第28話 熱は形を変える
クラストバグ殻片は、軽かった。
岩噛み甲虫の硬殻片より薄い。だが、重なりがある。板を何枚も合わせたような構造で、正面からの噛みつきには強そうだった。
金属ではない。
これが一番大きい。
鉄食い虫は反応しにくい。盾片や薄鉄片より安全に持てる。私は殻片を泥で仮止めし、剣基部の近くではなく、盾片の外側に重ねた。
盾を守る盾。
少し変だが、意味はある。
《石核ログ》
クラストバグ殻片:仮装着
用途:耐咬削補助
金属反応:低
固定率:低
注意:熱乾燥で剥離
熱乾燥。
また嫌な注意が出た。
旧鉱山道の奥は、入口より暖かかった。火は見えない。炉のような赤さもない。だが、地面からじわりと熱が返ってくる。石の奥に熱が溜まり、空気が乾いている。
火ではない。
だが、危険だ。
私は入口の三丸傷を確かめ、奥へ進んだ。
薄鉄片は泥で覆う。
鉄楔片も湿った泥で固める。
盾片の上に殻片を重ねる。
おとり金属は持たない。
今回は、食わせるものが少ない。
その代わり、逃がすものも少ない。
《地形解析》
旧鉱山道:内部温度上昇
空気:乾燥
泥接合:劣化予兆
注意:長時間滞在不可
長時間滞在不可。
分かる。
泥が乾く。固定が硬くなる。硬くなるだけなら良さそうに見えるが、違う。乾いた泥は粘らない。衝撃を受けると、割れる。接着ではなく、脆い塊になる。
私は少し進み、すぐに止まった。
盾片がずれた。
ほんの少し。
だが、今の場所では大きい。盾片の位置がずれると、剣基部を守る角度もずれる。殻片も一緒に傾く。金属音を抑えている泥も、端から剥がれ始めている。
熱は、燃やしていない。
ただ、形を変えている。
《石核ログ》
泥接合:乾燥進行
盾片角度:微小変化
殻片固定率:低下
警告:配置ずれ
配置ずれ。
直接壊されるより嫌な時がある。
壊れたなら分かる。外せばいい。捨てればいい。だが、少しだけずれると、まだ使えそうに見える。そのまま使うと、次の瞬間に失敗する。
私は盾片を押し直した。
乾いた泥が、ぱらりと落ちる。
まずい。
私は水が欲しくなった。
水路の泥で湿らせれば、固定は戻る。だが、ここは旧鉱山道の中だ。水は入口より下を流れている。水を引き込めば、虫の道も変わる。泥流を作れば、また村の沢が濁るかもしれない。
水は便利。
そして迷惑。
本当に一貫している。
奥から、がち、がち、と重い音がした。
クラストバグ幼体ではない。
もっと大きい。殻が壁を擦る音。石を噛む音。その中に、金属を削る高い音が混じっている。
私は進路を変えた。正面へ行かず、壁際の溝を使う。硬層道ではないが、石の出っ張りがある。剣を深く刺さず、欠け刃を浅くかける。
だが、熱で剣基部の泥が乾いていた。
かけた瞬間、根元が少し遅れる。
《石核ログ》
剣基部:保持低下
原因:泥乾燥/鉄楔片周辺の緩み
固定率:E- → F+
戻った。
下がった。
せっかくガレンに仮修理してもらった部分が、熱で緩んでいる。鉄楔片そのものは残っている。だが、周りの泥が死ぬと、楔も座らない。
強い部材だけでは足りない。
周囲が変われば、強い部材も弱くなる。
私はその場で補修した。湿った泥は少ない。入口近くから持ち込んだ泥を薄く伸ばし、鉄楔片の周囲に押し込む。足りない。乾いた泥と混ぜると、表面だけが固まり、中が弱い。
仮補修。
本当に仮ばかりである。
奥の音が近づいた。
壁の穴から、小型の鉄食い虫が数匹出てきた。こちらの剣に向かってくる。私は盾片を前に出した。殻片が噛みつきを受ける。
がち。
殻片に傷。
金属ではないので食われない。だが、割れる。層の端が少し欠けた。
《石核ログ》
クラストバグ殻片:咬撃受け
金属咬削:回避
殻層:一部欠損
評価:耐咬削補助として有効
有効。
いい。
ただし、万能ではない。
殻片は金属食いを防ぐ盾になるが、衝撃には弱い。層の向きが悪いと剥がれる。熱で泥が乾くと固定が落ちる。
つまり、奥へ行くほど防具が剥がれる。
かなり悪い環境である。
私は薄鉄片を鳴らしたくなった。
虫を止めたい。
だが、鳴らせば寄るかもしれない。音がどう働くか、相手ごとに違う。ここで試すには危険すぎる。
私は音を使わず、牙で壁を削った。
小石を落とす。
小型虫の進路に石が転がる。虫は石を避ける。鉄には向かうが、石には興味がない。なら、石は障害物として使える。
私は壁から小石を落とし、虫の道を塞いだ。
一時的。
だが、少し遅らせられる。
《石核ログ》
虫道妨害:石片使用
効果:小
新規理解:食わないものでも道具になる
奥が開けた。
古い採掘場の跡だった。天井は高く、壁には黒い鉱脈の筋が走っている。ところどころに赤茶けた熱の筋があり、そこから空気が乾いていた。
中央には、殻があった。
大きい。
動いてはいない。
だが、そこにいるだけで分かる。幼体ではない。もっと古く、重く、何かを守る殻。周囲には小型虫が集まり、金属片を運んでいる。
鉱石ではない。
鉄片。釘。刃の欠片。鎖の輪。
全部、殻の近くへ集められている。
素材場ではない。
餌場でもある。
巣でもある。
《対象記録》
大型殻:確認
状態:休眠または低活動
周囲:鉄食い虫多数
中央部:金属片集積
警告:接近非推奨
接近非推奨。
当然である。
私はすぐに退いた。今は戦う準備がない。鎖も入口に置いてある。水路も遠い。村人もいない。ガレンもいない。剣基部は熱で緩み、泥は乾き、盾片もずれている。
今戦う理由がない。
欲しい素材はある。
だが、今取れば食われる。
欲しいから取る、は危険だ。
私は入口へ戻り始めた。
だが、戻る途中で、剣基部がまたずれた。熱で乾いた泥が割れ、鉄楔片が小さく鳴る。
きん。
その音に、小型虫が一斉に反応した。
まずい。
私は即座に、殻片を剣基部の前へずらした。盾片ではなく、殻片で噛みつきを受ける。虫の顎が殻片に当たる。金属ではないので、すぐには食わない。
その間に、入口へ戻る。
剣をかける。
盾で支える。
牙で石を落とす。
殻片で噛みつきを逸らす。
泥を削って、金属の匂いを隠す。
手順が多い。
熱で固定が狂うと、全部が遅れる。
私は何とか入口へ出た。
空気が少し湿っている。
それだけで楽だった。
旧鉱山道の外で、私は泥を足した。鉄楔片の周りを湿らせ、盾片の角度を戻し、殻片の割れを確認する。薄鉄片は無事。剣の根元はまだ不安定だが、完全には壊れていない。
危なかった。
長居できない。
あそこは、時間が敵になる場所だ。
《石核ログ》
旧鉱山道内部調査:中断
確認:大型殻/金属片集積/熱乾燥
新規理解:熱は燃やさずに固定を狂わせる
制限:短時間行動必須
短時間。
次に行くなら、入って、使って、すぐ出る。
戦うなら、外から崩す。
奥で長く組み合わない。
そして、金属部材を守るには、殻片と泥被覆が必要。
私は旧鉱山道の入口を見た。
奥には鉱核があるかもしれない。
だが、そこへ行くには、熱、虫、金属食い、大型殻を越える必要がある。腕一本で正面から行く場所ではない。
鎖を使う。
水路を使う。
倒木を使う。
外にいるものも使う。
そうしなければ、奥では食われる。
《第28話リザルト》
調査:旧鉱山道奥
確認:大型クラストバグ殻/金属片集積
新規理解:熱は燃やさず、固定と角度を狂わせる
有効対策:クラストバグ殻片による耐咬削補助
損傷:殻片一部欠損/剣基部固定低下
制限:巣内部での長時間行動不可
未解決:大型殻への対処/熱乾燥対策/外部からの引き出し方法
火ではない。
燃えてもいない。
それでも、私の形は崩れた。
熱い場所は、静かに壊してくる。
かなり陰湿である。




