Eps.22
レイズ=バルハザール戦争の終結からちょうど一カ月が経ったある日。リガルは自身が船長を務める大型巡洋船<アクトウェイ>号の食堂で、しかめっつらをしながらグラスを傾けていた。
戦争を通じてすっかり一人前になった衛生長の手作りスムージーはどういうわけか紫色をしている。素材の色であることは間違いないが詳しいことはわからない。実際に積荷目録へ目を通して食材となりうる物品を見ているはずのリガルには、あの食材たちからどのようにしてこの色が抽出されるのかがわからなかった。
「メキシコ星系の戦い」の終盤、メキシコ・サード上空で超新星弾頭を撃墜した<アクトウェイ>は至近距離での核融合爆発にあおられ、アキと手を繋いでいたリガルは左腕を骨折してしまった。その際、ついでに健康診断を行ったキャロッサから体質改善を命じられ、この一カ月は健康に気を遣う羽目になった。命あっての物種とは言うが、生き地獄というのもまた考え物だな、とよくわからない味の液体に恐る恐る口をつける。
正面には大きなテーブルが置かれ、イーライ・ジョンソン、フィリップ・カロンゾ、ジュリー・バックがギャンブルに興じている。現金を用いた賭博はご法度なので船内通貨を発行したところ、これが大ウケしていた。
今度はイーライが巻き上げられたらしく、手札を放り出して両手で顔を覆った。フィリップがその肩を叩き、ジュリーが嬉々として彼の携帯端末と自分のそれを重ねている。どうやら彼女が勝ったらしい。手加減したらつまらないといつか豪語していたため、イーライもしばらくはリガルと同じように貧相な食事をするしかなさそうだ。
厨房へ視線を転ずれば、セシル・アカーディアとキャロッサ・リーンが、何やら食材を並べてアキと話し込んでいる。調理の手が足りないこともあるし、キャロッサが不在の場合に誰が食事を用意するのかとイーライが不安を述べた折、アキが立候補したのだ。彼女は不完全な味覚——本来は口にした物の組成を分析する機能——の弾き出した数値を人間的に解釈することが困難なため、まずは全ての味覚について認識のすり合わせから始めることにしたらしい。セシルとキャロッサは自分の手料理を振る舞い、アキは生端末というよりは成分分析機のようになってしまった。
和気あいあいと親睦を深める乗組員を肴にちびちびとグラスに口を付けていると、誰かがやってきて隣の席に腰を下ろした。金木犀の香りが鼻をくすぐる。
「行くのか?」
「ええ、次の命令があったから」
ヴィエラ・オリエガはリガルと並んで、<アクトウェイ>の乗組員が醸す喧噪を眺めた。ちらりと横目で見ると、髪と同じ濃紺の瞳の中にほんの少しの羨望が混じっていた。
「カルツィオから連絡があったんだな?」
彼の名を口に出してみても怒りは湧いてこない。驚くと同時に納得してもいた。おれはあの男と、彼がもたらした出来事を乗り越えたのだ、というささやかな満足感だけが胸の中にしみじみと沸き上がる。
ヴィエラは頷き、いつの間にか手にしていたグラスを傾けた。琥珀色の液体はどこからくすねてきたのか、リガルがキャロッサに頼み込み仕入れていた清酒だ。自分の紫色のスムージーと見比べると、リガルは泣きそうになってしまった。
サレイド・カルツィオは終戦を迎えた直後には姿を現さなかった。だが、やがて混乱に乗じて行動を起こそうとしたバルハザールの工作員が密かに用意していたセーフハウスで次々と爆発や火災が起き、終戦処理の中で巻き起こった騒動がひと段落した後で、ようやく任務に復帰した。禍根を残さないためにも、星系内に点在するバルハザールの拠点を何から何まで排除するつもりのようだ。狐に狙われれば狼でも逃げ切ることはできないだろう。
ヴィエラに声がかかったのも、カルツィオのお礼参りの一環に違いない。本来、彼女は裏仕事を生業とする身の上なのだ。
端正で整った顔立ちから視線を外し、またスムージーを処理する作業に戻ろうとすると、横から美しい指が伸びた。
「はい、これ」
手品のように、いつの間にか人差し指と中指で挟まれていた紙片を航宙服の胸ポケットに押し込む。
「なんだよ、これ」
「わたしの連絡先。今はまだ見ないで。必要になったら開いて、そこに書いてある通りに連絡してちょうだい」
驚きのあまり何も言えずにいると、ヴィエラは最後の一口を飲み干し、そのまま身を乗り出して軽いキスをした。唇が触れ合う。酒の香りを後に残して立ち上がりながらヴィエラは片目を閉じた。
おどけたその表情こそが本当の彼女だった。
「カール・メンゾンの呪縛が解けておめでとう。じゃあね、色男さん」
颯爽とその場を後にしたヴィエラの背中を見送る。
(悪酔いしそうだ)
一カ月ぶりの酒の味は甘すぎた。
ヴィエラが<アクトウェイ>を降りた翌日、カルーザ・メンフィス大佐が<アクトウェイ>を表敬訪問した。
できれば避けたいことだったが、逃げ隠れしてもこういう時のカルーザはハイエナよりもしつこい。じたばたするよりも受けて立とうと承諾した十五分後には、<ハーキス>から来たシャトルが格納庫のアームに吊り下げられて耐爆隔壁を潜るのをその眼で見ていた。
メキシコ・プライムの軌道上造船所で修繕作業を受けていた<アクトウェイ>ではあるが、ほとんど無傷だった。APS装甲は十全に機能していたし、外板の強度も予想以上だったのである。だが無理な姿勢変更や加速により、推進機構がダメージを負った。この一カ月というもの、アポジモーターや副次的なセンサー類、遮断しきれなかった放射線に晒されて溶解したケーブルの交換など細々とした整備に費やすことになった。費用はメキシコ星系政府が全額負担し、乾ドックの作業員たちも寝る間を惜しんで協力してくれた。作業を監督したフィリップにとってもいい刺激になったようで、技術屋同士の情報交換という名目で酒を飲みに出かけることもしばしばだった。
アルファ・ステーションほどではないが巨大な宇宙桟橋に係留されている<アクトウェイ>には、メキシコ星系政府から「すべてのメキシコ市民からの感謝」を捧げるべく戦勝祝賀式典への出席を再三、要請されているのだが、リガルは断り続けている。途中からは返事もしなくなった。「銀河一の大馬鹿野郎」という大見出しに市民が向け続けた侮蔑の眼差しを、リガルは忘れていなかった。たとえ今度は賛辞を受ける立場となったとしても、あんな風に大衆の面前に晒されるのはごめんだった。
広々とした格納庫内を目の前まで運ばれてきたシャトルは、いつ見ても変わり映えがしない。表敬訪問を出迎えているのは船長であるリガル、砲雷長兼副船長のイーライ、そして船内疑似人格である生体端末のアキだ。
三人の中でリガルが一歩前に出てギプスが外れたばかりの腕を組んでおり、二人は顔を見合わせながら後ろに控えている。船長と同じくカルーザを敵視してよいのか迷っていると言いたげなイーライだが、アキは迷いなくリガルに追従するだろうとわかっているだけに、なおさらどうすべきかわからないといった様子だ。
着床したシャトルからタラップが降りる。
まず姿を現したのはリズ・ブレストン大尉だ。相変わらず凛々しい国防宇宙軍の航宙服に身を包んでおり、ちらりとリガルを一瞥した後、タラップの下端左側に寄って気を付けの姿勢を取る。
そしてカルーザがタラップの上に現れた。流れるような仕草で降りてきて、ブレストンの敬礼にラフな答礼を返している。
彼は無駄のない動きで踵を返し、シャトルの左舷から正面にいるリガルらの元へ近づいてきた。ブレストンが影のように彼に付き従う。二人は視線を交わしたまま、瞬きすらしなかった。その間、両者の間にあったのはいかなる感情であろうか。名状しがたい緊張感に、イーライは思わず背筋を伸ばした。
やがて目の前まで来たところで立ち止まると、リガルは組んでいた腕を解いた。
「乗船を歓迎する、メンフィス大佐」
それは、いわば決別の言葉だったろうか。微かに声色に滲んだ怒りの色が全てを物語っている。
だが、カルーザの口から飛び出したのは突き放す言葉ではなかった。
「リガル、表敬訪問というのは方便だ。おれが<アクトウェイ>に来た理由は他にある」
「別の理由だって?」
言葉を返しながら、リガルも戸惑っていた。カルーザの口調は、軍人としてでも旧知の友人としてでもない、初めて聞く率直さを感じさせるものだった。
「そうだ。おれは、けじめを付けに来た」
言うや否や、カルーザは制帽を脱ぎ、左手で握り締めた。そしてそのまま両膝を折り正座すると、なんと両手をついて額を床へ擦り付けた。
あまりのことに、イーライたちはおろか、ブレストンでさえ驚愕していた。アキだけが冷静に金髪の頭頂部を見下ろし、リガルは身を固くしている。
「おれがお前を気遣っていたのは本当のことだ。友人として想う心に偽りはない。だが、同時にお前を再起不能の軟弱者として扱っていたことも否定できない。はっきり言って、落伍したお前とおれを比べて優越感に浸っていた。メキシコ・サードでお前に怒鳴られ、ようやく気付いた。お前はおれにとって、唯一無二の友だ。そのお前を失望させてしまって、すまなかった」
恥も外聞もないとはまさにこのことか。全てを金繰り捨ててひたすらに謝罪するカルーザの姿は衝撃的であれど、不快ではなかった。むしろ高潔とさえ感じられた。
しばらくの沈黙の後、ようやくリガルは膝を折る。カルーザの肩を叩き、顔を上げさせた。
「よせ、カルーザ。部下の前だ。みっともないことをするなよな」
なおも頭を下げているカルーザに、リガルは心の奥底に仕舞い込んでいた感情が溢れ出すのを止められなかった。
「謝るのはおれのほうだ。素直に、お前を頼ればよかった。おれは、お前の逆だ。勝手に卑屈になっていて、その傷をなじられたような気がしたから……だから怒ったんだ。でも、これでおあいこだ。親友の情けない姿はもう見たくない」
「リガル……」
「さっき言ったよな、表敬訪問は方便だって」リガルの眼から、最後に残っていたわだかまりが零れ落ちた。「いい機会だ。お互い、話すことがたくさんあるんじゃないか?」
「ああ……ああ、そうだな」
互いに深まってしまった溝を涙で埋めるように、二人の青年は泣き笑いを浮かべながら固く手を握り合った。彼らの部下たちは、その様子を微笑みと共に真摯に見守っていた。
表敬訪問というからには本来であれば船長室でもてなすのが慣習なのだろうが、リガルはカルーザを食堂へ案内した。船長室に行っても大層なもてなしができるわけでもないし、どうせなら乗組員と共に同じ釜の飯を食おうというわけだ。カルーザもリガルの意図を察し、二つ返事で了承した。
「で、まだ返事をしてないのか。星系政府からの招待なんだろう。受けておいて損はないし、何より第四機動艦隊のクライス・ハルト中将も直々にお前に会いたいと言ってるんだ。ノーマッドとして箔がつくってもんじゃないか?」
キャロッサ特製、巨大なミートボールパスタをフォークに巻き付けながらカルーザが呆れたように言った。かえってリガルは、健康志向ということで緑黄色野菜をふんだんにあしらったジェノヴェーゼをフォークで突いている。塩分は過剰なほど控えめだ。
「あの高慢ちきな機動艦隊司令官は関係ない。いくら第四機動艦隊のおかげで戦勝できたといっても、それはレイズの問題でおれの問題じゃないからな。それに他意はないが、『銀河一の大馬鹿野郎』と散々に言っておいて、いまさら掌を返されても真に受けられるわけがないだろ」
「まあ、確かにな。ところで、新しい二つ名があるが、そっちはどうなんだ。感想のほどを聞かせてくれよ」
「はあ?」
ミートボールとパスタをいっぺんに頬張り、もごもごと口を動かしながらカルーザはフォークの先を振った。
二人が腰かけるテーブルには、他にイーライとブレストンが同じように座ってパスタを啜っており、リガルの少し後ろにアキが控えている。三人は黙したまま、二人の会話をそれとなく聞いていた。
三人からすれば、戦時とはいえ連合警備隊の副本部長と国防宇宙軍第一艦隊を歴任し武勲を挙げた大佐と、レイズ=バルハザール戦争の最初期から戦場に身を置き、あらゆる障害を単艦で跳ね除け勝利へ導いたノーマッドが同じ卓につき、さもない食事に舌鼓を打ちながら話し込む光景が真新しいことだろう。だが、士官学校時代は、正にこうした光景こそが二人の青春であり、ようやく取り戻した友情の証なのだ。
ジュリーやフィリップらは、食事も早々に先日とは別のギャンブルを考案し、ラップトップコンソールでソフトを製作してまで騒いでいた。リガルとしては、その輪の中にキャロッサがいることだけが不安要素だったが、目付け役としてセシルを潜入させているから問題ない、はずだ。
「なんだ、聞いてないのか。いま電子新聞はどこもかしこもお前のことで持ち切りだってのに」
「嫌な思い出があるから、見ないようにしてるんだよ。だが、その新しい二つ名が気にならないわけじゃないぜ」
「聞いて驚くなよ、なんと」パスタを飲み込み、カルーザは満面の笑みを浮かべた。「『宇宙一の大馬鹿野郎』だと。おめでとさん、ひとつかふたつはスケールアップしたな。まあ、おれもそうだが、軍のお偉いさんが大勢見ている中での急発進は、なかなかに見物だった。カール・メンゾンの時とは比にならんほどの勢いで新しい名前が広がっているのもさもありなんという感じだ」
憮然としたまま黙り込むリガルの横から、アキが首を突き出した。
「メンフィス大佐」
「カルーザでいいよ、アキ」
「では、カルーザ。お聞きしたいのですが、カール・メンゾンとは三年前のカール・メンゾン船団襲撃事件のことですよね?」
「そうだが……なんだ、リガル。お前、彼女に事件のことを話してないのか」
憮然とした顔で、リガルは頬に跳ねたバジルソースを手の甲で拭った。
「まあ、な。克服できたのは最近だし、わざわざ話すことでもないし」
「ふむ」気乗りはしないが拒絶する様子でもないリガルを見かねて、カルーザはフォークの手を止めた。「ジョンソン、君はどこまで知ってる?」
突然に水を向けられたイーライが喉に詰まらせて咳き込んだ。水を飲んでから記憶を頼りに答える。
「カール・メンゾン宙運会社が運航する六隻の輸送船が、ハウスト星系で海賊船の大集団に襲われた事件でしょう。国防宇宙軍で採用されたばかりの新型対艦ミサイルを運んでいたために、国防宇宙軍の一個戦隊が護衛にあたっていたとか」
「おおむねその通りだ。だが事実は少し異なる。いや、かなりかな」
「というと?」
「護衛艦として派遣されたのは、アゼッタ級駆逐艦<ケイ>、ただ一隻だけだったのさ」
「なんですって!?」
驚いたのはイーライではなく、ブレストンだった。フォークを皿の上に取り落とし、乾いた金属音が閑散とした食堂に反響する。
「ですが、公式発表では少なくとも三隻の駆逐艦と、一隻の軽巡洋艦が帯同していたと。まさか、相手取った海賊船団の規模も誇張されていたのですか?」
「そこが味噌なんだ」カルーザは咳払いし、マグカップの紅茶を一口飲んだ。「まず、当時は連合警備隊が深刻な人材不足でじゅうぶんな数のフリゲート艦を配備できていなかった。そしてアルファ・ステーションを中心にコロニカル・メビウスを通じた貿易が史上最高の黒字を叩き出していた。だから当時の第二管区保安本部から、国防宇宙軍へ護衛艦派遣の要請があったんだ。積荷は軍のものだし、より確実な護衛体制を構築するのであれば軍用艦艇が望ましい、とかなんとか理屈をつけたのさ」
「だが、国防宇宙軍にも動かせる戦力がほとんどなかったのですね」
「軍縮の煽りをもろに受けていたのは、正しく国防宇宙軍のほうだったからな。とにもかくにも国防宇宙軍はこの要請を承諾したわけだが、本当は駆逐艦三隻の編成となるはずだった。しかし当事者であるカーレ星系の星系防衛軍にとっては、配備されている戦力の全てを放出するのと同義だった。そこで白羽の矢が立ったのが、国防宇宙軍きっての期待の星である砲雷長が乗り組んだ駆逐艦<ケイ>だった。そこから船団が襲撃されるまでは報道の通りだが、実際に<ケイ>が相手取ったのは高出力の荷電粒子砲で艤装した大型の海賊船三隻、武装商船八隻の一一隻だ」
当時の出来事を話すカルーザと当事者だったリガルは思い出すまでもない内容なのか、淡々と食事と話を進めている。しかしイーライやブレストンにとって、政府が偽の公式見解を発表していた事実は多大な衝撃を二人に与えた。アキは熱心に話を聞いており、頷いて先を促す。
「しかし、実際にリガル船長はこうして生きておられます。戦闘はどのように推移したのですか」
「流れとしては、奇襲を受けた初弾で<ケイ>の左舷が荷電粒子砲でふっ飛ばされた。その時、艦橋に詰めていた要員の半数が死傷。その中には艦長も含まれており、砲雷長だったリガル大尉が指揮を引き継いだ。こいつも大なり小なり傷を負ったがその程度でへこたれるほどやわじゃない。リガルは<ケイ>を立て直し応戦したが、多勢に無勢、傷ついた駆逐艦では火力差を覆せない」
「もしかして、カール・メンゾン船団が輸送していた積荷の新型対艦ミサイルを使ったのですか?」
「よくわかったな、その通りだ」アキの横で、リガルが拍手して茶化す。「対艦ミサイルにはガンマ線レーザーを励起させるための核弾頭が装備されていた。ミサイルとはいっても火器管制には繋げていないから誘導はできない。リガルは輸送船に乗り組んでいた技官に命じて海賊船団のど真ん中にそのミサイルを撃ち込んで起爆させ、貧相な敵のセンサー類を丸焦げにすることで形勢逆転した。おかげで輸送船には傷ひとつ無く、<ケイ>は任務を全うした」
「なら、大団円なのではないですか?」
「ところがどっこい、そうともいかなかった」
ジェノヴェーゼの攻略を放棄したリガルが横から口を挟む。その表情には少しの苦々しさがある。
「任務は果たしたが、それを世間にどう説明するかで国防委員会は頭を抱えた。護衛艦が足りないと言えば連合警備隊の不手際になるし、なぜ一隻しかいなかったのかとなれば国防宇宙軍の不手際となる。下手を打てば連合評議会への批難は避けられない。逆に、あまりにも戦果を誇示すると予算が削られるかもしれない。本来なら六隻の船団を護衛するのに駆逐艦二隻は必要だが、一隻でこれなら……というわけだ。あの時は珍しく敵の数も多かったから、そんな風に財務委員会が抗弁する可能性は大いにあっただろうな」
「そこでサレイド・カルツィオの出番というわけだ。彼は軍の発表内容を捏造し、ジョンソンやブレストンが聞いた通りの筋書きを世間に喧伝した。あまつさえ、好奇心のあまり新型兵器の試射を独自判断で行ったとか、戦隊指揮官の命令に逆らい好戦的な命令を下したとか、あることないこと混ぜ込んだうえでな。結果として、『銀河一の大馬鹿野郎』という大見出しと共に、リガルひとりが泥を被り除隊することで決着がついた」
カルーザが引き継いだ説明に、リガルはまるで他人事のように頷いた。
「だが、人の口に戸は立てられない。ヴィエラにも言われたが、『銀河一の大馬鹿野郎』の名声は、知る者にとっては英雄に等しい意味を持つ。国防宇宙軍人としてはこれ以上ないくらいの働きぶりだったって自負してるんだぜ。カルツィオは軍縮の進む軍内の不満がおれに集中して、体制転覆のような革命騒動に発展するのを恐れたんだろう。アステナもそんなようなことを言ってた。今となっては、彼の心情も理解できるような気がする」
「そうだろうな。お前は謹慎したりで外の状況がわからなかったろうが、同期の間でも血気盛んな議論が盛り上がっていたんだ。どうにか宥めるのに苦労したこともあった」
静まり返ったテーブルの中で、やはりリガルとカルーザだけが飄々とした様子で食事を再開した。
ようやく話の全容を理解したブレストンが、おずおずとリガルの顔を覗き込む。
「リガル船長は、この機に名誉挽回をしないのですか。今なら、あなたの言葉に市民は耳を傾けるはずです。本当の英雄として凱旋できます」
一向に減らないジェノヴェーゼから顔を上げ、リガルは頭を振った。
「そんなの、意味ないだろ」
「なぜですか。意味ならありますよ。あなたは国防宇宙軍でのキャリアを閉ざされたのですから、取り返そうと思われないのですか?」
「心底、どうでもいいな。正直、軍にいたよりも多くのものが手に入ったから、これでよかったと思ってる。紆余曲折もたまにはいいもんだ」
さらに何かを言いかけたが言葉にならなかったのか、ブレストンは助けを求めるようにカルーザを見た。彼はといえば、くつくつと笑いながら面白がっている。
「ブレストン、リガルが士官学校に入った理由を知ってるか?」
「いえ、存じ上げません。軍人として栄達を目指していたからでは?」
「それは目的じゃなくて手段だったんだよ」
「どういうことです?」
「こいつは本当は、航宙管理委員会の管轄する航路開拓船に乗りたかったのさ。ところがこのご時世、そんな話が出てくることもなく、予算縮小で計画は凍結。だから妥協して軍人になった。航宙艦の艦長を務めれば、いつか自分に出番が回ってくるという望みをかけてたのさ」
「はいはい。所詮、おれは妥協の産物だよ」
そう言い、笑い合う青年二人。ブレストンも、イーライも、アキでさえも、この二人を見る目がより一層の畏怖に満ちたものに変わっていくのを自覚せざるを得なかった。
と、リガルのモブが鳴る。航宙服のポケットから取り出して画面を表示すると、メキシコ星系政府首相と第四機動艦隊司令官の連名で、半ば脅迫に近い式典参加要請が届いていた。
ふと画面から顔を上げると、カルーザの視線とぶつかる。頭の固い連中には何を言っても無駄さ、と彼が肩を竦めたので、リガルも苦笑しながら返事を打ち込んだ。
「断ったんだろうけど、なんて言ってやったんだ?」
「決まってるだろ。『くそくらえ』さ」
「それでこそリガルだ」
一頻り声をあげて笑うと、カルーザは平らげた皿をテーブルに置いて立ち上がった。そのままリガルの肩を優しく叩き、取っ組み合いの喧嘩をしそうなほど盛り上がっているギャンブル組のテーブルへ近づく。
「こら、貴様ら。不良船長に絆されて違法賭博とは感心せんぞ」
「おっ、いけすかない頭でっかちの大佐どのも参加するらしいさね」
「おいおい、ジュリー。お行儀の良いメンフィス大佐がこんな阿漕なことするわけねぇだろ。行儀のいい警備隊員さまじゃあ……ああ、今は堅物の国防宇宙軍に鞍替えしたんだったか?」
「フィリップ、あなたは勝ってるからって余裕そうね。星読みの博打を見せてあげるから、さっさと賭けなさい」
「カルーザさん、わたしの代わりにお願いします。どうも慣れなくって、すっかりおけらなんです」
「か弱いミス・リーンをカモにするとは。潜入捜査ということでおれが相手をしてやる。貴様らの船長よりも強いぞ、おれは」
あろうことか現金まで出す勢いの上官を遠目に見て、ブレストンが額を抑えて頭を振る。イーライが気づかわし気な笑みを浮かべた。
「人付き合いのいい上司じゃないか。この船の中なら、どんなヘマをしても勤務評点には響かないから安心しなよ」
「いえ、そうではなくって」
「うん?」
「わたしは、まだあの人をファーストネームで呼べてないのに」
そう言って恨めし気にキャロッサを睨むブレストンを見て、呆れかえったイーライが目玉をぐるりと回す。リガルが声をあげて笑うと、アキが理解できないとばかりに首を傾げた。
「どういうことでしょうか」
「さあな。たぶん、どいつもこいつも馬鹿ばっかりってことだろ」
「わたしもですか?」
「もちろんだ。嫌か?」
すると、アキは少し考えた末、初めて見せる自然な笑みを浮かべた。
「いいえ。不思議といい気分です」




