Eps.14
作戦とは不確定要素を排除することではない。想定外の事象が当面の目的へ与える影響を最小限に留めるための準備をすることだ。
セイル星系の防衛計画を練るにあたり、国防士官学校の教官から教わったことをリガルは何度も思い返すこととなった。ラズセ星系での戦いで同じことを痛感したはずだが、兵力が増え、戦いの規模が上がるにつれ立案者の責任も指数関数的に重くなるものだと認めざるを得ない。今や双肩にかかるのは数万人の民間人が生活するアルファ・ステーションの安全そのものだった。
国民の生命と財産に対する責任感を軍人時代よりもノーマッドとして宇宙の荒波に漕ぎ出したこの時に強く実感しているのは皮肉な状況といえるだろうが、いま自分の中で発揮されている能力は間違いなく軍人時代に培ったものだ。国防士官学校が想定していた発揮の仕方ではないだろうが。
アルファ・ステーションを出港した<アクトウェイ>に随伴しているのは、総勢一二隻のフリゲート艦である。指揮を執るのはカルーザ・メンフィス副本部長その人で、彼はリズ・ブレストン一等宙尉が操る<アスベル>に座上している。彼は一二隻を四隻ずつの戦隊に分割して正方形陣形を取らせると、それらを四枚重ねるように箱型隊形を取らせた。ラズセ星系で編成された特設巡視隊とまったく同じ隊形だが、警備隊の連中にはあれが限界だろう、とリガルは今だけはカルーザの苦労を慮る。国防宇宙軍の艦艇であれば、もっと複雑で、戦力を分散し火力を最大限に発揮する隊形を実行できたはずだ。だが連合警備隊のフリゲート艦はほとんど単独行動を前提に建造され、データリンクを用いた大部隊での正面戦闘などそもそも訓練すら受けていない。複雑な隊形を取ったところで足枷になるだけだから、このように単純な戦術しか取れない。
有事の際に国防宇宙軍が連合警備隊に対し上位の命令権を持つことは理想的ではあるが、それは制度上の問題にすぎない、と士官学校時代によくカルーザと話したものだ。理由は正に今のこの状況である。指揮官が軍人になったところで指揮下の警備隊員の練度が向上するわけではない。命令者と実行者の任務遂行能力に深刻な乖離が発生している場合、往々にして戦闘行動を取ることはそのまま自壊に繋がる。フリゲート艦の艦長らに必要な訓練を施すか、より重武装化するか、いずれかだ。
とはいえ現状では不満を言っている余裕もない。カルーザがこの単純な隊形で船体を三つに分割し管理しているのは不本意極まりないだろうが、これが今の最善であることは間違いなかった。
だからこそ<アクトウェイ>か、とリガルはため息をつく。
ちくしょう、おれはあいつに同情なんてしたくないのに。臍を噛む思いで、リガルは<アスベル>の光点を見つめた。ラズセ星系の時は頼りになると思ったものだが、カルーザが乗り込んでいると思えば素直になれない。
「船長、お加減でも悪いのですか」
たまたま通りかかったキャロッサが顔を覗き込んだ。リガルは苦笑いしながら首を横に振る。
「ちょっと考え事をしてただけだ。それよりもキャロッサ、君は戦闘時にはどうする。船橋に必ずしもいる必要はないと思うが、万が一、負傷者が出た時のために医務室にいるか?」
乗組員たちにコーヒーの注がれた保温ポットを配っていたらしいキャロッサは、手押しの電動カートを押す手を止めてリガルを見据えた。いつも優しい顔をしている彼女にしては生真面目な視線が貫く。
「いいえ、船橋にいさせてください。皆さんが戦っている横で部屋にこもっているのは嫌です。それに、負傷者が出るとしたらこの船橋ですし、何かお手伝いできることがあるかもしれません。もちろん、お邪魔でなければですけど」
「一理ある。君が船橋にいるのは問題ない、席もあることだしな。じゃあ、いつも通りアキの隣に」
ありがとうございます、と律儀にお辞儀をしてからキャロッサは給湯室へ姿を消した。それを見送ってから、リガルは正面に視線を戻し、さてと気持ちを切り替える。
<アクトウェイ>は一二隻のフリゲート艦隊とは別行動をとっている。アキは便宜的にこの艦隊をメンフィス特務隊と命名した。特設巡視隊でいいのではと思ったが、副本部長直々に指揮を執るとあっては特殊な呼称となるらしい。このメンフィス特務隊はアルファ・ステーションとビスラ星系方面の跳躍点のちょうど中間地点で、跳躍点へ向けて〇・一光速で慣性航行中だ。<アクトウェイ>はといえば恒星セイルからの距離はほぼ跳躍点までと同じ距離を、公転軌道を時計回りに遡った位置にあった。
作戦の内容はシンプルだ。ビスラ星系で得た最後の情報を元に、いつ海賊船団が跳躍点に現れるのかを計算した時刻に<アクトウェイ>が高速で跳躍点を通り過ぎるよう定位置につく。そしてワープアウトした直後の海賊船団へ一撃を浴びせ離脱、可能であれば三隻の大型海賊船に損害を与えて敵戦力の漸減を図る。
敵の大型海賊船が持つ最大の有利は三隻という数だ。<アクトウェイ>は一隻だから、単艦としての戦闘力で勝ったとしても戦術的優位は敵方にあるのである。敵の数を減らせば正面戦闘でも有利に事を運ぶことができる。一隻でも撃沈できれば状況は劇的に改善されるだろう。
一方で、これが目下の頭痛の種なのだが、作戦とは計画よりも実効性にこそ重きを置くべきで、絵に描いた餅としてはいけないのだ。
「事前のプログラムに従って機動させるって言ってもね」
渋面をつくったジュリー・バックが艶を失った褐色の肌を撫で回しつつ、アキに文句を言う。対して、白髪の機械人形は淑やかだが断固とした調子で頭を振ってみせた。
「今回、本船の機動はそのまま作戦の成否に直結します。航海長の技術であれば問題ないと判断しますが、ご自身が不安であると仰るのなら、自動制御とすべきです」
「二度目は無いってことさね。アタシだってあんたの言いたいことはわかってる。だけど他の奴らが自分の仕事をしてるのに、アタシだけ良いとこ無しで黙って見てろっていうのは酷だよ」
「では、手動操舵でいいのでは?」
「その自信がないんだって」
「なら自動でよろしいでしょう」
「まったく、理屈っぽいね!」
「機械ですから」
漫才かと思えるがシビアな押し問答をしている二人を遠巻きに眺める乗組員たちの顔は一見に値する。ふと、砲雷長席からこちらを振り返っているイーライ・ジョンソンと目が合った。彼は気付かれないように目玉をぐるりと回す。セシルはといえば黙って自分の席でコンソールを打鍵しつづけているが、その横顔に微笑が浮かんでいた。
見てられないといった様子で、フィリップが大きく咳払いをする。
「ジュリーよ、アキも言ってたろう。この船の最大の売りは機動力だ。つまり航海長には責任も技術もいるんだよ。おれの知る限り、お前さんはこの船に乗り込んで一ヶ月も経っちゃいない。普通の貨物輸送船だって習熟期間として三ヶ月は最低でも取るもんだ」
「要するに、失敗して当たり前、できなくても気にするなってことかい?」
「まあ、そういうこった。肩の力抜いて——」
「気に入らないね」
「なに?」
ジュリーははだけた航宙服の襟を立てて、仏頂面のまま腕を組んだ。強張った顔で目の前のホログラフの群れを睨みつける。
「はっきり言うけどもさ。アタシが皆を信用しても、皆はアタシを信じてない」
「そういうわけじゃ……」
「いや、いい。なんとかする。今までもそうしてきたんだ。アキ、ぎりぎりまで付き合ってもらうからね」
「わたしは問題ありませんが。船長、よろしいですか?」
首だけをこちらに向けるアキに、リガルは即答した。
「ああ、彼女の気が済むまでやってくれ」
「恩に着るよ、船長」
席を立ったイーライが、アキと小声で何事かを話し始めたジュリーを横目で見ながらリガルの側にやって来た。
「いいんですか。予定通りなら、戦闘開始の二時間前を既に切っています。いま見えていないだけで、敵は目と鼻の先です」
身を屈めて耳打ちする。リガルはホログラフの群れから少しでも状況が変化した兆しがないかを目まぐるしく追いながら頷いた。
「どっちみち、自動制御で戦闘時の急激な状況変化に対応できるとは思えん。ジュリーがうまくいかなければ——」
「その先は言わなくても大丈夫です。聞きたくないというのが本音ですが」
「後悔してるか、イーライ?」
「まさか。面白くなってきた、そういう状況でしょう?」
この男も大概だな。リガルが苦笑いすると、イーライは片目を閉じてからキャロッサに頼んで二杯目のコーヒーを淹れに一緒に給湯室へ姿を消した。セシルが先ほどから何も言わないので彼女の作業内容を開いてみると、どうやらセイル星系の重力環境など多数の情報をまとめているようだ。
ジュリーの仕事に活かすため、彼女は彼女のできる事をしていたということだ。フィリップも同じようで、予定された加速とそれ以降に求められるエネルギー量とパワーコアの稼働状況を照らし合わせて念入りな調整を行なっていた。ジュリーの言葉とは裏腹に、全員がジュリーの操る舵に自分の命を賭けている。
いい船になりつつある。きっとなるだろう、とリガルは思った。
<アスベル>からの通信を開くと案の定、カルーザ・メンフィスから状況確認の通信だった。リガルは作戦計画に変更がなく<アクトウェイ>の準備も万全であることを伝えたが、カルーザは疑念を持っているようだった。
「乗組員の調子はどうだ?」
こいつの感じている不安はおれと同じだろう。全て理解したうえでリガルは頷いた。
「みんな優秀だ。国防宇宙軍にいたらおれよりも出世してたんじゃないかと思うよ」
「優秀な奴はごろごろいる。お前の場合は能力以外の問題が多すぎるのさ」
腐れ縁の友人らしい台詞を残してカルーザが消えると、アキがオブザーバー席から語りかけた。
「船長、作戦開始十分前です」
「了解。各セクション、改めて段取りを確認しておけ」
その言葉を聞き、泣きそうな子供のような表情でジュリーが振り返る。
「船長、アタシは——」
「航海長」
弱音を言いかけた航海長を遮って、リガルは彼女へ頷きかけた。
ジュリーは唇を引き結んで頷き、正面を向いた。船橋において中心に位置しているのはリガルの座する船長席だが、正面の一段下がった個所に航海長席がある。くすんだ金色の長髪が揺れるのを見つめながら、同じ星海を見ながらも実際に舵を取り操船を行う彼女には違うように見えるのだろうと気が付いた。
雌伏の二年が自分を大人にしたのだろうか、とリガルは束の間に考え込んでしまいそうになるのを堪え、セシルが手を挙げるほうへ顔を向ける。
「船長、連合警備隊から拝借した人工惑星の設置が完了しました。強指向性レーザー通信によりデータリンク接続、起動して索敵中です」
ビスラ星系方面の跳躍点を取り囲むように人工惑星の設置提案したのはセシルだった。連合警備隊の所有する人工惑星は主に近傍を通過する船舶を記録し、状況により誰何を行うよう設定されたものだったが、ステルス性を考慮せずに敵の位置をより正確に知りたい<アクトウェイ>にとっては願ったりの装備だ。リガルはアルファ・ステーションを出港する前にカルーザにこれを利用できるか取り次いで了承を得ている。
軌道投入は<アクトウェイ>の手により行われた。跳躍点から三光分の位置に浮かんで来るべき敵の襲来を待ち受ける同船から投入するのが理想的だったし、そもそもメンフィス特務隊の速力では人工惑星を投入してから戦闘態勢を取ることなど不可能だった。そう考えれば、セイル星系での戦いは最も激しい部分を残しているとはいえ、時間との戦いであったともいえる。今まさにビスラ星系の跳躍点から一光時の位置まで詰めている同隊を見てリガルは鼻を鳴らした。
「船長、こっちはいつでもいけるぜ。パワーコアは万全だと思ってくれや」
「了解だ、機関長。砲雷長、人工惑星から送信される情報は考慮できているか?」
「万全です。砲撃プログラムへの組み込みも終えてテスト信号も問題なく受信済み。後はご命令を待つのみです」
「よし。航海長、頼んだぞ」
「オーケイ、船長」
船橋を覆う半球形のホログラフに、星の海を背景に作戦開始までのカウントダウンが表示される。アキはリガルの左後ろにあるオブザーバー席でただ座っているように見えるが、各セクション長の作業を監視し必要に応じてリソースを割きサポートを行っている。
そしてカウントダウンが進み、遂にゼロ時間を迎えた。
リガルは通信ボタンを叩く。
「時間だ。第一次加速開始」
「あいよ」
<アクトウェイ>のプラズマ反動エンジンが火を噴く。青白いプラズマの炎が彗星のように尾を引いて、矢じり型の流麗な黒い船体が加速を開始した。数分の時差を置いてこの光景を目の当たりにしたカルーザが軽やかに口笛を吹く。
カウントダウンはもうひとつ進められている。予測される敵船団のワープアウト時刻だ。この時刻の前後五分以内に敵船団がワープアウトした場合は加減速で即応できるが、それ以上の誤差が出た場合は通過攻撃を断念するしかない。かなりシビアな計算だが、アキがラズセ星系の戦いにおける大型海賊船の諸元からそれなりに精密な計算を行った予測だ。機関長のフィリップが確認し太鼓判を押されている。信じるしかないし、信じるに足る情報に違いない、はずだ。
しっとりと汗ばんだ手を握りしめる。ジュリーだけではない、<アクトウェイ>の未だ慣れ切っていないクルーが誰一人としてミスをしないことがこの作戦の前提条件だ。賭けだが現実問題として、三隻もの駆逐艦と複数の武装商船を相手取るのであれば分の悪い賭けとなる。
それに、とリガルはほくそ笑む。阿漕な航海こそノーマッドの流儀というものではないか?
ふつふつと沸き上がる高揚感はしかし、緊張感と相殺される。<アクトウェイ>が一丁前に力を発揮できるかどうか、そしてノーマッドとして生きていけるのかどうか、両方がこの戦いで、わかる。
「ワープアウト十分前」
今のところジュリーの操船は彼女が自信を無くすほど悪くはない。滑らかに加速を続け、程なくして<アクトウェイ>は〇・二光速に到達した時点で加速を停止。慣性航行によりビスラ星系方面の跳躍点よりやや恒星セイルへ寄ったポイントを通過する軌道を進んでいく。
そしてワープアウト六分三二秒前になった時、短い警報が鳴り響く。リガルは舌打ちを堪えて、ホログラフが示す異変を睨みつけた。
「敵船団、出現」
セシルの落胆が込められた報告が響く。
三隻の大型海賊船が正三角形の各頂点に並んで平面を先頭に向けて進み、その後ろに大小さまざまな武装商船が一六隻、追随している。事前の情報通りだが、これで作戦の八割は失敗に終わった。敵の到着が早すぎたのだ。誤差の範疇とはいえ、既に敵はリアクションを起こしており、人工惑星などから得られる情報では大型海賊船が隊形を崩さずにこちらへ回頭していることを示していた。
「船長、どうなされますか」
アキが言う。リガルは判断に迷った。今からでも通過攻撃は可能だが、ほとんど正面からの攻撃になるため損害は避けられないだろう。かといってこのまま万全の状態で敵船団を通過させれば、今ほど条件の整った状態でまたいつ攻撃する機会が訪れるかわからない。
決断できないまま数秒が経過した時、何かを叩くような乾いた音が響いた。
ジュリーが自分の頬を叩いている。顔が膨れ上がってしまうのではないかというほど激しく何度か手を振った後、彼女は大きく息を吐いた。
「悩むのはやめだ、やめ、やめ! 全員、しっかりつかまってなよ!」
「おい、お前はいったい何を——」
イーライの言葉が途中から悲鳴に変わった。
突如として<アクトウェイ>が強引な右回転を始めた。慣性補正装置が働くとはいえ相殺しきれない加速度が横から体を襲い、各セクションに座るクルーたちは慌てて肘掛けを掴んで身体を支えるも体勢が左へ流れる。
「ハイヨー!」
掛け声とともにジュリーが始めた機動を、リガルはすべて把握しきれなかった。目まぐるしく回転を続ける星々の瞬きだけが目に焼き付いている。
ジュリーは船首と船尾を入れ替えるように右へ回転を加えながら加速を開始したのだ。まるで火の点いたブーメランのようにアクロバティックな機動を始めた<アクトウェイ>は最初の内は加速していたが、回転が進むにつれ急激に左舷側へ軌道が逸れていく。子供向けの玩具でこんなふうに地面を暴れ回る花火があったな、と他人事のように頭の片隅で思い出すが、まさか自分自身が花火になるとは。
制御不能に陥ったかのような<アクトウェイ>の機動を目の当たりにし、既にフリゲート艦や<アクトウェイ>の存在を察知していた敵は、明らかにどう対応していいかわからないといった様子で加速を停止した。そこでようやく、リガルはジュリーの狙いを理解し、目を白黒させながらも命令を飛ばす。
「イーライ、砲撃準備」肩書ではなく名前で呼びかけている。「敵船団の近傍を通過した時点で攻撃しろ。目標選択および武装使用方法は任せる。セシル、本船のセンサー情報ではなく人工惑星から得た情報をイーライへ回せ。フィリップ、とにかくパワーコア出力を安定させるんだ。APS装甲とエンジンに最適な出力配分を」
「アイアイサー」
異口同音に全員が返事をする。ジュリーは今までの悩ましい表情を消していたが、代わりに晴れやかな笑顔を浮かべ、コンソールをリズミカルに打鍵して<アクトウェイ>を操船していた。
道理でこの船にやってくるわけだ、とリガルは苦笑いしながら得心する。こんな調子では、ジュリーが乗り組んできた船は何隻かどころではなかったに違いない。
ふと後ろを振り返ると、キャロッサが目を白黒させて必死に座席にしがみついているのと、アキが驚いた猫のように目を丸くして前を向いているのが見えた。どうやらこのような機動を行うのは彼女の想定外であったらしい。それもそうだ、おれだってこんないかれたことをするもんか、とリガルは胸中で独り言ちる。
滅茶苦茶な操船ではあるが、ジュリーは完璧に<アクトウェイ>を操っていた。<アクトウェイ>の船首がセイル星系外縁を向き、やがて進行方向に対し船尾を向けると主機の推力が弱まる。そして恒星セイルが視界に入り始めたところで最大加速に転じた。大丈夫、ジュリーは自分のやるべきことをわかっている、とリガルは自分に言い聞かせる。
宇宙空間で用いるには適さないだろうが、天と地がひっくり返るとはこのことだ。リガルは気分が悪くなってきたのを我慢して必死にホログラフを睨みつけて船の現在位置と敵船団の位置とを把握しようとした。
「船長、砲撃タイミングは任せるよ」
「わかった」
「不可思議です、航海長。あなたはこれを楽しんでいるのですか?」
「人間だからね!」
理解できないといった様子のアキが問いかけると、ジュリーは声を上げて笑いながら答えた。フィリップは口の端を持ち上げて笑みを浮かべ、イーライは何やら悪態をつきながらコンソールを叩き、セシルは懸命に人工惑星とのネットワークを保とうとしている。その横顔は微かに笑っていた。
そして、その時が来る。
リガルは十秒前に、ジュリーが高速で回転しながら敵船団の向かって左側を高速で通過する軌道であることを見抜いた。頭の中で砲撃タイミングを計算する。
「砲撃用意」
「了解」
意識を全てホログラフに注ぐ。ビスラ星系方面の跳躍点周辺の状況を表した戦術図で、予測された<アクトウェイ>の軌道の一点を睨む。そのポイントに差し掛かった時が発砲のタイミングだ。
「敵船、発砲」
セシルの声が響くや否や、敵船団の放った中性粒子砲の青白い光の槍が船橋を照らしだす。
至近距離といっていいのだが、敵の大型海賊船はこの常軌を逸した機動にまったくついて来れていない。全て外れ、発砲後のエネルギー充填時間に入った次の瞬間、回転が停止する。〇・二八光速で慣性航行を続ける<アクトウェイ>の船首方向の視界には敵の大型海賊船が三隻、しっかりと収まっていた。それはリガルが頭の中で描いたイメージと寸分違うことなく、脳が認識するより先に命令を叫んでいた。
「撃て!」
イーライがコンソールのボタンを叩き、八門の中性粒子砲が火を噴く。
狙いは四門ずつ、二隻に目標を絞って放たれた砲撃は見事に大型海賊船の船体中腹部を貫き爆発。残りの一隻が急速に回頭して<アクトウェイ>を攻撃しようとするが、瞬く間に<アクトウェイ>は遠ざかっていき、捉えられない。
通過攻撃を終えた<アクトウェイ>は、大型海賊船の後方に遊弋していた武装商船一六隻に迫った。ジュリーは最低限の軌道変更を行い船体を安定させると、フィリップがパワーコアから優先的にエネルギー供給を行った主砲が装填を終え、出力を絞り攻撃を行う。船体各所のレーザー砲が外郭装甲板から顔を出し、一斉に発砲。セイル星系の隅にわだかまる暗闇を中性粒子の光条と不可視のレーザー光線が彩った。
たった一度だが短くも激烈な通過攻撃により、大型海賊船二隻と武装商船七隻が瞬く間に撃沈ないし大破した。総崩れとなった敵船団はアルファ・ステーションへの攻撃を断念し、我先にとビスラ星系方面の跳躍点へ戻り始めた。惰性で進み続ける<アクトウェイ>から見れば遠ざかっていく方角である。いや、どちらかといえば<アクトウェイ>の常軌を逸した行動に度肝を抜かれたのだろう。
「敵船団、撤退を開始」
セシルの言葉に、リガルは額の汗を拭いながら息を吐く。
「戦闘配置を解除。みんな、ご苦労だった。おれたちの勝ちだ」
クルーたちがこぶしを突き上げて歓声をあげる。イーライはまだ気分が悪いようだが、緊張が解けて朗らかな笑みを見せていた。
ジュリーが元からはだけていた航宙服の胸元をさらに開いて、ひらひらと掌を振って風を送る。その表情はご満悦だ。
「ああ、楽しかった! いやぁ、やっぱり踏ん切りつけるのが人生のコツさね」
「いささか期待通りとはいかなかったが、文句なしだったぞ、ジュリー。これからも<アクトウェイ>の操縦を楽しんでくれ」
「願ったりさ。さあ、とりあえずアルファ・ステーションへの軌道に乗せるよ。アキ、計算が面倒だから最短ルートを計算しておくれ」
「承りました」
「一時はどうなることかと思いましたが」ふらふらと立ち上がったイーライが船長席までやってきた。「ジュリーのおかげですね。三隻の大型海賊船を相手に正面から挑み、無傷で済んだのは事実です。奇跡としか言いようがありません」
イーライの言う通りだ。三隻の駆逐艦であれば、軽巡洋艦一隻で相手取るにはいささか心許ない。負けはしないが苦戦を覚悟していたリガルだったが、あらためて指摘されて顔が綻ぶ。
「どうにかなるとは信じていたが、こんな方法とはな。いい経験になったよ」
「人生最後の体験でなく、経験になって幸運でした」
声を上げて笑うと、イーライも笑みを見せて給湯室へ消えた。水でも飲むのだろう、青い顔はしかし満足そうだった。
さて、と正面に視線を戻した時、警報が短く鳴り響いた。すぐにセシルがコンソールに指を走らせ、報告する。
「船長、国防宇宙軍第二艦隊、第三艦隊がラズセ星系方面の跳躍点より出現しました」
<アクトウェイ>に対して恒星セイルを中心に、時計回りに四五度ほどの位置に複数の光点が現れ、隊形を組みアルファ・ステーションへ向かい始めていた。
未だ興奮冷めやらぬ船橋の真ん中で、リガルは笑みを消し宙域図に表示された新たなアイコンを凝視する。
奇妙なことに、この艦隊を見て初めて、リガルは戦争という巨大な事業を肌で感じ始めていた。
*
「そういうわけで、国防宇宙軍としてはあらためて貴船と傭兵契約を交わしたいのです」
一難去ってまた一難という言葉が脳裏に浮かび、リガルは懸命に無表情を装って不快感を顔に出すまいとした。
アルファ・ステーションへ再び入港した<アクトウェイ>に第二艦隊司令官、アージ・ラエスタ中将から通信が届いた。しかし第一艦隊のアーガス・ホメイ中将のように相手を見下した態度など微塵もなく、ただの映像通信ではない自身の立体映像を会議室内に投影させた仮想会議形式での連絡をしてきたのだった。かなりの気合いの入りようと見える。
きっと先の戦闘記録を見たのでしょう、と<アクトウェイ>の船橋にほど近い小さな会議室へ一緒に向かいながら、砲雷長兼副船長のイーライ・ジョンソンが言ったのを思い出す。その通りだろう。国防宇宙軍からすれば軽巡洋艦級のただの船ではなく、侮りがたい優秀な乗組員と船長に操られる船へと認識の度合いが上がったのだ。しかも船長は「銀河一の大馬鹿野郎」ときている。軍事行動への参加もそつなくやってのけるはずだ。
仮想会議の場にはリガル、イーライ、ラエスタの他に、第三艦隊司令官であるアステナ・デュオ少将、第二管区保安本部長マーカス・ビーンズ宙将補、同保安副本部長カルーザ・メンフィス一等宙佐も同席していた。仮想会議は円形のテーブルを囲むように席に着く形で構成され、リガルは小さく咳ばらいをしてからラエスタ中将を見返す。
彼女の提示した契約は単純明快で、<アクトウェイ>を第三艦隊の指揮下に配置し船団護衛等の航法作戦に従事させるというものだ。リガルはこの契約を締結させてしまえば、レイズ=バルハザール戦争へより深く関与しなければならなくなると警戒心も顕にしていたのだが、それを上回る熱意をラエスタが示していることに素直に戸惑わずにはいられなかった。それでも、第一艦隊司令官のホメイ中将のような頭の固い軍人タイプならばあしらうこともできたのだが、ラエスタ中将は明らかにやり手だ。カルーザほどでなくともスマートで合理的という第一印象は間違いない。イーライも無表情で黙ったままだが、リガルと同じように油断も隙もない相手であると感じているのが気配でわかる。
一頻り頭の中で拒絶の理由を並べ立てて、そこから当たり障りのないものを取り上げながら悪態を堪えた。少なくとも、こうしてラエスタ中将に依頼される原因の一端を担ったのはカルーザからの依頼だ。何もかも恨めしくなってしまうのも無理はない。
「失礼ながらラエスタ中将、こちらにはあなた方と契約をするメリットはありません。確かに紛争地域で好んで戦闘任務を請け負うノーマッドもいるが、少なくとも我々は積極的にこの戦争に関与する気はないのです」
「報酬についてはある程度、わたしの権限で上乗せも可能です。しかしその言葉を聞く限り、額面の問題でもないのでしょう」
「まあね。ご理解いただけて幸いです」
「契約を受けないとして、これからどうするのですか?」
「アルトロレス自治領に向けて出国します。本格的なノーマッドとしての活動はあちらで行うことになるでしょう」
「しかしあなたは元国防宇宙軍に属していた経歴を持ちますね。戦時特措法により、予備役であるとないとに関わらず国防宇宙軍の機密保持のため、あなたのような退役軍人は出国が制限されます。それだけでなくレイズ領宙は全域で航宙が規制されてもいるのですよ」
「どういう意味だ?」
もはや我慢の限界とばかりに、リガルは打って変わって剣呑な口調で問いただす。ラエスタは意外そうに片眉を上げたが、変わらない調子で話し始めた。
「仮にここで契約をせずに放免されたところで、あなたはレイズを出ることはできませんし、ノーマッドとしての活動も制限されるということです。戦時特措法で、星間連合議会の理解も得られる法解釈ができるようになったのですよ。つまり、あなたがこの状況を打開するには一刻も早い戦争終結が必要ということになります」
無意識の内にカルーザへ視線を投げた。彼はかろうじてそれとわかる程度に肩を竦める。嘲っている様子はなく、単純に彼もここまで状況が進展するとは思いもよらなかったらしい。
「どうしておれが国防宇宙軍を辞めたのかを思い出したよ」リガル自身も気付いていなかったが、ラエスタ中将へ戻した視線は彼女がたじろぐほど険しかった。「それで、<アクトウェイ>をこき使ってこの宙域の海賊を殲滅でもするつもりか。英雄の真似事をしろと? 冗談じゃない、命がいくつあっても足りないぜ」
「現代に英雄は不要です。あなたは身に染みて理解しているはず」
「痛いほどにな。理解したくもなかったが、その教訓をおれに与えたのはあんたたちだ」
「あなたにとって好条件ではないことは認めますが、その物言いはあまりにも不躾ではありませんか?」
「そりゃそうだ。国防宇宙軍が相変わらず名誉も誇りもない、能吏的な集団だと確認出来てよかったってのが、この会議室で見つかったただひとつの安心材料だからな」
契約書は後で送り返す、と言ってから、有無を言わさずにリガルは通信ボタンを叩いて仮想会議を終了した。




