Eps.20
銀河連合は単一議会で構成されており、オリオン腕に存在する二十七ヵ国すべてが加盟している。
つまり、星々にあまねく広がる人類生存圏の意思を代表する国際機関であり、公宙法をはじめとする法令の制定権からその執行に至るまでを監督する組織だ。
バルハザール民主共和国によるレイズ星間連合への宣戦同時攻撃は、明らかな国際法違反であり、連合裁判所による判決を待たずに評議会議長の命を受けて武力による鎮圧と平和維持活動の実施が決定された。現在までのところ防戦を強いられているレイズ星間連合の救援が第一義だ。
先鋒を担ったのはオリオン腕大戦における戦勝国、かつ現在に至るまで唯一の超大国であり、人類社会の盟主たるバレンティア連邦である。
かの国の航空宇宙軍機動艦隊は一から八まで存在する大規模な機動兵力であり、一個艦隊で他国の国家正規軍を相手取り圧倒する戦闘力を誇る。今回派兵された第四機動艦隊は、オリオン腕の反対側に位置する旧ロリア連合領に先頃まで駐屯していた艦隊であり、本国への帰途で補給のためにアルトロレス自治領に寄港していた折、連合評議会議長の命令を受けたのだった。
レイズ=バルハザール戦争は奇襲に端緒を持ったことから、第四機動艦隊司令官クライス・ハルト中将は短期決戦を目論んだバルハザール宇宙軍の動きを掣肘することで戦争の早期終結を狙うこととした。そのため、二分した艦隊の一方をバルハザール民主共和国の首都星系であるリャーウル星系に差し向けた。同星系にはなけなしの防衛部隊しかおらず、無血開城と相成った。六〇隻とはいえバレンティア連邦の航宙艦に対抗できる戦力は、バルハザール宇宙軍には無かったのである。
レイズ国防宇宙軍とは異なる設計思想で建造されたと思われる艦艇が、群れを成してメキシコ・サードへ向かっている。長い会議卓の中央に浮かぶホログラフが投影する第四機動艦隊を畏怖の目で見つめる面々の顔はどこか明るい。何しろ、彼らは平和の使者だ。防衛戦争を戦っている国防宇宙軍にしてみれば、第四機動艦隊は友軍なのである。
近距離のレーザー通信で仮想参加しているリガルの横にはイーライとアキがいる。第二、第三艦隊は間もなくメキシコ・サードの衛星軌道に到達する。ヴィエラは同席していないが、きっと何かしらの手段で盗聴していることだろう。
咳払いをして、ギンズ・バルトロメオ大佐が注目を集める。彼も疲れ切っている様子だが、機動艦隊の威容を前に少しばかり安堵している様子だ。
「第四機動艦隊の兵力は一二二隻。定数が二四三隻だったはずですから、リャーウル星系に残した六〇隻を勘案すると、恐らくカーレ星系方面にも六〇隻ほどが差し向けられていると推察されます」
息を飲む声が聞こえる。隻数だけで語るならばそうなのだが、バレンティア連邦の艦艇は全てが多額の費用を注ぎ込み、軍縮の時代にありながら最高峰の戦闘力を持つ。駆逐艦であっても、下手をすれば国防宇宙軍の軽巡洋艦では相手にならないほどの精強さで知られているのだ。実際には、メキシコ星系にいるレイズの第一から第三艦隊が束になってかかったところで、六〇隻の分艦隊を打ち負かすことはできないだろう。
思案顔のアステナ・デュオ少将が黒髪を撫でつけながらコンソールを操作し、レイズ領宙に属する全ての星系を繋げた宙域図を三次元ディスプレイに表示させた。最もバルハザールに近いメキシコ星系が点滅して現在位置を示す。
「となれば、今も星系外縁部を進み続ける戦隊アルファの残兵が逃げおおせる可能性は皆無というわけだ。では、なぜ奴らはいつまで経っても動きを変えない?」
誰しもが感じていた疑問を彼が言い放つと、幕僚たちは顔を見合わせるばかりだった。アステナの言う通り、宇宙が爆発するほどの奇跡が起こらない限り、キンジャール中佐の命運は尽きている。これ以上の抵抗は無駄なのだから、第四機動艦隊に投降して然るべきだ。戦争指導とは遠い位置に在る彼の立場を説明すれば、戦後裁判での情状酌量はじゅうぶんに見込めるはずだ。
イーライが横目でリガルを見る。リガルもまた憮然とした視線を返した。二人にとって現下の状況に対する認識は軍人たちとは大いに異なる。
その様子を目敏く看破したのはバルトロメオだった。彼は腰を浮かせ、机上に両手をついて前のめりになりながらリガルを見た。
「リガル船長、何か気付いたことでもあるのかね?」
全員の視線が不遜な男に集まる。今やリガルは一介の放浪者ではなく、この戦争でレイズの勝利に貢献した英雄としての名声を確固たるものとしていた。この艦隊の誰もが、<アクトウェイ>に借りがあった。銀河一の大馬鹿野郎の名誉挽回を果たしたともいえるが、藁にも縋るようなこの雰囲気がリガルはあまり好きではなかった。
アキを見る。黄色がかったブラウンの瞳がふと遠くを見つめ、次の瞬間にはリガルの黒い瞳の上で焦点を結び、微かに頷いた。こうした事態を想定して、彼女には必要に応じてヴィエラに情報開示の許諾を得るよう命じておいた。ゴーサインが出たのだ。
リガルは居並ぶ軍人たちを順々に見つめた。誰しもが、この男が何を言い出すのかと目を輝かせているではないか。
悪いが、吉報じゃないんだ。そう心の中で呟いてから話を切り出す。
超新星弾頭についての説明はすぐに終わった。話し始めると、彼らは驚き、次いで疑い、そして憤怒を露わにした。
「君は」幕僚の一人が首まで顔を赤くして怒鳴る。「それほど重要な情報を知りながら、いまこの瞬間まで黙っていたというのか!?」
「そうだ」
卓の反対側にいる別の若い幕僚が両手で顔を覆った。
「なんということだ。そのような兵器がバルハザールで実用化されていたとは……情報軍は何をしていたんだ」
「さあな。だが、情報軍の力不足というより、サレイド・カルツィオだからこそ、この情報を知り得たんだとおれは思う。彼は人間としてはいけ好かない男だが、一人の情報軍士官としてはこれ以上ないほどに優秀だ。少なくとも、何も知らないまま戦勝気分に浸っているよりは状況が好転したといえるんじゃないか」
「この期に及んで情報軍の肩を持つのか、この——」
「見苦しい真似はやめんか!」
バルトロメオが怒鳴り、テーブルを平手で叩いた。激高したり青ざめていた幕僚たちが一斉に口を閉じる。
「小職の見解にはなるが」一転して静かだが、よく通る声でバルトロメオが言う。「リガル船長の判断が誤りだとは思えない。仮に、道中で超新星弾頭の存在を知っていたら、戦闘に集中することはおろか、敵に動向を悟られて先手を取られていたに違いなかろう。今の馬鹿騒ぎがその証拠だ。情報軍のやり口は確かに気に食わないが、彼らが仕事をしたからこそ、いま我々が事実を知り、対処することができるのだ。各々が最善を尽くした結果だ。そうではないか?」
全員が椅子の上で居住まいを正す。会議室の雰囲気が落ち着いたことを見て取ると、バルトロメオは今度はアステナへ視線を転じた。
「アステナ司令官、キンジャール中佐の指揮する戦隊が撤退も攻撃もしないのは超新星弾頭の起爆タイミングを見計らっているからで間違いありません。となれば、我々は今後の一挙手一投足に細心の注意を払わなければならないでしょう。不用意な行動が大勢の人間の死に直結します」
「参謀長の言葉通りだ。しかもキンジャール中佐がリガル船長に怨嗟の念を抱いているとしたら、翻意させるのは不可能だろうな。つまり、超新星弾頭を見つけ出して無力化させるしか事態収拾の道は無い」
「小職も同感です。幸い、兵器の性質上、メキシコ・サードの衛星軌道内に存在するのは確実でしょう。問題はキンジャールに悟られないように捜索を行う必要があることです」
無精髭の生えた顎をさすりながら、アステナはホログラフの中でゆっくりと近付いてくるバレンティア航空宇宙軍を睨んだ。
「それともうひとつ、第四機動艦隊に通信を送るわけにはいかん。万が一、通信が傍受されてこちらが気付いていることを気取られたら、キンジャールはすぐに発射ボタンを押してフォーマン星系への跳躍点から脱出するだろう。第四機動艦隊は燃料補給の都合と我々に接触するため、メキシコ・サードに向かっている。予想到達時刻は?」
一瞥を受けた先ほどの若い幕僚が慌ててコンソールを打鍵し、結果を弾き出す。
「ジル星系方面の跳躍点からメキシコ・サードの現在位置まではおよそ十二光時、五日と半日がかかる距離です。既に第四機動艦隊が姿を現してから二日が経過していますから、残り時間は三日と半日といったところでしょうか」
「となれば、三日だな。それも最大限に見積もっての話だ。我々がメキシコ・サードに到着するまであと半日はかかるから、捜索に費やせるのは二日半が精々だろう」
「数億人の運命が左右されるにしては、あまりにも短い時間です」幕僚の一人が悔しさの滲む声で漏らした。「せめてあともう一日あれば……」
「その一日で確実に見つけられるという保証もないぞ、少佐。我々は最善を尽くすのみだ」
話を聞いていたリガルが手を挙げて発言を求め、アステナは即座に頷いて促した。
「艦隊の将兵には周知するのか。人の口に戸は立てられない。もし超新星弾頭についての噂が周囲のヘリウム採掘船に伝わろうものなら、とんでもない大混乱になる。皆、我先にとメキシコ・サードから逃げ出していくに違いない」
「君の指摘は正しい。だから臨検やシャトルによる捜索はできるだけ控える。第一艦隊に対しても同様だ。メンフィス大佐が合流するまであと二日といったところだが、彼に話すのはそれからだ。弾頭の捜索には光学機器による走査を主軸とする必要があるだろう。<アクトウェイ>にも協力を要請する、リガル船長」
「もちろんだ。ここまで来たら、地獄までもついていくつもりだよ」
アステナは瞑目した。
「心から感謝する。まったくもって心強い限りだ。参謀長、到着後すぐに行動を開始したい。必要最低限の人員を集めて計画を立案してくれ。一秒でもはやく取りかかるのだ」
「了解いたしました、閣下」
会議が終わり、各々が席を立つ。同時にホログラフが消え、会議室は<アクトウェイ>の中にあるもののひとつに戻った。視覚的に拡張されたように見えていただけでこの部屋にいた人数は変わらないというのに、人いきれが途切れて閑散とした印象を以てしまう。
「これで状況が好転すればいいのですが」
溜息と共にイーライが卓に突っ伏する。その肩を元気づけようと軽くたたいてやった。
「とにかくやるだけだ、イーライ。すぐに船橋に戻ってセシルと話をつけてくれ。彼女のことだ、もう行動に移してるだろうが、場合によっては本船のセンサーをデータリンクを介してアステナに使ってもらうことになる」
「了解。船長はいかがなさいますか?」
「少しここに残って会議の記録を見返してみる。何か気付くかもしれないし、こういう時、おれは独りのほうが都合がいいんだ」
ちらりとイーライはアキを見る。彼女は当然ですと言わんばかりに部屋に残るつもりらしい。リガルも何も言わないことから、得心したように頷いた。
「わかりました。とにかく、できることから始めるしかない。キンジャールのくそったれに一泡吹かせてやりましょう」
「そういうことだ。頼んだぞ」
イーライは立ち上がって敬礼しかけたが、苦笑いしながら手を下ろし、会釈して会議室を出ていった。
そのまま椅子に座ったまま呆けたように正面を見つめているリガルを、アキは不思議そうに見る。
「船長? 会議の記録を再生しないのですか?」
「そろそろだ」
はて、とアキが行儀よく首を傾げた時、来訪を告げるブザーも鳴らさずにハッチが開いた。
ヴィエラ・オリエガが足早に会議卓を回り込んで、アキとは反対方向、左から横向きに顔を視界に突き入れてくる。
「勝算はどれくらい?」
やはり盗聴していたのだろう、挨拶も抜きにして本題に入った。
「さあな」芝居がかった仕草で頭の後ろで手を組み天井を見上げる。「愚かなバルハザール軍とはいえ、超新星弾頭の持つ戦略的意義を理解していないはずがない。弾頭が存在するのは間違いないが、その所在を突き止めるのに二日半は短すぎる。いい方向に向かっているが、元の状況は非常に芳しくない」
「<ラウザハウ>が被弾したのは不運だったわね。捜索するうえで優秀なセンサーを持つ船は大いに越したことが無いでしょうし。まさか、敵はそれを見越してあの重巡に集中攻撃を?」
「いや、それは偶然だろう。<ラウザハウ>の存在が知られていたとして、レイズ艦隊の目を潰そうという合理的判断がたまたま敵にとって有利に働いたに過ぎない。戦隊アルファ、いや、メキシコ星系のどのバルハザール軍将兵にそこまで機転を利かせる奴がいたなら、もっと苦戦していたはずさ」
ぐいと顔を近づけて、ヴィエラはリガルの肩に手を置いて目を合わせた。
「悪ぶっている場合じゃないわよ、リガル。どうして残るなんて言ったの。状況は絶望的で、今すぐにでも逃げるべきだわ」
保身から出た言葉なのかと思い、リガルは沸き上がった怒りをそのままぶつけようと口を開きかけたが、思いとどまった。ヴィエラが言っているのは、要するにこういうことだ。
せっかく掴んだ自由を手放すような真似をどうしてするのか。
それがノーマッドなのか。それとも元軍人の責任感か?
じっと彼女の紺碧色をした瞳を見つめながら自問し、やがてリガルは口の端を持ち上げて笑った。
「何を笑っているの」
「おれはさぁ、二年も待ったんだ。その前に、頭がどうにかなるんじゃないかと思えるほどの屈辱と挫折があった。カルツィオがこの船をおれに預けた時、当然の報酬だと思いこもうとしたが、駄目だった。これ以上ない自由を得たのは確かだ。だけど、そのためには代償が要る。そうじゃなきゃ、おれの心の法則に反するのさ」
「それが、この戦争で大勢の人命を救うことだと?」
「自己満足だけが理由じゃない。この大仕事をやり遂げれば、<アクトウェイ>はどんな荒波も超える良い船になる。風波は、常に優秀な船乗りに味方するものだ」
古い格言にヴィエラは身を引き、髪を掻き上げながら溜息をつく。そしてリガルを見つめ返したその眼は、今までの彼女らしからぬほのかな温かさをたたえていた。
「決意は固いようね。いいわ、わたしもいまさら口を挟むつもりもないし。たとえ泥船であっても降りはしない」
「ありがとよ」
「幸運を祈るわ、リガル。あなたのじゃなくて、この船のね」
心から絞り出した言葉を残し、ヴィエラは会議室を後にした。少ししてリガルは立ち上がり船橋へ向かおうとしたが、ふと気付いたようにアキを振り返る。
「アキ、ついてきてくれるか」
白い女は微笑んだ。
「どこまでもお供いたします、船長」
*
長いが短すぎる二日間が無慈悲に過ぎていった。
メキシコ・サード周辺軌道には、レイズ星間連合第一から第三艦隊が集結していた。ただでさえヘリウム採掘船や集積プラントでかなりの密度となっているこの宙域に、国防宇宙軍の主力艦が全て揃ったことになる。<アクトウェイ>を除き八三隻という大所帯だ。今も接近し続けるバレンティア連邦航空宇宙軍第四機動艦隊と比べれば寡兵ではあるが、傷ついた船が醸す雰囲気は頼もしく、国防の責を果たした満足感に微睡んでいるように見えた。
将兵の中でも末端に位置する大勢にとっては、間違いなく戦勝気分であったことだろう。だが超新星弾頭の所在不明という情報を知っている一部の者にとっては悪夢に等しい。今すぐにでも、どこからともなく弾頭が発射されて視界を覆わんばかりに巨大なガス惑星が太陽と化すのではないかと気が気でなかった。
ここまで激戦を切り抜けてきたアステナ・デュオ少将とその幕僚たちも例外ではなく、表面上は淡々と職務を遂行している。しかし内心は、暗闇で獣の足音に怯えるような、戦々恐々とした心情を抑えることができなかった。
例外だったのは、<アクトウェイ>と<ハーキス>だった。もはや誰しもが、リガルとカルーザ・メンフィスを侮ることはできなかった。この二名は辿った道程が対照的で型破りな存在であるものの、これまでの功績が二人の実力に疑問を差しはさむ余地を与えなかった。終戦すれば、勲章授与式典には確実に二人の顔が並ぶだろう。レイズ=バルハザール戦争における彼らが果たした役割は極めて大きい。たとえ国防宇宙軍の輝かしい経歴に泥を塗る結果となろうとも、星間連合議会は名誉を称え、彼らを模範として一層の精進を皆に求めるに違いない。
当事者であるリガルは、とことん気に入らなかった。カルーザは結局、友人の気心を一考だにせず人生を決めつける男だったのか……カール・メンゾン船団襲撃事件で被った「銀河一の大馬鹿野郎」という汚名を返上したことは、間違いなく彼の思惑通りに違いないが、何よりも独立不帰を座右の銘とするリガルの信条がわからないカルーザではないはずなのだ。
思想や大儀をかさに着て他者の意思を無視するその独善性こそ、リガルが最も忌み嫌うものだった。
一方で、カルーザのほうはリガルのことを相変わらず盟友と信じているらしい。滑るように軌道に入ってきた<ハーキス>は目を見張るほどの操船技術で、わざわざ<アクトウェイ>のすぐ右隣りで停止して見せた。二人の名と関係性を知る者にとってはとても象徴的な仕草に見えたに違いないが、こちらとしてはしらけるばかりだ。
「相変わらず、捜索は難航していますか」
リズ・ブレストン大尉が流れるような金髪を後頭部でまとめ、国防宇宙軍の制帽を目深にかぶった姿でホログラフに現れた。カルーザの副官として<ハーキス>に乗り組んでいる彼女は、根っからの連合警備隊員であるはずだが、彼を直接的に支援できる役職を得て活き活きとしているように見えた。この状況でよく溌剌としていられるものだと感心してしまう。
たとえ苦境であっても悲壮感を漂わせては元も子もないだろう、とリガルは己を叱った。自己嫌悪を隠すために肩を竦めて口元をへの字に曲げる。ブレストンはリガルの仕草を見て面白がるように両眉を吊り上げた。
「捜索対象が多いし、範囲が広すぎる。たぶん、ヘリウム採掘船のどれかだと思うが……発射能力を持つと見込まれる船の数だけで百を超えてる上に、外観からじゃ区別がつかない」
「かといって、臨検するわけにもまいりませんね。仮に本命に当たりをつけて人を差し向けたとしたら、キンジャール中佐はすぐに発射ボタンを押すでしょう」
思わず心臓が跳ねたが、これは<ハーキス>と近距離で繋がれている指向性レーザー通信だ。万が一にも他に傍受される心配はない、と自分を落ち着かせながら苦笑する。
「そう、問題はそこだ。時間は限られているが、慎重にならざるを得ない。今もこうして安穏としてられるのは、一重にキンジャールの野郎がその気になってないってだけだからな」
「ですが、間もなく第四機動艦隊もこちらへ到着します。もしわたしがキンジャールの立場でしたら、『そろそろだな』とフォーマン星系方面へ加速を開始するでしょう。彼らの今の位置ならば——」
ブレストンが言葉を切る。横を向き誰かと会話をしているようだ。
猛烈に嫌な予感がする。リガルは思わず傍らに立つアキを見た。なんですか、と彼女は小首を傾げる。どうやら幸運の女神としての自覚と機能は無いらしい。
やがてブレストンがリガルの顔へ視線を戻す。その表情は険しかった。ラズセ星系で海賊船団との戦闘に臨む前よりも緊張している。
「悪い報せです、リガル船長。第四機動艦隊司令官のクライス・ハルト中将より、あのキンジャール中佐の戦隊がフォーマン星系方面へ逃走するのを防ぐためにインターセプトするよう要請がありました。アステナ司令官より、対応検討のための緊急会議の招集がかかっています」
「ちくしょう」
食いしばった歯の隙間から絞り出した悪態に、ブレストンは同意の印に頷いた。
「いま思えば、第四機動艦隊へ伝令船を向かわせることもできたかもしれませんが、後の祭りです」
「覆水盆に返らずともいう。キンジャールはその気になれば十五分で跳躍点に飛び込める。ここから奴の位置までおよそ二光時。おれたちが奴を攻撃しようと加速を始めた瞬間に超新星弾頭を発射するぞ」
こちらの動きが敵方に伝わるまで二時間、発射信号が光速で伝播するまで二時間。第四機動艦隊はメキシコ・サードの間近に迫っているため、長く見積もっても三十分以内に行動を起こさなければ不審に思われる。
となれば、残された時間はわずか四時間半だ。リガルは時刻表示を見つめながら絶望的な気分に打ちひしがれそうになった。自分の命は、あと半日にも満たない時間で無に帰すかもしれない。
「悲観していても始まらない。奇跡を起こす必要があるなら、起こすまでだ。概算だが、こちらが動き出すとすればこの迂遠な捜索活動も打ち止めになる。発射信号が届くまでの二時間は大っぴらに捜索できるだろう」
「勝機はそこにしかありませんね。それでは、後ほど会議の席で。失礼いたします、船長」
敬礼と共にブレストンの姿が消えると、リガルはセシルを呼んだ。不眠不休でフィリップと共に超新星弾頭の捜索活動にあたっていた彼女は、赤くなった目と見るからに荒れてしまった金髪を振り乱してこちらを振り返る。鬼気迫る表情に思わずたじろぎそうになるが、とにかく状況の変化を報せた。
セシルの顔にまず衝撃、次いで怒りが現れ、そして諦念が残った。最後に凄まじい意志の力が瞳に宿る。
「となれば、この二時間は、最後の二時間に向けて計画を練るほうが良さそうです。これまでの捜索情報を統合分析し、どこにリソースを割くかを検討する必要があります」
「同感だ。会議だのなんだのと面倒事はおれがやる。あらゆる手段を用いて弾頭を探せ」
「了解。イーライ、ちょっと来て!」
既に立ち上がって歩み寄ってきていたイーライが不敵に微笑む。
「ああ、もう来てる。船長、あとは任せてください」
「頼んだ」
フィリップとジュリーが機関セクションで顔を突き合わせ、弾頭の持つ特性を可能な限り洗い出そうとしている。リガルは会議室へ移動するために立ち上がって船橋を後にした。キャロッサが不安そうに見送るのでその肩を叩いてやる。
ヴィエラとアキが背後に付き従う。厳重な耐爆ハッチを潜り抜けエレベーターの箱の中におさまると、ヴィエラが言った。
「地獄の釜が開きそうだけど、ご感想は?」
「さあな。ブレストンに言った通り、やれることをやるしかない。それに……」
「それに?」
「もしこの状況をどうにかできるなら、そのタイミングは最後の最後にしかやってこないだろう。そんな気がする」
「騒ぐのね、あなたの直感が。『銀河一の大馬鹿野郎』の感覚は当てになるかしら」
「不愛想な男の直感に身を任せるのは嫌か?」
「普段ならね。でも、あなたにならいいかも」
悪魔のような女が笑みを浮かべる。
ここまで悪運に魅入られれば何とかなるだろうか、とリガルはため息をついた。




