第26話 鉄食いの巣
旧鉱山道の入口から、かち、かち、と音がしていた。
小さい。
だが、消えない。
盗賊が去り、泥水の流れが弱まり、リッカが村側へ戻ったあとも、その音だけは残っていた。金属を噛む音。殻が触れる音。土の下で、何かが硬いものを少しずつ削っている音。
私は入口から距離を取って止まった。
近づきたい。
だが、近づきたくない。
錆びた金具、古い鎖、折れた刃、穴の空いた鉄片。旧鉱山道の周りには、使えそうな金属が散らばっている。私にとっては素材場に見える。
しかし、その金属のほとんどには丸い食痕があった。
素材がある場所。
ではない。
素材が食われている場所。
《地形解析》
区域:旧鉱山道入口
確認物:古鉄片/錆鎖/破損工具
異常:多数の金属食痕
危険:鉄素材の咬削
嫌な分類である。
素材庫だと思って入ったら、素材側が餌だった。つまり、私も餌を持っている。折れた剣。鉄楔片。薄鉄片。破損鎖。盾片。どれも危ない。
私は薄鉄片を鳴らさなかった。
音で寄ってくる可能性がある。
前は音で小型魔物を追い払えた。だが、相手によっては逆になる。便利な機能は、相手が違えば呼び鈴になる。
かなり困る。
「そこ、入らない方がいい」
リッカの声がした。
村へ戻ったはずだったが、少し離れた場所にいた。鉄串を握り、こちらと旧鉱山道を交互に見ている。顔には泥がついたままだ。
「鉱山の虫、鉄を食う。じいちゃんが言ってた。古い道具を置くと、夜に穴だらけになるって」
じいちゃんが誰かは分からない。
だが情報は有用だった。
リッカは続けた。
「ガレンさんも、あそこから鉄は拾うなって言ってる。拾う場所じゃないって」
拾う場所じゃない。
私はその言葉を記録した。
素材が落ちているのに、拾う場所ではない。
なら何か。
食われる場所だ。
《石核ログ》
新規理解:素材場と捕食場は違う
旧鉱山道:捕食場候補
推奨:金属部材の露出低減
露出低減。
言うのは簡単だ。
私の重要部材は、だいたい露出している。剣は刺さっている。盾片は外側。薄鉄片も外。破損鎖は引きずっている。鉄楔片だけは根元にあるが、食われると致命的だ。
私は破損鎖を見た。
重い。便利。だが、虫に食われるなら危険な餌でもある。
持っていくべきか。
捨てるべきか。
前に小石を付けすぎて動けなくなった時と同じだ。使えるものを全部持てば強い、ではない。持つものが敵を呼ぶなら、なおさら違う。
私は破損鎖を、入口から離れた根元に置いた。完全には捨てない。位置を記録する。必要なら戻って使う。
装備ではなく、設置素材。
《石核ログ》
破損鎖:一時設置
携行重量:低下
金属露出:低下
注意:回収不能リスク
回収不能。
それは困る。
だが、食われるよりはいい。
私は旧鉱山道の入口へ、少しだけ近づいた。剣は深く刺さない。欠け刃も岩にかけない。金属音を出さないよう、盾片を土に当てて進む。
入口の地面には、虫の通った溝があった。
小さい。細い。だが、数が多い。鉄片の周囲に集まり、そこから鉱山道の奥へ戻っている。蟻の道に似ているが、対象が砂糖ではなく鉄である。
趣味が悪い。
小さな虫が一匹、錆びた釘の下から出てきた。
黒い殻。平たい体。顎だけが妙に硬そうに光っている。大きさは甲虫より小さい。だが、釘の端を噛むと、かち、と音がした。
鉄が削れる。
少しだけ。
だが、本当に削れた。
《対象解析》
名称仮定:鉄食い虫
大きさ:小
殻硬度:E+
顎:金属咬削
脅威:金属部材に対して高
小さい。
だが、危険。
石の本体にはすぐ効かないかもしれない。泥も食わないだろう。だが、私の芯周りは金属に頼り始めている。鉄楔片を食われれば、剣基部が緩む。薄鉄片を食われれば音を失う。盾片を食われれば支えが弱くなる。
外付けの便利部材が、全部餌になる。
私は後退した。
その瞬間、鉄食い虫がこちらを向いた。
剣の金属に反応したのか。
薄鉄片か。
盾片か。
分からない。
虫はゆっくり近づいてくる。速くはない。だが、迷いがない。餌へ向かう動きだ。
私は牙で近くの石を弾いた。
石が虫の横に転がる。
虫は反応しない。
鉄だけを見る。
やはり金属。
私は薄鉄片を外そうとした。鳴らすための小さな鉄片。便利だが、今は餌だ。硬殻片の端に引っかけていた固定を緩める。
外れた。
それを入口から少し離れた泥の上へ置く。
虫の向きが変わった。
薄鉄片へ向かう。
おとりになる。
便利。
だが、失う。
かなり迷う。
私は薄鉄片を完全には捨てず、泥で半分覆った。金属の匂い、いや、反応を少し隠す。虫は迷うように動きを止めた。
《石核ログ》
金属露出制御:部分成功
薄鉄片:泥被覆
鉄食い虫反応:低下
泥。
また泥が役に立つ。
接着剤、緩衝材、防火材、そして金属隠し。最初は邪魔なだけだったのに、今ではかなり働いている。評価を改めるべきかもしれない。
沈むのは嫌だが。
入口の奥から、もっと大きな音がした。
かち、かち。
その奥に、低い殻音。
小型虫だけではない。
大きいものがいる。
私はその場で止まった。これ以上入るのは危険だ。今は調査だけでいい。捕食場に、装備を晒したまま入るのは自殺に近い。
リッカが後ろから言った。
「奥に行くなら、鉄を出したままじゃだめ。昔、鉱夫の道具が全部食われたって」
鉄を隠す。
持ちすぎない。
食わせるものを決める。
逃げ道を作ってから入る。
必要な手順が増えた。
私は鉱山道の入口に、歯で記号を刻んだ。
丸い傷を三つ。
金属食い注意。
《石核ログ》
新規記号:三丸傷
意味:金属食い/捕食場
旧鉱山道:危険区域登録
私は入口から離れた。
まだ戦わない。
素材が欲しいからといって、素材を食う場所へそのまま入るのは違う。そこでは、私の装備も素材として扱われる。
盗賊と似ている。
分解して売るか。
噛んで食うか。
違いはあるが、どちらも私を部品として見ている。
不愉快な共通点である。
《第26話リザルト》
発見:旧鉱山道
新規理解:素材場と捕食場は違う
確認対象:鉄食い虫
危険:金属部材への咬削
対策候補:金属露出低減/泥被覆/おとり金属
設置:破損鎖を一時保管
新規記号:三丸傷
未解決:奥の大型殻音/鉄楔片の防護/鉱山道内部の調査
鉄がある。
だから嬉しい。
鉄が食われる。
だから怖い。
同じ場所なのに、評価が真逆になる。
鉱山道、かなり面倒な素材場である。




