第29話 鎖で芯を引く
旧鉱山道の奥では、長く戦えない。
熱で泥が乾く。
虫が金属へ寄る。
剣基部が緩む。
盾片も、鎖も、薄鉄片も、全部が餌になる。
なら、奥で倒さない。
外へ引き出す。
私は入口の三丸傷の前で、破損鎖を引き寄せた。重い。持ち歩くには邪魔だが、設置して使うなら有効だった。鎖は、遠くの力を運ぶ。固定点があれば、こちらの腕一本では出せない力も出せる。
必要なのは、引く線だ。
旧鉱山道の入口。
水路。
倒木。
根。
村外れの石積み。
鍛冶場へ続く道。
全部を一つの線として見る。
《地形記録》
牽引候補:水路脇倒木
固定候補:根/石積み/鍛冶場杭
危険:村外縁に近い
注意:人間遭遇率上昇
人間遭遇率。
高いだろう。
すでに村は騒いでいた。沢が濁った。盗賊が出た。旧鉱山道から虫の音がする。リッカは戻ったはずだが、村人に何かを話したかもしれない。
近づきたくない。
だが、鉱山道の大型殻を放置すると、鉄食い虫は外へ広がるかもしれない。そうなると、鍛冶場も危ない。ガレンの鉄も、村の道具も、私の部材も食われる。
外部設備の保守。
またその判断である。
私は鎖の端を水路脇の倒木へかけた。もう一方を旧鉱山道の入口へ運ぶ。重い。途中で何度も止まる。剣歩き改が使える場所は少ない。盾片で押し、鉤棒で輪を引き、牙で石をどかす。
かなり地味な作業だった。
だが、戦う前の配置が戦いになる。
盗賊たちに教えられたことだ。
鎖を入口の岩に通していると、背後から足音が来た。
ガレンだった。
槌を持っている。肩には鉄杭。顔は険しい。
「おい。そこで何してる」
答えられない。
私は鎖を引いた。
ガレンは旧鉱山道の奥を見て、舌打ちした。
「……虫を外へ出す気か」
出したい。
ただし、全部ではない。大型殻だけを、入口近くまで引く。奥で戦わず、外の支点で崩す。
伝わるかは分からない。
私は鎖を大型殻がいた方向へ伸ばし、倒木を支点にして引く動きをした。ガレンはしばらく黙っていた。
「正面から入るよりは、ましだな」
理解された。
少し怖い。
この人間、こちらの作業意図を読むのが早すぎる。
「だが鎖だけじゃ足りねえ。食われるぞ」
ガレンは鉄杭を地面に打ち込んだ。入口の横、硬い石の隙間。深くはない。だが、鎖の輪をかけるには十分だった。
「鍛冶場に来られちゃ困る。お前のためじゃねえ」
そう言って、二本目の杭も打った。
助力ではない。
自衛。
それでいい。
私は鎖を鉄杭へ通した。力の道が増える。
《石核ログ》
外部固定点:鉄杭追加
鎖牽引線:安定
協力判定:不明
用途判定:有効
協力判定、不明。
正しい。
ガレンは私の味方ではない。だが、同じ危険を嫌っている。今はそれで十分だった。
村側から、別の足音が来た。
リッカだった。
木の板と、薄い鉄板を抱えている。後ろには村人が二人。槍を持っているが、こちらへ近づきたくなさそうに距離を取っている。
「ガレンさん、村長が怒ってる。沢を濁したの、これのせいだって」
これ。
私か。
否定できない部分があるので、反応しづらい。
ガレンは短く答えた。
「後で怒られろ。今は虫だ」
後で。
嫌な予定が増えた。
リッカは私を見て、抱えていた鉄板を地面に置いた。
「これ、噛ませるなら使える。錆びてるし、もう鍋には戻らないって」
薄い鉄板。
餌だ。
虫を誘導するための餌。私はそれを見た。使えば食われる。だが、剣や鉄楔片を守るには、食わせる金属が必要だ。
リッカは一歩下がった。
「持っていかないで。置く場所だけ、使って」
分かってきている。
私は鉄板を奪わず、鉤棒で押した。旧鉱山道の入口近く、鎖の横。虫が来れば、まずそちらへ向かう位置。
リッカは息を吐いた。
村人たちは槍を構えたまま、さらに下がった。
「本当にやるのか」
「近づいたら刺すぞ」
その槍先は、虫へ向いているのか、私へ向いているのか分からない。
たぶん両方だ。
それでいい。
正式な味方などいない。
今ここにあるのは、怖がりながら置かれた槍、守るための鉄杭、捨てるつもりの鉄板、そして私が引く鎖だった。
十分すぎる。
私は鎖の先を持ち、旧鉱山道へ少し入った。
熱が来る。泥が乾く。小型の鉄食い虫が、すぐに鉄板へ集まり始める。がち、がち、と奥の大型殻が動いた。
金属の餌に反応した。
来る。
私は鎖を、入口近くの岩の割れ目へ通した。大型殻に直接かけるのではない。まず、進路を作る。鉄板へ寄ってくる虫の群れを、鎖で横へ流す。
大型殻が姿を現した。
低く、広く、重い。層状の殻が重なり、顎が石を噛む。背中の奥に、鈍く光るものが見えた。鉱石の塊のような核。だが、まだ殻の内側だ。
《対象解析》
対象:大型クラストバグ
殻硬度:C
重量:高
弱点候補:殻重なり/脚部付け根/背部核周辺
警告:正面戦闘非推奨
正面戦闘非推奨。
知っている。
私は鉄板を盾にし、剣を出しすぎず、鎖を殻の重なりへ滑らせた。大型クラストバグが顎で鉄板を噛む。鉄板が削れる。虫の注意が一瞬、そちらへ向く。
その隙に、鎖の輪が殻の下へ入った。
重い殻の重なり。
動く線。
私はそこに鎖を通した。
大型クラストバグが暴れる。
鎖が張る。
一人の力では無理だ。私の腕でも無理だ。だから、倒木と鉄杭と水路を使う。
私は鎖を引かず、倒木へかけた輪を外した。
水路の流れが、鎖を押す。
ガレンが鉄杭を槌で叩いた。
杭が締まる。
村人の槍が、小型虫を入口から遠ざける。怖がっている。腰が引けている。だが、槍先が並ぶだけで、小型虫の進路は変わる。
リッカが鉄串で、鉄板の位置を少しずらした。
大型クラストバグの顎が、そちらへ向く。
鎖がさらに深く入る。
《石核ログ》
鎖:殻重なり部へ侵入
固定点:倒木/鉄杭/水流
外部配置:有効
牽引準備:完了
私は鎖を引いた。
正確には、私だけではない。
水が引く。
倒木が受ける。
鉄杭が止める。
ガレンの槌が締める。
村人の槍列が小型虫を散らす。
リッカの鉄板が顎をずらす。
そして私は、鎖の向きを決める。
大型クラストバグの体が傾いた。
殻は割れない。
だが、重なりがずれる。
背中の奥の鉱核が、少し露出した。
そこへ剣を入れたい。
だが、届かない。
私は前へ出ようとした。熱が来る。剣基部が軋む。鉄食い虫が剣へ向く。盾片で受ける。殻片が欠ける。鎖が震える。
ガレンが怒鳴った。
「長く入るな!」
分かっている。
分かっているが、今しかない。
私は剣を深く刺さず、欠け刃を露出した重なりへかけた。切るのではなく、引き裂く準備。だが、大型クラストバグが身をよじった。
鎖が食われ始めた。
小型虫が、張った鎖に集まっている。輪が削れる。一本、また一本と弱くなる。
時間がない。
《石核ログ》
鎖損傷:進行
盾片:咬削
殻片:欠損拡大
剣基部:負荷上昇
警告:短時間決着必須
短時間決着。
それは次の一撃のことだ。
私は鎖をさらに引くのではなく、固定した。
大型クラストバグの体勢を崩したまま止める。水路、倒木、杭が軋む。村人が悲鳴を上げる。リッカが下がる。ガレンが槌を構える。
鉱核の周囲に、一本だけ細い隙間が見えた。
殻の重なり。
動く線。
私は折れた剣を、そこへかけた。
《第29話リザルト》
遭遇:大型クラストバグ
使用:破損鎖/水路/倒木/鉄杭/鉄板
外部配置:ガレンの鉄杭/リッカの鉄板/村人の槍列
新規理解:鎖は敵の芯を外へ引く
成功:鉱核周辺の殻を一部露出
損傷:鎖咬削/盾片損傷/殻片欠損/剣基部負荷上昇
未解決:鉱核の切り離し/鎖の限界/大型クラストバグの反撃
鎖で、殻をずらした。
水で、力を足した。
人間たちは、勝手に必要な位置へ入った。
協力かどうかは分からない。
だが、構造としては噛み合っていた。




