第31話 胸核部、熱すぎる
鉱核は、冷えなかった。
大型クラストバグが倒れ、虫の群れが奥へ引き、村人たちが距離を取っても、私の根元だけは熱を持ったままだった。
火ではない。
燃えているわけではない。
だが、内側からじわじわと形を変えようとしてくる。泥が乾く。鉄楔片が鳴る。盾片の角度が少しずれる。剣の根元が、以前とは違う重さで沈む。
芯ができた。
それはいい。
かなりいい。
だが、芯が熱い。
これはだめだ。
《石核ログ》
種別:鉱核ゴーレム
新規部位:胸核部
状態:過熱
固定力:E-
刃角制御:E-
警告:冷却不足/構造未安定
胸核部。
名前は立派になった。
状態は危険である。
名前負けが早い。
私は水路の方へ移動した。剣歩き改で硬層をかける。以前より、力は逃げにくい。剣をかけた時、反力が腕の根元で止まる。盾片も押しやすい。
動ける。
前より、明らかに動ける。
だが、三回進むと胸核部が熱を返してくる。四回目で泥が乾く。五回目で剣基部が鳴る。
長く使えない。
強くなったのに、使用回数制限がついた。
かなり面倒な強化である。
水路の縁で、私は湿った泥を胸核部に押し当てた。
じゅ、と小さな音がした。
冷える。
だが、表面だけだ。
鉱核の奥には熱が残る。泥を厚く盛ると冷えはするが、今度は動きが重くなる。薄くすると、すぐ乾く。水を直接かければ早いが、鉄楔片の周りが緩む。
冷却にも構造がいる。
また構造。
もう何をしても構造である。
《石核ログ》
冷却試験:湿泥被覆
効果:表層温度低下
副作用:重量増/泥剥離
推奨:放熱経路の確保
放熱経路。
熱を逃がす道。
力線の次は、熱線か。
用語が増える。体はまだ増えない。とても不公平である。
背後から足音が来た。
ガレンだった。
槌は持っているが、今日は鉄を打つ構えではない。私の胸核部を見て、眉間に皺を寄せる。
「やっぱり熱が抜けてねえな」
私は動かなかった。
ガレンは近づきすぎない距離でしゃがんだ。警戒している。正しい。今の私は、冷えていない鉱核を抱えた動く石だ。扱いを間違えれば、たぶん割れる。
私が。
または周囲が。
「水をぶっかけるなよ。割れる」
やろうとしていた。
危ない。
非常に危ない。
私は水路へ向けていた動きを止めた。ガレンは小さく鼻を鳴らした。
「熱い鉄をいきなり水に入れると、歪む。割れる。お前のそれも似たようなもんだ。冷やすなら、逃がしながらだ」
逃がしながら。
つまり、冷却も一撃ではだめ。
少しずつ。
道を作る。
熱の逃げ先を用意する。
ガレンは、錆びた薄い鉄板を一枚地面へ置いた。昨日リッカが餌に使ったものとは別の端材だ。曲がっていて、穴が空いている。
「貼るな。挟め。熱を逃がす板にする」
貼るな。
挟め。
この差は大きい。
貼ると装備になる。外れにくい。重い。食われる。
挟むなら、必要な時だけ使える。外せる。熱を逃がせる。
私は鉄板を見た。
金属。
鉄食い虫の餌。
だが、今は鉱山道から離れている。使える。
私は鉄板を胸核部に直接当てようとした。
ガレンが即座に言った。
「違う。直に当てるな。泥を一枚噛ませろ」
細かい。
だが、たぶん正しい。
私は湿った泥を薄く伸ばし、その外側に鉄板を挟んだ。さらに盾片の端で押さえる。固定ではない。圧をかけているだけ。
《石核ログ》
放熱板:仮設
素材:穴あき鉄板
接触方式:泥層越し
効果:熱拡散
注意:金属露出
胸核部の熱が、少し外へ流れた。
じわりと、鉄板が熱を持つ。鉱核の奥の熱が、泥だけで止まらず、外へ逃げる。熱い。だが、前より一点に溜まらない。
これは使える。
ただし、鉄板が熱くなる。
触れるものを乾かす。
そして金属食い虫には餌になる。
便利なものには、すぐ罰がつく。
律儀すぎる。
リッカが少し離れた場所から見ていた。手には鉄串。こちらへ近づきすぎない。村人に怒られたのか、顔が少し硬い。
「それ、また沢を濁さない?」
鋭い。
私は動かなかった。
濁すつもりはない。
だが、保証はできない。
発声器官がないと、こういう時に不利である。私は薄鉄片を鳴らそうとしたが、やめた。返事なのか威嚇なのか分からないと言われたばかりだ。
代わりに、剣で水路の縁から少し離れた場所に線を刻んだ。
水路へ向かわない線。
たぶん伝わらない。
リッカは首を傾げた。
「……そこから先は行かない、ってこと?」
伝わった。
少し驚いた。
ガレンが短く笑った。
「印なら多少は通じるか」
印。
そうか。
音は誤解される。動きは怖がられる。だが、地面の記号なら、少しだけ意思に近いものを置ける。
私は今まで、自分のために地形記号を刻んでいた。
通行可能。
水路。
人間注意。
金属食い。
それを、人間にも見せる。
危険だ。
読まれる。
だが、必要な時だけ使えばいい。
《石核ログ》
外部記号:成立可能性
対象:リッカ
用途:距離指定/危険表示
注意:誤読
誤読。
かなり怖い。
だが、発声器官なしよりはましだ。
胸核部の熱が少し下がった。完全ではない。放熱板を外すと、また内部に戻る。だが、動ける時間は伸びた。
私は剣を硬層にかけた。
一回。
二回。
三回。
四回。
まだ保つ。
五回目で警告。
《石核ログ》
胸核部:冷却補助中
連続稼働:改善
過熱限界:延長
未安定:継続
延長。
解決ではない。
延長。
だが、十分だ。
ガレンは鉄板を指した。
「それは鎧じゃねえ。臓器の外に付けた冷却板だ。戦う時に外すな。虫の巣に入る時は隠せ」
臓器。
胸核部は臓器なのか。
部品なのか。
芯なのか。
どんどん分類が増える。
私は少しだけ鉱核を意識した。そこに力が集まる。剣も、盾も、牙も、鎖も、全部をつなげる中心。だが、中心が熱を持ちすぎれば、全部が狂う。
中心とは、強い場所ではない。
壊れたら全部が困る場所だ。
かなり責任が重い。
《第31話リザルト》
開始状態:鉱核ゴーレム
問題:胸核部の過熱
新規処理:湿泥冷却/放熱板
取得補助:穴あき鉄板
新規理解:冷却にも経路がいる
新規可能性:外部記号による意思表示
改善:連続稼働時間延長
未解決:鉱核過熱/金属食い虫対策/村側の警戒
鉱核は強い。
でも、熱い。
強くなったら楽になると思っていた。
そんなことはなかった。
ただ、壊れ方が少し高級になっただけだった。




