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遼遠のノクス・リーガル  作者: 夏木裕佑
Act.1 来訪と船出
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2/23

Eps.2

「あんたは?」

 黒髪の男——リガルがぶっきらぼうに問い返す。

 失せろと言わんばかりの態度に、白い女は笑みを消して軽く会釈した。

「アキ」

 短いその名前を告げればすべてが理解されるだろうという確信をリガルは感じたが、何度か胸中で呟いてみても思い起こされるものはなかった。間違いなく初対面であり、縁故のない人物だ。

 この二年間、隠遁生活を送っていたリガルには親しい知人もいない。得も言われぬ不信感が鎌首をもたげ、沈黙で返した。

「お隣、失礼してもよろしいでしょうか?」

 拒否しようと体を起こした隙に、アキは落胆した様子もなく隣の席に腰を下ろす。思わず腰のあたりを探るがいかなる武器も携行していない。メキシコ星系政府は市民の銃器所持を禁止している。

 アキは上半身を九十度回転させてリガルの座席へ体を向けるが、リガルは向きを変えなかったから、ちょうど右側からアキと名乗る謎の女の視線を横顔で受ける格好になった。

 退役大尉という呼び方は非常に好ましくない。何かに巻き込まれようとしている。立ち去るべきだ、今すぐに。

 首都星系マルメディスに(ひら)かれて久しい国防士官学校を次席で卒業した後、軍役に就いていたリガルはある事情で除隊した。決して大声で吹聴して回れるような誇らしい経歴ではなかった。だから軍人時代の肩書などを頼りに声をかける友人知人——少なくとも彼らはそのつもりでいた——にはまともな人間など一人もいなかったし、赤の他人に呼ばれる時は例外なく面倒なことになる。国防費の中で削減されることのない唯一の金である退役軍人年金を掠め取ろうとしたり、自分の事業に名前だけでも使いたい、あるいは連帯保証人にしたいからといったろくでもない人間ばかりだ。

 あらためて頭から爪先までを眺めまわして、この女もそんな人間と同類なのだろうかと考える。アキという女の眼は、見れば見るほど人間であるかどうかも怪しい瞳の輝きを放っているのだ。

 月の砂のように白く煌めく白髪は毛先にいくほど波打ち、肩から胸に垂れるくらいの長さで整えられている。念入りな手入れではなく重力加速度の為せる業だ。瞳は黄色の混じった薄い茶色で猫のように大きくて丸く、リガルの顔を見つめる。細い眉は髪と同じ色で横に真っすぐ引かれており、肌は血管が透けて見えそうなほど白く、透明なのだが、その下に血が通っているとは思えない冷たさがあった。顔立ちは整いすぎるほど整っていて、星空を背景に立っていれば女神か天使かとメディアが競って銘打つほど美しい。身長は一六五センチ程度だろうか、女性としては平均身長よりも高い。細身のため実際にはもう少しあるかもしれない。胸は大きすぎず小さすぎずといった形で、こういう奇抜な外見に偏執的なこだわりを見せる水商売の女性たちにありがちな大きさではなかった。

(こんな美人がおれの親族なわけがないよな)

 となれば軍の関係者かと訝しむ。彼女が身に着けている服装はその容姿からは似つかわしくないほど質素かつ機能的で、やや白みがかった黒を基調とした航宙服だ。そのまま色を変えれば国防宇宙軍のものより上等な代物だろう。

 上下ともに長袖で、足はこぢんまりとしたワークブーツ。ほっそりとした体のラインを隠すように、また、温度が低く保たれがちな恒星間宇宙船での生活に最適化された身なりであるのは、元航宙艦乗りのリガルには一目でわかった。判然としないのは、やはり彼女の出自である。

「用がないなら帰ってくれ。今は誰とも話す気分じゃない」

 我ながらわかり切ったことを言っている自覚はある。用があるから彼女はここへ来たのだ。そして軌道エレベーターの箱の中で顔を合わせるのは偶然ではなく、調査と追跡の結果だ。しかし面と向かって「おれを殺す気か?」と問いただすわけにもいかず、とにかく口を開かせて情報を得るしかないだろう。

「少しお話をさせていただきたく。不躾ですが、場所を変えさせていただけないでしょうか?」

 宙運会社の受付嬢とも、本格的な航宙船乗組員とも言い切れぬ奇妙な出で立ちのアキという女を説明するのに最も無理のない仮説は、国防軍管轄の情報戦部隊に所属する何某かというものだろう。そしてそれは事実だろうな、とリガルは決めつけ、席を立ってその場を去ろうとした。

 席を立ったリガルにタイミングを合わせ、何気なく立ち上がった周囲の民間人と思しき四名が四方から近付いてきた。私服姿の男女が一組、スーツ姿の男、そしてつなぎ姿の男。四人は静かに歩み寄ってきて、立ち去ろうとするリガルをそれとなく取り囲む。

 舌打ちを堪えて素早く展望ブロックの他の人々に目を配る。が、いつの間にか疎らだった人影は見えなくなっていた。人払いをしたのか、それとも座席の全てを買い取ったのか。いずれにしろ最悪の状況に陥りつつある。

 生命の危機を感じて体の端々に力を籠めた。多勢に無勢だが、いざとなれば易々とやられる理由もない。

 しかし次に響いた冷淡な声に、リガルは後頭部を鈍器で殴られたような衝撃と共に度肝を抜かれてしまった。

「星を見ていると時間を忘れるのは変わらないな、君は。未だ悠久への憧憬は尽きないか?」

 この宇宙で最も忌み嫌う声があるとしたら真っ先に挙げるであろう、テノールの響きだ。リガルは奇妙な納得感と共に、露骨に顔をしかめながら振り返る。

 アキは椅子から立ち上がっていたが、その横に背の高い眼鏡をかけた痩せぎすの男が立っていた。白髪交じりの髪の毛をオールバックになでつけ、国防宇宙軍の灰色の制服を隙なく着こなしている。記憶にある通りの姿そのままで、本当に時を超えてきたのではないかと疑ってしまうほどだ。

 物理法則と状況の全てを見通しているといわんばかりのこの態度が、リガルは苦手だった。仮に個人的感情から相容れない関係だとしても、規律をわきまえ指揮系統も尊重されるべきだが、この男が持つ相手を平伏させる威圧感は階級の上下から来るものではない。いわば裁判官を前に判決を待つような、冷たい理念が裏打ちした冷たい価値観が前面に押し出ている。

 まるで宇宙を見ているようだ、と古い友人が形容していたのを思い出す。まったくもってその通りだ。この男には優しさや思いやりといった暖かい感情が欠落している。

「カルツィオ少佐、今は平時だ。情報軍が民間人を拘束する権限はないはずだぜ」

「いまは()()だ、大尉」

 レイズ星間連合情報軍、サレイド・カルツィオ中佐は無感動に訂正した。眼鏡の奥のこげ茶色をした瞳が淀みなくリガルを凝視する。目の前で超新星爆発が起きてもこの男が表情を変えることなどないのだろう。対照的に、リガルは顔をしかめた。

「あんたが中佐ならおれは大尉どころか軍人ですらない。命令に従う義務も責任も道理も、ましてや時間も無いんだ。こいつらを下がらせろ」

 厳密に言えば仮に退役しておらずとも艦隊司令部の承認が無ければリガルの指揮権をカルツィオ中佐が持つこともないはずだが、この男であればどんな理屈で艦隊司令部と情報軍上層部を言いくるめて指揮権を取ってくるか知れたものではない。それがサレイド・カルツィオという男の恐ろしさだ。

 退役し予備役に入っているとはいえリガルは未だ民間人の身分だから、軍からの命令を受ける立場にはないが、別の問題がある。情報軍に目をつけられているというのは、単純な問題という一言で片づけられる範疇を超えている。ましてやリガル自身に拘束の理由が思い当たらないとなればなおさらだ。

 強引に突破するべきか。そう考え身じろぎした途端に、目の前に立っているスーツ姿の男が上着の裾を持ち上げてこれ見よがしにその内にあるものを見せる。

 情報軍が正式採用している火薬式の拳銃だ。国防軍と型式は同一だが低威力の弾薬を装填していて、真空中のコロニーなど気密を維持する隔壁を損傷せずに戦闘を行えるよう調整された武器だ。弾速を抑えるということは運動エネルギーにおいて劣ることと同義だが、この至近距離で銃撃されれば一般的な洋服しか身に着けていないリガルのどこに命中しても致命傷になる。脅威であることには違いない。

 試しにもう一歩を踏み込めば見せただけのそれに手をかけ、明確な警告の意図を伝えてきた。男は面白がるように眉を吊り上げてみせ、もう一歩を踏み出そうかという度胸をせせら笑った。

 どうやら逃げることはできないようだ。あきらめて背後のカルツィオを振り返る。口喧嘩は得意だが今回は分が悪い。

「昔話に花を咲かせに来たわけではないんだろ。要件があるなら早く済ませて、失せろよ」

「前者は肯定するが、後者は否定する。申し訳ないが現時刻を以て、貴殿の身柄を拘束させてもらう。我々はそのために来たのだ」

 やはりか。想像はしていたが突拍子もないことに、リガルは肩を竦めた。

「拘束の理由は。まさか退役軍人年金の不正受給だとか言わないよな?」

「これは驚いた。よくわかったな、その通りだ」

 声も出ないまま驚きのあまり立ち尽くしていると、背後に回った女が素早くリガルの両手を取り手錠をかけた。そのまま背中を押され、自然と一行はリガルを中心に列を為す。先頭はカルツィオ中佐で、アキは影のようにリガルの傍を歩いている。少し気遣うような様子だが、助けるつもりはないようだ。

「法的権利の説明もなく逮捕するとはどういうことだ。情報軍に逮捕権はない」

「緊急逮捕権は、現代でも通用する認められた権利のひとつだ」

「おれはただ支給された年金を受け取っていただけだ。そもそも軍を離れたのにそんな小細工ができるわけないだろ!」

「詳細な話は後だ。まずは場所を変えるとしよう」

 言葉のニュアンスが微妙に異なるのに気付き、すぐに怒りを抑えて思考を巡らせる。軍人時代からの習慣になっている感情への対処法と判断力に自己嫌悪に陥りかけるが、ともかく自分の巻き込まれているらしい出来事の全容を理解しようと考え続ける。

 話を後でするということは、少なくともリガルに対して何らかの事情説明はあるのだろう。本当に年金の不正受給で逮捕されるのならば情報部の人間であるカルツィオが出張る必要はなく、官警に任せておけばいい。退役軍人年金とは言っても管轄は国防軍を管轄する国防委員会ではない。いかな情報軍とはいえ縦割り組織の境界線を一足飛びに超えれば法律に違反するだけでなく各方面から強烈な批難に晒される。それに、何しろ情報軍だ、国防委員会がそこまでの専横を許すような部署ではない。内務委員会、法務委員会など連合評議会の各所がどれだけの精力を注ぎ込んで情報機関の拡大阻止に動いているのかは周知のとおりだ。

 では、果たしてカルツィオ中佐がそのような強硬手段に出ている可能性も考えられるのかというと、大きすぎるリスクを冒してまで行動を起こす価値がリガルといういち個人にあるとは考えられない。歴史上の偉人でも政財界の大物でもなく、ただの退役軍人なのだ。国家機密を知りうる極秘作戦に従事した経験もない。戦争で名を馳せた英雄でも大罪を犯した極悪人でもない、ただの年金暮らしをする男である。

 リガル自身が、自認する限りは。

 ともかく生命に危険が及ぶことはないだろうと考え、不承不承だが大人しく連行されるしかない。

 アナウンスが入り、十分後に無重力状態に入ることを告げた。軌道エレベーターの箱が緩やかに速度を緩めていき、停止する。軌道エレベーターの途中で停止しているため、全くの無重力と言うわけではなく、メキシコ・プライムの引力で僅かに床面に足の裏が押し付けられる。

 その間、リガルはラウンジを歩かされ下層へ降りる螺旋階段の前までやってくると、スーツ姿の男以外が物陰にしまいこんでいた代物を眼にしてぐるりと目玉を回した。

「真空作業服とは。あんたら、もしかして噂に聞く情報軍の|非常時執行部隊《Emergency Excution Unit》か」

「その噂を耳にするのは構わないが、広めるのはお勧めしない。むやみやたらに聞きまわるのもな」

 スーツ姿の男が低い声で諫めた。リガルは昔見た映画のワンシーン、秘密を喋らせないためには喋れないようにするのがいちばんだ、という台詞を思い出して肩を竦めた。

 非常時執行部隊、通称EXUとは情報軍管轄の特殊部隊を差す。通常は政情不安な某国での邦人救出活動やレイズ星間連合国内における海賊、および第三勢力による破壊活動への先制攻撃、制圧任務などの執行を目的に設立された特殊部隊だ。

 部隊設立の経緯をたどればオリオン腕大戦終結後、肥大化した特殊部隊組織を各所で人材として受け入れた結果、生まれた部隊のひとつといわれている。任務の性質上、表舞台に立つことはほとんど無いものの、歴史上重要な局面で人知れず活躍してきた。

 こいつは思ったよりも大事のようだな、とリガルは他人事のように考えながら促されるままに真空作業服を身に着けた。国防軍や連合警備隊で採用されている装甲の施されていない軽量で動きやすいもので、ほとんど体形を変えないスリムな形状が特徴的だ。言わずと知れた量産モデルで、レイズ星間連合の領中で活動する航宙船乗組員であれば、船外活動(EVA)のために何度も身に着けた経験があるだろう。

 リガルも例に漏れず、訓練で骨身に染みた習慣に従ってそれを着込む。ジャケットの前を閉めて両手両足を分厚い断熱素材の中へ突っ込んだ。ヘルメットバイザの中からふと隣を見やると、手慣れたというより効率的な動きでアキが同じように真空作業服を身に着けていくのが見えた。彼女は航宙服だから着ぶくれを気にする必要もないらしい。

 リガルは最後に腰に据えられた所定のホルダーにモブを差し込んだが、アキは何も持っていなかった。この現代でいかなる情報端末も所持していないのであれば驚嘆に値する。未だに原始的な貨幣経済の中に身を置いているのか。そんなことを考えながらヘルメットまでかぶり準備を終える。

 この先は予想がつく。停止して無重力状態になった箱の中を漂いつつ、リガルは素早く真空作業服に着替えたカルツィオとEXUの面々に促され、展望ブロックからさらに上にのぼり、螺旋階段を半回転したところで非常用エアロックが見えた。

 EXUはリガルを拘束するために予め真空作業服を運び入れてから箱を停止させたのだ。救難用に設けられた小さなエアロックの先では、軌道を同調し接舷しているシャトルが待ち構えているはずだ。そしてどこかに母艦としての航宙艦が待機している。恐らくは星系防衛軍の指揮下にある駆逐艦のいずれかだろう。惑星周辺で小回りの利く母艦能力を持つ船といえば駆逐艦が理想的だ。軽巡洋艦でも支援船としての任務は果たせるだろうが、いかんせん大柄で悪目立ちしてしまうし、惑星引力圏で機敏な機動ができない。

 二人が一緒に入れるスペースに、EXUの女と押し込められた。女のつけているコロンのものらしい、金木犀の香りが空間に満ちる。エアロックは低電力でも稼働させるために小さかった。狭苦しい室内は照明で照らされていたが突然暗転し、次の瞬間には赤色になる。そして緑色に照らされれば減圧完了だ。

 エアロックの外部ハッチが開かれると、女は無言で真空作業服のグローブに覆われた手で、惑星メキシコ・プライムの美しい水色の大気上層部を指さす。

 その先には灰色の、往還能力を持ったシャトルが浮かんでいた。全長五十メートルほどで、百メートルほどの距離を置いて左舷をこちらに向けている。パイロットの腕はいいようで、ぴったりと軌道エレベーターの動きに同調しており静止している。時折、アポジモーターが姿勢制御のために断続的な噴射を繰り返した。

「跳んで」

 有無を言わさぬ女の声が短距離無線を通じて聞こえる。リガルは口をへの字に曲げたが、可視光を反射するバイザ越しでは見えない。次の瞬間には臆することなく膝を曲げ、伸ばした。

 真空作業服には限定的ながら移動ができるアポジモーターが背中のバックパックに装備されている。窒素ガスによる気圧差を利用したもので、基本的に船舶やステーションの周辺で活動を行う分にはこれでじゅうぶんだ。

 リガルは両腕を抱えるような姿勢でシャトルへ向け勢いよく飛び出していく。ブランクはあるが、恐怖心で体を強張らせて重心をぶらせばあっという間に回転して収集がつかなくなるだろう。宇宙遊泳は国防宇宙軍人であるならば初等教育課程でまず叩き込まれる技術のひとつだ。いかに退役した身とはいえ、無様を晒す気はない。

 若干、上方に流れてしまったのですぐにアポジモーターを噴射して姿勢を調整し、軌道を元に戻す。百メートルはあっという間に通過し、接触する少し前に一八〇度反転して背中をシャトルへ向け、減速。最後にもう一度反転すると、すぐ目の前にシャトルのエアロックハッチがぽっかりと開いていた。数年ぶりだったが、どうやら勘は鈍っていないらしい。

 少し遅れて女がやってきた。彼女も素早く無駄のない動きで、リガルのすぐ隣で停止する。噴射ガスがリガルを直撃してシャトルの外殻に叩きつけないよう気を使ったためか、上下が反転した状態で向かい合った。

「上手いじゃない。ただの酔っぱらいかと思っていたけど、見直したわ」

 言い返す暇も与えず、女はすぐにエアロックの中へと体を滑り込ませて消えた。置いていかれてはかなわないので慌ててその後を追いかけ、軌道エレベータ側のものよりはゆとりのある、しかし似たような空間に二人でおさまった。加圧はすぐに終わり、照明は赤色から待つほどもなく緑色に変わる。空気が周囲に満ちているのでシャトルの駆動音が真空作業服の表面から伝わって遠くに聞こえてきた。

 シャトルは予想通り軍用のものだ。パイロットとコ・パイロットがおさまる操縦区画が先端部に位置し、後部は広々とした格納庫兼旅客スペースとなっている。二つの区画の間にはトイレや宇宙携行食を温めたりできるごくわずかな生活区画となっていて、すべてが気密隔壁で区切られていた。一部の外殻破損で気密が敗れた際に、全体が真空状態となることを避けるためだ。

 こうして軍の機材に囲まれていると、様々な記憶がよみがえってくる。マルメディスの国防士官学校時代を思い出す。トイレにはエアロックが必要なのか、という話で大笑いしていたものだ。昔馴染の顔が頭の中で笑う。リガル、当たり前だろ。エアロックといわずに溶接しておくほうがいい。被弾して生きるか死ぬかの時に、クソの心配なんて誰もしたくないからな——。

 思い出を振り払うために、ヘルメットごと頭を振る。今はあの時代に抱いていた希望も、夢もない。哀れな年金生活者に落ちぶれたというわけだ。いまごろ、あいつらはどれくらい出世しているんだろう?

 リガルと女がエアロックから入ったのは後部格納庫だったが、軽量合金の床面には重量物を頻繁に出し入れした傷跡が残っており、それはリガルの記憶にある限り、国防宇宙軍と連合警備隊が使用する運搬用コンテナの規格と一致しているように見えた。決して広いとは言えないが、惑星地表と軌道上を往還する能力を持つ航空機と考えれば必要十分な性能を有している。

 EXUの女に身振り手振りで真空作業服を脱ぐよう促され、リガルは真空作業服を脱いだ。ブランクがあるにしてはスムーズにいったほうだと思うが、女の方が早く作業を終えており、氷の色をした瞳がいたずらっぽく輝く。

「大人しくしていてちょうだいね、手荒な真似はしたくないから」

「ここまできたら暴れるつもりはないよ」

「それはよかったわ。骨を折らなくて済むから」

 冗談とも本気ともつかない一言に肩をすくめた。EXUの一員であるからには、この見目麗しい女性は数秒でリガルを殺害するにじゅうぶんな技術と意思を秘めているはずだからだ。

 十分程度の時間ではあったが、すぐに他の面々も同じエアロックを通じて姿を現した。空間はすぐに人で埋まり、最初には無機質さを感じたシャトルは人いきれに包まれる。

 EXUのリーダー格と思しきスーツ姿の男が壁際の格納座席を引っ張り出して座った。目で同じようにしろと促してくる。このまま加速すればスーパーボールのように機内を転げまわることになるので、指示に従って席に着き、体を固定するハーネスをきつく締めた。航空機と異なり、上下左右に加速度のかかるシャトルではベルトではなくハーネスが一般的だ。他の面々も同じように座席を引っ張り出しては腰かける。

 リガルは左舷側の席に座ったが、隣にはさも当然であると言いたげな顔のアキが座った。この女は何なんだ、とカルツィオを睨むも、彼は無視して手元のタブレット端末を熱心にのぞき込んでいる。白々しいったらない。

 全員が席に着いたことを確認し、男が携帯端末を取り出して何事かをぼそぼそと呟いた。直後に上下のモーメントが発生し、思わずリガルは舌を噛まないよう軽く歯を食いしばった。右に回転しながら上を向いている。恐らく斜め上方へ加速し高度を上げて、艦艇がシャトルを回収する手筈になっているはずだ。そして予想通りシャトルのエンジンが吠えたかと思いきや大きな加速度が体にのしかかる。二分ほど加速した後にそれは緩まり、微かな力で押さえつけられる程度に小さくなった後、消えた。

 機長のアナウンスによりハーネスを外すと、アキの白い髪がふわりと目の前に広がった。女の髪にしてはやけに機械製品のようなにおいがする。

「久々の宇宙はいかがですか?」

「どうせなら、もっとロマンチックに戻りたかったな。ここは夢溢れる場所なんだから」

 リガルはこれ見よがしに顔をしかめたが、アキは困ったように眉をひそめるだけだ。期待していた回答が得られず気分を害したというより、言っている意味が分からない、と困惑している。

 やがて、アキは少女のように純真な疑問を吐き出す。

「夢は、あなたの中にあるのではないですか?」

 何も言い返せないまま、リガルは逃げるように自分の両手に視線を落とし、次に何かが起こるのを切実に待った。




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