エピローグ
「どうも。半年ぶりですね」
「君か。壮健なようで何よりだ。バルハザールの手にかからなくて僥倖だった」
「彼らはレイズばかりを目の敵にして、こちらにはちっとも目もくれませんでしたから。わたしとしては動きやすい限りです」
「不倶戴天の敵なのだ、彼の国は。本邦に幸運の女神が微笑み、彼らは見捨てられた。今次戦争はその結末に過ぎない」
「歴史は真空に刻まれる、と。驚くには値しませんね。何しろレイズ=バルハザール戦争では歴史書に記す稀有な出来事が多かった。驚天動地が連続する中で、成り行き任せの部分すべてが首尾よくいって何よりです」
「ほとんどは貴官の手柄だ。我々の諜報網ではあの設計図まで入手はできなかった。最後の鍵はあの図面だよ」
「それを言うなら、彼を推薦したあなたの功績です。そうですとも、『宇宙一の大馬鹿野郎』ですよ。あの男は本国でも重要観察対象となるでしょうね。レイズはあのような隠し玉を他にいくつ持っているのですか?」
「懸念には及ばん。あれほど扱いにくいうえに大抵の軍人より優秀な男など、複数いれば我が国が傾くというものだ。そう、今や彼はただの男だ」
「計り知れない男ということですか。いえね、まったく同感なのです。仮に同じ性能の艦船を与えた所で、バレンティア航空宇宙軍の中にあれだけの働きができる艦長が何人いるか」
「謙遜も度を過ぎれば……まあ、何も言うまい。それで、要件を早く言いたまえ。わたしもそれほど暇を持て余しているわけではないのでね」
「では直截に。銀色の無人艦隊ですが、出所がわかりました。超新星弾頭と同じ旧ロリア圏です」
「大雑把だな。せめて星系単位で特定できないものか」
「不可能ですね。そちらの国防宇宙軍が残骸を解析した結果にも目を通しましたが、いかなる部品であれ独立規格で製造され、いかなる国家、集団の関与も推測できる材料はありませんでした。独自に解釈するのであれば、オリオン腕には未だ人類の知り得ない、人類の他にはあり得ない文明が存在するのだと推察するしかありません」
「君の言葉には多くの矛盾があらわれるが、今回は極めつきだ。銀河連合の目を逃れた文明が存在するなどありえんよ」
「百年前の大戦で、内省派が勝利しました。その後、新たに開拓された恒星間航路はいくつですか? 銀河連合は海賊対策と戦災復興に百年間を費やした。別の勢力はこの百年間で何を為したでしょう? そう、誰にも答えられない。人間が地球という限られた生活空間で争っていた時代であれば、何も音沙汰が無いということはあり得なかった。たとえどんなに秘匿措置の施された事象であったとしても。ですがここは宇宙です。人間がその世界観を断絶させるに足る暗闇が、広大無辺に横たわっている」
「君の言葉をそのまま信じるのであれば、拡張派は未だどこかで息づき、牙を研いでいるということになる。だが地下活動をしているならまだしも、人類社会から隔絶された星系や惑星でどれほどの文明を再興できるというのかね。内省派の首魁たる貴国が牛耳る銀河連合に付け入る隙などなかろう」
「だが、あの男に最高の船を持たせて送り出した。ウィルスに対するワクチンのように。予防接種として被害を減じる働きをすれば御の字だ」
「————」
「やはりわたしの直感は正しかったようだ。あなたは<アクトウェイ>を通じて、この銀河に迫りつつある脅威に対抗しようとしている。皮肉なものですね、三年前には自らの手で凋落させた人間だというのに、今度はこうして取り立てているとは」
「わたしは常に、国家に奉仕することを至上の義務としているにすぎない。オリオン腕が揺るげばレイズも無事では済まない。それだけのことだ」
「だからこそ、我々は手を取り合うことができる、と。大いに結構です」
「引き続き協力いただけるのかな」
「もちろんですとも。それだけお伝えすればじゅうぶんでしょう……それでは」
「待ちたまえ」
「はい?」
「君はリガルをワクチンだと言ったが、訂正しておこう。彼はそんな陳腐な表現におさまる人間ではない。<アクトウェイ>の向かう先が冒険の舞台となるだろう。我々の予測と期待はことごとく裏切られる未来が待っている」
「それは予言ですか」
「人類がこの鬱屈とした時代に拘泥する間、あの男だけが真摯に宇宙を見ていたのだ。宇宙は真に純粋なものをこそ受け入れる。百年の怨嗟を蓄えた拡張派だろうと、誰もリガルを止めることはできない。もちろん、バレンティアにもな」
「言いたいことはそれだけですか」
「ああ、それでじゅうぶんだからな」
人いきれの途切れた路地裏の喫茶店、軒先からはみ出したテーブルから灰色の男が立ち去っていく。
サレイド・カルツィオはようやく訪れた青天の下、解放を祝う市民たちに視線を投げた。そして微かに笑みを浮かべてアイスティーを飲み干すと、男が去った向きとは逆方向に足を踏み出した。
希望と絶望。その二つがこの宇宙に解き放たれたのだとしたら。
「より自由なほうが生き残るだろう」
いつのまにか口の端に浮かんでいた微笑みを消し、カルツィオは足を早めた。
——遼遠のノクス・リーガル、完




