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遼遠のノクス・リーガル  作者: 夏木裕佑
Act.3 来るは別れのみならず
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16/23

Eps.16

 対称性の導きにより、セイル星系から超空間へ突入したレイズ星間連合国防宇宙軍第二、第三艦隊、そして大型巡洋船<アクトウェイ>は、クイナレ星系の跳躍点より出現した。

 国防宇宙軍において最も強力な観測機材を艤装しているのは、戦艦ではなく重巡洋艦である。定石でいえば艦体が大きく電磁波受信器の径を大きくでき、必要な大電力を安定して供給できる戦艦が情報の収集と分析に最適な存在だが、国防宇宙軍で採用されている唯一の戦艦であるハーキス級は、幾度となく改修を加えられていても基礎設計が三十年も過去のものだ。末端機材の交換により戦闘力を維持しているものの、現行最新艦艇であるラウザハウ級重巡洋艦の装備する最新機材には太刀打ちできない。同艦は第二艦隊に<ラウザハウ>、<シルザハウ>が配備されているのみだ。そのためこの二隻は艦隊において目としての役割を担い、収束率の高いレーザー通信で観測情報を各艦へ分配する。

 だが<アクトウェイ>はラウザハウ級重巡洋艦よりさらに進んだ観測設備を艤装している。最近になってわかり始めたのだが、アキが自慢するというのは本当に珍しいことなのだ。抜きん出た器材を使いこなすセシル・アカーディアの腕前も見事なもので、<アクトウェイ>はワープアウトから三十秒後にはクイナレ星系の空虚な空間を隅々まで走査し尽くしていた。小さな物体まで把握することは叶わないが、たとえば目立つ塗装の見慣れない航宙艦などを見落とすことはない。

「跳躍点より十光分の位置に、二隻の駆逐艦を確認。<アウラト>および<クファイル>です」

「クルーエ艦長の報告通り、彼らがクイナレ星系に残った駆逐艦に間違いないな。敵艦隊の位置は?」

 コンソールを打鍵したセシルは、百聞は一見に如かずとクイナレ星系図を呼び出して三次元ディスプレイに表示させた。船橋の前面に大きく映し出された円を全員が見つめる中、現在地から恒星クイナレを正面としてやや左側に寄った位置に唯一の天体であるアッシュ11が表示される。<アクトウェイ>がメキシコ星系から脱出した際に、待ち伏せ攻撃を仕掛けてきた武装商船が隠れ蓑にしていた小惑星だ。敵艦隊はメキシコ星系方面とセイル星系方面の二つの跳躍点、その中間に位置するアッシュ11を公転軌道に沿い後ろから追いかけるような場所で遊弋している。

 セシルは位置情報だけでなく、船首のセンサーが捉えた可視光望遠画像をワイプに添える。銀色の船体は見紛うことなくラズセ星系、セイル星系で遭遇した大型海賊船と同型と思われるもので、唯一の違いはその船体の大きさか。ここクイナレ星系の船は先に遭遇した者よりもやや大きい。駆逐艦以上軽巡洋艦未満というところで、単純に大型海賊船をサイズアップさせたのだろう、エンジンモジュールや中腹部以降が引き伸ばされたような印象だ。

「これが見つかったものの全てか?」

「はい。しかし、見つからなかったものもあります。船長がメキシコ星系からの離脱時に奇襲を受けた武装商船の残骸は跡形もありません。おそらくあの艦隊が破壊したのでしょう。それを裏付けるデブリ雲も確認できています。拡散状況から、破壊されたのはかなり前です」

「海賊を攻撃したってことかい?」ジュリーが携帯食料を懐から取り出して頬張りながら声を上げる。「バルハザールは後方攪乱のために奴らを手なずけていたんじゃなかったかね? だとすれば、あいつらは曲がりなりにも味方を沈めたことになる」

 座席をくるりと回して、イーライが考え込む表情で頷いた。

「船長、航海長の言う通りです。あの艦隊が武装商船を始末したのは論理的に矛盾します。私掠船として雇ったことの口封じかもしれませんが、未だ戦争状態にある現在、わざわざ戦力を減じるようなことをする理由がありません」

「イーライ、その航海長って呼び方は……」

「なんだ、嫌か?」

「逆さ。すごく気分がいい。もっと呼んどくれ」

 呆れたイーライが天井を仰ぎ見る。苦笑いしながら、リガルは頭を働かせてクルーたちの言葉の意味を考えた。確かに、ここで武装商船を破壊するのは納得がいかない。バルハザール軍がメキシコ星系を掌握している以上、国防宇宙軍がここを通る可能性は高いわけだし、味方として期待できる戦力は全て使うべきだ。海賊船とはいえ見張りくらいは務まるはず。殺害して口封じをしたところで、デメリットの方が大きい。

 あるいは、人間の生命に何の意味や価値も見出さない手合いか。

 セシルはアキと協力して、他に何か情報は無いかと星系内をあらためて捜索し始めたが、イーライを挟んで反対側に座るフィリップがそれを後目(しりめ)にうなる。

「軍事については門外漢だがよ、船長の目から見て戦力はじゅうぶんなのか? 敵艦隊は三八隻、こっちは六八隻だ。数だけ見ればこっちは二倍近いからかなり有利だと思うが」

「相手が純粋なバルハザール宇宙軍相手なら安心できる。だが、問題は数じゃない。クルーエ艦長の報告は見ただろう、あの機動打撃力は少数であっても危険だ。正面から戦えば、まず第一艦隊の二の舞になるのは避けられない。第二、第三艦隊は装備や練度でも第一艦隊に劣る。我々先ごろの彼らとは違う戦術を取り、どうにかして五分の条件に持ち込まなければならないだろう」

 船橋の脇に据えられている給湯室からキャロッサが姿を現した。電動カートを押していて、その上には淹れたばかりのコーヒーが注がれた保温ポットが並んでいる。湯気の立つポットを配りながら、キャロッサは相変わらず船橋の前面に表示されているクイナレ星系図を見あげた。

「ラエスタ中将もアステナ少将も、正面から戦うのは愚策だと気付いているはずですよね?」

「キャロッサの言う通りだ、あの二人の艦隊司令官はそこまで馬鹿じゃない。だが偏屈なアステナはともかく、お利口さんのラエスタが戦力を減じることを恐れて及び腰になるのはよろしくない。必要な決断が行われない恐れがある」

「なるほどなぁ。これから練る作戦計画が肝心だが、それを立案する指揮官のメンタリティは、確かに重大な影響を及ぼしそうだ。例えば、カルーザ・メンフィスが第一艦隊を立て直して合流するまで待つ、とかも選択肢に入るだろう」

「そういうこと。まあ、やりようはいくらかあると思うがね」

 と、電子音が鳴り通信が届いたことを報せた。メッセージを読んだリガルは、キャロッサから差し出された保温ポットを受け取りながら鼻で笑う。

「噂をすれば、だな。イーライ、しばらく頼む」

「了解、船長」

 リガルは乗組員たちのさざめくような雑談の声を背中に浴びながら船橋を後にした。イーライが立ち上がり船長席へ腰を落ち着け、静かに指示を下し始める。



 船橋と同じ重要区画(バイタルパート)に位置している小さな会議室に入ると、アキがすぐに室内の会議システムを起動する。八人掛けの小さな長方形の卓、その直上に設置された三次元ディスプレイに灯が入り、長方形の入り口側に近い短辺に腰かけたリガルの前に、既に準備を終えているラエスタとアステナの座った姿が現れた。いずれもホログラフだが、あまりにも精緻な投影であるため、手を伸ばして触れて確かめたい衝動に駆られる。

 仮想会議の仕組みは頭で理解できているが、これはちょっとした魔法だなとリガルは感心してしまった。<アクトウェイ>の三次元ディスプレイは、どれも高性能で品質の高いホログラフを投影するが、この会議室にあるものはとりわけ性能が高い。

「リガル船長」アージ・ラエスタ中将が会釈する。

「ラエスタ中将」リガルも会釈を返し、斜向かいに腰掛けている男へ視線を転ずる。「アステナ少将、調子はどうだ?」

「ぼちぼち、だ。今回も貴船を頼ることになりそうだぞ、リガル船長」

 その一言で、リガルはアステナの考えていることが、リガルがこの会議室に来るまでに思いついたものと同じだと気付いた。アステナのほうはそれほど深い意図を持って発言した訳ではないらしく、特に笑いかけたりもすることはない。藪蛇になることを恐れてリガルも黙ったまま頷くにとどめた。

 やがてラエスタとアステナだけでなく、二人の従える幕僚たちが現れ始めた。ギンズ・バルトロメオ参謀長が、慇懃にリガルへ会釈する。どうしてこういうタイプの軍人はおれに反応するんだ、と半ば憤慨しながらリガルも軽く片手をあげて挨拶を返した。

 このいけすかない連中が、今後しばらくの間に生死を共にする仲ということだ。

「揃いましたね。さっそく始めましょう」

 ラエスタが咳払いと共に言うと、緊張した面持ちの幕僚たちが彼女へ視線を注ぐ。

「状況は把握されていることと思いますが、あらためて確認から入りましょうか」

 ラエスタの語る現況は、<アクトウェイ>の船橋でクルーたちが推測したものと大差なかった。違いと言えば、到着直後にラエスタから見張りのために残った二隻の駆逐艦、<アウラト>と<クファイル>へ通信が送られたことくらいだ。二隻とも、今回は戦闘に参加せず伝令としての役割を果たすことになる。もし敗北した場合、カルーザの再編している第一艦隊だけが頼みの綱になる。彼らに情報を持ち帰らなければならない。

 議題は移り、目下のところ最大の脅威である三八隻の敵艦隊への対処方法が話し合われるも、やはりその内容はリガルの想定したものと大差なかった。

 現在も艦艇の修理、および物資の補給に追われている第一艦隊はセイル星系に残留しているため、レイズ星間連合国防宇宙軍がこの星系で動員できる兵力は六八隻。対して敵艦隊は三八隻。数的には有利で、こちらには重武装の重巡洋艦や戦艦がいるから火力面では大きく水を開けている。しかし機動力では敵艦隊に分があり、攻撃力は決して楽観視できるほど低くはない。数が多ければ小回りも利かないため、機動力で翻弄されれば無為に出血を強いられる。さらにレイズにとってはクイナレ星系が通過点に過ぎず、本命がメキシコ星系を占領しているバルハザール宇宙軍の撃破であるため、ここでの戦闘は可能な限り被害を減じたうえで勝利しなければならなかった。たとえノーマッドの持つ軽巡洋艦一隻であっても計り知れない戦力というわけだ。

 ラエスタの幕僚からは、戦闘を避け敵艦隊を無視し、メキシコ星系へ向かうという意見も出された。しかしこれにはバルトロメオ第三艦隊参謀長が反論した。メキシコ星系に到着した時点で、正面と後背に敵を抱えることとなる。バルハザール宇宙軍の規模が確定できない不透明な状況で、敵艦隊への速攻という難度の高い作戦を強いられてしまう。速攻は望ましいが危険性を無視した無謀な攻撃は行うべきではない。それにあの銀色の艦隊が第二、第三艦隊を無視してセイル星系へ向かってしまえば、マルメディス星系まで敵を阻む部隊はほとんど存在しない。

 カルーザがむざむざとやられるとは思えないリガルだったが、それでも傷ついた第一艦隊が先の敗北から立ち直れもしないうちに再戦するとあっては一縷の望みも持てなかった。彼との間に横たわる溝は深まるばかりだが、だからといって死んでしまえとか、痛い目を見ればいい、とはリガルは思わなかった。友人には変わりないのである。殉職したとしたら……考えたくもない。

 はたと気付く。生きているから喧嘩ができるのだ。カルーザとの確執がどのような結末を迎えるかわからないが、とにかく、彼には生き延びてもらわなければならない。

 となればクイナレ星系内で敵艦隊を打ち負かす他ないのだが、クルーエ大佐が震える声で説明して見せたあの驚異的な機動力を発揮されては、いたずらに損害を出すばかりとなりかねない。これは戦術の問題でもあるが、半分は物理的な性能問題なのだ。具体的な方策もなしには安易な行動発起ができず、かといって時間を浪費すれば第二、第三艦隊が到着したことを知った敵艦隊がメキシコ星系へ向かわせまいと針路を変えてしまう。先に行動を起こし、主導権を握らなければならない。

 静かだが白熱する議論を眺めていたアステナが咳払いをして耳目を集め、ラエスタへと控えめに手を挙げる。

「よろしいでしょうか、司令官」

「どうぞ、アステナ少将」

「ありがとうございます。目下の所、敵艦隊の持つ機動力と緻密な行動能力こそが頭痛の種です。我々は重武装ではありますが、あれほどの加速度で回避されては狙った通りの交戦は行えないでしょう。重厚な戦列を組んで対抗したところで、敵に速度の優位を持たせてはその差は縮まるどころか広がるばかりとなりますから、取りうる選択肢は()()()()機動力を活かすしかありません」

 ラエスタをはじめとする第一艦隊の面々が頷く。それはこれまで討議された内容を要約したものであり、特に真新しい点はない。

「より直截にいうのならば第一艦隊の敗因はひとつです。リガル船長、わかるかね?」

 この少将はどうやってもおれを無関係にはしたくないらしいな、とリガルは内心で呆れ返っているのをおくびにも出さずに頷いた。

「相対速度だ。敵艦隊の機動性は目を見張るものだったが、それだけなら準光速の中性粒子砲を避けることはできない。交戦時の〇・三光速という大きな相対速度により対応する時間的余裕を奪われたんだ」

 出来のいい生徒を褒める教師のように、アステナは満足気に目を細めた。

「その通り。つまり相対速度を最小化することで、高い機動力を持つ相手でも五分の戦いに持ち込めます。我々の行動は、この相対速度差を縮めることを第一義として策定する必要があるでしょう」

「なるほど、理に適っています。問題はどのようにその状況に持ち込むかですが」ラエスタは身を乗り出してクイナレ星系の中心部を指さす。「恒星クイナレが使えそうですね」

「ええ、小官も同じことを考えておりました。現在位置から恒星クイナレに向かって右側へ回り込むように進路を取り、左側に位置している敵艦隊に我が艦隊の後方を攻撃させるのです」

 提案しながらアステナが手ずからコンソールを打鍵して宙域図に話した内容を投影させる。セイル星系方面の跳躍点に位置している第一、第二艦隊がほぼ直進し、恒星クイナレを挟んで反対側にあるメキシコ星系方面の跳躍点へ向かう。クイナレに向かって左側、中間付近を公転しているアッシュ11よりさらにメキシコ星系側に寄った位置の軌道に乗っている敵艦隊が、恒星クイナレに向かって()()していき、スイングバイの要領で第一、第二艦隊の後背に食らいつく。このまま戦闘に突入すれば進行方向が同じとなるため、真正面から向かい合うより長い交戦時間を確保できる。第一、第二艦隊の装甲と火力をじゅうぶんに生かせるだろう。

 咳ばらいを挟んだのは、またしても第二艦隊の参謀長だった。彼は階級が同じ少将だが先任かつ艦隊司令官のアステナに恥をかかせないよう慎重に言葉を選びつつ、宙域図を指さす。

「合理的ですが、敵が誘いに乗らない可能性もあります。むしろ、こちらの引き返し可能点を計算して、恒星クイナレの影に入った時にセイル星系への侵入を許すことになっては本末転倒ではありませんか?」

「その場合は、我々が追いかければいい。セイル星系の第一艦隊と挟撃できるし、相対速度の問題は解決できる。敵艦隊が動かない場合も、恒星クイナレを回り込んでこちらが後背を突くことができれば優劣は明らかだ」

 それからしばらく、アステナのアイデアを元に再び議論が熱を帯びた。未だ決着のつかない会議の中で、リガルは<アクトウェイ>の能力を最大限に活かすことのできる方策を黙って考え続けていた。





「接触まで、あと十五分」

 管制セクションの座席から青い瞳を向けてセシルが報告する。その一言で乗組員たちは一様に気を張り詰めたようだが、リガルは泰然とした様子で頷き返した。

 セイル星系方面の跳躍点から第一、第二艦隊、そして<アクトウェイ>が加速を開始し、メキシコ星系方面の跳躍点へ向かう軌道に遷移してから丸一日が経っていた。

 航宙艦に乗り組む軍務に慣れているイーライは飄々としているが、他の面々は敵を目前にしながら長い時間を過ごさなければならない状況にかなりのストレスを感じている。リガルはアルファ・ステーションの出港前に仕入れさせた酒を振る舞おうかと考えたが、縁起悪く感じてしまう者がいるかもしれないと思い直した。代わりに<アクトウェイ>の船内で通用する船内通貨を発行し、ポーカーをはじめとする各種ゲームを整備することにした。いい気晴らしになったようで、食堂で食事を摂った後に興じるゲームに皆が笑顔を浮かべた。

 じれったい待ち時間ももうすぐ終わるだろう。寂れた星系であっても、星系図に目を落とせば一目で状況を確認できるのは利点だ。

 あらためて航路を確認してみたものの、前回のように海賊船が隠れていられる余地のない虚無の空間が広がっていた。小型でステルス性を高めた船舶なら見つけづらいだろうが、セシルの目を誤魔化すことはできないだろう。今やレイズ艦隊は〇・三光速を維持したまま恒星クイナレの近傍を通過しようとしている。暗い星とはいえこれ以上の接近は危険だが、その重力は頼もしい限りで接近する六八隻の国防宇宙軍艦隊を引き寄せ、遠心力を利用したロングスイングバイに入っていた。最終的には〇・四光速近くまでは加速できそうだ。

 かなりの高速であるものの、敵艦隊は軌道変更時から第一、第二艦隊の未来位置を予測し滑らかな加速を見せて追跡を開始している。罠であると気付いているはずだが、いささかも躊躇する様子のない反応の早さに違和感を感じる。なにしろ、こちらが加速を開始した瞬間が光速で伝わったまさしくその時に行動発起しているのだ。ほぼ脊髄反射といっていい反応速度であり、あれだけの規模の航宙艦により編成された艦隊であるなら、どれほど早くても数分の反応時間があってしかるべきだ。

 頭を振って意識を現実へ引き戻す。敵艦隊は第一、第二艦隊の後方に追い縋ってきており、艦首をほぼ恒星クイナレに重なるような急角度で加速しつつある。レイズ艦隊の最大有効射程に入るまであと十分を切っており、お互いが重力を利用した加速状態にあるため相対距離がじりじりと縮まっていく。アステナ・デュオの思惑通りというわけで、何とか五分の条件で戦端を開くことができそうだ。

 カウントダウンが進んでいき、セシルが一分単位で通告する。リガルは肘掛けのドリンクホルダーから保温ポットを手に取ってコーヒーを飲んだ。開いた蓋から漂うキャロッサの淹れたコーヒーの芳醇な香りが漂い、緊張で汗をかいていた乗組員たちは自分たちの船長の肝の据わり具合いに感心すると同時に少しだけリラックスした様子を見せた。

「接触まであと三十秒」ポットをホルダーへ戻す。「十五秒。五、四、三、二、一、今!」

「ジュリー、始めろ」

「アイアイサー!」

 敵艦隊との相対距離が三光秒、およそ九十万キロメートルとなった瞬間、それまで箱型隊形を取っていたレイズ艦隊は弾けるように散開。第二艦隊はふたつ、第三艦隊はひとつの隊形を取り、いずれも分艦隊旗艦となった戦艦一隻を中心に重巡洋艦、軽巡洋艦が周囲を取り巻き、進路前方、敵艦隊から見ればレイズ艦隊の後方に駆逐艦が並ぶ。防御力の高い艦艇を前方展開し、駆逐艦を補助隊形に組み込んで守りながら最大限の火力を投射する、重厚な布陣だ。それぞれのコイン型隊形は第三艦隊を下方に逆三角形型に並んでおり、ほぼ全ての艦艇の砲門が敵を狙う。

 リガルは<アクトウェイ>をラエスタが率いる第二艦隊第一分艦隊にぴったりと随伴させた。敵艦隊から見れば左上方のコイン型隊形の下方に占位しており、国防宇宙軍の艦艇、特に第二艦隊旗艦<パース>とはセシルとイーライが応急処置的に構築したプロトコルに従いデータリンク接続しており、発砲のタイミングなどは全て連絡される。

 敵艦隊はレイズ艦隊の素早い展開——特に、第三艦隊の動きは極めて流麗で無駄がない——を三秒遅れで目の当たりにし、またしても反射的な対応を見せた。

「敵艦隊、進路変更。第二分艦隊を狙っています」

 思わず顔をしかめそうになる。総勢七十隻近い艦隊とはいえ、いち隊形の戦力では敵艦隊に劣る。第二分艦隊を援護するために、第一、および第三分艦隊が先んじて攻撃するしかない。

「各艦、砲撃を開始せよ」

 ラエスタの命令と共に、<アクトウェイ>を含む二二隻の第一分艦隊が発砲。戦艦と重巡洋艦が眩い中性粒子砲を放ち、軽巡洋艦と駆逐艦もこれに追随する。同時に船体各所から近距離用の対艦ミサイルが雨あられと撃ちかけられた。第二分艦隊、そして第三分艦隊も同じように攻撃を開始しており、凄まじい火力が敵艦隊へ叩きつけられる。

 敵艦隊も同時に発砲を開始。同じように中性粒子砲とミサイルによる攻撃だが、敵隊形の全体を狙うレイズ艦隊と対照的に、敵は第二分艦隊のみを標的としていた。数的劣勢ではあるが精確で濃密な砲火が第二分艦隊に襲い掛かる。

 リガルが命令するまでもなくイーライは第一分艦隊の各艦と同時に砲撃を開始していたが、鋭い眼光でいくつも重ねて表示したホログラフのひとつを睨みつけると矛先を変える。<アクトウェイ>の船首に分散配置された中性粒子砲は射角が広い。船橋を覆うメインディスプレイを背景に新たに表示された船長席のホログラフには砲雷長席と同じものが複製表示されており、それによればイーライは第二分艦隊を守るべく敵ミサイル群を迎撃しようとしていた。これを鋭敏に察知したジュリーが僅かに船首を傾けて射角を確保しようとするが、リガルは静かだが鋭い声で制止した。ここで一隻だけ動きを見せれば敵の集中砲火を誘引しかねないし、<アクトウェイ>ならばそのままの姿勢でもじゅうぶん対応可能なはず。

 集中し切っていたイーライはこの短いやり取りを聞いていないようで、すぐにコンソールを打鍵。<アクトウェイ>は第一撃だけを敵艦隊へ叩きつけると、左舷側の中性粒子砲と船体各所のレーザー砲を稼働させた。黒い船体外殻の開いたカバーの下から目玉のようなレーザー砲がぎょろりと砲口を指向する。

 第二分艦隊を指揮するのは戦艦<ガーゴイル>の艦長だ。光速で降り注ぐ中性粒子の槍により激震が続く艦橋で肘掛けを指が白くなるほどきつく握り締めながら歯を食いしばり、目前に迫りつつあるミサイル群を睨みつけていた。既に迎撃は開始されているものの、第二分艦隊の将兵は敵艦隊への攻撃で精一杯で余裕をもって迎撃を行うことができない。レーザー砲で撃ち落とそうとするも巧妙な回避機動を繰り返すミサイル群の内、数発だけが爆発するに留まった。

 目標の至近距離で爆発し致死的なガンマ線を撒き散らす対艦ミサイルは膨大なエネルギー量を持つ反動推進式のエンジンを煌々と輝かせ、凄まじい速度で迫ってくる。<ガーゴイル>艦長はこの攻撃で自身の分艦隊が多大な犠牲を出すことを想像し胃袋が裏返る思いだったが、突如として右から凄まじい砲撃が放たれ、次々とミサイルを撃墜し始めたことで胸を撫で下ろした。

「<アクトウェイ>です!」<ガーゴイル>の副長が叫ぶ合間にも、黒い船から放たれた光線が艦橋を右から左へと流れていく。爆発し砕け散ったミサイルの残骸がレーザー砲の光条をいくつも反射して輝く。

 あまりの砲撃精度に開いた口が塞がらない。彼は知る由も無いが、<アクトウェイ>の高精度センサーが捉えるミサイルの機影は非常に鮮明で、その移動ベクトルも完全に把握できる代物なのだ。安定した姿勢から砲撃すれば確実に命中する。

「迎撃せよ!」

 衝撃に呆けていた艦橋の兵士たちが弾かれたように艦隊防空ネットワークを通じて迎撃用のミサイルとレーザー砲を操る。軽巡洋艦一隻が複数の駆逐艦と綿密な連携を取ることで、<アクトウェイ>の砲撃を掻い潜った四〇発ほどが瞬く間に撃墜されていく。それでもかなりの数が目標に命中したものの、APS装甲によりしっかりとガンマ線レーザーを防ぎ切った。運の悪かった駆逐艦<バザール>が、他の艦は一発ずつだったにも関わらず三発の命中弾を受けた。艦尾に一発、艦首に右と上から直撃を受け船体が切り裂かれ、ばらばらになった。

 自分の分艦隊にほとんど被害が無いことに驚く<ガーゴイル>の艦長を後目に、アステナ少将率いる第三分艦隊が行動を開始していた。

 敵艦隊がレイズ艦隊の後方へ徐々に接近しつつ第二分艦隊へ艦首を向けているので、第一分艦隊と第二分艦隊はかなりの余裕を持って機動することができた。特に第三分艦隊は分割された指揮系統ではなく第三艦隊そのものであると同時に、堅実な腕前を持つ職人気質な将兵が大半である。アステナは艦ごとの性能と反応速度を勘案したうえで命令を下し、第三艦隊は隊形の正面を敵艦隊へ向けたまま()()した。

 加速してくる敵艦隊と減速した第二分艦隊の相対速度差が大きくなり、隊形を保ったまま右上方へ進む敵艦隊の下方は潜り込んだ第三分艦隊が集中砲火を浴びせかけた。

 航宙艦はいかなる国家のものであれ、正面からの被弾に最も強い構造を取っている。広大無辺な宇宙空間を疾走するために巨大な推進装置とパワーコアを積載する都合上、必然的に簡体は前後に長いものとなり、それら急所となりうるものを守るために艦首にこそ重厚な装甲が設けられる。翻って艦底は明確な弱点であり、それは見慣れない型式の敵艦隊にしたところで同様だ。アステナは敵艦隊の特徴だけでなく、普遍的な弱点についても考慮していたのだ。

 中性粒子砲とミサイルの弾幕は旧型艦艇ゆえに密度こそ薄いものの、ひとつひとつが強力だった。分艦隊はさらに細かい戦隊単位で指揮系統が分散しており、それらが一隻ずつ集中して攻撃を行う。艦底にAPS装甲の出力を集中し防ぎつつも第二分艦隊の猛攻は瞬時にその防御を突き破った。一斉射撃を受けた敵艦隊の銀色の艦艇が連続して何隻も失速していく。

 そしてミサイルの迎撃を終えた第二分艦隊と第一分艦隊が一気呵成に反撃を開始した。

 窮地に陥った敵艦隊はいずれかの方角へ向けて急加速をするだろうとリガルは予測していた。イーライもこれあると予期して目標追従にリソースを割り振ったアルゴリズムを用意していたが、いずれの予想も裏切られることとなる。

「船長、敵艦隊が加速。こちらへ向かってきます!」

 セシルの報告を聞くまでもなく、敵艦隊がとてつもない加速度を発揮して第一分艦隊めがけて驀進し始めたのをホログラフで確認していた。ラエスタは敵の意図を特攻と悟り狂ったような砲撃命令を下していた。一秒ごとに敵艦の進路が旗艦<パース>へ向けて収束していくのを、<アクトウェイ>のセンサーが冷酷なまでの精確さで捉え続けている。ちらりと横目で見ると、オブザーバー席に座るアキは何の感情もこもらない目で虚空を凝視していた。この流動的で目まぐるしい状況の中で、各セクションに情報を届けようと集中しているのだ。

(おれが浮き足だってどうする)

 目前に迫りつつある惨劇から目を逸らさずに、現実に意識を集中する。敵艦隊の残存数は一六隻。この瞬間もレイズ艦隊から強かに打ちのめされているものの、まったく統率を乱すことはないようで、真っすぐに<パース>を目指している。通信を傍受して旗艦を特定したらしい。転んでもただでは起きないということか。既に恒星クイナレの強い重力井戸を利用し、淡い光に煌々と照らされてぎらりときらめく敵艦隊は流星のような素早さで<パース>に迫る。

 アステナと<ガーゴイル>艦長が怒号を飛ばし、第一艦隊を守ろうと均一な砲撃を行っていた各艦が中性粒子砲やミサイル発射器の安全基準を超えた斉射を叩き込む。傷つきながらも執拗に武装を発砲し続けている敵艦隊の矛先が第一艦隊の隊形の奥深くまで浸透し、<アクトウェイ>にも幾発か命中弾があった。

 強力なエネルギーの槍が右舷正面のAPS装甲に突き刺さり船橋を揺らした。乗組員たちは額に脂汗を浮かばせながらコンソールと格闘しており、キャロッサはいつでも負傷者の救護のために飛び出していけるよう座席の上で身構え、ハーネスの固定金具に手を添えていた。リガルは肘掛けを握り締めて激震を堪えながら目だけはホログラフから離さない。フィリップがアキにダメージコントロールを指示する声が響く。

 ミサイルの飛来を察知したセシルが怒涛のように情報を砲雷長席へ投げ、イーライが素早く目標を選定する。その数秒の間、フィリップがパワーコアからの出力をAPS装甲、中性粒子砲、レーザー砲の全てに手動で振りなおし、僅かな余剰出力でジュリーが微妙な姿勢変更を行うことで、やや左舷よりの位置から殺到するミサイル群に船体を正対させた。目標選定と砲撃開始のボタンを押し込むまでに全ての準備が完了していた。

 イーライは刹那の間、満足感に口の端を僅かに歪め、コンソールを力強く打鍵した。

 ふたたび<アクトウェイ>の中性粒子砲とレーザー砲が火を吹く。猛烈な攻撃で一瞬の間にミサイル群を撃墜すると、余韻もそのままに<パース>へ殺到する敵艦へ向け順に発砲した。撃沈を狙うのでなく、精密な砲撃により艦首付近のAPS装甲を減衰させるのが目的だ。そのため、一隻を一頻り撃った後はまた別の一隻へと時間単位で攻撃し、無防備なまま隊形の前に踊り込んできた敵艦を第一分艦隊の各艦が待ち受け、仕留めていく。

 最終的に<パース>への攻撃圏内に潜り込めた敵艦は三隻に過ぎず、何度もミサイルと中性粒子砲を被弾した末のことだったが、自殺的な攻撃を無為に終わらせるまいと最後に放たれた攻撃は痛烈だった。

 指揮系統の根たる各分艦隊旗艦を別枠のホログラフで表示させていたリガルは思わず息を呑んだ。

 <パース>の艦首には戦艦に相応しい重厚なAPS装甲が展開されていたのだが、これまでの攻撃で出力が低下していたらしい。二本のビームが命中し負荷限界を超えたAPS装甲が一瞬の発光と共に消失すると、それらは艦体深くへ突き立った。

 一本は外殻装甲板が受け止めたものの、もう一本はやや上方から、左から右にかけて斜行する形で<パース>の内部を貫通した。一瞬、巨大な艦体が震えたかと思うと次の瞬間には射入口と射出口から炎と、人体や金属の入り混じった大量の破片が噴出する。数秒でおさまったものの、あの細かいものが何であるかは明らかだ。追撃のミサイルが遅ればせながら迫りつつあるが、寸でのところで護衛の重巡洋艦と駆逐艦が対応して難を逃れた。

 一瞬の出来事に慄然とした空気に包まれる船橋で、セシルの無感動な声が報告する。

「<パース>が被弾。詳細な被害は不明ですが、艦首主砲用の伝達系統に深刻な損傷があった模様。被害状況不明」

 人知れずリガルは歯を食いしばった。砲撃戦の真っ最中にパワーコアから主砲へのエネルギー伝達経路が破壊されたとなれば、艦内にエネルギーが逆流し筆舌に尽くし難い破壊の嵐が艦内に吹き荒れたに違いない。<パース>の被害対策室は今ごろ想像もできないほどの被害報告で圧死しているところだろう。そもそも生き残っている人間がいるかどうかあやしいものだ。

 敵艦隊のほうはといえば、全ての艦艇が破壊し尽くされていた。爆発こそ免れたものの、穴だらけになり惰性で進んでいる船もあるが、全てが戦闘能力を喪失していた。

 大きく息を吐き、船長席に身を沈める。時間にして三十分も経過していない戦闘だったが、一瞬たりとて気を抜くことの許されない激しい戦いだった。艦隊の被害はゼロではないものの軽微で、差し当たっては<パース>の救援支援が主となるだろう。恒星クイナレは穏やかな星とはいえ、破壊された外殻装甲板の隙間から宇宙放射線も流入しているだろうし、ダメージコントロールを徹底しなければならない。

「みんな、ご苦労だった」その一言で乗組員たちも脱力する。「キャロッサ、<パース>の医療支援を準備してくれ。必要なものをアキと連携して整理し、シャトルに積み込むんだ。アキ、聞いての通りだ。ドロイドでも何でもいいからキャロッサに必要なものは最優先で用意するように。イーライ、アステナ少将に連絡して協力する意思があることを伝えろ。ジュリー、彼らから要請が来るまではまだ本船を動かすな」

「了解」

 二人——正確には一人と一体——の声が唱和し、連れ立って船橋を離れ医務室へ向かう。イーライとジュリーは頷いてそれぞれの作業に取り組んだ。

「船長、おれは船体の被害状況を確認する。詳細がまとまり次第、報告でいいよな?」

「ああ、フィリップ。そうしてくれ」

 片手で目を覆いながら座席を倒し視界いっぱいに船橋を覆う星空を夢想していると、すぐそばに誰かが来る気配がした。爽やかなコロンの香りが鼻をくすぐる。

「船長」手を離し目を開くと、セシルの険しい顔が覗き込んでいた。「大丈夫ですか?」

「もちろん」リガルは体を起こし、ばつが悪そうに微笑んだ。「どうした?」

「<パース>のことです。たった今、アステナ少将が戦闘配置の解除を下命すると共に、指揮権の掌握を宣言しました」

 その意味するところはひとつだ。ため息と共にリガルはゆっくりと頭を左右に振った。

「ラエスタは死んだのか?」

「いいえ、生きておられます。ただ、被弾した際に艦橋の半分が損壊し、重傷とのことです。乗員の半数が死傷し、次点指揮官としてアステナ少将が指揮を引き継ぐこととなりました」

「生きているだけでも奇跡だ。星々の息吹が傷を癒しますように」

 古い星間開拓時代の祈り言葉を呟いて、リガルは目を閉じた。セシルも微かな黙祷を捧げているようで、アイスブルーの鮮烈な光をたたえた瞳を瞼が覆っている。

「ありがとう、セシル。それと、あの乱戦の中での君の働きは特に見事だった。損害は皆無だったとはいえないが、まずは少ない犠牲で完勝できたことを喜ぼう」

「ありがとうございます、船長」

「たぶん、もうすぐ<パース>の支援のため複数のシャトルが行き交うことになる。もう少し頑張ってこれらを管制してくれ」

「はい、お任せあれ」

 普段はあまり笑わないセシルだが、儚い笑みを浮かべて自分の席に戻っていく。アキも無表情だが、その横顔は息を呑むほど美しかった。

(まだ、気を抜くには早すぎる)

 リガルは船長席の三次元ディスプレイに命じて、メキシコ星系図を呼び出し、この先に待ち受ける脅威と<アクトウェイ>の活動に思いを馳せた。


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