第21話 クラウドファング
剣歩き改は、硬層道の上ではかなり使える。
深く刺さない。
欠けた刃を浅くかける。
盾片で支える。
かけすぎたら戻す。
手順を守れば、以前より速い。
ただし、手順を守るということは、手順を読まれるということでもある。
私はまだ、それを知らなかった。
硬層道の途中で、土の匂いが変わった。いや、匂いというより、剣をかけた時の返りが違う。硬い層の上に、薄く土が乗っている。自然に積もった土ではない。押し固められ、落ち葉で隠されている。
私は剣を止めた。
《地形解析》
表層:人工的な土被覆
硬層反応:不安定
注意:踏圧変化
人工。
人間の手が入っている。
私は周囲を探った。枝の折れ方が一定だ。草が倒れている向きも揃っている。足跡が複数。村人のものより重く、歩幅が荒い。盗賊のものに近い。
またか。
人間は本当に地面まで使う。
その時、低い声がした。
「動く石だ。剣が刺さってる。あれで間違いねえ」
茂みの向こう。三人。いや、もっといる。声の位置が分かれている。正面に二人、右に一人、後ろに一人。
囲む配置。
前に剣を抜こうとした者たちとは違う。声が低く、動きが静かだ。即興ではない。待っている。
「村に牙と殻を置いたやつか」
「なら素材を抱えてる。剣、盾、鉄片、殻。ばらせば売れる」
ばらす。
私を倒す、ではない。
素材として分解する。
非常に不愉快な分類である。
《対象解析》
人間集団:盗賊団
個体数:推定5以上
目的:解体/素材回収
脅威度:C-
盗賊団。
集団で来た。
木こりの槍列を思い出す。人間は並ぶと強い。盗賊も同じだ。しかも今回は、正面から来ない。道を作り、隠れ、待っている。
戦う前から戦っている。
これはかなり面倒な人間である。
「クラウドファングが拾えば、ただの山の恵みだ」
クラウドファング。
名前がある。
名前のある集団は、たぶん面倒だ。役割があり、手順があり、逃げ道も用意している。個人の盗賊より、道具に近い。
私は後退しようとした。
薄鉄片が鳴らないように固定する。棘を畳む。盾片を低くする。硬殻が草に当たらない角度を取る。
その時、別の小さな足音が近づいた。
村側からだ。
軽い。人間の子供か、小柄な人間。手には金属片を入れた袋。歩くたびに、かちゃ、と音がする。
少女だった。
髪を短く結び、片手に曲がった鉄串を持っている。村の外の石や草を見ながら、落ちた釘や鉄くずを拾っている。鍛冶場へ持っていくのだろうか。
彼女は硬層道の土被覆を見て、足を止めた。
「……そこ、変」
小さく言った。
盗賊の一人が舌打ちした。
「リッカだ。あの鉄拾い、また外に出てやがる」
リッカ。
鉄拾い。
少女は罠に近づきすぎている。盗賊はまだ動かない。私を待っているからだ。だが、彼女が土被覆を崩せば、罠が露出する。そうなれば盗賊は出る。
私は動くべきか判断した。
少女を助けたい、ではない。
この位置は悪い。
少女が壊れると、村が騒ぐ。
村が騒ぐと、盗賊が動く。
盗賊が動くと、私の退路が消える。
鉄拾いが失われると、鍛冶場への小素材の流れも減る。
つまり、壊れてはいけない配置だ。
私は薄鉄片を弾いた。
きん。
小さな音。
リッカがこちらを見た。
正確には、草の中の私を見た。剣。盾片。硬殻。棘。明らかに自然物ではない。彼女の目が大きくなる。
叫ばない。
賢い。
いや、固まっただけかもしれない。
私はもう一度、薄鉄片を鳴らした。
きん。
その音に、小さな振動を混ぜて、剣を罠の土被覆の手前に刺した。そこは踏むな。そういう意図だった。
通じるかは分からない。
発声器官なしで標識をするのは無理がある。
リッカは鉄串で土を少しつついた。表面が沈んだ。彼女はすぐに足を引いた。
「落とし穴……?」
盗賊たちの気配が変わった。
ばれた。
私もばれた。
状況が悪化した。
「出ろ!」
正面の茂みから男が飛び出した。短槍。右から縄。後ろから弓。さらに奥に、幅広の刃を持った男。前に見た雑な盗賊とは違い、全員が役割を持っている。
リッカは村の方へ下がろうとした。
弓を持つ盗賊が狙いを向ける。
私は剣を硬層にかけた。
剣歩き改で前へ出る。硬層の凹みを拾い、盾片で体を流す。速い。私としては、かなり速い。
だが、盗賊は私の道を読んでいた。
硬層道の次の支点に、細い鉄釘が撒かれていた。剣の欠けがそこへかかる。金属同士が噛む。抜けない。
《石核ログ》
剣歩き改:阻害
原因:撒き鉄釘
剣欠け部:噛み込み
くそ。
読まれている。
私が硬い道を使うこと。欠け刃を支点にすること。そこへ鉄釘を置けば止まること。誰かが見ていたのか。あるいは、盗賊は動くものの足を止めるのに慣れているのか。
どちらでも厄介だ。
私は牙で鉄釘を削ろうとした。
その鉄釘には、丸い穴が空いていた。
食われたような跡。
鉄なのに、虫に噛まれたような半円が連なっている。釘だけではない。盗賊の腰にある古い短剣にも、鎖の端にも、同じ丸い噛み跡がある。
《物質記録》
金属片:食痕あり
形状:半円状の連続欠損
原因:不明生物による咬削の可能性
金属を食うものがいる。
嫌な情報が増えた。
今は盗賊だけでも足りている。新しい危険は順番を守って来てほしい。現場に同時投入されると困る。
幅広刃の男が近づいた。
「動きを止めた。やっぱり道を使ってやがる」
この男が指揮役か。
彼は私を見下ろし、にやりと笑った。
「クラウドファングのヴォルグだ。剣付き石、悪く思うな。お前は高く売れる」
悪く思う。
かなり悪く思う。
私は剣を無理に引かず、盾片を地面へ押した。噛んだ鉄釘を抜くのではなく、周囲の土を崩す。牙で釘の脇を削り、剣の角度を戻す。
ヴォルグが手を上げた。
「押せ」
右の盗賊が、長い棒で地面を突いた。
私の下の土が沈んだ。
落とし穴。
硬層道だと思っていた場所の一部が、板と土で偽装されていた。剣歩き改は硬い支点があるから速い。だが、支点そのものが嘘なら、速さは罠へ入る力になる。
支えが消えた。
盾片が空を掴む。
硬殻が穴の縁に当たる。
剣はまだ鉄釘に噛んでいる。
腕全体が下へ落ちる。
《石核ログ》
地形崩落
状態:落下
原因:人工落とし穴
警告:支点喪失
落ちる。
まずい。
だが、完全には落ちない。
剣が鉄釘に噛んだまま、穴の縁に引っかかっている。さっきまで邪魔だった噛み込みが、今度は命綱になった。いや、命はあるのか。あるとして、かなり雑な命綱である。
私は穴の壁にぶら下がった。
下には杭が見える。古い鉄片もある。泥と水も溜まっている。底に落ちれば、動けなくなる。上には盗賊。横には罠。村側にはリッカ。
最悪ではない。
最悪の一つ手前くらいだ。
ヴォルグが笑った。
「いいぞ。落とせ。壊すなよ。部品を傷めるな」
部品。
私を部品と言った。
剣だけでもない。石だけでもない。今度は全部を部品として見ている。
分類が進化している。
腹立たしい方向に。
私は穴の壁に牙を立てた。
地面が支えないなら、壁を使う。
下に足場がないなら、横に作る。
《第21話リザルト》
遭遇:盗賊団クラウドファング
確認個体:ヴォルグ/リッカ
発見:人工落とし穴
失敗:硬層道への過信
新規理解:配置も武器
確認異常:金属食痕
状態:落とし穴側面に懸垂中
未解決:脱出/リッカの安全位置/金属を食う何か
道は味方だった。
今日は、敵の口になった。
地面まで信用できない。
かなり困る。




