Eps.3
<ファーベンス>はレイズ星間連合国防宇宙軍、メキシコ星系防衛軍に所属するファスカロン級駆逐艦の一隻だ。
星系防衛軍は各星系政府の命令を受けて任務を遂行する国防宇宙軍管轄化の細分化された戦力単位だ。他にまとまった兵力として第一、第二艦隊、両艦隊の支援を担当する第三艦隊が存在する。
平時においては星系防衛軍に所属する一個戦隊、定数三隻が一時兵力として駐在し、これは練度維持と整備を兼ねて第一、第二艦隊と定期的に交代が行われるのが慣例だ。三隻、都合により二隻という規模もありうる戦隊であれどフリゲート艦以下の艦級に対しては明確な質的優位を持つ。万が一、連合警備隊のフリゲート艦では対処できない事態が発生した際の即応兵力として機能する。
たとえば、フリゲート艦以上に重装備の海賊船や高強度の宇宙線防護能力を要求される救難活動などだ。各星系防衛軍でも手に負えない場合に、第一艦隊や第二艦隊が動員される。
EXUを投入した小規模ではあるが、重要な特殊任務にもうってつけというわけだ。シャトルの中で外景を取り込む背もたれに付随した小型三次元ディスプレイのホログラフに見える<ファーベンス>の馴染み深い艦影が、自身の推測の正しさを示すと共に、この先に待つ展開が想像を超えて複雑なものであることを示唆していた。
レイズ星間連合国防宇宙軍ではアゼッタ級とファスカロン級の二種類の駆逐艦を運用して長い。前者が新世代、後者が旧世代艦で現在も牛歩の歩みで更新が進められている。アゼッタ級は前級と比して省人化と維持費の低減、電子戦能力の強化を施されていて、メキシコ・プライムのリガルらが乗り込んでいた軌道エレベーターから赤道側へ二度傾いた静止衛星軌道上に位置し特殊作戦を指揮するのにじゅうぶんな能力がある。
かといって<ファーベンス>をはじめとするファスカロン級が劣っていることはなく、堅牢で信頼性の高い枯れた技術により構築された外殻、洗練された艦内システムを操るクルーたちは熟練していて、度重なる近代化改修により一線級の能力を維持し続けていた。レイズ星間連合の建艦技術は中小国であることを鑑みれば高水準といえるし、実際には艦艇の性能よりも乗組員が自らの船にどこまで精通し操るかが重要な要素だ。
翻って情報軍の特殊作戦に星系防衛軍傘下の艦艇が支援に入っているのは極めて珍しい。おそらく情報軍が無理を言って協力させているのだろう、情報畑の汚れ仕事をエリート意識の高い国防宇宙軍が快く思っているはずはない。星系政府の目を盗んで様々な工作活動に従事する情報軍はあらゆる方面で煙たがられている。自分の庭を荒らされて黙っていることはない。
難なくシャトルを収容しその艦内へ移送されたリガルは、カルツィオ中佐に指示されるまま居室のひとつに押し込まれた。アキと名乗ったあの白髪の女はすぐに姿を消し、独りきりになる。
しばらく待て、という言葉と共に去っていった男の背中を蹴っ飛ばす想像をしながら固い寝台の上に体を横たえる。久々の宇宙遊泳で疲労していたようだ、疲労感が身体の節々から滲み出る。
可愛げもなく軋む音すら立てないその寝台にすら悪態をつき、冷たく乾燥した航宙艦特有の空気を吸い込んで、大きく吐き出す。何度か繰り返せば気も落ち着いてきた。そして思考が巡り始める。
ファスカロン級駆逐艦はリガルが軍務に就いていた際に乗艦していた艦種と同型であり、見上げる天井もどこか見覚えのあるような混沌を呈している。ダクトや配線の取り回しに既視感があるのだが、細部が異なっていて奇妙な印象がぬぐえない。今後の展開への不安と共に懐かしさがこみあげてきて、殊更に胸中は搔き乱された。
まだ退役してから十年と経っていないのだから同型艦艇が何十隻と稼働していても不思議ではないが、カルツィオはこの心理的苦痛まで考慮して居室にひとり放置しているのだろうか。怒りに燃える心を静めれば入れ替わりにやってきた理性が囁く。それは考えすぎだ、愚痴のひとつも言いたくなるのは同情に値する。しかし今は情報を集め、機を待つべきだ、と。
そうと決まれば休んではいられない。リガルは体を起こして寝台に腰かけると、周囲を見回した。
奥行五メートル、横幅六メートルの狭い居室の入口から左右の壁に分かれて据え付けられている寝台と天井近くの網台、そして床面の収納がこの部屋の全てだ。わかりやすい目につく調度品といえばそのくらいである。
一頻り観察してわかったのは、この部屋は長らく使われていないということ。航宙服や下着、所持品を頻繁に出し入れするのならばもっと傷が付くはずだし、掌砲長の厳しい目を逃れた糸くずや埃が挟まっているものだ。
リガルは僅かな痕跡も見逃すまいと目を皿のようにして室内のあちこちに使われている据え付け家具を探してみたが、ごく薄い埃の幕が静電気で張り付いているのみで人が生活していた熱を感じ取ることができない。寝台そのものも最後にいつ手入れをしたのかわからないほど整頓され新品同様で、リガルが横になった時の皺だけが寄っている。
寝台は二段で入り口へ足を向ける格好で左右に二基、四床がある。枕元には簡単なライティングテーブルを兼ねたコンテナロッカーが付属していて、他に入り口正面の寝台の間には衣服などを詰め込むクローゼットが見えた。いずれも同じように人間が生活していた跡がない。
使われていない部屋に放り込まれただけであるならば、さほど心配することもないか。誰かの生活を乱さないか気にしなくていいというのは、逆に言えば気兼ねしなくて済むということでもある。リガルは思い切って立ち上がり、より念入りに部屋の中を物色し始めた。
寝台の足元には見慣れない箱が置かれている。開いてみるとクーラーボックスで再生容器に入った飲料が冷やされていた。ただのミネラルウォーターだが、乾燥する航宙艦内では喉が乾く。封を切って口にすれば少しは気分が上向いたが、冷水が胃の中で踊ったことで身震いする。
他に目ぼしい物品は見当たらない。ハッチの前に立ちパネルに触れるが何の反応もなかった。開くとは思っていなかったが、これで軟禁状態にあるのが確定した。カルツィオの性格を考えるのであれば、いち個人からこうして行動の自由を奪うだけの法的根拠を彼が持っていることになる。それはこれ以上ないほどの不安要素だ。踵を返して片隅にある扉を開く。中にユニットバス型のトイレが小さいが用意されており、そこで用を足して再び寝台に寝そべり、現況について考えを巡らせ始めた。
星系防衛軍の駆逐艦が情報軍の支援任務に就くことは稀だが、逆もまた然りである。情報軍が星系防衛軍の支援を要請することもほとんどない。情報軍がEXUのような実力を行使する際は彼ら自身がノウハウを持った機材と人員を投入する。特殊作戦とはそういうものなのだ。リガルの目から見ても、足並みの揃わない編成で困難な任務に挑むのは無謀だった。それでも<ファーベンス>がこうして任務に従事しているのであれば、それは情報軍が要請したからで、リガルの身柄を拘束するのは年金の不正受給が理由であるなら大仰に過ぎるというものだろう。世紀の大怪盗でもあるまいし。だがそこにこそ今回の一件について核心に近い意味がある気がする。
情報軍が星系防衛軍に作戦の存在を報せてしまうリスクを取った。つまりカルツィオにも余裕がないのではないか? 退役軍人をありもしない罪状で拘束するというのは、そのまま事実として受け入れるには稚拙きわまりない。彼はなにがしかの理由があってリガルという人物を確保する必要が生じ、そのために冤罪を被せて合法的に拉致、隔離することに成功した。
ミステリー小説で通用しそうなくらいには筋が通っている説明に思えるし、他に納得のいく説明が思いつかない。追い詰められたカルツィオの計画は綿密なものではなく速度を重視したものであったため、ありあわせの人員、手元にあったEXUの作戦を星系防衛軍に支援させることでリスクを補填したのだ。
あれこれと考えていると出し抜けにハッチが開く。照明を暗くしていたため、廊下から突き刺す明かりに目を細めながら体を起こす。シルエットから察するに、立っているのはカルツィオ中佐らしい。細長い航宙服姿は死刑執行官のようだ。
リガルは向こうからははっきりと見えているはずの自分の顔に精一杯の嫌悪感を浮かべてみせた。
「腹は減っているか、大尉?」
「拉致監禁の重罪を犯した人間にしては親切な申し出だ」寝台の端に腰かけてうなじを掻く。「できれば自宅でゆっくりと飯を食べたいんだけどな」
「既に<ファーベンス>はメキシコ・プライムの衛星軌道を離れている。君があの家に帰ることはもうないだろう」
うすうす考えていた可能性を現実として告げられ、リガルは落胆を禁じ得なかった。そして一層の恨みを込めた目でカルツィオを睨むが、彼は意にも介さずに体を傾けて部屋を出るようリガルへ促す。
「君は怒り心頭に発しているだろうが、事は急を要する。とにかく状況を伝えたい。ついてきたまえ」
このまま部屋の中に引きこもっていようかとも考えたが、カルツィオの背中はリガルの追随を確信していた。
怒りに身を任せて寝台を立ち、部屋を出る。
驚いたことに、EXUの面々は誰もいなかった。カルツィオには、リガルが暴力的な手段に訴えるという可能性は考えられないらしい。それが事実であるだけに、見透かされたような憤懣は溜まる一方だ。そして実際に、おとなしく従っている自分がいる。
時折、<ファーベンス>の乗組員とすれ違う。男女様々で、階級が上位のカルツィオへ向け挙手敬礼し、道を譲る。その眼がカルツィオの後をポケットに両手を突っ込んでついて歩くリガルを捉えた。例外なく全員がそうだ。口を開くことはなかったが、仲間内でリガルのことを噂するに違いない。くそったれと胸中で何度も毒づいてしまう。まるで見世物にされた動物の気分だ。こんなところへ来るべきではなかったし、来たくもなかった。
ではどこへ行くべきだったというのだろう。自問してみれば、答えは返ってこない。だからカルツィオに何も言い返せないのだ。
エレベーターに乗り込む。
そこで行き先に気付いてカルツィオを睨むが、彼は何も反応を示さずに、ただ箱が上下するに任せている。
扉が開くと、予想通り人気のない短い通路に出た。ここはファスカロン級駆逐艦の重要区画の深奥に位置している。そしてこの場所に、リガルは何度も足を運んだ記憶があった。船こそ違うが、モジュール単位で規格化されたものはほぼ見分けがつかない。
突き当りの大きなハッチに辿り着く。気密性と耐爆性を有する分厚い扉は二層構造となっているはずだ。カルツィオが長い認証コードを打ち込めば、一層目が右下と左上に分かれて開き、二層目が左下と右上へとそれぞれ身を避けた。
明度を落とされた照明に照らし出されているのは半円形に並べられた座席と、いくつもそれらの上に浮かんでいる立体映像、そしてドーム状の耐圧隔壁の表面に投影された星の海だ。中心にはひときわ多くのホログラフを浮かべている座席があり、それを囲むように各セクションが背を向けて配置されている。椅子ごとくるりと振り返った国防宇宙軍の佐官は初老の男で、薄暗がりではあってもその表情が不快さに微かに歪むのがわかった。カルツィオを見たからか、それともリガルを見たからか。
<ファーベンス>の艦橋は静かな活気に満ちていた。リガルは周囲のホログラフから、船が巡航状態にあることを見分けた。そしてその行き先がメキシコ星系の第三番ガス惑星であることも。他でもない、国防宇宙軍に属していた際に勤務していたのは、ここファスカロン級駆逐艦の艦橋なのである。少し目を走らせれば、<ファーベンス>が通常航海の真っ最中であるのは嫌でも理解できた。
「座ったままで失礼いたします、中佐」
「構わない。艦長、リガル退役大尉だ。噂には聞いているだろう」
ちらりと一瞥をくれる艦長は、すぐにカルツィオへ視線を戻す。まるで興味のない人物が連れているペットに対する態度だ。
「存じております。やはり彼が?」
「この仕事は、彼にできなければ他の誰にもできない。紹介しよう、大尉。艦長のディウダ少佐だ。今回の作戦に協力してもらっている」
軽く会釈をする。ディウダはリガルを一瞥し、剣呑な様子を隠そうともしなかった。リガルは自身の悪名がどこまで轟いているのかを知っているので、その視線を無視してカルツィオへ顔を向ける。
「もう既に引き受ける前提になっているがな、おれは身柄を拘束されてここまで連れてこられたんだ。まるでおれのほうに用があって、少佐に会いに来たみたいじゃないか、え?」
「なに、気にするほどのことでもない」
人間一人の身柄を細かいことと切り捨てる彼へ文句を言おうとしたが、機先を制されてカルツィオはディウダへ向き直った。
「さて、艦長。ブリーフィングをお願いできるだろうか。事態は一刻を争う」
「了解いたしました。副長、当直交代だ。何かあれば報せろ。どうぞ、お二人はこちらへ」
ディウダの一声で、暗がりから痩せた士官が出てきた。彼はリガルとカルツィオを完全に無視し、席を立つディウダの代わりに艦長席に腰を下ろして静かに指示を下し始める。どうやら第三番惑星への軌道遷移タイミングを再計算させているらしい。ただの移動であるはずなのに、どうしてそこまで慎重になっているのか。
カルツィオ、ディウダ、そしてリガルは艦橋の入口横にあるもうひとつのハッチを潜った。その先は小さな会議室となっており、長方形の八人掛けテーブルと照明空調設備、天井の中心付近には三次元ディスプレイが据えられている。<ファーベンス>の幹部が使用する部屋なのだろうが、テーブルの上には簡単なレーションパックがひとつ、置いてあった。カルツィオが座るよう促したのはその席であり、どうやらリガルの腹ごしらえのために持ってこさせたものらしい。
そしてアキというあの無機質な女が立っていた。彼女はリガルを見るや、僅かに顎を上下させ会釈した。よう、と声をかけようとしてあることに気付き、リガルはカルツィオを振り返る。
「おれが言うのもなんだが、いくらなんでも警備が薄すぎやしないか。妙な気を起こすつもりはないが、退役軍人とはいえこの四人だけで部屋に入るというのは不用心すぎる。宙兵隊員はどこにいった」
「問題ない。小官がそう判断した」
口を開きかけたディウダを制してカルツィオが言った。
なるほど、ディウダ少佐はリガルと同意見らしい。警備のための兵士が足りないのかと思ったが、EXUもこの駆逐艦に乗り込んでいるはずなので人手不足ということは無いはずだ。それとも、ディウダが情報軍の余所者をここに入れるのを嫌がったのか。この船の主であるからには、部外者が寄合を持つのは歓迎しないだろう。工作員など目を離した隙に何をするかわかったものではない、と言いたげなディウダの目だった。
国防軍内の不和は差し置いて、先方が問題ないというのなら問いただすこともない。席に着いてレーションパックを開く。用意されているのだからここで食べても文句を言われる筋合いはない。温められた包装の封を切り、謎の煮込み料理の中へスプーンを突っ込んだ。味は期待していなかったが、一般的な食事に慣れてしまった味覚からすれば味気なさに背中が冷たくなる。メキシコ・プライムで食べていたものも上等とは言い難かったが、予算不足の国防軍が用意した食事は輪をかけて質素だ。
テーブルの手前にリガルが座り、対面にカルツィオ、向かって右側にディウダが席に着く。そしてアキはまた当然のような顔をしてリガルの隣に座った。食事を摂りながら横目で見ても、アキはなんですかと言いたげに見つめ返してくるだけだ。
「やらんぞ」
「結構です」
咳ばらいをひとつして、ディウダがコンソールを操作し三次元ディスプレイを起動する。リガルは行儀悪くスプーンをくわえたままホログラフが示すメキシコ星系図をぼんやりと眺めた。
「まず、メキシコ星系の状況を説明する」カルツィオが口火を切り、星系図の跳躍点を指さした。「六月十二日未明、つまり一昨日の早朝、バルハザール民主共和国へ通じる跳躍点に出現し誰何に応じなかった不審船を連合警備隊フリゲート艦<エイプリル>が臨検した。やや古い型の中型輸送船だったが、臨検の結果この船は無人船であると判明した。しかし宙兵隊が乗船したタイミングで<エイプリル>は至近から船体内郭に秘匿されていたレーザー砲の攻撃を受け大破。現在も救助活動が進められているが、生存者は皆無とみられている」
スプーンの手を止め、リガルは驚きと共にカルツィオの顔を見やった。この報告だけで電子新聞のほぼ全てが一面で取り上げるほどの大事件だ。何か言おうと口を開きかけたリガルを制し、最後まで聞けと彼は話を続ける。
「似た事例はいくつもあるから、これだけであれば海賊によるテロ活動と考えたいところだった。フリゲート艦一隻とはいえ、無力化できれば巡視の網に大きな穴が開く。しかし不審船の出現からちょうど一時間後に二三隻の艦艇が同じ跳躍点からあらわれたことで事態の趨勢は決定づけられた。航宙管理局の管制ブイを破壊し星系内各所へ向かう軌道に敵艦隊は遷移。最も近傍に位置しているメキシコ・プライムへは、今からおよそ三日後に到達する」
星系図に新しい情報が次々と反映されていく。わかりやすくはあるが現実感が伴わなかった。要するに、レイズ星間連合はバルハザール民主共和国からの侵略の危機に瀕しており、ここメキシコ星系は無防備なまま彼らの攻撃に晒されているというのか。
正真正銘の戦争だ。
リガルはぼんやりとアキを振り返った。彼女は興味津々にレーションパックを見つめており、リガルはいくつか小分けされた封筒のいくつかを手渡してやった。細く白い指でアキはパックをもてあそび始める。まるで使い方のわからない玩具を手にした子供だ。食べ方がわからないのだろうが、今は優しく教えてやれるほどの余裕がない。
「内戦からの復興が遅々として進まず、膨れ上がった艦隊だけを有しているバルハザールが遂に痺れを切らして戦争を吹っかけてきたってのが、あんたの言う非常事態ってやつか」
「そうだ。かの国の攻撃にすべては端を発しており、そして現在までのところ、事態はさらに進行中だ。何か手を打つにしても一刻の猶予もない」
「宣戦布告もなしの奇襲攻撃、か。銀河連合が黙っちゃいない。バレンティアだって機動艦隊を差し向ける。バルハザールの攻撃は紛れもない暴挙だ」
「確認したところ、一カ月前にマルメディス星系行のバルハザール国籍船舶がメキシコ星系を通過している。時間的には辻褄が合うから、恐らくは宣戦同時攻撃という体裁をとっているに違いない。とはいえ、バレンティア連邦の介入を招くにじゅうぶんな暴挙であることは否定しない。宣戦布告など形式的なもので、あらゆる国家間紛争は違法であり許容されるものではないからだ」
いずれにしても国際的な非難を免れない。銀河連合憲章はいかなる場合であれ、武力による現状変更を禁じており、その武力鎮圧に動員されるのは当事国軍と、連合評議会の命令を受け派遣される多国籍軍だ。実態はバレンティア連邦の機動艦隊で、同艦隊もそのような任務のために存在している。
状況を飲み込もうと咀嚼し始めたリガルは思い出したように一緒に口も動かす。
「民間への周知はどうなっているんだ。さっきまで地表にいたが、いつも通りの日常だったぜ?」
市民には報せないまま戦争をするつもりか、という言外の意を汲んだディウダは顔をしかめた。これまた、彼も同意見なのだろう。いかなる事実でさえ、市民は自分たちが置かれた状況を知る権利があるはず。だがカルツィオは飄々とした顔で答える。
「<ファーベンス>の離脱を以て知らされているはずだ。今頃は蜂の巣をつついた大騒ぎになっているに違いない。言うまでもないがそこから先は星系政府の管轄だから、関知していない」
「戦時下になるってことで情報統制が必要な状況であるのは認めるが、なぜこの船の離脱を待たなければいけないんだ。言ってしまえば、ただの駆逐艦だろ」
「それには複雑な事情がある」
横から口を挟んできたディウダが、身を乗り出してアキを指さした。
「彼女が君を訪ねるまで、この事件を公にすることはできなかったのだ、大尉。ひとたび非常事態宣言が発令されれば、惑星政府の緊急事態条項により全ての船舶は宇宙港を利用するのに政府の許可が必要となり、君たちの行動には制約がかかる。なぜ君と彼女が必要なのかといった事情説明が機密情報保護に抵触し、それらを議論している暇はない。これは実質的な軌道封鎖だ。それに、カルツィオ中佐はメキシコ・プライムに少なくない数の工作員が潜伏していると考えておられる。わたしも同意見だ。彼らが何らかの行動を起こす前に素早く、迅速に君たちが惑星地表を離れる必要があったのだ」
「それが情報軍とEXUの作戦に星系防衛軍が手を貸した理由か。万が一、作戦行動中に敵工作員の横槍が入っても対応できるように、EXUほどの部隊が必要だったんだな」
「飲み込みが早いな、その通りだ」
明らかな侮蔑を込めた言葉を受け流し、リガルはスプーンとフォークを置いて腕を組み、顎を撫でた。
「だが、なぜだ? おれとこの得体のしれない女がそれほど重要な理由がわからない」
「君には彼女と共にある任務を遂行してもらう。もちろん、君には行動の自由が保証されており、その決断は最大限に尊重される。しかしこの国家危急の事態においては、君の助力を請うほかない」
両手を挙げてリガルは首を振った。
「おいおい、拉致しておいてその言い草はないだろう。それに矛盾してる。いまのおれのどこに行動の自由とやらがあるんだ。今すぐに酒を飲みに家を出られることを行動の自由っていうもんだ」
「話は最後まで聞いたほうがいい」カルツィオの挑発的な言葉が癪に障る。「君にとっても悪い話ではないのだ」
「おれにどういう利益があるってんだ。それに戦争だろうが知ったこっちゃないね。頼むから家に帰らせてくれ」
「それは君の自由だが、既に乗り込んだ以上は第三番惑星までは同行してもらう。理由はこれだ」
新たなホログラフが投影される。リガルは再び口元へ持ち上げかけたスプーンの動きを止めた。
それは船だった。リガルの知る限りレイズ星間連合の艦艇ではないが、民間で広く使用される輸送船とも異なる船影。均整の取れた前後に長い船体はその全長の半分ほどまでが推進装置であり、三基ずつノズルを束ねたものをさらに三つ、逆三角形型に配置している。推進器を覆うように矢尻型に構造物が伸び、全体的に滑らかで鋭利な印象を受けるが、これらはエンジンの排煙を隠す効果もあるだろう。表示された縮尺によれば全長は七〇〇メートルほど、<ファーベンス>よりもかなり大きく、輸送船にしてはやや小さい。
不思議と見入ってしまう美しさを持った船だった。軍艦とはまた異なる機能美を追求している。船乗りの端くれであるならば、こんな船に乗ってみたいと思わされるような。そう、魅入られている。無機物ではない、古代の彫刻にも通ずる美麗な船だ。
声も出せないでいるリガルに、カルツィオはとどめの一言を放つ。
「君に任せたい任務というのは、この船でマルメディス星系まで機密情報を届けることだ。そして任務を完了した時、この船は正式、かつ合法的に君に譲渡される」
「なんだって?」
カルツィオの目には会心の手応えが宿っていたが、彼への反感を抜きにしても破格の条件にリガルは素っ頓狂な声をあげた。
「悪い話じゃないといっただろう。この船は二日前、<エイプリル>が撃破される直前にガス惑星近傍宙域で発見された幽霊船で、バルハザールの攻撃時に臨検していたのと同じ<エイプリル>が拿捕したものだ」
リガルは今朝、ニュースで見た不審船を思い出した。あれはこの船のことだったのか。
「こちらも無人船として漂流していたのだが、調査したところ優れた船であるのは間違いない。しかしある理由から完全に接収できずにいる」
「その理由というのがわたしです」
この場で初めてアキが言葉を発した。彼女は何とか封を切り口にしていたレーションパックのビスケットを丁寧に机上に置くと、指で宙をなぞる。ホログラフが消滅し、巨大ガス惑星が浮かび上がった。
見たこともない芸当を披露され、リガルは驚いてアキを見る。彼女は悪戯っぽく微笑み返すでもなく、さも当然とばかりにまた指を振って次々とリガルに必要な情報を表示させていった。いかに軍用に用いられる高性能な会議システムといえどこの芸当は手品に近い。
「そろそろ聞いてもいいか。君はいったい何者なんだ?」
「わたしはアキ。<アクトウェイ>号を管理する生体端末であり、疑似人格です」
生体端末。まさかこの場でそのような言葉を聞こうとは、今日だけで何度の驚愕をすればいいのかとリガルは目玉をぐるりと回す。
現代の航宙船は動力源となる核融合炉の磁場を制御しつつ、船内の生命維持装置や航法、プラズマ反動エンジンの掌握、さらにはワセリー・ジャンプ航法による超光速航行など、通常の演算装置では賄いきれない膨大な計算量を必要とする物事を取り扱わなければならない。いうまでもなく人間が手動で管理することは不可能なので、疑似人格と呼ばれるAIを介して操船するのが常だ。
生体端末とはその名の通り、有機生体部品により構成された機械人形を差す。基本的には少人数での操船と依頼遂行を行う、一部の腕利きの放浪者や巨大な宙運会社の輸送船に採用されることが多い。高額かつ高性能のため、あらゆる場面で活躍するが、銀河連合評議会により定められた連合法により対人戦闘用途への使用は厳密に禁じられているため、人間に危害を加えることはできない。そのため海賊など非政府組織で利用される恐れがあるが、維持費も目玉が飛び出るほど高いことと特定の素材を使用するため、足がつきやすく逆に嫌煙されているほどである。
アキはその生体端末であるという。なるほど、だからこその美しさかと、出会った当初から感じていた違和感に納得がいったリガルであったが、新たな疑問も湧いて出る。
「生体端末なのは——まあ、いい。わかったよ」色々と口から出かかった言葉を飲み込み、「じゃあ、ここにいるのはなぜなんだ? その<アクトウェイ>とかいう船は、今は第三番惑星にあるんだろ。二〇光分は離れているのに、こんなにリアルタイムな反応が返ってくるものなのか」
「わたしは本体ではありません。いうなればサブルーチンと呼ぶべきものです。そうですね、アキという疑似人格は<アクトウェイ>そのものではないとでもいいましょうか。必要に応じて分割し、統合できるのです。ですが、アキは常に一人であり、<アクトウェイ>は一隻です」
「まるで哲学の領域だな」リガルの言葉にディウダだけが同意の印に首を縦に振った。「まあいい、とにかく説明はつくわけだ。で、カルツィオ中佐殿。まさか本当にマルメディス星系へ行くだけってのはないよな?」
「もちろん、ただ行くだけではない。各星系の連合警備隊、および国防宇宙軍の拠点に対しデータ送信を行ってもらう。最終的には暗号化された情報パッケージをマルメディス星系の艦隊司令部に届けてもらうことになるだろう」
「要するに伝令艦、警報を鳴らしながら航行しろってことか」
今日に至っても、光の速度を超えて移動できるのはワセリー・ジャンプを行う航宙艦だけだ。そのため通常は星系間を自動で行き来する無人連絡船が大量のデータを保存し、ジャンプを行っているのだが、軍事機密も多分に含まれる情報を運搬する今回の任務ではこれを利用するわけにもいかない。
また、マルメディス星系まで航行すると一口にいっても、メキシコ星系との間には八つの星系をまたがなければならない。星系を横断するには通常の航行速度に戻るため、どれだけ急いでも一カ月はかかる。逆に言えば、マルメディスから各星系に報せるのにも最低限それだけの時間がかかるということだ。逆方向から敵襲来の報せを振りまくのは合理的だろう。
「答えはだいたい想像がつくが、<ファーベンス>ではだめなのか?」
「スペック上は、<アクトウェイ>の巡航速度はミンガスタ級軽巡洋艦よりも二〇パーセント速い……そう睨むな、嘘ではないのだから。今は一刻を争う情勢なのだ」
「わかったよ。とにかく、この依頼もあんたとしては一秒でも早くこの報告をマルメディス星系へ届けるための手段でしかない。そしてこんな怪しい船を任せられるのはこの星系でおれ一人か」
「そういうことだ。引き受けてくれるだろうか?」
「やけに下手に出るじゃないか。そういうことをされると勘繰りたくなるから、あんたみたいな胡散臭い奴はやらないほうがいいぜ」
ディウダがテーブルを掌で叩いて乾いた音が響く。
「貴様、先ほどから聞いておれば礼を失するにも余りある。それでも元軍人か。規律と自制はどこへ消え失せた!?」
何かを言い返そうとリガルが口を開きかけたが、それよりも先にカルツィオが手を挙げてディウダの怒りを制した。
「いいんだ、艦長。彼はこうでなければならない。だからこそこの任務には適任なのだ」
「しかし中佐、この『銀河一の大馬鹿野郎』が本当に、無事にマルメディス星系へ行きつくかは極めて疑わしいと小官は考えざるを得ません。道中には海賊が頻繁に出現する宙域もあります。いかに軟弱な船であろうと徒党を組めば脅威です。この飲んだくれにまともな対応を期待できますか? それに、この男がそのまま行方をくらます可能性すらあるのですよ!」
「大丈夫だ、彼の献身はわたしが保証する。それに艦長、彼は現在、法的には犯罪者の身分だ。だからこそ身柄を拘束したし、この依頼を遂行するまでそれは変わらない」
「おいおい、冗談だろ。ならおれの自由なんて無いじゃないか」
「あるさ。だが、君は必ずこの依頼を受けることになる。それが君にとっていちばん理想的な《《自由》》だからだ。違うか?」
何も言えないで黙り込んでいるリガルへ向け、カルツィオは背筋を伸ばし、告げた。
「この不自由から解放されれば、君を縛るものはなにもなくなる。しがらみを振りほどき悠々自適に大海へ漕ぎ出す者。今日から君は放浪者だ」




