第46話 虫に削らせる
大鉄板は、返却路を通らなかった。
当然だった。
幅が広い。重い。泥で包むには大きすぎる。無理に転がせば、返却路を壊す。途中で露出すれば、入口側に虫を呼ぶ。
小さい鉄は戻せる。
大きい鉄は残る。
そして、大きい鉄ほど危険だった。
《石核ログ》
対象:大鉄板
返却路適性:不可
泥包み:困難
虫誘引:高
問題:大型隔離鉄の処理不能
処理不能。
嫌な表示である。
できないと出されると、余計に腹が立つ。
腹はない。
だが、腹立たしい。
ガレンは鉄板を見て、槌を肩に置いた。
「割れりゃいいんだがな」
割る。
それは考えた。
だが、私の剣で叩けば音が出る。鉄板が露出する。虫が寄る。ガレンが鍛冶道具で切れば、鍛冶場側に危険が移る。
リッカが線の外から言った。
「虫なら、削れるよね」
削れる。
鉄食い虫は鉄を噛む。
大鉄板を小さくしたい。
虫は鉄を小さくできる。
なら、虫に削らせればいい。
理屈は合っている。
かなり危ない理屈である。
《石核ログ》
処理案:鉄食い虫による削減
利点:鉄板分割
危険:虫誘引増加/制御不能
虫を使って鉄を減らす。
敵を道具にするのではない。捕まえるのでもない。虫の動きを利用して、鉄板を小さくする。使い終わったら返却路で奥へ戻す。
可能か。
問題は、噛ませる場所だった。
鉄板全体を出せば虫が集まりすぎる。
全部を泥で覆えば虫は来ない。
なら、一部だけ出す。
削り窓。
泥で鉄板を覆い、一か所だけ小さく露出させる。そこに小型虫を一匹か二匹だけ寄せる。削らせる。削れた欠片を泥で包んで返却路へ送る。
作業としては、かなり面倒。
だが、大鉄板を放置するよりはいい。
私は大鉄板の周囲の泥を厚くした。露出していた端を隠す。中心は完全に埋める。旧鉱山道側に向いた角だけ、指先ほど開ける。
指はない。
だいたい、リッカの鉄串の先より少し大きい幅。
《石核ログ》
新規施工:削り窓
対象:大鉄板
露出面:最小
目的:小型虫による限定噛削
限定噛削。
ログはやや硬い言葉を好む。
私は削り窓の前に、低い石を並べた。虫が一匹ずつ入る幅。大きい個体は入れない。横から回り込めないよう、泥を盛る。
入口を狭くする。
だが、狭すぎると小型虫も入らない。広すぎると複数入る。
また幅。
何をしても幅で悩む。
リッカが小さな鉄片を持っていた。
「呼ぶ?」
危ない。
だが、必要だった。
私は返し傷のついた餌場から、小片を一つだけ押し出した。リッカには近づかせない。小片を泥で半分隠し、削り窓の近くへ置く。
小型の鉄食い虫が一匹、旧鉱山道側から出てきた。
かち。
かち。
虫は小片へ向かう。私は小片を削り窓の前へ少しずつ移した。虫が追う。削り窓の鉄板端に触れる。
かち。
噛んだ。
鉄板が少し削れた。
成功。
ただし、虫はそのまま鉄板へ深く食いつこうとする。
私は鉤棒で泥を押し、露出面を狭めた。虫の頭だけが入る。体は入らない。噛めるが、潜れない。
ガレンが低く言った。
「噛ませるな。舐めさせる程度にしろ」
舐めさせる。
表現は悪いが、意味は合っている。
深く噛ませると穴になる。穴になれば虫が潜る。潜れば中で広がる。鉄板処理ではなく、巣作りになる。
私は削り窓をさらに浅くした。
虫が端だけを削る。
かち。
かち。
かち。
小さな鉄片が落ちた。
私はすぐ泥をかぶせる。欠片を鉤棒で引き離す。返却路の検査石へ運ぶ。
泥厚、確認。
転がす。
停止石。
押す。
停止石。
押す。
奥へ落とす。
かち。
奥側で反応。
入口側へは出てこない。
良い。
かなり良い。
《石核ログ》
削減試験:成功
生成:小鉄片一個
返却:完了
虫流出:なし
評価:限定処理可能
限定処理可能。
だが、一個だけだ。
大鉄板を処理するには、何度も繰り返す必要がある。時間がかかる。見張りが要る。泥が乾けば露出が広がる。虫が増えれば中止。
面倒が大きすぎる。
だが、大きいものは小さくしないと動かせない。
前にも似たことがあった。
石を増やしすぎると動けない。
骨組みも畳めないと通れない。
鉄も大きすぎると捨てられない。
強いものは、そのままだと邪魔になる。
《石核ログ》
新規理解:大きい素材は処理単位へ分ける
適用:鉄板/骨組み/外部設備
注意:分割時の流出
虫が二回目を噛もうとした時、リッカが声を上げた。
「もう一匹来てる」
旧鉱山道側から、小型虫がもう一匹出ていた。
二匹。
許容ぎりぎり。
私は削り窓の前の石を少し動かした。入口を狭める。一匹は削り窓へ。もう一匹は小片の匂い……反応を探して回る。
まずい。
回った虫が泥の薄い場所を見つければ、別の穴を作る。
私は予備の餌鉄を出さなかった。
出せば、さらに虫を呼ぶ。
代わりに、削り終えた鉄粉混じりの泥を旧鉱山道側へ押した。二匹目はそちらへ向く。鉄は少ない。だが、反応はある。虫が泥を噛む。
時間稼ぎ。
その間に、一匹目を削り窓から離す。窓を泥で塞ぐ。削り作業を中止する。
《石核ログ》
虫数:二
作業継続:危険
対応:削り窓閉鎖
判断:中止
中止。
成功している途中で止める。
これが難しい。
もっと削れる。
もう少し小さくできる。
今なら進む。
そう思うと続けたくなる。
だが、続ければ虫が増える。虫が増えれば失敗する。
強化も同じだった。
欲張ると動けなくなる。
私は削り窓を完全に泥で覆い、三横傷を刻んだ。
封じ。
さらに空丸傷。
鳴らなくても確認。
リッカが読んだ。
「今日は終わり?」
そうだ。
私は動かなかった。
リッカは少しだけほっとした顔をした。
ガレンは鉄板を見て、短く言った。
「一日に削る量を決めろ。欲を出すと虫に負ける」
その通りだった。
私は削り窓の横に、一本傷を刻んだ。
一回。
一度の作業で一片だけ。
リッカが言う。
「一回に、一つだけ削る」
良い。
その意味で使う。
大鉄板はまだほとんど残っている。
だが、処理する道はできた。
全部を一度に動かすのではない。
虫に全部食わせるのでもない。
一部だけ出し、一部だけ削らせ、一片だけ戻す。
かなり遅い。
だが、遅いから制御できる。
速いものは強いが、壊れやすい。
遅い作業は、面倒だが残る。
《リザルト》
問題:大鉄板が返却路を通らない
新規施工:削り窓
新規運用:鉄食い虫による限定噛削
確認:小鉄片一個の生成と返却成功
新規理解:大きい素材は処理単位へ分ける
制限:一回に一片だけ
危険:虫数増加/削り窓の巣化/欲張りによる制御不能
未解決:大鉄板の長期処理/作業中の見張り/虫の学習
大きい鉄を、小さくする方法はできた。
虫に削らせる。
かなり危ない。
だが、危ないものを危ないまま少しだけ使う。
今の私の作業は、だいたいそれでできている。




