第32話 重心が生まれた
胸核部に放熱板を挟むと、動ける時間は伸びた。
だが、動きやすくなったわけではなかった。
剣を硬層にかける。
盾片で押す。
胸核部で力を受ける。
前より、力が奥まで通る。
そこまではいい。
問題は、そのあとだった。
腕全体が、以前より大きく回る。
芯がなかった時は、力が逃げた。泥がずれ、盾片が滑り、剣基部が鳴って、そこで止まった。効率は悪いが、暴走もしにくかった。
今は違う。
力が通る。
通りすぎる。
私は硬層道の上で、ぐるりと半回転した。
止まった時には、盾片が上を向き、剣が横に刺さり、放熱板が泥に半分埋まっていた。
かなり不本意な姿勢である。
《石核ログ》
移動失敗
原因:重心移動過多
胸核部:力線集中
姿勢制御:不足
重心。
新しい敵が出た。
いや、敵ではない。たぶん、自分の中にできた新しい条件だ。
胸核部ができたことで、私は力を受け止められるようになった。だが、受け止める場所ができたせいで、そこを中心に回るようにもなった。
中心ができる。
倒れ方もできる。
非常に困る。
ガレンが鍛冶場の前でそれを見ていた。
笑ってはいない。
笑ってはいないが、顔が少し嫌だった。笑う直前の顔だ。
「芯が入ったら、今度は重心だ。お前、力を通すことばっかり考えて、止める場所を考えてねえ」
止める場所。
私は剣を抜き、姿勢を戻した。戻すだけで時間がかかる。強くなったのに、転ぶと復帰が面倒だ。弱かった頃より転び方が豪快になっている。
成長として正しいのか。
疑わしい。
ガレンは地面に炭で線を引いた。
一本の縦線。
その横に、短い横線。
さらに、丸を一つ。
「ここが芯。こっちに重みが寄る。押した力がここを外れると、回る」
私は線を見た。
自分用の地形記号とは違う。人間が説明のために置いた記号だ。
分かる。
少し腹立たしいほど分かる。
私は自分の配置を確認した。
剣。
盾片。
硬殻片。
クラストバグ殻片。
放熱板。
鉄楔片。
胸核部。
胸核部が中心に近い。だが、盾片と放熱板が片側に寄っている。硬殻片も同じ側。つまり、守るための部材が重さを偏らせている。
守りすぎると倒れる。
またその種類の問題か。
《石核ログ》
重心偏り:確認
原因:盾片/放熱板/硬殻片の片側集中
推奨:対向配置または支点追加
対向配置。
反対側に何か置く。
簡単に言うな。
置けば重い。重いと動けない。軽いものでは釣り合わない。重いものを付けると、今度は全体が沈む。
重心というのは、かなり嫌な帳尻合わせである。
リッカが少し離れた場所で、曲がった鉄輪を持っていた。昨日の鎖の残りではない。鍛冶場の屑鉄だろう。彼女は近づきすぎず、地面に置いた。
「これ、重りになる?」
なる。
だが、鉄食い虫の餌にもなる。
私は動かなかった。
リッカはすぐに言い直した。
「持つんじゃなくて、試すだけ」
少し分かってきている。
私は鉤棒で鉄輪を引き寄せ、盾片と反対側に仮置きした。固定しない。泥で少しだけ噛ませる。
《石核ログ》
仮重り:鉄輪
重心偏り:軽減
金属露出:増加
注意:虫誘引
虫誘引。
やはり来た。
使えるものは、だいたい別の問題を連れてくる。
私は剣を硬層にかけた。
今度は、回りすぎない。
胸核部に力が通り、反対側の鉄輪が少しだけ回転を抑える。盾片が地面を押す。放熱板がずれるが、さっきより姿勢は安定する。
進める。
三回。
四回。
五回目で、鉄輪が外れた。
ころん、と転がる。
私はまた少し傾いたが、倒れなかった。
《石核ログ》
重心試験:部分成功
仮重り:脱落
新規理解:重りは固定しすぎず、逃がしすぎず
また固定。
何をしても固定である。
ガレンが鉄輪を拾い、こちらへ投げずに地面へ置いた。
「本当は重りじゃねえ。骨組みが要る。重いもんを足すんじゃなく、力が通る場所を増やす」
骨組み。
ついに骨が出た。
腕一本の私に、骨組み。
ずいぶん遠い話に聞こえる。
だが、意味は分かる。重さで釣り合いを取ると、全体が重くなる。なら、軽い部材で力の通り道を増やす。盾片の反対側に、重い鉄ではなく、支える形を作る。
クラストバグ殻片。
金属ではない。軽い。層がある。割れやすいが、向きが合えば支えになる。
私は割れた殻片の一部を、盾片の反対側へ移した。装甲ではなく、張り出し。重りではなく、姿勢を止める小さな支え。
《石核ログ》
クラストバグ殻片:再配置
用途:姿勢制御補助
重心偏り:軽減
金属露出:増加なし
いい。
これはいい。
鉄輪ほど重くない。虫も寄りにくい。割れる危険はあるが、移動中の回りすぎを抑えるには十分だ。
私はもう一度動いた。
剣をかける。
胸核部で受ける。
盾片で押す。
反対側の殻片で回転を止める。
放熱板は少し浮かせ、熱を逃がす。
二回。
三回。
四回。
倒れない。
遅い。
だが、倒れない。
今はそれでいい。
《石核ログ》
新規機能:姿勢制御補助
重心線:仮登録
移動安定:上昇
過熱:継続
重心線。
また線が増えた。
力線。
水路。
鎖の線。
今度は重心線。
私の体は、線でできているのかもしれない。
石と泥と鉄と殻でできているはずなのに、実際に動かしているのは線ばかりだ。
リッカが地面の炭線を指した。
「これ、印にしたら?」
ガレンが鼻を鳴らす。
「自分の倒れる向きくらい、自分で覚えろ」
厳しい。
だが、リッカの案も悪くない。
地面に刻む記号は、場所の情報だった。
なら、自分の装備状態を示す記号も作れる。
放熱板あり。
殻片右。
盾片左。
重心注意。
私は硬層道の横に、小さな丸と線を刻んだ。
丸から、一本の短い線。
意味は、重心注意。
《石核ログ》
新規記号:丸線傷
意味:重心偏り注意
用途:装備状態確認地点
確認地点。
そうか。
道に記号を刻むだけではない。動き出す前に、自分を確認する場所を作る。
外の地図と、内側の状態をつなげる。
少しだけ、体が広がった気がした。
見た目はまだ腕一本だが。
そこは、もう言わない。
いや、言う。
腕一本なのは事実である。
《第32話リザルト》
問題:胸核部による重心変化
失敗:力線過多による回転転倒
新規理解:中心ができると倒れ方も生まれる
試験:鉄輪による仮重り
改良:クラストバグ殻片を姿勢制御補助へ再配置
新規機能:重心線
新規記号:丸線傷
未解決:骨組み/放熱板固定/過熱継続
芯ができた。
重心もできた。
倒れ方も増えた。
強化とは、どうしてこう、問題を丁寧に増やしてくるのか。




