第27話 殻の群れ
旧鉱山道に入る前に、私は金属を隠した。
薄鉄片は泥で覆う。
鉄楔片の周りにも、湿った泥を厚めに噛ませる。
盾片の表面は完全には隠せないので、外側だけ泥を塗る。
折れた剣は無理だった。
剣を隠す方法がない。
そもそも私に刺さっている。抜けない。しまえない。布もない。泥で覆うと今度は刃が死ぬ。
便利な芯であり、最悪の餌でもある。
かなり困る。
《石核ログ》
金属露出:低減中
薄鉄片:泥被覆
鉄楔片:泥防護
折れた剣:露出継続
警告:咬削対象
露出継続。
知っている。
私は入口に置いた破損鎖から、食われて開いた輪を一つだけ外した。小さな鉄の輪。重すぎない。必要なら捨てられる。
おとり用だ。
大事な部材を守るには、食わせる部材を決める必要がある。
嫌な考え方だが、盗賊との戦いで覚えた。全部を守ろうとすると全部を失う。なら、失ってよいものを前に出す。
犠牲部材。
名前がひどい。
だが、実用的である。
私は鉄輪を鉤棒の先に引っかけ、旧鉱山道の入口へ入った。
中は狭かった。
天井は低い。壁は石と土。ところどころ木の支柱が腐っている。地面には砕けた石、錆びた釘、折れた工具、虫の通った溝。奥から、かち、かち、と音が重なってくる。
一匹ではない。
群れだ。
《地形解析》
区域:旧鉱山道内部
足場:不安定
金属残骸:多数
虫道:多数
注意:崩落/咬削
私は鉄輪を前に出した。
すぐに、小型の鉄食い虫が二匹、石の隙間から出てきた。黒い殻。平たい体。顎だけが白っぽく硬い。鉄輪へ寄る。迷いがない。
かち。
鉄輪の端が削られた。
かち。
また削られる。
速くはない。だが、止まらない。放っておけば、鉄輪は小さくなっていく。
私は鉄輪を少し引いた。
虫がついてくる。
使える。
おとりは効く。
ただし、鉄輪は減る。
当然だ。餌なのだから。
奥で、もっと重い殻音がした。
がち。
小型とは違う。硬いものが壁に触れる音。私は剣を低く構え、盾片を前に出した。
通路の奥から、大きな虫が出てきた。
岩噛み甲虫より低く、広い。背中は層になった殻で覆われている。殻の端が重なり、板金のように並んでいた。顎は短いが太い。目立つのは足だ。六本の脚が、石の隙間を確実に掴んでいる。
《対象解析》
名称仮定:クラストバグ幼体
殻硬度:D+
顎:金属咬削
弱点候補:脚部付け根/殻の重なり
脅威度:D
クラストバグ。
幼体でD。
嫌な表示である。
成体がいるなら、かなり見たくない。
クラストバグ幼体は、私の剣へ向かってきた。鉄輪ではなく、剣。大きな金属を優先したのだろう。判断が的確すぎる。虫のくせに、非常に困る。
私は剣を引いた。
狭い通路で剣歩き改は使いにくい。硬層の凹みはあるが、天井と壁が近い。硬殻片が当たる。盾片を広げる余裕もない。
ここは、私の得意な道ではない。
私は鉄輪を横へ投げた。正確には、鉤棒で弾いた。
鉄輪が壁際へ転がる。
小型虫はそちらへ向かう。
だが、クラストバグ幼体は剣を見ている。
高級な餌扱いか。
やめてほしい。
私は剣で殻を狙った。
正面の背殻。
硬い。
刃が滑った。
がり、と嫌な音がして、剣の欠けが少し削れる。
《石核ログ》
攻撃:背殻
結果:滑り
刃欠け部:摩耗
警告:正面殻への攻撃非推奨
非推奨。
遅い。
いや、分かっていたはずだ。硬い敵は、正面から割らない。岩噛み甲虫の時もそうだった。継ぎ目。腹。動く線。
私は剣を戻し、殻の重なりを探った。
クラストバグ幼体が顎を開く。剣基部へ来る。そこだけは食わせられない。私は盾片を間に入れた。
がちん。
顎が盾片を噛んだ。
金属音。
盾片に丸い傷がつく。
浅い。
だが、本当に削られた。
《石核ログ》
盾片:咬削
損傷:軽微
注意:継続接触不可
一回なら耐える。
続ければ食われる。
私は盾片を引き、代わりに鉄輪を近づけた。クラストバグ幼体の顎が、ほんの少しそちらへ向く。その隙に、牙を脚の付け根へ入れる。
殻ではない。
動いている線。
脚と胴の間。
牙で削る。深くは入らない。だが、泥と殻の隙間に引っかかる。私は剣をそこへ差し込まず、欠けた刃を横に当てた。
裂くのではなく、こじる。
殻の重なりが少し開いた。
クラストバグ幼体が暴れる。
狭い通路で暴れられると、こちらも危ない。天井から砂が落ちる。支柱が軋む。私は盾片を壁に押し、体を低くした。
崩落は避けたい。
虫に食われる前に、鉱山に潰されるのはかなり間抜けである。
小型の鉄食い虫が、泥で覆った薄鉄片へ寄ってきた。
泥被覆が薄かった。
まずい。
私は即座に、鉄輪をそちらへ押した。小型虫の進路が変わる。鉄輪がさらに削られる。犠牲部材としては優秀だが、寿命が短い。
《石核ログ》
おとり金属:有効
鉄輪残量:低下
薄鉄片:保護継続
守れた。
だが、鉄輪はもう長くない。
クラストバグ幼体が再び顎を剣へ向ける。
私は剣を下げず、逆に殻の重なりへ当てた。正面ではなく、開いた線。牙で作ったわずかな隙間。そこに欠け刃を入れる。
深く刺さない。
かける。
引く。
殻の一枚が浮いた。
そこへ、盾片を押し込む。
がき、と音がして、殻の重なりが外れた。クラストバグ幼体の片側の脚が動きにくくなる。動く線を壊すと、硬い殻全体が鈍る。
正面殻は割れていない。
だが、虫は動けない。
《石核ログ》
攻撃:殻重なり部
結果:脚部可動低下
新規理解:硬い殻は割らず、動く線を外す
クラストバグ幼体は逃げようとした。
追わない。
いや、追えない。
ここは捕食場だ。奥へ行けば、小型虫が増える。剣を晒す時間も増える。今倒せる相手でも、場所が悪ければ戦うべきではない。
私は殻の浮いた部分だけを牙で引き剥がした。
小さな殻片。
金属ではない。虫はすぐには食わない。硬い。軽い。装甲に使えるかもしれない。
《取得》
クラストバグ殻片
特性:硬質/層状
用途候補:耐咬削装甲
注意:割れ線あり
耐咬削装甲。
いい。
非常に欲しい。
だが、今ここで装着しない。捕食場の中で装備を増やすのは悪手だ。固定作業中に鉄楔片を食われたら終わる。
私は後退した。
小型虫が鉄輪を食い切った。
輪が割れた。
おとりが消える。
虫たちの動きが変わる。
次の金属を探し始める。
私の剣へ向く。
退却。
私は盾片を低くし、金属音を抑えながら入口へ戻った。クラストバグ幼体は追ってこない。脚が鈍っている。小型虫は途中まで来たが、入口の湿った泥で速度が落ちた。
泥被覆は有効。
鉄輪は失った。
盾片は削られた。
剣の欠けも少し摩耗した。
だが、殻片は得た。
そして、理解した。
硬い殻は割るものではない。
割るには力が足りない。刃も痛む。時間もかかる。なら、動く線を外す。重なりをずらす。脚の付け根を止める。
硬いものほど、動く場所が弱い。
《第27話リザルト》
遭遇:クラストバグ幼体
確認:鉄食い虫の群れ
使用:おとり鉄輪
損失:鉄輪消失/盾片軽微咬削/剣欠け部摩耗
取得:クラストバグ殻片
新規理解:硬い殻は割らず、動く線を外す
確認対策:泥被覆/金属露出低減
未解決:奥の大型個体/鉄楔片の完全防護/殻片の装着方法
殻は硬い。
硬すぎる。
だから、割らない。
動く場所だけ、少し壊す。
……かなり性格の悪い戦い方になってきた。




