Eps.13
第一艦隊からの通信を受けてこの船が特異な立場にあることが知れて、候補者たちが足踏みするかと思いきや、好奇心に突き動かされた彼らはすぐさま契約を取り交わして晴れて<アクトウェイ>の一員となった。
リガルとしてはようやくこの船で暗闇の支配する大海原に漕ぎ出していく準備が整いつつあり喜ばしい限りだったが、船長ですらまだ扱いこなせないものが多いこの船で各人がその本領を十全に発揮するには未だ至らない現状も痛感していた。
全員が荷物を運び込んで船室に居を構えた次の日からの最初の一週間は、船橋でのシミュレーターを使用した訓練に費やすことにした。訓練の様子を見るのに都合がいいのと、船長として一段上の格と威厳を示すためにも、リガルは相変わらず船長室で生活をすることにした。食堂は船員の居室と並列で、メディカルセンターやスポーツジムも同様だ。これらの施設も時折リガルが火を通すのではなく、乗組員のために常に稼働させることとなる。彼らとのコミュニケーションのためにも、リガルは極力、船長室ではなくこれらの施設のどこかにいるようにした。
半天を覆う三次元ディスプレイが立体感を伴わせて投影させるアルファ・ステーション北桟橋の骨組みと星海に目を白黒させた後、各々が割り当てられたセクションへ移動し、アキが同時並行でホログラフを座席に表示させレクリエーションを始めた。その配置と役職、そして名前をあらためて確認する。
機関長、フィリップ・カロンゾ。
航海長、ジュリー・バック。
衛生長、キャロッサ・リーン。
管制長、セシル・アカーディア。
そして砲雷長兼副長、イーライ・ジョンソン。
リガルは星の数ほど存在するノーマッドの中で、ここに招集した人々が<アクトウェイ>に最適な人材なのだと信じようとしていた。今のところ、その願望に疑念を差し挟む余地はなく、乗組員たちは新しいシステムと生活環境、そして人間関係に慣れようと様々なことに一心不乱に取り組んでいる。遠くない将来、アキとリガルを含めた七人でこの船を星海へ泳がせるのだ。どれほどの荒波であろうと持ちこたえられるほど腹を割った間柄となるには時間が必要だが、きっとやっていけるだろうと思わせるだけの空気感が既に漂い始めている……のだが。
「どうして火器管制システムの固定プログラムが一種類しかないんだ? 武装設定は……ミサイルから中性粒子砲、無誘導の宙間魚雷まであるじゃないか。その気になれば重巡洋艦だって圧倒する火力を搭載可能だ」
「戦闘状況に合わせて相対距離、速度、重力、性能緒言が大きく変わりますので、FCSは根幹となる照準、装填機能を除き、都度、サブルーチンとして生成する思想です。特に中性粒子砲は充填エネルギー量によりほんの僅かですが磁性を帯びますし、これを補正することは容易くはありません。船首センサーはかなり広範の環境情報を収集できますので、単一のプログラムと諸元入力で弾道計算は全て賄えるのです。とはいえ、詳細なパラメータ設定により明暗が分かれますから、その点は砲雷長の腕前にかかっているといえるでしょう」
「機関部を占めているパワーコアの体積に比して出力が高すぎやしねぇか。それにどう見ても制御システムの規模が出力に見合わねぇ。アキよ、こんなじゃじゃ馬をどうやって制御してきたんだ。ましてや戦闘を経験しているんだろ、磁場封じ込めだけでない未知の技術さえあるように見えるぜ」
「機関長の所見は正しいです。炉心の制御には磁場と重力場を合わせた複合的な制御機構を導入しています。現行の軍用艦艇にも広く普及した技術ですが本船の場合はほんの微小ながら負の重力を利用した制御も高出力時に行っており、この点が現行の普及したパワーコアと大きく異なる点でしょうか。なのでサイズ比でいえば一・四倍に近い効率があります。小型かつ高出力、ピーキーな設定に見えるのはそのせいです。実際には制御に際し必要十分なマージンを設けてあるので、ご想像されてる以上のエネルギーを利用できます。ちなみに、最大出力時には伝導系への負荷を考慮しないと一瞬で機能停止しますのであしからず」
「アポジモーターの出力を桁一つ間違えてないかい? 見るからに速そうな船だとは思ってたけど想像以上だ。その気になれば慣性補正装置を全開にしていても、加速すりゃ全員押しつぶされてあの世行きだね。これだけの推力を裏打ちしてるパワーコア出力だ、そりゃ機関長も目玉を剝くわけさ。主機を使わなくても系内航行程度ならこなせそうじゃないか?」
「本船に装備されている推進機構は、主機とアポジモーターがすべてです。そのためアポジモーターはいかなる姿勢でもあらゆる方向へ加速することが可能なように出力を強化しています。いわば全方位に少し推力の劣る副推進装置を据えてあるのです。亜光速でも細かな軌道要素変更により戦闘時に有用な回避手段となるでしょう。実際、高加速時の軌道制御では非常に有効でした。こうした低出力の機構を複数備えて主機の代替とする思想は副砲配置にも通じますね」
「船首センサーの捕捉できる波長域は見たこともないくらい広いけど、分解能も高いわね。星系の反対側を航行してる第一艦隊の戦艦の装甲についた傷も見えそうだわ。それに収集した情報を処理するコンピュータの演算処理能力も桁違いに高い。ちょっと工夫すればどんな観測でも行えそう。まさに星を見るための目が冴えている」
「七つの高感度センサーを船首に配置しています。現在は波長域を複数に分散し複合的な運用をしていますが、仰る通り汎用性を意識した設計です。例えば全てのセンサーを赤外線に合わせ集中走査することも可能で、PSA装甲による受像機への干渉も最低限に抑えており、絶対零度に保つ冷却系も船体から絶縁しつつ可能な限り距離を置く配置としたことで性能を高めています。一方で、船首以外には平均的な性能の視察装置しか存在しないため留意してください。眼は良いですが視界が広いわけではないのです。とはいえ、遠方からの観察を行うだけであれば障害にはなりえません。高い相対速度下での通過射撃時には不便を感じるかもしれませんが、電磁波を捉えるためには工夫を凝らせます。そこが管制長の腕の見せ所になるかと」
このような調子で、<アクトウェイ>の高度な制御システムの習熟に取り組んで三日と経たずに全員が根をあげていた。アキは船長席の左後方にあるオブザーバー席に腰かけているが、意識を分割しているのか各セクションの座席から彼女の声が小さく響いてくる。それだけでなく小さなアキを模したキャラクターらしきものがふわふわと浮かんで乗組員へ語りかけており、まるで妖精にちょっかいを出されながら仕事をするサラリーマンのようで微笑ましくもあるが、愛らしい造形から繰り出される専門用語の密度は耐え難いほどであった。どれほど美しい人間の姿をしていても、アキは機械知性に過ぎないのだと思い直す。
とはいえ、全員が熱意を持って事に当たっているのは間違いない。阿鼻叫喚の様相を満足そうに眺めながら、リガルは今後の活動方針について考えを巡らせていた。
ひとまずレイズ星間連合に留まらない周辺宙域の星図を広げ、活動拠点としてめぼしい宇宙港やステーションがないかを探し始める。銀河連合が所管となる公宙管理局のデータベースは光速の壁があるためリアルタイムの情報とはいかないが、ここ半年ほどのオリオン腕の情勢を反映した正しいものであるのと同時に、レイズ星間連合とバルハザール民主共和国以外であれば戦争状態にないことは明らかであるから、さっさと難を逃れるためにも行き先を決めなければならない。この際、早く離れられるに越したことはないだろう。
「お疲れ様です、船長」
振り返ると、電動カートを押してきたキャロッサ・リーンが立っていた。カートのカーゴスペースから保温ポットを取り出してリガルへ差し出す。
「ああ、お疲れ様。これは?」
「コーヒーばっかりだと身体に障るので、ありあわせの材料でレモネードを。クエン酸粉末レモン風味のものをベースに甘味調味料を配合したものですけど、けっこう味はいいはずです」
受け取って一口飲むと、心地よい酸味で程よく目が覚めた。きっとてんてこまいになっている乗組員の疲労を慮ってのチョイスだろう。彼らが何を飲んでいるのか報せるためにも、真っ先にリガルのところへ運んできたのだ。気遣いはありがたい。なにしろここ数年、ほとんど経験したことのないものだった。
礼を言ってもう一口を飲んでいる間に、キャロッサは目を輝かせて船橋を見回す。
「この船、本当に素晴らしいですね。先ほどまで食堂の調理場にいましたけど、すごい設備がいっぱいあって高級料理店の厨房のようでした。わたし一人じゃとても使いきれなさそうです」
「こういうものもお茶の子さいさいってことか?」保温ポットを振って示す。
「それ以上のものだって作れます」自信満々に、キャロッサは腰に手を当てて胸を張った。「健康は食事から、です。さっそく今夜からわたしが腕を振るいますね。それと、どこかで皆さんの着任パーティもしましょう。お酒とか嗜好品についてご要望を聞いてまわるかもしれませんので、考えておいてくださいね」
単調な生活が続く航海で楽しみが増えるのは良いことだ。これからどんなメニューが味わえるか想像を巡らせながら、リガルは若き衛生長に保温ポットを掲げる。
「ありがとう、楽しみだ。食事に関しては心配ないとして、医療設備のほうはアキに案内されたか?」
「はい、ひと通り。とはいえほとんど自動で機能するものばかりですから、わたしが手を入れるまでもなさそうです。医療についてはまだ勉強しつつということになりますが、とんでもない重病に罹らない限りは問題ありませんので、安心なさってください」
相槌を打ったところでジュリーの悲鳴が響き渡る。シミュレーター上で何度やっても<アクトウェイ>が遠心分離機と見紛うばかりの高速回転をしてしまい、爆発四散するのだ。殺気立った各セクション長に普通は声をかけるのもためらわれるものだが、キャロッサは微笑みと共に一人ずつ声をかけ、労いながら保温ポットを手渡していく。大したものだと再びポットに口をつけながらリガルはそれを眺めていた。彼女はこの船の人間関係にとっていい潤滑油として働いてくれることだろう。実際、彼女が声をかけた乗組員らは静かになり、気持ちを切り替えて難題に取り組めているようだ。
やった、と声がする。いちばん最初に手応えを得たのはセシルだった。得意げに表示したホログラフをつかんで船長席へ投げる仕草をすると、船橋のセンサーがそれを認識してリガルの目の前にひとつのワイプを表示した。そこに表示されているのは見覚えのある艦艇である。
「第一艦隊旗艦、ハーキス級戦艦<カウラス>です。右舷に塗装された船体認識番号まで読み取れます。それだけでなく、いくつかの直線が走っているのが見えますか?」
「ああ、四角く筋があるように見えるが、これは?」
「五年前の改修作業で内部モジュールの入れ替えのために剥離された外殻装甲板の溶接痕です。静止画のようですが、今も〇・一光速で遠ざかっている最中で、常に焦点を合わせ追従するよう船首のセンサー類を操作できました」
「こりゃすごい。管制長、君の所感は?」
「目を見張るばかりです、船長」セシルはリガルの左後ろにあるオブザーバー席に座り、目を閉じているアキを横目で見た。「ノーマッドの持つ船としてはあまりにずば抜けています。この船は本当に出所不明なのですか?」
「そう聞くってことは、君にも見当がつかないんだろ」
「当たり前さね、こんな跳ねっ返り娘は他にいないよ!」
豪奢な長い金髪を掻きむしりながらジュリーが金切り声で叫ぶ。フィリップは何事かをぶつくさ言いながら目の前に大量に浮かんだホログラフに対するアキの説明を熱心に聞き、イーライは懐から取り出した真新しいメモ帳に手書きでメモを取りながらコンソールを打鍵している。この時代に珍しい紙を使ったものだ。おそらく新しい火器管制ソフトウェアを自作しているのだろうが、その横顔は険しく、集中しているというより取っ組み合いの喧嘩をしているように見えなくもない。
振り返ったセシルがリラックスした様子でジュリーに向け手を振る。
「そうカッカしないのがコツよ、航海長。いくら叫んだって、この宇宙の物理法則が唯々諾々と従うわけがないんだから」
「うるっさいね。そもそもなんでアタシのところには小さいのが三匹もいるんだよ!」
「<アクトウェイ>の一番の強みは機動力にこそあります。ですから、航海長であるあなたにお伝えする事項が多いのは必然です」
「三人いるのは効率を重視するためです」
「です、です」
掌の上に乗りそうなほど小さい三人のアキを模したホログラフがジュリーの両肩と頭の上でまくしたてる。頭を振って追い払おうとしているあたり、船橋の立体音響スピーカーもかなり性能の高いもののようだ。アキとしては重要な航法を司るジュリーに誠心誠意の対応を心がけていて、神経を逆撫でしているつもりはないのだろうが、これはこれで苦行である。
これは時間がかかりそうか、と頭の後ろを掻きながらリガルが内心で舌を出しているのも束の間、クルーたちは着実に<アクトウェイ>を操る術を身に着けていった。特にフィリップは十五年の経験がものを言ったのか、複雑な機関制御の概要を理解するとすぐに勘を頼りにアキの用意したシミュレーションを元に、完璧とはいかないまでも補助を受けながらパワーコア出力の効率を僅かに引き上げることに成功していた。これにはアキも驚きの言葉を口にするほどで、髭面には会心の笑みが浮かんでいた。
また、イーライも仮想空間における火器管制プログラムの作成を幾度かこなして、そのプログラムを利用した砲撃結果を反芻し、プログラムの修正を可能とした。未だ実戦レベルとは言い難いが、並みの海賊船に後れを取ることはない水準となっていて、これは国防宇宙軍時代に砲雷長の経験があったリガルが舌を巻くほどだった。単純なスキルではリガルのほうが上だが、イーライは職人気質で研鑽に励み、瞬く間に追い抜いてしまうに違いない。
ジュリー以外が順調に<アクトウェイ>のクルーとして訓練に臨む時間の合間に、キャロッサはアルファ・ステーションの交易部から大量に食材を仕入れていた。元々、七名どころか数百名の乗員を受け入れるキャパシティのある<アクトウェイ>ではいくらでも食糧品を保存できる設備があったが、見る間に埋まっていく倉庫を前にリガルが口を開けて立っていると、キャロッサは戦時下においてすぐに食料の供給は止まるためだと説明した。
実際、彼女の推測はもっともなものだった。アルファ・ステーション近傍宙域は最前線であるメキシコ星系に近いこともあって相変わらず封鎖されていたし、アルファ・ステーションには最低限の食料および燃料の搬入はあるものの、物価が上昇し始めていたのだ。これに加え、キャロッサはステーション外部からの往来が途絶えて悲鳴を上げている料理店や卸売業者から処分に困った食材を買い取る形でコストを抑えて多様な種類を調達し、かくして<アクトウェイ>の蒼古には彼女が半年に渡り腕を振るうにじゅうぶんな量の食料が確保されたのである。
総じて順調というべきか、と久方ぶりに高タンパク低脂質に調整されたチーズバーガーを口いっぱいに頬張りながら船長席に座って船橋に満ちる喧噪を眺めていると、風雲急を告げる一通のメッセージが入ったことを、コンソールの軽やかな電子音が報せたのだった。
*
「ただ働きになるでしょうか」
偶然、食堂で遅めの昼食を摂り終えたイーライと船橋へ上がるエレベーターの中で鉢合わせた。リガルはアルファ・ステーションの第二管区保安本部から帰ってきたばかりで、エアロックから船橋へ直行していた道中だった。
「ノーマッドといっても、最近では金で雇える傭兵という程度の意味合いです。レイズ星間連合では国防宇宙軍が雇い主となって依頼を出し、準軍事作戦への従事が認められています。私掠船よりは扱いやすい手駒、その程度の認識なのでしょう」
それくらいはご存じですよね、という言外の意を含めてリガルは首肯する。
元国防宇宙軍士官であるリガルの神経を逆なでしないよう遠まわしに言っているのだ。直截に言われても気に障ることはないだろうが、こうした慎重さはイーライの堅実な性格からくるものなのだろう。初めてこの船で顔を合わせてからまる一週間を経た今ではそうした為人もわかってきた。
「軍縮を繰り返していた最中で他国からの宣戦布告により戦時下になったからな。依頼を出されるのは自然な成り行きだ。依頼料も弾んでくれることだろう。君たちに渡す給料ができそうだ」
「そう気前よく出してもらえますか?」
「出すさ」目をきらめかせたイーライだが、次の一言で消沈した。「遺族年金がかからないんなら安いもんだからな」
元々はシヴァ共和国軍で砲術士官をしていた彼は憮然とした様子で頷いた。リガルは苦笑いしながら、開いたハッチを潜り廊下を歩く。
船橋に入ると全員が集まっていた。オブザーバー席のアキとキャロッサが振り返り会釈する。セシル、フィリップはそれぞれの持ち場でコーヒーを片手に作業をしており、ジュリーは膨大な量の手書きメモをホログラフとして自分の周囲に浮かべながら何事かをぶつぶつと呟いている。<アクトウェイ>の索敵装置を活かす別のアイデアを思い付いたらしい。ここ数日はそのアイデアを思いつき、実現しようとして断念することを繰り返していた。
「全員、聞いてくれ」
狭い船橋だ、声を張らずとも全員が注目する。
「副本部長のメンフィス一等宙佐と話をつけてきた。我々はこれよりアルファ・ステーション防衛作戦に参加する」
事の発端は、つい先ほどビスラ星系から跳躍してきたフリゲート艦の報告だ。パラス星系に複数の海賊船が出現し、セイル星系方面の跳躍点へ軌道を向けたという。
カルーザ・メンフィスは報告に添付されたデータを一目見るとすぐに<アクトウェイ>へ通信を送った。出現した海賊船団にはラズセ星系でリガルらが相対した大型海賊船が三隻含まれていたのである。カルーザはこれらの情報を全て公開し、<アクトウェイ>へ戦闘支援を求めた。
合理的な判断だ、使えるものは全て使うべきだろう。相容れない親友の下した判断に賛同しつつも、しかしこれは一筋縄ではいかないに違いないという予感が背筋を震わせる。敵がいつも同じ下手を打ってくれるとは限らない。
リガルの考えが伝播したのか、クルーたちは互いに顔を見合わせている。そしてフィリップが大きな咳払いをした。
「第一艦隊がクイナレ星系に跳躍したのと入れ替わりにこの事態か。敵の戦力は?」
「駆逐艦級の大型海賊船三隻、武装商船一六隻」
「海賊が駆逐艦を運用しているんですか?」
驚きというよりは疑いを込めた口調でセシルが問うと、リガルの横を通り過ぎて自分のセクションに腰を下ろしたイーライが口を挟む。
「ラズセ星系で船長が相手取った海賊も同様の艦船を運用していたから、レイズ国内の海賊がこのサイズの船を乗り回していても不思議じゃない。だが問題はその出所だ。リガル船長、どう考えてもこれは海賊組織にバルハザールの手が及んでいると考えるべきではないでしょうか」
リガルはアキに目配せし、船橋の真ん中にホログラフを表示させた。ラズセ星系の戦いで、アキは謎の駆逐艦の立体モデルを既に構築していた。無論、カルーザにも同じものが渡されているのだが、保安本部のものより高精度な三次元ディスプレイによる投影でより高解像度のモデルであるかのように見える。
「既に連合警備隊も同じ考えの元で捜査を実施しているが、戦時下ということもありいかんせん人手が足りない。アルファ・ステーションは国防宇宙軍の兵站拠点として重要な意味を持つ。ここが無ければ、第一艦隊と第二艦隊は大きな行動制約を受けるだろう。単純に考えて、メキシコ星系方面の宙域を放棄するのと同義だ」
おずおずとキャロッサが手を挙げた。
「あの、駆逐艦といっても四〇〇メートルの大きさです。爆弾やミサイルならまだしも、これほど巨大な物体を、いったいどうやってバルハザールからレイズの領宙に運び込んだのでしょうか?」
「それだけじゃない。分解して運び込んだにしても、現地で組み立てて稼働する状態までノックダウンするには相応の技術と設備が必要だ。その日暮らしの海賊じゃあ望むべくもないほどのな」
イーライの言葉に、セシルが同意の印に頷く。
「元管制官から言わせてもらえば、船体外殻を切り刻んだとしても運んでいる船はだいたい見当がつくものよ。連合警備隊のやり手を欺いて国境からこんな奥深くまで巨大な物体を運搬できるとは思えない。どこかに痕跡が残るはず」
「そいつを調べるのが連合警備隊の仕事だが」フィリップが顎鬚を撫でながらゆっくりと回転している駆逐艦のホログラフを凝視し、「自力航行で越境したと仮定すると、国境警備はザルなんてものじゃねぇ。別の跳躍点があって、秘密の航路から搬入されたのなら納得がいくが、ビスラ星系に現れた三隻と船長が沈めたこいつを加えれば四隻。現実的に考えて——」
「外部から持ち込んだものではないのなら、レイズ領宙のどこかにこの船を建造する施設と、それを実行する集団がいるということになるでしょうね」
セシルの説明が最も納得のいくものだったが、もちろんそれはリガルも考えた。だがそうなると、この船を建造する時間が問題となる。駆逐艦と言えどレイズ星間連合でも二年の建造期間が見込まれる。どれだけ工程を簡略化し急いだところで一年。さらに航宙艦の建造は高度に整備された乾ドックを利用してのものだから、例えばラズセ星系にあった廃棄されたドックなどで建造するには技術的に難しいし、仮にできたとしても倍の工期はかかるだろう。それこそ、船体を輪切りにして後から繋ぎ合わせるなどの離れ業を必要とする。
バルハザール民主共和国が内戦をしながらそこまで周到にレイズ星間連合への侵攻計画を立案、実行していたとは考えにくい。何しろ血で血を洗う激戦の中で、他国の国境を越えて工作活動を行う余裕など皆無だったはずなのだ。メキシコ星系に越境してきたバルハザール宇宙軍にしても、内戦から復興し建造されたものではなく、戦時中に各軍閥の下で動員されたものを新政府軍が糾合しまとめ上げたに過ぎない。それに、あれほどの船を建造する技術があるのなら、海賊に任せることもなく彼ら自身が舵を取って然るべきではないか。
となれば、まったく予想だにしない第三国がバルハザールの侵攻を支援するために準備を重ねていたのだろうか。国力から考えてオリオン腕東部諸国ではないだろう。となれば残るのは超大国バレンティア連邦だが、仮に彼らがレイズへの侵略を考えるのであれば一個艦隊で国家正規軍に匹敵するといわれる機動艦隊を派遣すればそれで済むし、そもそも両国の関係は良好なのだから戦端を開くとは考えにくい。
頭を振って、リガルは思考の迷路へ入り込んでいく自分を現実へ引き戻した。
「推測にしかならない話に時間を費やすのはやめよう。とにかく、海賊船団がアルファ・ステーションを攻撃するのは事実だ。我々は第二管区警備隊と共にこれを迎え撃つ」
自分に言い聞かせるように乗組員へそう告げた。
*
「またしてもお前の力が必要だ」
カルーザ・メンフィスはそう言い、依頼料を上乗せすることでリガルに軍事顧問としての肩書を与えた。リガルは新たに送付された契約書を熟読し、この契約が国防宇宙軍との再雇用契約でないことを精査しなければならなかった。
またカルーザから仕事を受けるのかと嫌な気分になりつつも、他に手はないだろうことも理解していた。フリゲート艦で相手取れるのはせいぜい武装商船のように軽武装の船に限られる。となれば駆逐艦級の大型海賊船三隻を相手取るのは<アクトウェイ>となり、必然的に連合警備隊は援護に回らざるを得ない。そういった意味では、リガルが中心となって作戦立案を行わなければならないこの状況はむしろ好都合と言えた。ラズセ星系のようにブレストンのような若者に責任を押し付けたまま仕切るのは気が進まない。
陰鬱な気分を振り払うように作戦立案に取り組んでいるリガルを、イーライは副船長として補佐する。物理的な計算、例えば敵船団が現状の速度を維持するといつ接敵するのか、中性粒子砲を回避するために特定の立体空間の中で乱数回避を行うなどはアキの領分だが、人間の意図や戦術的要素が入り込む状況予測という点では人間であり元軍人として戦闘経験も持つイーライが適任だ。彼も有能な軍人だったようで、てきぱきと情報を整理してはリガルと協議し、作戦計画を詰めていく。
「基本戦術は、やはり待ち伏せを行うことだ。敵が自身の戦力を暴露させているのは最大の有利になる」
「同感です。ですが問題がひとつあります」
「どこで待つか、だな?」
「はい。アルファ・ステーションの浮かぶセイル星系はほとんど障害物がありません。待ち伏せを行うにしても、敵はすぐに我々の居所を知るでしょう。跳躍点の目の前で待つにしても、詳細なワープアウト地点が読めない限り、リスクを無視できません」
「頭の痛い話だ。いくら<アクトウェイ>が大型海賊船に対して優位に立っているといっても数的劣勢は大きい。同じ軽巡洋艦級が一隻いたほうがまだ戦いやすいぞ」
「そうですね。とにかく、打てる手は全て打ちましょう。機雷はどうですか? 今回、敵がワープアウトしてくる地点は大まかには定まっていますし、予測進路上にばらまいておけば効果を見込めます」
「駄目だ。メキシコ星系で敗退した第一艦隊がフォーマン星系方面を通じてセイル星系に撤退してくるかもしれない。逆に、編成を終えた第二艦隊がビスラ星系を経由してメキシコ星系へ向かうかも。それに、コロニカル・メビウスに機雷をばらまけば後でどんな国際問題になるやら。処理しきれなかった機雷で死人が出ようものなら、この国は一巻の終わりだ」
「そもそも、傭兵契約を結んだノーマッドが機雷を敷設するのは戦時国際法違反だぜ」
食堂で端末を手に会議をしていたリガルとイーライの間に、トレーニングルームでランニングとシャワーを終えたフィリップが割って入った。イーライはオールバックの金髪を撫でながら困り果てたようにため息をつく。
「わかってる。だが、今回は連合警備隊が依頼主だ。<アクトウェイ>じゃなくてフリゲート艦に敷設してもらえば法的には問題ない。リガル船長はあくまで軍事顧問であって指揮官ではないのだから」
「おれの助言に警備隊員が従ってくれるとしても」リガルはキャロッサが淹れてくれたものの、もう冷めてしまったコーヒーを啜る。「海賊は言うことなんか聞いてくれやしない。頭が痛いよ。ほとんど取れる手段はなくなってしまった。まあ、だからこそカルーザの奴がおれに仕事を回したんだろうが」
肩眉を上げて、イーライが身を乗り出した。
「ほとんどってことは、まだ打てる手はあるとおっしゃいますか?」
「うん。ただ、不安要素もある。だけどこれで万事万端、うまくいくんじゃないかって気もしてる」
「話してみろよ、船長。この一週間でわかったが、この船は腕っぷし揃いだ。いい肩慣らしになるぜ」
「そうだな。まあ——」
その時、同じくトレーニング終わりらしい髪の濡れたジュリーと、タブレットに入れた電子書籍を読んでリラックスした様子のセシルが食堂に入ってきた。厨房で作業をしていたキャロッサが顔を出し、人間の乗組員が全員あつまったのを確認している。アキは今頃、船橋で目を閉じて<アクトウェイ>の出港準備に忙しくしているはずだ。
「——とにかく腹ごなしだ。ちょうどいいし、全員で話そう」
キャロッサが出来立てのカルボナーラを振る舞い、フォークを振ってリガルが腹案を披露すると、乗組員たちはまず驚き、そして目を輝かせて話に聞き入った。
船長として大枠を伝えてしまえば、後の計画実現の手順が素早く組みあがっていき、具体的な立案にかかっていった。
ようやく歯車が回り始めた、とリガルは小さく笑った。




