表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
35/46

第35話 印は読まれる

沢の濁りは、村で問題になっていた。


当然である。


私は逃げ道を作った。盗賊の封鎖を崩した。水路を使った。結果として、村へ流れる沢が濁った。


目的は防衛。


結果は迷惑。


この二つは同時に成立する。


かなり厄介だ。


村の外柵の向こうで、村人たちが話していた。声は低い。怒りと警戒が混じっている。


「あの石が水を壊したんだろ」


「でも虫も盗賊も追い払った」


「次は何を壊すか分からん」


正しい。


かなり正しい。


私にも分からない。


胸核部はまだ過熱する。放熱板は仮。骨組みも仮。水路を使えばまた濁る。油や火が来れば燃える部材もある。私自身、自分を完全には管理できていない。


管理できていないものを、村の近くに置く。


村人から見れば、危険物である。


《石核ログ》

村側反応:警戒上昇

要因:沢の濁り/盗賊騒動/虫被害

推奨:接近制限


接近制限。


それは必要だ。


だが、どう伝えるか。


音は威嚇に聞こえる。

動けば魔物に見える。

近づけば槍が向く。

発声器官はない。


残るのは、印。


私は硬層道の脇へ移動し、村へ向かう細道の手前に線を刻んだ。


一本線。

その向こうに三丸傷。

さらに波線。


意味はこうだ。


ここから先、金属食い注意。

水路注意。

近づくな。


……伝わるか。


かなり怪しい。


私は少し離れて待った。


しばらくして、リッカが来た。彼女は村側からそっと出て、地面の印を見た。鉄串で土をつつきながら、眉を寄せる。


「丸三つは虫、だよね。波線は水。一本線は……ここから先、だめ?」


通じた。


半分以上通じた。


かなり良い。


私は薄鉄片を鳴らそうとして、やめた。代わりに、剣の先で一本線を軽くなぞった。


リッカはうなずいた。


「この先、虫と水路が危ない。そういうこと?」


そういうことだ。


私は動かなかった。


動かないことが肯定になれば便利だが、たぶん難しい。


リッカは村の方へ振り返った。


「印、読めるかも。ちゃんと決めたら、村の人にも見せられる」


村人に見せる。


それは有用だ。


だが、危険でもある。


印を村人が読めるなら、盗賊も読む。

盗賊が読めるなら、罠に使える。

印は、置いた瞬間に自分だけのものではなくなる。


私は地面の線を見た。


自分用の地図だったものが、外へ出ようとしている。


便利。


そして危険。


いつものことだ。


《石核ログ》

外部記号:伝達成功

対象:リッカ

新規課題:第三者による読解/悪用


悪用。


嫌な表示だが、正しい。


ガレンが後から来た。


彼は印を見て、すぐに意味を読んだわけではない。しばらく見てから、鼻を鳴らした。


「分かるやつには分かる。分からんやつには魔法陣に見えるな」


魔法陣。


また分類が面倒になる。


私は魔法陣ではない。印だ。地形記号だ。注意表示だ。


しかし、村人がそう見る可能性はある。


リッカが困った顔をした。


「じゃあ、村の人には言葉で説明する」


ガレンが首を振った。


「全部は無理だ。怖がってる連中は、説明より先に槍を持つ」


それも正しい。


人間は便利だが、判断が揺れる。助かった記憶と、怖い記憶が同じ場所にある。私が素材を置いたことも、水を濁したことも、虫を止めたことも、全部一つの存在に結びつく。


私だ。


責任の置き場所としては便利すぎる。


かなり困る。


私は印を少し削り直した。


一本線を深くする。

三丸傷を旧鉱山道側へ寄せる。

波線を水路側へ寄せる。


ただの記号ではなく、方向を持たせる。


危険がどちらにあるか。


それなら誤読が少し減る。


《石核ログ》

印改良:方向情報追加

用途:危険区域表示

評価:限定的に有効


限定的。


今はそれでいい。


その時、茂みの奥で草が鳴った。


小さい。


村人ではない。リッカでもガレンでもない。盗賊ほど重くもない。


私は棘の残りを立てようとして、もうほとんどないことを思い出した。


不便。


焦げ棘を奪われた影響はまだ残っている。


茂みから、小型の鉄食い虫が一匹出てきた。


旧鉱山道から迷った個体だろう。金属を探すように、地面を這っている。リッカの鉄串へ向かう。


リッカが後ろへ下がった。


私は前へ出ない。


前へ出れば、剣が餌になる。


代わりに、泥で半分覆っていた古い鉄片を鉤棒で押した。前におとり用として置いた残りだ。鉄片を虫の進路へ出す。


虫の向きが変わる。


リッカから離れる。


私はその鉄片を、三丸傷の向こう側へ押した。印の示す危険区域の中へ。


虫もそちらへ行く。


リッカが息を呑んだ。


「印の向こうに、餌を置くんだ」


そうだ。


印だけでは足りない。

危険を示すだけでは足りない。

危険が向かう場所も作る。


表示と誘導。


二つで一つ。


《石核ログ》

誘導餌:設置

対象:鉄食い虫

効果:進路変更

新規理解:印は知らせるだけでなく、動かす位置を決める


鉄食い虫は古鉄片にかじりついた。


かち。


かち。


小さい音。


リッカは鉄串を握りしめたまま、印と虫を見ていた。


ガレンが低く言った。


「村に近いところへ餌を置きすぎるな。虫を寄せる」


その通り。


私は古鉄片をさらに鉤棒で押した。村から離れ、旧鉱山道側へ。水路には落とさない。水で流すと、どこへ行くか分からない。


虫は鉄片についていく。


印の向こうへ。


三丸傷の外へ。


危険区域の奥へ。


小さい成功だった。


だが、村側から見れば、私が虫を連れているようにも見えるだろう。


また誤解の種が増えた。


《第35話リザルト》


問題:村側の警戒上昇

新規運用:外部記号による危険表示

改良:印に方向情報を追加

確認:リッカには一部読解可能

新規理解:印は知らせるだけでなく、誘導位置も決める

使用:古鉄片による鉄食い虫誘導

未解決:村人の誤読/盗賊による悪用/虫寄せ餌の管理


印は便利だった。


でも、読まれる。


読まれるなら、間違って読まれる。


間違って読まれるなら、また問題が増える。


発声器官なしの生活、かなり難易度が高い。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ