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遼遠のノクス・リーガル  作者: 夏木裕佑
Act.3 来るは別れのみならず
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15/23

Eps.15

 この宇宙には真空の代わりに、ありとあらゆる気にくわない出来事が詰まっているのではないか。そう考えればこれまでの人生が全て説明できてしまう気がする。

 不貞腐れた顔で船長席にふんぞり返っていたリガルの元に、アステナ・デュオ少将から今後の計画について話したいと通信が届く。それを報せるホログラフを苛立ちまぎれに手を振ってかき消すと、周囲の乗組員は不機嫌な船長の視界の中で気配を消そうといっそう静かな呼吸を心掛けるのだった。

 だがどれだけ薄汚い空気の中で育った人間でも、ましな人材はどこにでも転がっているらしい。仮想会議の後、契約のみを電子的に取り交わしただけであった<アクトウェイ>に対してアステナから初めて接触があったわけだが、短い通信の中でリガルは彼に対しての評価が劇的に変わったのを認めざるを得なかった。それも良いほうに。

 第三艦隊は国防宇宙軍の中では斜陽として語られる部隊の最たるもので、人材の墓場として知られる。配備される艦艇は軒並み型落ち、近代化改修も限界が見えた装備で編成され、他の二艦隊と比して数が少ない。この艦隊に配属されることは出世街道から外れたことを意味し、地味で冗長的な仕事の連続で経歴は埋まってしまう。

 その理由は、第三艦隊が後方支援を主任務とするためだ。

 軍縮の時代、海賊対策が重要視される現代において国防宇宙軍は軽視され続けてきた。艦隊司令部は軍拡路線を放棄したがために必然的に艦隊保全主義に走り、花形の戦闘艦隊である第一、第二艦隊ばかりが予算を吸い上げ、脚光を浴びた。軍組織が縮小するということは昇進ポストが減るということでもあり、実力主義とは裏腹に政治的駆け引きが影を落とした出世街道は政治力と実務能力を兼ね備えたスマートな人材を上位に押し上げたが、一方で能力を持ちながら癖の強い人材が行き場をなくしてしまった。

 第三艦隊が主眼とする任務は前線と後方を行き来する輸送船団の管理、運用、そして護衛だ。正面切っての艦隊戦闘ではなく、船団護衛と局所的戦闘を限られた兵力で行う後方管理部隊として位置づけられている。そうなればまず必要とされるのは複数の部隊を管理統率する優秀な司令部と、任務を確実に遂行する判断力を持った人員だ。要するに仕事はできても目立たない地道な努力が必要とされ、ましてや有事でもなければ功績などあげようもない。出世を目指すエリートたちにとっては決して近づきたくない職場だった。

 オリオン腕大戦時には八個を数えた国防宇宙軍艦隊も今はこんなものだ、とアステナ少将は自嘲気味に笑った。壮年の落ち着いた雰囲気を持つ男性で、リガルの境遇に一定の同情を示しつつも助力を求めることを厭わない謙虚な姿勢も持っている。尊敬ではなく柔軟な考え方で部下に活躍の場を与えるタイプだ。

「リガル船長、正直に言って君の立場は芳しくない。ラエスタ中将は契約を取り交わしたことには満足しているが、軍人らしからぬ態度だと憤慨しておられた」

「知ったことか。おれはもう軍人ではないのに、なぜ軍人の顔色をうかがう必要がある」

「それは君の理屈であって、世間の理屈ではない」アステナは毅然と言い返す。「カール・メンゾンの一件は知っている。君は正しいことをしたが、軍隊とは許容できる正しい行いに一定の制限を設けることで規律と実力を維持する集団なのだ。君はもはやノーマッドの枠には収まりきらない影響力を有していることを自覚し、自制しなければならない」

「メキシコ星系である女に似たようなことを言われたことがある。そんなに『銀河一の大馬鹿野郎』の名声は国防宇宙軍内で大きいのか?」

「正式な調査が行われたわけではない——そんなことをすれば蜂の巣を突いた大騒ぎになる——が、君の想像をはるかに上回っている。国防宇宙軍は粒ぞろいだが、一方でそれは軍縮で閉塞感の募ることの裏返しだ。艦が減れば昇進ポストは減る。国防宇宙軍には出世に熱心な者が多いが、一方でこの組織には先が見えていると見限る者も少なからず存在するのだよ。となれば、泥船を離れるより少しでも先に進めるように何とかしようと頭を捻る者もいるわけだ」

「おれの行動が国防宇宙軍内のいち派閥で解釈違いとなり、対立の火種になってるってことか。不平不満のはけ口というよりは、現状で最善を尽くした民衆の英雄を密かに応援する機運があるんだと理解したよ」

 アステナが首肯する。よりによって国防宇宙軍高官から危険人物としての烙印を押されてしまった格好となったリガルはますます不機嫌そうに顔をしかめるが、アステナは短く笑った。

「無論、国防宇宙軍を揺るがすほど大きなうねりとなることはない。口にするのも憚られることだが、君の存在が軍の自制心を無くしてしまうような事態には陥らないと保証しよう。君が軍歴の長い将官であればキャリアを捨ててまで擁護する者も出てくるだろうが、まだ若くして出世街道に片足を突っ込んだだけの若造にそこまで目をかける者もいないのだ、ただ一人を除いて」

「その大馬鹿野郎は誰だ? いや、待ってくれ。言わないでもわかる。今ばかりはそいつの名前は聞きたくない」

 その後、打ち合わせを済ませて船橋へ戻ってきたリガルは見るからに不機嫌そうだったので、誰も声をかけずに乗組員たちは目配せしあいながら様子をうかがっていたのだが、そんな彼らの気遣いを無に帰すようにアキがオブザーバー席から歩み寄った。

「アステナ少将との打ち合わせはいかがでしたか?」

 足を組んで頬肘をついていたリガルはじろりとアキを睨んだが、彼女のけろりとした顔が視界に入った時点で怒りはどこかへ吹き飛んでしまった。

 アキはこの船の女神だ。船そのものといっていい存在が視界に入った途端、船長としての責任感が躍り出て胸中で渦巻く不平不満はしずしずと椅子に座りなおして退場していく。

 ふと思う。おれとこの女との関係は、どう形容したらよいものだろうか?

「少なくともラエスタ中将ほど凝り固まった思考はしていない。第三艦隊はああいうちょっと変わった人材が集まる部隊だから、国防宇宙軍に抱いていた印象とはまた異なる為人のようだ。それでいて優秀なのは間違いない」

「となれば、我々の仕事は単純な戦闘任務ではなく、複雑な内容になるのでしょうか?」

 少し考えてから、リガルは首を振った。

「アステナ少将が考えているのは、<アクトウェイ>と他数隻でセイル星系付近の輸送船を護衛する、いわば用心棒としての運用のようだ。第三艦隊の行動に完全に組み込まれるというよりは、海賊による襲撃時に遊撃兵力として行動、可能であれば追撃し撃滅する運用になる。だが彼のことだから、船団を囮にして引き摺り出した敵勢力を積極的に排除するだろうな。船団護衛ってのは守るだけじゃなくて攻めの姿勢も同じくらい重要なものだから」

「正規軍は最低限の防衛のみ行い、たった一隻のノーマッドに追撃まで行わせるのですか?」

「先の戦闘でその任務に耐えうる実力を備えていると認めたが故でしょう」 砲雷長席からくるりと座席を回したイーライが発言する。「国防宇宙軍だって、じゅうぶんな予備兵力があれば一個戦隊を派遣して()()()を防ごうとする。だけど現状は船団護衛に一戦隊を張り付けるのが精々で、たとえ敵が撤退を開始しても輸送船団を放り出していくことはできない」

「イーライの言う通りだ。一個戦隊は定数二隻。おれたちは三隻目として行動することになる。通常の編成の中では余剰なんだよ、<アクトウェイ>は」

「彼らからしたら、軽巡洋艦級の航宙船を一隻丸ごと使い走りにできる好機(チャンス)というわけだ。必然的にこちらの負担が増えます。契約金が苦労に見合えばいいのですがね」

「額面は悪くないぞ?」

「船長、おわかりでしょうが仕事というものは実際にやってみるまで、その苦労がわからないものです」

 まったくだと互いに笑い合った時、セシルが声をあげ、事態はさらに転変するのだった。





 第一艦隊、敗退。

 その報せは国防宇宙軍関係者を除けばセイル星系に留められたものの、人の口に戸を立てることはできない。ましてや巨大な航宙艦は、ワープアウトしただけで暗闇に花火をあげるように目立ってしまうものだ。そして傷ついた艦艇を見た者は、彼らが戦闘でどのような結末を迎えたのかを容易に悟ったのである。

 言うまでもなく、この事実は人心を大いに揺るがした。その激震は市井のみならず、国防の矢面に立つ人間をこそ最も大きく伝わったのは言うまでもない。何しろ、第一艦隊は国防宇宙軍が動員できる最大、最強の機動兵力だったのだから。

 事態が明るみに出たのは半日前。セイル星系のクイナレ星系につづく跳躍点に出現した一九隻の集団に端を発する。

「我が艦隊は待ち伏せ攻撃を受けました」

 虚ろな眼差しでそう言ったのは、戦艦<ハーキス>艦長のクルーエ大佐だ。近距離の秘匿性が高いレーザー通信で会議に接続しているのはアージ・ラエスタ中将、アステナ・デュオ少将と二人に付き従う幕僚、そしてリガルとイーライ・ジョンソンである。情報漏洩の危険がある光速通信での会議を行ったのは、一刻も早い報告をラエスタが求めたためだが、こんなことでは国防宇宙軍の動揺を喧伝しているようなものだとリガルは内心、鼻で笑っていた。

 アルファ・ステーションと跳躍点の中間地点、先の海賊船団侵入の際に最終防衛線として想定されていた地点で、傷ついた第一艦隊の残存兵力と第二艦隊旗艦<パース>、第三艦隊旗艦<ウーズ>、そして<アクトウェイ>が邂逅している。可能な限り出力を抑え通信を秘匿するための措置だったが、聞くまでもなく最も重要な事実——レイズが劣勢に立たされていること——は言葉にするまでもない。

 仮想会議の設定に手を入れれば、同じ接続場所から参加している者だけの個別会話をすることもできる。イーライはすぐに自分の席のボタンを押して機能を有効にした。リガル以外のメンバーには、イーライが熱心に艦長の話を聞いているように見えているはずだ。

「このクルーエという艦長、もう軍務に耐えないでしょうね。このまま船を任せたところで、マルメディスまで帰り着けるかどうかも怪しいものです」

「艦長ということは大佐だろう。出世街道を外れて夢見果てたり、か」

「戦艦の艦長はシヴァでも羨望の的、航宙軍士官の経歴でも最も輝かしいものですが、彼はその責務に耐えられなかったとして汚名を被ることになるでしょう」

「まあ、あの男の未来はどうでもいい。ともかくどんな具合か聞いてみようじゃないか」

 イーライは何も言わずに頷きながらも実際には不安なことだろう。五〇隻を超えるレイズ星間連合の誇る主力艦隊の惨敗は確定している。そして残存兵力に期待はできない。損害が軽微な艦艇で第二艦隊を増強したところで第一艦隊を撃破した敵と互角に渡り合うことは望めないだろう。

「我々がクイナレ星系に到着した一日後に、メキシコ星系方面から三八隻の艦隊が出現しました。隊形は二つの箱型隊形で、ホメイ艦隊司令官は片方の隊形を攻撃するよう命じ、艦隊は軌道を変更して迎え撃ちました——」

 淡々と彼が話す中、ラエスタが自分の幕僚に何事かを耳打ちした。十数名が囲むテーブルの真ん中にクイナレ星系の殺風景な風景が表示される。

 クルーエの言葉通りに戦術図が更新されていくと、誰もが言葉を失った。イーライは懸命に無表情を装っていたがその顔つきは険しく、リガルでさえも映像を前に軽口を挟む余裕を失ってしまった。

 見る限り、アーガス・ホメイ中将の判断に誤りはなく、第一艦隊の作戦行動にも問題はなかった。敵艦隊は近接しているとはいえ二分された隊形を組み、数的有利は第一艦隊にある。リガルでも、片方の隊形へ攻撃を集中させるよう頭を捻っただろうし、そのためには兵力を集中させる以外にない。初撃でさらなる有利を確保すればその後の戦闘は些末な問題だ。

 ホメイは敵艦隊を正面から相手取るのではなく、公転基準面に対してやや上方、敵艦隊の右翼を掠めるような軌道で通過射撃を行う意図だった。本隊は最右翼に位置し、三隻の戦艦が率いる三つの分艦隊を形成。わざと火力を偏重させることで敵の軌道変更を誘っていて、うまくいけば戦艦の強力な主砲で大打撃を与えられるだろう。リガルにはホメイの狙いが正確に把握できた。各分艦隊はコイン型の隊形を組んでおり、三枚のコインが重なった状態である。敵艦隊と接触する直前でコインをそれぞれずらしながら左翼側へ展開し、敵艦隊の右翼を集中攻撃するつもりだ。

 クルーエの報告が続く。移り行く展開はリガルの予想通りで、ホメイは接触十五分前に隊形の展開を命じた。訓練通りの滑らかな動きで広がっていく第一艦隊とは裏腹に、どういうわけか敵艦隊は隊形も進路もそのままに前進を続けている。今まさに包囲されつつあるというのに何も行動を起こさない、奇妙な状況だった。いくら未熟な指揮官でも、何の反応も示さないというのはありえない。違和感は大きくなるばかりだが、ここまでくれば後は第一艦隊の有利は覆らないだろう。交戦するまでに隊形組み換えと移動を行う時間的猶予が残されていないのだ。結末は変えがたいものとなっていく。

 しかし接触の僅か一分前になった途端、敵艦隊は各艦が一斉に向きを変え加速を開始。予想を上回る動きで、ホログラフを見つめていた全員は言葉を失った。

 想像だにしない凄まじい加速度で四方八方へ飛び出したため、戦術図上では敵艦隊の箱型隊形が内側から爆発したかのように見えた。銃弾のように飛び出した敵艦は完璧に制御された動きで、一定の距離を移動した後で五つの戦隊と思しき隊形を象る。

 集中砲火を企図していた第一艦隊はどの標的を砲撃してよいかわからず、射程圏内に入った敵戦隊を片っ端から砲撃し始めたが効果が薄い。柔軟と呼ぶには言葉足らずなほど滑らかな隊形変更は船の性能もさることながら、乗組員の練度も想像を絶するものだ。そして次の瞬間には敵艦隊が第一艦隊の最右翼のコイン型隊形を反包囲し、集中攻撃していたのである。

 まず、旗艦<カウラス>が集中砲火を受けてパワーコアのオーバーロードにより轟沈。ホメイは脱出する間もなく、数百名の乗組員と運命を共にした。第一艦隊は大混乱を来し、各艦は懸命に敵艦へと反撃するもほとんどあてずっぽうに近い砲撃では効果がない。各隊形の中で狙いやすい位置の駆逐艦、次いで軽巡洋艦が砲撃を受け相次いで大破していく。ものの三分足らずの戦闘でコイン型隊形のひとつを壊滅させると、敵艦隊の戦隊は今度は中央のコイン型隊形へと狙いを定めた。

 リガルはクルーエが提供した映像のひとつに目が釘付けになった。敵艦隊の全ては軽巡洋艦よりやや小さい規模の、薄い長方形の中心からやや後方が膨らんだような形状の航宙船で構成されている。その銀色の船体は人類のものではなく、安っぽい映画に登場する異種知性体の侵略艦を想起させるようなデザインなのだ。

 万事休すかと思われたその時、第一艦隊の残存兵力は最初の衝撃から立ち直り反撃し始めた。生き残った中で再先任であったケナス大佐が指揮を引き継ぎコイン型隊形をまとめ上げ、組織的な攻撃を試みた。この大混戦の中で指揮命令系統を復活させるのはさすがの精鋭というべきだろう。

 混乱から態勢を立て直した第一艦隊は、前面を半球形に覆うように展開している敵戦隊のひとつめがけて突撃を開始。敵艦隊の神髄は機動力にあり、攻防では自軍に利があるとケナスが踏んだのだろう。決死の突破戦術は成功したかに見えたが、敵戦隊は個々に加速を開始して時間差をつけ撤退しようと加速しながら大きく旋回する第一艦隊の側面へ回り込み通過攻撃。この攻撃でケナス大佐が戦死し、いま指揮を執っているクルーエ大佐が最後に生き残った戦艦の艦長として残存部隊を結集、セイル星系まで辛くも落ち延びたというわけだった。

 あの銀色の艦隊と出くわした時点で、ホメイの命運は尽きていたのだ。リガルは苦虫をかみつぶしたような顔で停止した映像を睨んでいた。今でさえ、もう少しやりようはなかったのかと考えてしまうが、敵の情報が皆無であるからにはホメイのやり方は間違っていない。むしろ第一艦隊は善戦したといえた。結果が伴わなかったことが残念だが、これ以上は望むべくもなかったろう。

 クルーエは映像が止まった後も、震えた声で話し続けた。

「まるで、悪夢を見ているようでした。敵艦隊は機動力に長け、我が艦隊を翻弄しました。為す術もなく次々と僚艦が沈んでいき……敵艦隊はほとんど無傷のまま残ったのです」

「クルーエ大佐、あなたは奮闘しました。こうして第一艦隊が全滅を免れたのはあなたの献身あってこそです。自分を責めることはありません。それで、他に報告することはありますか? 今後のために、我々もじゅうぶんな情報を得ておきたいのです」

 虚ろな目つきのままぼんやりと頷き、クルーエはまた三次元ディスプレイを操作してクイナレ星系のセイル星系方面の跳躍点を示した。

「監視用に駆逐艦を二隻、残してきました。何かあれば彼らが跳躍し、連絡してくれるはずです。それ以上のことは……わたしにはわかりません」

 項垂れた彼から、ラエスタはアステナをちらりと見た。彼はそれとなく首を横に振り、これ以上は何も聞き出せないだろうと場の打ち切りを求めた。

「わかりました。クルーエ大佐、あとは我々に任せてアルファ・ステーションへ向かい、残存兵力を再編してください。何か連絡したいことがあれば通信でお願いします」

 遠まわしに退出を促されたことに気付かず、クーリエはしばらく座ったまま目を瞬いていたが、やがて立ち上がり、敬礼した。そのまま彼の姿が掻き消えると同時に大きく息を吐いて、ラエスタは背もたれに身を預けた。並ぶ軍人たちの中には額を抑えたり、眉間に深い皺を刻んでいる者もいるが、対照的にアステナ少将をはじめとする第三艦隊の面子は飄々としていた。

 辛うじて頭を抱えることはせず、ラエスタはテーブルの一点を睨みながら呟くように言った。

「極めて憂慮すべき事態です。第一艦隊がまさか敗北するとは……」

「これで我が方の数的有利は消滅したとみるべきでしょう。今後は常に数的不利がつきまとい、一策を案じないことには互角の勝負もままなりません」

 幕僚の一人が放った言葉は重く受け止められた。ラエスタは厳しい眼差しを彼に向けて頷く。敵艦隊はほとんど無傷で残っているし、まだメキシコ星系にはバルハザール宇宙軍の艦隊が布陣しているに違いない。セイル星系に辿り着いた第一艦隊の残存艦艇は一九隻だが、三分の一は乾ドックでの修復が必要なほど傷ついている。他の艦艇も十全な戦闘力を発揮できるとは言い難い。応急修理を施したとしても一二隻が戦線復帰できれば御の字だ。

 ラエスタは少し考えてから、気を取り直してアステナへ目を向ける。

「第三艦隊の戦闘参加は可能ですか?」

 ほんの一瞬、アステナの顔に皮肉めいた笑みがひらめいたのをリガルは見逃さなかった。第三艦隊とて国防宇宙軍のれっきとした兵力のひとつである。その司令官であるアステナに、戦えるかどうかを問うのは潜在的な第三艦隊蔑視といえるだろう。戦力外とみなしている、そう宣言したに等しい。

 思わず人の悪い笑みを浮かべたリガルに気付き、ラエスタは自分の失言を自覚して顔を赤らめたが、アステナは咳払いをして隣に座る眼鏡をかけた痩せぎすの男に声をかけた。

「どう思うかね、参謀長?」

 水を向けられたのは第三艦隊参謀長のギンズ・バルトロメオ大佐だ。サレイド・カルツィオのように怜悧な印象を与える男だが、実際には泥臭く実直な性格の彼は落ち着いた様子でよどみなく答える。

「ラエスタ中将がご期待されている通り、前線兵力としての活動は可能です。しかし第三艦隊は装備、規模の面で第二艦隊に劣ります。閣下のお考えとしては、後方における船団護衛その他の任務を連合警備隊へ委譲することかと推察しますが」

「ええ、その通りです」

「であれば、第一艦隊の残存兵力も余すことなく前線へ投入すべきです。出し惜しみは無し、動かせる船は全てメキシコ星系へ向かわせ、短期決戦を挑むべきです。そうでなければ現況を覆すことはできず、敵に主導権(イニシアチブ)を与えたままとなります」

「もうひとつの国境星系であるカーレ星系方面の防衛はどう考えますか?」

「もちろん、考慮すべきではあります。しかし現状、我々はメキシコ星系方面の敵勢だけでも数的に劣勢です」

「であればなおさら、防備を固めて守勢に回ることが合理的ではありませんか?」

 先ほど発言した第二艦隊の幕僚が口を挟む。バルトロメオ大佐は律儀に頷き返したが、それはただの相槌に過ぎない。

「兵力温存を企図するのであれば、このままセイル星系に留まればよろしいでしょう。しかしメキシコ星系からはフォーマン星系を経由しても移動が可能です。つまり、我が方は動けませんが敵は攻撃ルートを選定できます。敵軍は機動力を発揮できる状態なのです。であれば、まずメキシコ星系の奪還を優先し、その後に機動力を発揮して敵船力を殲滅すれば兵力を集中でき、敵戦力の漸減を図ることで敵の次の一手を打つ時間を与えないことが肝要です」

「わたしも同意見です、ラエスタ中将。橋頭保を奪回すれば、レイズ領宙で孤立無援となっている敵艦隊を叩けばよいだけの話なのですから」と、アステナが賛意を示す。「もしかすれば、メキシコ星系を奪還した段階でバルハザールは講和に応じるかもしれません。内戦から立ち直り切っていない敵国が豊富な予備兵力を揃えているとは考えづらいですし、国内の治安維持——とは名ばかりの内部粛清と謀反への備え——を怠らないためには、それほど多くの兵力を我が国へ差し向けることはできないはずですから」

「なるほど、理解できました。第一艦隊の残存兵力を動員するのはわたしも賛成です。しかし指揮官がいません。クルーエ大佐には明らかに……荷が重いでしょう。何よりも、彼には休息が必要です」

「であれば、優秀な人材を充てるしかありませんね。ここぞというときに臨機応変に判断し、指揮官の経験もあり、事態に対処できる人間で、既にその能力を証明して見せた者を」

 アステナが顔を向けるので、全員の視線がリガルへと集まる。

 バルトロメオとアステナの策はリガルも考えていたものだった。なかなかやるなと高みの見物を決め込んでいたのだが、アステナは荒唐無稽な一手を考えていたようだ。

 リガルにとっては悪辣というほかなかったが。

 冗談だろうと言いたい気を堪えて反論する。

「ちょっと待ってくれ。確かに元軍人とはいえ、おれの経歴はどれだけ高く見積もったって駆逐艦の艦長くらいだ。艦隊指揮なんて無理だし、何よりおれはノーマッドだぞ」

「だが、わたしとバルトロメオ参謀長の提案した内容は既に君も考えていたのだろう? 開戦初期から始まり現在の戦況をよく理解しているじゃないか。それに、艦隊指揮とはいえこの場合、十隻強の戦隊規模を統率できれば問題はない」

「それはそうだが、指揮官くらい国防宇宙軍から出してくれよ。なぜおれに任せる必要がある? 掃いて捨てるほど人材がいるはずだ、軍隊ってのは」

「それがそうとも言えないのです、リガル船長」

 意外にもラエスタ中将がアステナ少将に口添えした。

「予備役の招集も始まっていますが、一年も現場から離れれば戦術眼は鈍ります。それに、マルメディス星系に連絡船を送って指揮官候補を連れてくるだけで一カ月はかかるでしょう。必要なのは時間をかけて練り上げた最高の計画ではなく、今すぐに実行できる最善の行動なのです」

「第二艦隊の戦艦の艦長でもいいだろ」

「リガル船長、あなたが連合警備隊からの依頼で見せた活躍を拝見しました。正直なところ、わたしはあなたに依頼したい。法的な手続きはどうとでもなります。それに、あなたほどの人材がこのまま市井に埋もれてしまうのは実に惜しい」

 そこで初めてリガルはラエスタがカール・メンゾン船団襲撃事件を強く記憶している軍人であることに気が付く。アステナもそうだが、レイズの将官というものは恥も外聞もなく助け船を求めているものらしい。

 非情にまずい流れだ。まさか国防宇宙軍の艦隊指揮すらも任されるとは、なにがなんでも避けねばならない。

 そこでリガルはある人物の顔を思い浮かべ、躊躇せずにその名を出した。





「それでおれにお鉢が回ってきたというわけか」

「<アクトウェイ>だって前線に駆り出されるんだ。恨みっこなしだぜ」

「文句はあるが、恨みはないとも」

 カルーザ・メンフィス第二保安本部副本部長は紺碧色の連合警備隊制服ではなく、灰色の国防宇宙軍の航宙服に身を包み制帽をかぶったままラップトップコンソールを打鍵している。視線は画面から離さない。

 現在の彼の所属は非常に曖昧だ。連合警備隊から国防宇宙軍は艦隊司令部へ出向、さらにそこから第一艦隊へ転属となっている。最終的な役職としては第一艦隊司令官代理であり、本来の彼の職務はマーカス・ビーンズ第二保安本部本部長が副本部長を兼任することで穴を埋めた。

 補給や体制変更のために再びアルファ・ステーションへ帰港した<アクトウェイ>が桟橋に係留された頃には、ラエスタ中将の権限で連合警備隊との折衝は済んでいた。それどころかカルーザはすぐに帰港した帰港した戦艦<ハーキス>に乗り込み、立ちどころに指揮権を掌握してしまった。士気の低下した乗員たちは落ち込む暇もなく、<ハーキス>の応急修理に駆り出され昼も夜もなく働きづめになっている

 リガルですら舌を巻くほどの辣腕を発揮するカルーザは、活き活きしているというより憮然としているように見えた。リガルの口上で損な役回りになったと知り怒るかと思いきや、彼は相変わらず淡々とした調子で肩に縫い付けられた准将の階級章を引っ張る。

「一等宙佐だったから、これで事実上の昇進を果たしたことになるなぁ。二十代で将官か。なんだかまだ慣れない」

「その割にはそつなくこなしてるじゃないか。板についてるってうちの乗組員も言ってた」

「おれの能力だけじゃない、優秀な副官がいるんだ。ブレストン一等宙尉がいただろ。彼女も連れていくことにした」

 苦も無く、リガルは小麦色の肌と流れるような金髪の美女を思い出すことができた。

「なかなか憎いことをするじゃないか。あの才色兼備を連れていくのか」

「茶化している場合か。彼女の事務処理能力を見てないからそんなことが言えるんだ。ブレストンがいなければ今ごろおれは十回くらいは過労死してる。純然たる実力志向に基づいた人事だ」

 さて、とカルーザは居住まいを正して着席するよう促した。仮想空間ではない、<ハーキス>の艦内に用意された本物の会議室のテーブルに向かい合って座る。部屋の中は二人きりで、カルーザは手に持っているラップトップコンソールを改めて見下ろした。

 リガルがここに呼ばれたのは、これまでの出来事の所感を聞くためだった。開戦してからの情報をカルーザは貪欲に吸い上げている。リガルはあらためてサレイド・カルツィオとの邂逅やEXUとのやり取りに始まるメキシコ星系からの脱出劇について話した。セイル星系に来てからのことは詳細を語るより、現場で戦闘状況に陥った際の心境など。

 小一時間ほど話し込んだ後、カルーザは手元でとったメモを一通り読み直し、あらためてリ月の顔を凝視する。

「アステナ少将じゃないけどな……おれとしてはお前にこそ、この役を買って出て欲しかった。会議の場では断ったそうだが、お前なら一個戦隊もあればバルハザールの無法者どもを一蹴できるだろう」

 鼻で笑い、リガルはテーブルの上に足を乗せた。航宙服の上着の前を開き、腕を組む。

「よせよ、カルーザ。お前にだって似たような芸当はできるはずだ。おれである必然性はどこにもないね。それに、冗談にしちゃもう少し気の利いたことを言えないと女にモテないぞ」

「おれが言ってるのは冗談や揶揄、ましてや皮肉でもない。心からの本心だ」カルーザはコンソールを閉じて身を乗り出す。「再びお前に国防宇宙軍の制服を着てもらいたかった。不名誉除隊に等しい扱いを受けたお前が、戻ってきてくれたら——」

「お前はおれが返り咲くのを期待して、これまであれこれと任せてきたというわけか?」

「そうだ」

「たらればの話をしても仕方がない。おれはノーマッドだ。お前とは見ているものが違う」

「だというなら、なぜ国防宇宙軍と契約した?」

「一刻も早く自由になりたいからさ」

 お互いの目の中に複雑な感情を見て取った二人だが、やがてどちらともなしに席を立ち、連れ立って会議室を後にした。



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