブレストン艦長にお願いしてみるか?」

「阿呆、艦長殿がお前のような犯罪者に物資の融通などするか」

「だからおれは犯罪者じゃないんだって」

「つべこべ言わずにさっさと立て」宙兵隊員の一人が背後から手を伸ばし、リガルの襟首を引っ張って立たせた「行くぞ」

 半ば引きずられる格好で船橋の出口へ向かうリガルについて歩きながら、アキは何とも言えない表情をしている自分の船長を見つめることしかできなかった。

 最後に船橋を半球に覆うホログラフの高精細映像を消して、一行は徒歩で左舷のエアロックへ移動した。もうすぐ外には桟橋から伸びる移動用のチューブが来ているはずで、待つほどもなくエアロックが気圧と空気成分の確認を終えてハッチを開く。

 半径三メートルの半球形に持ち上がったトンネルが姿を現す。チューブは円形をしているが、足元には同じく半球形の空間があり、エアロックへの接続やここまでチューブを伸ばす駆動系がおさめられている。窓がないため、見たところ地下鉄路線の駅構内といった灰色の空間だ。簡素な照明だけが備えられており、一定の間隔で非常用エアバッグが収められたコンテナがある。もしチューブが破断し気密が損なわれた際には、この中にあるエアバッグの中に入り救助を待つことになる。エアバッグは呼吸可能な空気で炭素繊維で編まれた直径二メートルのボールを膨らませるもので、内部にいれば一気圧と五時間の呼吸が確保できる救難用具だ。

 チューブ内は人工重力がかからないため、<アクトウェイ>から一歩出れば壁に用意されたハンドルや出っ張りを伝って移動することになる。先に六名の宙兵隊員が訓練された動きで先行し、リガルとアキを挟んでさらに六名が背後についた。

 細長い空間を漂っていくと、桟橋を構成するフレーム部分へ到着する。既にリニア・モーターカーが待機しており、ここから人工重力が体を床に押し付けた。歩いて車内に入り、他にも利用しているらしい私服姿の男女二十名ほどと共にバイタル区画へ揺られていった。

 好奇の視線を浴び続けること十五分。バイタル区画の手前で車輛は停車した。そしてリガルは再び立ち上がらせられ、駅のホームの中空に浮かんだ駅名を読み上げる。

「連合警備隊第二管区保安本部、だ?」

「そういうことです」

 振り返ると、いつの間にかやってきていたリズ・ブレストン一等宙尉が携帯端末(モブ)とカルツィオから託され、そして先ほど押収されたアタッシュケースを手に立っていた。何やら操作を終えて航宙服のポケットにモブを滑りこませると、てきぱきと宙兵隊に指示を下す。そうして、三人の隊員だけが残り他の九名は母艦へ返された。アキとリガル、そしてブレストン自身の六名で立ち番の守衛が待ち受ける保安ゲートに向かい、認証を済ませてリガルとアキを中へ入れる。

 第二管区保安本部は初めて来る場所だが、それでもハチの巣を突いた大騒ぎになっているのは一目瞭然だった。幅の広い賽の目に走る廊下を濃紺の航宙服を身に着けた連合警備隊員たちが縦横無尽に歩き回り、時には早口で会話をしながら、開きっぱなしのハッチからは白熱する会議の声が聞こえ、ブレストンへの敬礼もおざなりに駆け去っていく。

「まだ敵も現れていないのに、とんでもない慌てぶりだぜ。この星系で戦争がおっぱじまったら、しっかり対応できるのか?」

「口を噤みなさい」

 肩をすくめてアキを見やるが、彼女は天井に目をやったまま頷くばかりだ。リガルもその視線の先を追い、彼女が警備のため天井に張り巡らされた保安機器を確認しているのだと思い至る。いざという時にリガルを逃がすためだろうが、ここでひと騒ぎを起こして無事でいられる保証はない。<アクトウェイ>の中とは逆で、ここでは自分たちが異物なのだ。

 そんなことにはならない、なるはずがないと思いなおし、果たしてそうだろうかと疑念だけが残った。

 もう一枚のゲートを潜り、ようやく辿り着いたのは「第二管区副警備隊長執務室」と銘打たれた金属プレートの掲げられたハッチの前だった。

 意を決する暇もなく、ブレストンはハッチのパネルに認証タグを翳してブザーを押す。パネルの上で点灯していた灯りが赤から緑に変わり、開いた。

 ブレストン、リガル、アキの順で入室し、付き添っていた二人の宙兵隊員はハッチの両脇に立ったまま残された。

 ここまでくれば取って食われはしまい、と堂々と入室すると、出迎えた人物を一目見てリガルは開いた口が塞がらなくなった。

 その男は紺碧色の連合警備隊所属を示す航宙服に身を包み、目深にまで被った制帽を取ってさらりと流れる金髪を手櫛で漉いた。水色の瞳に意思の光が揺蕩っており、喜びかなつかしさか、はたまた別の感情が瞳の奥に流れる。

「ブレストンです。<アクトウェイ>船長、リガル氏をお連れしました」

「ご苦労」

 副本部長の男はデスクの傍から歩み寄り、一頻りしかつめらしい顔でリガルの驚きに固まった顔を眺めまわした。

 何とも言えない緊張した数秒間が流れた後、副本部長の男は破顔した。

「よう。しぶとく生きてるみたいだな、この大馬鹿野郎」

 アキのみならずブレストンも目を丸くしてその男、第二管区保安本部副本部長の顔をまじまじと見つめる。

 ようやく事態を理解したリガルは吐き捨てるように言う。

「お前もな、この色男。相変わらずの優等生ぶりに反吐が出そうだぜ」

 そして二人は肩を組み、大声で笑い合った。その様子を見て、アキとブレストンは互いに顔を見合わせるしかなかった。



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