Eps.7
地上から見れば宇宙とは星々に満ち、文明の到達点として輝かしく見える。実際の宇宙とは、暗くて冷たい虚空に過ぎない——無限の可能性を秘めた虚空ではあるが。星系では中心に位置する恒星を除けば目を見張るほど明るいものはなにもない。
そんな常識を加味してもクイナレ星系は空虚な星系だった。
恒星クイナレの他には準惑星がひとつしかなく、他に複数の小惑星が薄い帯を形成している。この星系で人間が価値を見出すとすれば取るに足らない岩と氷の塊くらいのものだが、航行に注意を必要とするほどの密度もない。
また、クイナレ自体がBⅣ型の暗い星であるのも相まって荒涼とした印象は強まるばかりだ。メキシコ星系のように豊かな星系からやってきたとあってはなおさらで、ここには人類の活動を示すものがほとんど存在しない。人類の生存圏のひとつであると言われても信じ難いし、どこかに存在するかもしれない異種知性体に見せたところで見解は同じだろう。
とはいえ人類の活動を示すものが何ひとつ存在しないわけでもなかった。唯一の準惑星のは中をくりぬき加圧空間として整備し、資材を運び込んで連合警備隊の巡視ステーションとして各種インフラが構築されていた。しかし人員不足の連合警備隊にここに駐在させる余裕はない。そのためこのステーションに人間が常駐せずにフリゲート艦の巡視に必要な物資を集積し、航行する船舶の情報を収集する機能しか持たない山小屋のようなものに成り果てている。
科学技術の結晶には違いないとはいえ、クイナレ星系の航宙状況は人々の努力は極めて消極的な方向に向かっていた。他にも公宙管理ブイが跳躍点の両端に複数ばらまかれ、恒星クイナレを観測するための観測用人工惑星も見られるが、とにかく能動的な活動を行っているものが皆無なのである。
クイナレ星系に存在する数えるほどしかない人工物や準惑星を、<アクトウェイ>のセンサーは漏れなく洗い出した。二分と経たずに公宙管理局が提供する星図と等しい情報を把握でき、さらにそれぞれの軌道や速度から星図と双方向の検証すら行った。第一印象で感じた通り、この船の性能は索敵能力と機動性にこそあるのではないかという確信を一段と強くする。偵察艦として量産して運用された場合、非常に手強い船となるはずだ。
「ここには何もありません」
船の性能に感嘆しているリガルの横でアキが呟く。あまりにも素直で疑念を差しはさむ余地のない感想に、思わずリガルは破顔してしまった。当の本人は何が面白いのかと不思議がっている様子だ。
跳躍点はいかなる勢力であれ監視して然るべきものであるから、今さら隠密行動を取ろうとしても無意味だ。リガルはカルツィオ中佐が用意した船籍証明情報と自身の帯びている任務を、国防宇宙軍と連合警備隊が併用している暗号プロトコルを通してから巡視ステーションへと送信。いくら解読困難とはいえ大っぴらにばらまいていい情報ではないから、巡視ステーションへは指向性の強いレーザー通信を使用した。如何なる星系であれ物理学の相対性により光速に変化はないため、応答が来るのは数時間後となる。あの巡視ステーションのセンサーはまだ<アクトウェイ>がここに到着した光を目にしてもいないのだ。
国防士官学校時代、リガルは机上演習で幾度となく同期たちと研鑽を積んだものだが、戦時下かつ守勢に回っている場合は星系の跳躍点周辺に偵察艦を配置するのが定石だ。ワープアウトした船舶が発信する通信を傍受するためで、詳細な一次情報を星系内の僚艦へ報告する役割を担う。大体は駆逐艦で、ブイを用いることもある。
だがクイナレ星系は、アキが評したように何もない。巡視ステーションと跳躍点との間にはただ真空と絶対零度、そして宇宙に普遍のマイクロ波背景放射があるだけ。
覗き込むほどの情報量もない星系図を呼び出して、リガルは考えにふける。
クイナレ星系はただの通過点だが、速度を重視するならどうするべきか。ほぼ恒星クイナレを挟み反対側にあるセイル星系への跳躍点に向かうには直進したいところだが、重力を考慮すれば公転基準面に沿ってクイナレを遠巻きに迂回するような軌道を取るべきだ。そうすれば途中で準惑星のひとつとニアミスすることになるが特に障害があるとは思えないし、道中の小惑星もAPS装甲を貫徹するほど質量の大きなものは存在しない。
ただ横切るだけとはいえ、星系をまたぐのだから時間にして一週間はかかりそうだ。セイル星系への跳躍には超空間で六日がかかるはずだから、およそ二週間でまた違う風景を目の当たりにするだろう。じれったいものだが、大昔の星間航宙には星系外縁部まで片道でも数カ月かかっていたことを考えると、人類の距離の壁に対する挑戦はそれなりの健闘をしていると言えなくもない。
軌道要素の算出をしていると、横からホログラフを覗き込んできたアキの白髪が視界に入ってきた。
「セイル星系への最短経路算出なら、お命じになればすぐに行いますのに」
緩やかなウェーブを描いた毛先を揺らしながら不満そうに言う。リガルが<アクトウェイ>を信用していないと感じたのだろう。自分のどこに彼女をここまで入れ込ませる要素があるのだろうかと訝しみながら、リガルはホログラフに重なりそうなくらい近付いてきた彼女の頭を両手で掴んで優しく脇によけた。
「状況整理も兼ねてるんだ。クイナレ星系はお世辞にも親しみのある場所とはいえないし、勘を取り戻す意味もある。手を動かせば思い出すこともあるだろ」
「そういうことでしたら、わかりました」
納得のいっていない様子のアキに苦笑しつつ、最後の計算を終えてクイナレ星系を放物線を描き反対側へ向かう軌道を眺めた。
「アキ、左舷に三一度回頭。〇・一光速まで加速しセイル星系方面の跳躍点へ向かえ。おれの指定した航路で少しでも最適化できそうな軌道があるのなら修正して構わないが、随時、航路情報の更新だけは頼む」
「了解しました、船長」
宇宙空間における右舷、左舷はそれぞれスターボードサイド、ポートサイドと呼ばれる。その名の通り、恒星へ向かう方向を右舷、離れる方向を左舷としている。惑星上では上下が入れ替わることはないが、宇宙船は上下左右すべて別の系として各船が持つため、共通の方向基準として採用されて久しい。
あとは楽な仕事だ。リガルは船長席に深く体を沈み込ませて目を閉じた。帯びた任務は重要なものだが、難易度としては決して高くない。何しろ情報を運べばいいのだ。奇襲攻撃を受けたとはいえバルハザール宇宙軍の艦隊はまだレイズ領宙の奥深くまで侵攻できていない。クイナレ星系における針路も既に定まったし、あとは時間が過ぎるのをただ待つのみである。
乗組員はどうしようか。唐突に思いつき、体を起こしてコンソールを叩く。船橋を見ればわかるが、数百名という人数は必要ないはずだ。粒揃いを用意しなければなるまい。
「アキ、質問」
「なんなりと」
「<アクトウェイ>を操船するには何人のクルーを乗せればいい?」
「この船の最大定員は二〇八名です」機械らしく、考えることもなくアキはすらすらと答える。「ですが船長のおっしゃる操船とは、ノーマッドとしての活動に支障がない範囲、という意味かと思います。差し当たっては宙兵隊のような保安要員を除き、操船に必要な人員という意味でしょう。そうなりますと、この船橋の座席全てが埋まれば問題ありません」
「八人か。既におれがいて、君も含めるとあと六人を雇用する必要があるわけだな?」
「メキシコ星系でも申し上げましたが、この船を稼働させるだけであればわたしがいれば問題ありません。複数の人員に責任を分担する必然性はありませんが」
リガルは明確な否定の意思を伝えるために、ゆっくりと頭を振った。
「いや、それではだめだ。おれが君に的確な指示を出せる間はいいだろうが、戦闘時やおれが負傷した場合にこの船は機能不全に陥ってしまう。意思決定の負荷を分散させる意味でも、セクションごとに分割し各担当クルーを定めたほうがこの船の能力を最大限に発揮できる。それにおれが間違っている時に、お前が必ず指摘してくれるとは限らない」
アキは頷き、それから小さく頭を下げた。
「差し出がましいことを、申し訳ありません」
「このくらい構わない、うるさく言うつもりもないからな。ああ、でも私室の前で立哨なんてのはもうやめてくれよ」
「はい、控えます」
「よろしい。とにかく、どこかで人を乗せなければなぁ。マルメディス星系に到着してからでもいいが、道中で何があるかわからん。先に連絡を取っておけば円滑に徴募できるが、さて」
クイナレ星系での時間をどう使うかは決まった。リガルは船長席で古い時系列の情報、ノーマッド市場とも呼ぶべきデータベースに登録されている人事ファイルを参照し始めた。経歴と資格、技能や年齢などを考慮して適当な人材を見繕い、別のファイルへ移動させるのを繰り返す。
レイズ星間連合は銀河連合においても海賊行為が頻発する国家であるため、ノーマッドの求人は数が多く、多彩だ。軍縮のあおりを受けて除隊させられた元軍人やより大きな舞台とスキルアップを目指して応募してくる宇宙港管理職員など種々様々な人材であふれかえっているデータベースから、これはと思う人物を抽出するだけでも骨が折れる。アキにデータベース調査を命じてもよかったのだが、これに関しては自分の目で人選を行わなければ意味がないだろう。また、宙運会社向けの人材派遣企業も数多く存在するが、そうなれば仲介手数料もかかれば時間も費やすことになって非効率的だ。所持している資産がまさにこの<アクトウェイ>のみであるという現状、無用な出費は避けたい。
犯罪者の身分であるし、年金横領となれば銀行残高など差し押さえられていよう。バルハザール宇宙軍の攻撃を受けている戦時下のメキシコ星系でどれほどの警察活動が許されるのかは不明だが、当てにはできない。
そうして一日が過ぎ、食事と睡眠を挟んで再び船長席に座っていたリガルにアキが報告した。
「船長、先のメキシコ星系における強機動で損傷した箇所の修復と補強が完了しました。他、定期メンテナンスでも問題ありません」
「たいへん結構。万全の状態と思っていいのか?」
「もちろんです。いかなるご指示も実行する準備が整っております」
「うん、了解」
星系図を開き状況に変化がないことを確認する。目につくのは<アクトウェイ>の位置がクイナレ星系中ほどにある、アッシュ11という味気ない名前が付いた準惑星に近付いたのみで、予定針路や船の状態、ましてや航行している船舶に変化があるわけでもない。<アクトウェイ>はただ一隻でクイナレ星系を独占している。
それから二時間ほどクルー候補の選出に精を出していると、休憩がてらにアッシュ11の望遠カメラ映像をホログラフに表示させた。国防宇宙軍に在籍していたときからの癖だ。小惑星はどれも不格好で可愛げがないが、ひとつとして同じ形状が存在しない。見ていて飽きなかった。
アッシュ11は準惑星というイメージにそぐわず、あばただらけの黒と灰色で色付けされた石ころといった体をしている。形状は扁平なジャガイモのようで、所々が歪んでいながらも長径で七一一キロの大きさを持つ。恒星クイナレの光が弱いため、望遠カメラと言いつつ光量を増大させ肉眼で視認できるよう補正された映像だ。<アクトウェイ>のセンサーを試そうと思い、受信機の設定をあれこれといじってみたが、あまりにも設定できるパラメータが多く難儀したため、疑似人格に命じて自動的に可視光映像に最適化した設定に戻した。このあたりも考慮して乗組員候補を選定する必要がありそうだ。
映像は少し離れた位置からアッシュ11を撮影しているように見えるが、亜光速で宇宙空間を驀進しながら接近していく<アクトウェイ>から撮影したものと考えれば驚異的な技術だ。使いこなすには相当な習熟が必要だろう。
「こんな大きなものが浮かんでいても、交通に支障がないのは宇宙の特性かな」
隣からホログラフを覗き込んだアキが、言わんとする意味を理解して頷いた。
「空間容積という点では、惑星上とは比較するだけ無駄でしょう。宇宙空間は広大無辺です。ほぼ無限に等しい容積の中で物質がどのような形態を取るのかは想像に難くありません」
「その通りだ。このアッシュ11、準惑星としてはさほど珍しくもないサイズだが、メキシコ・プライムの海上に浮かんでいたらそこそこの大きさの陸地になる。人が街を築くことだってできるだろう。宇宙は広いから気にせず航行できるが、海上だったらかなりの時間を割いて迂回しなければ——」
言葉が尻すぼみに小さくなる。アキがホログラフから振り返っても、リガルはしばらく黙考に耽っていた。
「船長?」
心配そうにアキが声をかけると、リガルは星系図を拡大し、<アクトウェイ>の予定針路を拡大表示させた。
「そもそも、前提から間違っていたんだ。カルツィオは<アクトウェイ>を連絡船としてマルメディス星系へ送り出した。だけど本当にその必要があったのか?」
「メキシコ・プライムの行政府には置いていけない情報をあなたに託したのですから、意味はあるのではないですか? 少なくとも、これでマルメディスの艦隊司令部は適切な判断を下せるでしょうし、情報員として必要な機密秘匿工作だったかと思いますが」
「おれもそう考えていた。だが、それこそ<ファーベンス>で事足りたはずだろ。速力において優れるからというのが奴の口上だったが、この依頼、急ぐ必要があるとは思えない。既に宣戦布告がマルメディスの連合評議会に届いているとカルツィオが考えているのがその証左だ」
バルハザール民主共和国から一カ月前に越境した輸送船がマルメディス星系で宣戦布告を行い、メキシコ星系の奇襲攻撃は宣戦同時攻撃であるとカルツィオは推測していたが、あれは確信だったのではないか。情報軍はレイズ星間連合の領宙のみならず、バルハザール民主共和国側にもネットワークを築いている。バルハザールによる開戦には少なくとも数十隻の軍用艦艇が動員されており、これらの活動活発化の兆候を工作員が見逃したとは考えにくい。
この推測が正しいのであれば、<アクトウェイ>がマルメディス星系に敵襲の報せを届けずとも国防宇宙軍が動員され対応にあたることは間違いない。その後は国防宇宙軍に任せればいいのだ。そのころには、カルツィオが送り出した情報は時間が経ち参考程度にしかならないため、一次情報にはなりえない。応戦するにもあらためて情報収集を行う必要が出てくる。
「それにあのアタッシュケースだが、持ち出したい情報が即座にあれだけの規模にまとまるというのもあやしい。メキシコ星系は国防宇宙軍にとって戦略要衝のひとつだったから、機密情報はこのクイナレ星系と比較してほぼ無限といっていい量があるだろう。それらを、たった数日のうちにこのように持ち出しが可能な形態に変換するのは非現実的じゃないか?」
船長席の傍のオブザーバー席に置いてあるアタッシュケースを振り返りリガルが言うと、アキは少し考えてから答えた。
「中身を確認できないのでは、ひとつにまとめるにもどれくらい手のかかる情報なのかは定かではありませんが、船長の推測は合理的だと思います。ですが、それが今の状況とどう結びつくのですか?」
「クイナレ星系には確かに何もないが、ここはコロニカル・メビウスの一端だ。商船の一隻くらいは見えてもいいはずだが、船舶の往来が異様に少ない。そしておれの推測が確かならその説明もつく」
「星間連合評議会の命令で、セイル星系方面が封鎖されているから、ですね。未だ不確定要素の多い仮説ですが、筋は通っています」
「荷物を運ぶだけで船一隻を譲渡されるなんて話には裏があって当然だろ。お前ですらおれはまだ信用していないんだから」
「ですが、こうして共に船に乗り組んでいるではないですか」
「いずれおれのものになる船だからな。必要なリスクだ。ま、たとえおれを騙しているにせよ背中から刺すのだけは勘弁してくれよ」
ありえません、と憮然とした様子のアキを横目に、リガルはあらためて星系図を指さした。
「ともかく、気に入らない点はもうひとつある。メキシコ星系方面の跳躍点からセイル星系方面の跳躍点の間には、いくつもの準惑星や衛星が転がっている。そしてこのアッシュ11はちょうどよく最短航路上をおよそ十八年かけてゆっくりと公転しているんだ。他に見えるものはなにもないし、こっちは無防備な状態で近傍を通過する」
まだ拗ねているようだが、星系図をふたたび覗き込んだアキは<アクトウェイ>の軌道とアッシュ11の最接近距離を即座に計算した。
「このままいけば、二時間一八分後に一・二光秒の位置まで接近します。ほぼゼロ距離といえますが、ただの準惑星ではないですか」
「考えてもみろ、アキ。メキシコ星系への奇襲が織り込み済みの戦争計画なら、連絡船は最短距離を選ぶはずだ。クイナレ星系には文字通り、何もないように見える。無防備なままこのアッシュ11の近傍を横切るんだ。待ち伏せには格好の場所だよ。クイナレ星系には何もないという共通認識を利用して罠にはめようとしてるんだ」
「それは、しかし……杞憂ではありませんか?」
「もし杞憂だったとしても、備えあれば憂いなしというだろう。何もなかった、それならいい。だけどこういうのは、何かあった時のための用心だ。どうせ燃料も有り余っているんだし、やるだけやってみよう」
それからリガルは少しばかり計算を行い、次の行動開始時刻を二時間八分後とした。大まかな計画を練った後は何度かシミュレーションを行い精度を上げ、確信が得られると何かあったら呼べと言い残し食事と仮眠を取るために船長室へ引き取った。
予定時刻の三十分前にセットしたアラームで起き、軽いシャワーと着替えを済ませてから船橋へ戻る。離れた時と同じ船長席の後ろにあるオブザーバー席に座るアキが振り返った。軽く会釈を交わし、どっかりと船長席に腰を下ろす。少しはこの座席も尻に馴染んできた。
「いまのところ変化なし、か」
「はい。しかし船長、本当に待ち伏せなどあるのでしょうか。周辺の電磁波を測定しましたが、主機噴射炎の残滓も観測できていません。赤外線放射も特に平時と変わりないように見えます」
「待ち伏せという戦術は、奇襲の効果を最大限に発揮し彼我の戦力乗数に大きな開きを持たせるために取る。被攻撃側が立てる推測をいかに外して準備を整えるかに骨を折るものだ。例えば一週間前にあの位置に陣取ったのなら、撒き散らされた推進剤を検知できなくても不思議じゃない」
そうして、リガルは行動の時を待った。一分が三分、三分が十分となり、やがて三十分が経過する。
予定の時刻となった瞬間、アキはリガルが定めた計画に従って<アクトウェイ>の姿勢を大きく傾けた。これまで辿っていた進路を正面とすると右に四十度かたむけ、加速。メキシコ・サードを離脱した際のような殺人的なものではなく、慣性補正装置の許容範囲内での常識的な加速だ。これにより三十秒後の予定位置からおよそ五千キロ離れた位置へと遷移する軌道へ乗る。加速を終えた<アクトウェイ>は再び旋回し、船首をアッシュ11へ向けた。
次の瞬間、あばただらけの準惑星の影から五つの船影が飛び出してきた。リガルは思わず声をあげそうになるが、自制して口を噤む。
間髪入れずにアキが解析し三次元ディスプレイへ反映、表示。いずれも大型で古い商船にレーザー砲を無理やり艤装したおんぼろ海賊船だ。頑丈な中央構造体に外装のコンテナを貼り付ける形式は現代の輸送船にも通じるシルエットだが、まともな整備を受けていない船体の各所には恒星風や小惑星のかけらが衝突した引っ掻き傷と、長く真空に曝されているために塗装が剥げている。船というよりはガラクタと言ったほうが近しいみすぼらしさを醸し、難破船と言われれば頷いてしまいそうだ。
五隻は<アクトウェイ>の元々の予定位置に対してレーザー砲を発砲。周辺の宇宙塵に反射した電磁波の散乱を拾いホログラフに表示された火線は正確無比なものだったが、もちろん<アクトウェイ>はそこにはいない。
あの攻撃で<アクトウェイ>が沈むことはないだろうが、フリゲート艦クラスであれば間違いなく大破していただろう。駆逐艦ならば沈むことはないだろうが、それでも少なからず損害を受けたに違いない。
「予想通りだ。主砲、撃ち方始め。目標選択はアキ、お前に任せる」
「了解。砲撃を開始します」
命令一下、<アクトウェイ>の船首を中心に散らばる八門の中性粒子砲が咆哮をあげた。
レーザー砲とは比べ物にならないエネルギー量の青白い火線が亜光速で放たれる。主砲の性能を見たいからこその対応だったのだが、あまりの威力にリガルは思わず息を飲んだ。
最初にアッシュ11の影から姿を現した武装商船の一隻は竜骨に直撃を受けて瞬時に轟沈した。<アクトウェイ>の砲撃精度は極めて高い、とリガルが感じた次の瞬間には副砲であるレーザー砲が攻撃を開始。貧弱な武装商船のAPS装甲を難なく貫く。二隻が着弾個所から火を噴いてよろめきながら惰性で進み始めた。
交戦時間にして三十秒とかからない間に三隻が戦闘不能になった海賊船団はこの期に及んでようやく形勢不利を悟ったのか、奇襲攻撃は失敗と判断して加速を開始。要するに逃げの一手に移ったわけだが時すでに遅く、アキは中性粒子砲で一隻ずつを確実に仕留めていった。鈍重な商船の十全に整備もされていないエンジンでは、たとえ慣性補正装置の制御上限以上に加速したところで逃げられるはずもない。機械的で正確無比な砲撃は身震いするほど冷酷だった。
後に残されたのは木端微塵となり、クイナレ星系の公転軌道に新たにデブリとして加わった武装商船の残骸だけ。生命反応はなく、脱出する時間もなかったため、乗組員は例外なく船と運命を共にしただろう。残酷だが相手がしでかしたことを考えれば溜飲が下がるというものだ。それに、宇宙での戦闘は決まって悲惨なことになる。
「見事だ。<アクトウェイ>は優れた船だな」
「お褒めに預かり光栄です。中破した二隻はいかがいたしますか?」
「放っておいていい。あれだけ派手に痕跡を残しておけば、次に通過する航宙船も注意を払うだろう。おれは今の戦闘について連合警備隊に提出する報告書を作成する。アキ、再度、セイル星系方面の跳躍点へ向かってくれ」
「かしこまりましたが、船長はいま犯罪者の身分でしょう。報告資料を作成する必要があるのでしょうか」
「たとえ不要でも後で必要になる場合に備えるべきだ。航海日誌があるとはいえ、あらかじめ作成しておくのとじゃ信用が違うだろうからな」
頷いたアキが<アクトウェイ>をセイル星系方面の跳躍点へ向け加速させる。戦闘を差しはさんだとはいえ、変更前とほぼ同じ軌道を辿る<アクトウェイ>の航程に大きな影響はなかった。
リガルは一次報告書を作成し、クイナレ星系の連合警備隊巡視ステーションへ送信して元の乗組員選抜作業に戻った。
単調な航行が続き、ようやく跳躍点に辿り着いた時、船橋で再びアキが言った。
「何もないようで、あるものですね」
リガルが何か気の利いた言葉を返そうとする前に、<アクトウェイ>は量子のもやに包まれ搔き消えた。




