第30話 鉱核ゴーレム
折れた剣を、殻の重なりへかけた。
切るのではない。
裂く。
硬い殻を割る力はない。正面から押せば、刃が滑る。剣基部が負ける。だから、動く線へかける。殻と殻の間。鎖でずらした隙間。大型クラストバグの芯に近い場所。
そこへ、欠け刃を入れる。
《石核ログ》
対象:鉱核周辺殻
隙間:微小
剣基部負荷:高
警告:過負荷
警告は正しい。
だが、今止めると、全部戻る。
鎖は食われている。盾片も削られている。クラストバグ殻片は欠けている。水路の力も長くは続かない。ガレンの鉄杭も、地面ごと軋んでいる。
短時間で決める。
私は剣を押し込まず、横へ引いた。
殻が鳴る。
ぎ、と鈍い音。
大型クラストバグが暴れた。鎖が跳ねる。水が散る。村人の槍列が崩れかけ、小型の鉄食い虫が隙間から抜けようとする。
「下がるな! 槍先だけ並べろ!」
木こりの声。
村人たちは震えていた。だが、槍先は残った。小型虫は槍を食わない。鉄の穂先には寄るが、木の柄には興味がない。そのわずかな違いで、虫の進路が乱れる。
リッカが鉄板を蹴った。
大型クラストバグの顎が、そちらへ向く。
一瞬、鉱核周辺の殻が開く。
ガレンの槌が鉄杭を叩いた。
かん。
鎖がさらに張る。
私は剣を引いた。
殻の一枚が剥がれた。
奥に、鈍く光る塊があった。
鉱石のようで、虫の内臓のようでもある。金属片を噛み砕き、熱と殻の中で固めた核。石でも鉄でもない。だが、どちらにも近い。
《対象解析》
対象:鉱核
性質:鉱物質/金属反応/熱保持
接続:大型クラストバグ内部
危険:高温/咬削虫誘引
欲しい。
危険。
欲しい。
かなり危険。
私は鉱核へ牙を立てようとした。だが、届かない。剣なら届く。だが、剣で突けば、鉱核が割れるかもしれない。力を通す道が必要だった。
鎖。
私は鎖を少し緩めた。
大型クラストバグの体が戻ろうとする。そこへ、剣をかけたまま、盾片を殻の下へ押し込む。支えを作る。ガレンがそれを見て、短く叫んだ。
「引くな、こじれ!」
こじる。
引き抜くのではなく、座っている場所を外す。
私は盾片を支点にした。牙で殻の縁を削る。鎖で体勢を止める。剣で鉱核の根元を横へ押す。
がきん。
鉱核が動いた。
同時に、熱が走った。
泥が乾く。鉄楔片が鳴る。剣基部がずれる。私の中の仮止めが、一斉に限界を訴える。
《石核ログ》
鉱核接触
熱流入:高
剣基部固定:低下
泥接合:急速乾燥
警告:構造崩壊
崩れる。
まずい。
私は鉱核を離そうとした。
だが、鉱核から流れた熱と振動が、剣の根元へ入った。折れた剣が、ただの支点ではなくなる。熱を通す。力を通す。鉱核と石腕の間に、細い道ができる。
これまで外に作っていた芯。
盾で支え、縄で引き、鎖で通し、地形で補っていた力の道。
それが、内側に入ってくる。
《石核ログ》
異常接続:発生
鉱核—剣基部 接触
内芯形成:未確定
危険:過熱
未確定。
だが、使える。
私は鉱核を完全に抜こうとせず、剣の根元側へ引き寄せた。取り込む、というより、はめ込む。胸などない。胴もない。だが、腕の根元、剣を抱えている石の奥に、空いている場所があった。
そこへ、鉱核を押し込む。
熱い。
感じるわけではない。
だが、泥が乾き、石が鳴り、剣が震える。危険なほど分かる。
大型クラストバグが最後に暴れた。
鎖が切れた。
食われて弱っていた輪が、限界を越えた。
じゃらん、と破損鎖が跳ねる。村人たちが悲鳴を上げる。ガレンが鉄杭から離れる。リッカが伏せる。
大型クラストバグの体が、横へ倒れた。
私は鉱核を抱えたまま、下敷きになりかけた。
盾片で受ける。
受けきれない。
殻片が割れる。
硬殻片が軋む。
剣を硬層にかける。
鉱核から力が通る。
腕の中に、一本だけ太い芯ができたような感覚があった。剣の根元が逃げない。盾片の反力が、前より奥へ入る。外から無理に支えるのではなく、内側で受ける。
私は、倒れてくる殻を少しだけ逸らした。
完全には止めていない。
だが、潰されなかった。
大型クラストバグは横倒しになり、脚を動かした。だが、鉱核を失ったせいか、動きが鈍い。小型虫は散り、金属片へ群がり、巣の奥へ戻っていく。
ガレンが息を吐いた。
「……取ったのか」
取った。
いや、刺さった。
入った。
分類が難しい。
《石核ログ》
鉱核:接続完了
種別更新:石腕ゴーレム → 鉱核ゴーレム
新規部位:鉱核
新規機能:内芯保持
固定力:F+ → E-
刃角制御:F+ → E-
衝撃耐性:上昇
警告:鉱核過熱/身体展開未完了/人間側認知上昇
鉱核ゴーレム。
私はその表示を、しばらく確認した。
腕は一本のままだ。
脚はない。
視覚器官もない。
発声器官もない。
完全な体など、どこにもない。
だが、内側に芯がある。
それだけで、動きが違った。
剣を硬層にかけると、反力が奥で止まる。盾片を押すと、力が散らずに戻る。牙を出す時も、腕全体が以前よりぶれない。
外付けの寄せ集めではなく、内側から支えるものができた。
まだ仮だ。
熱い。
危ない。
過熱している。
だが、確かにある。
リッカが泥だらけのまま、遠くから言った。
「それ……大丈夫なの?」
大丈夫ではない。
かなり危ない。
だが、前より壊れにくい。
この二つは同時に成立するらしい。
ガレンが鉱核の位置を見て、低く笑った。
「胸のつもりか」
胸。
そう呼ぶには無理がある。
ただの腕の根元だ。石と剣と泥と鉄楔片の奥に、鉱核がはまっているだけ。
だが、体の中心に近い。
なら、胸相当。
仮称なら許される。
《石核ログ》
部位仮称:胸核部
状態:過熱
推奨:冷却/安定化
胸核部。
また、部品のために体の名前が増えた。
順番がおかしい。
だが、悪くない。
村人たちは距離を取っていた。槍先はまだこちらを向いている。助かったと思っている者もいる。怖がっている者もいる。沢を濁したことを怒っている者もいるだろう。
ガレンは槌を下ろしたが、油断していない。
リッカだけが、鉄串を握ったままこちらを見ていた。
誰も、完全には近づかない。
それでいい。
今の私は、鉱核を抱えた危険物である。
私自身も、まだ扱い方が分かっていない。
《第30話リザルト》
撃破相当:大型クラストバグを戦闘不能化
取得:鉱核
種別更新:石腕ゴーレム → 鉱核ゴーレム
新規部位:胸核部
新規機能:内芯保持
上昇:固定力/刃角制御/衝撃耐性
損傷:破損鎖断裂/盾片咬削/殻片破損/剣基部過負荷
未解決:鉱核過熱/身体展開/村人の警戒
腕一本ではなくなった。
いや、見た目はまだ腕一本だ。
でも、内側に芯ができた。
少なくとも、もうただの剣付き石腕ではない。
……たぶん。




